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黒の魔王  作者: 菱影代理
第15章:スパーダの学生
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第239話 最悪の出会い

 俺の顔面にローファーの硬い靴底を向けて飛んでくるのは、小柄な女子生徒だった。

 燃えるように鮮やかな赤髪の長いツインテールと赤マントが飛んだ勢いでなびき、猫のように可愛らしい金色の瞳には、猛然と怒りの色が宿っている。

 体勢からいって短いスカートが捲れ上がっているが、どうやらスパッツのような下穿きを身につけており、盛大なパンチラを晒すという恥かしい事態にはなっていない。

 首の骨をへし折る必殺の気概でもって繰り出された飛び蹴りを放つ幹部候補生の少女に、俺は全く見覚えが無い。

 つまり、このまま飛び蹴りを受けてやる理由も義理も無いのだ。

 台詞から察するに、恐らく俺がネルさんに対して狼藉を働いたと勘違いしていると思われるのだが、うーむ、あと三秒あればこの際どい体勢を解除できたというのに、なんと間の悪い。

 とりあえず、今は真っ直ぐ突っ込んでくるロケットガールを止めなければならない。

 彼女の体はすでに宙を舞っており、俺の顔面へ着弾するまでの猶予は一秒以下。

 これがクエスト中であれば問答無用でカウンターの拳か刃か弾丸を食らわせてやっていたところだが、ここは学校内だし、相手に殺意が感じられるとはいえ、ただ誤解が生じているだけの、話せば分かり合える状況だ。

 出来れば無傷で、かつ痛くない方法で彼女を止めたい。

 大人しく黒盾シールドで防御か、と思うが、こうも見事なキックを繰り出す少女だ、一撃目を防いだところで追撃がくるに違い無い。

 ならば、拘束した方が手間も省けるというものか。

影触手アンカーハンド

 対応策を決定した俺は、時間も押しているので即座に行動開始。

 今は見習いローブを着てないが、リリィがプレゼントしてくれた呪いのグローブである『黒髪呪縛「棺」』はしっかり装着している。

 これが無ければ刹那の間に触手を形成することも、精密に操作することも出来なかっただろう。

 意外なところで役に立ってくれたなと思っていると、頭の奥のほうで「ご主人様~」とちょっと嬉しそうな声が響いてきた。

「きゃあっ! な、なにコレっ!?」

 そんなわけで、着弾直前の少女型ミサイルを寸でのところで捕縛することに成功したのである。

 俺がかざした右手からは幾本もの黒い触手が伸びており、少女をネットで捕らえたように絡みつかせている。

 飛び込んできた衝撃を完全に相殺して受け止めた後、触手の拘束はそのままに、両足で立てるように床へ降ろした。

「い、イヤぁ! 気持ち悪いっ! は、離しなさいよ変態モルジュラ男!」

「待ってくれ、先に攻撃を仕掛けたのはそっちだろう、それに君は誤解をしている」

「離して、早く離してよっ! ネルだけじゃなくて私まで辱めようっての! 私にこんなことしてどうなるか分かってんでしょうね!!」

 ダメだこの娘、完全に頭に血が上って俺の話を聞くどころじゃない。

 さらに拙いことに、彼女がヒステリックに喚きたてる所為で、学食にいる生徒の全員が俺の方へ注目し始めている。

 だからといって、このまま拘束を解いたところで彼女が殴りかかってくるか蹴りかかってくるか、どちらかの行動をとるだろうことは確定的に明らか。

 勿論、俺が一時的に冤罪を受け入れて彼女にボコられるのも願い下げだ。

「悪いけど、少し黙っててくれないか」

 人差し指をクイと動かすと、俺の意思に連動して少女に絡みつく触手の一本が素早く蠢き、いわれ無き誹謗中傷を叫ぶ口を塞ぐ。

「ん、んんっ、んむぅーーっ!!」

 声は止まったが、半分涙目、顔を真っ赤にしてじたばたともがく。

 ああ、これは拙い、思ったよりもかなり拙い。

 これじゃあ傍から見たら完璧に俺が悪役みたいじゃないか、早々に事態を治めなければ。

 そして、それが出来るのは俺では無く、

「ネルさん、あの娘は友達ですか?」

「え、あ、はい!?」

 事の成り行きを呆然と見ていたネルさんは、俺の呼びかけでようやく事態を把握してくれたようだ。

「彼女は何か誤解をしてるようなので、言って聞かせてくれませんか」

「あ、そ、そうですね!」

 と、それで天使のようなネルさんに説得されて赤髪ツインテ少女の誤解は解け、事態は解決、

「やれやれ、また面倒事起こしやがって」

 とは、いかなかった。

 その気だるげな台詞が俺の耳に届くと同時に、グローブのお陰でそれなりに強靭なはずの触手が全て切断された感覚が伝わる。

 見れば、斬り飛ばされた先から黒い魔力を霧散させてゆく触手の残骸と、それを行ったであろう一人の人物が目の前に立っていた。

「けど、まぁネルとシャルに手を出されたんじゃ、黙ってるワケにはいかねぇか」

 ソイツは一度だけ見たことあるだけだが、はっきりと覚えがある。

 黒髪赤眼の端正な顔立ち、スラリとした長身に幹部候補生の証である赤いマントを羽織った姿、名前は確かネロ・ユリウス・エルロード。

 隣国アヴァロンの第一王子だ、家系図を信じるならば、あのミアちゃんの子孫ということになっている。

 その王子様は表情こそ涼しいものだが、俺に向けられる殺気はシャルとか呼んだ少女とは比べ物にならない。

 腰に佩いた剣の柄に手をあてており、一目で日本刀のような形状であることが窺い知れる。

 なるほど、抜刀術かなんかで一気に触手を切断したのか、俺がネルさんの方を向いている僅かな間に抜き放ったというのなら、それなりに腕前がありそうだ。

「待ってください、お兄様!?」

 一触即発の空気を感じ取ったのか、ネルさんが俺とネロの間に割って入った。

 というか、今、お兄様って言ったよな……俺の聞き間違いでなく、その言葉通りの意味なのだとしたら、この人のフルネームはネル・ユリウス・エルロードってことになるのか?

 まさか、ネルさんはマジもののお姫さま?

「ネル、その気持ち悪ぃ触手ヤロウから離れろ、斬るのに邪魔だろ」

「だ、ダメです、そんな――」

「安心しろ、半殺しくらいに抑えておいてやるから」

「そういう問題じゃありません!」

 うわ、この王子様もそうとうキレてるぞ、もう少し冷静になって欲しいものだ。

 いや、俺もリリィがいきなり凶悪な人相の男によって触手で拘束されていれば、これくらい殺気を迸らせてしまうかもしれない、あまり人の事は言えないか。

「私がもう半分殺して、完璧に殺すわ」

「シャルも、少し落ち着いてくださーい!」

 触手から解放されたお陰で、お友達の暴走少女も自由の身となってしまった。

 なんだか収拾のつき難い状況となってきたが、両手と翼を広げてネルさんが俺を庇うように前に立ってくれているおかげで、シャルと呼ばれた少女が蹴りかかってくることも無いし、兄貴が斬りかかってくることも無い、少なくとも、今すぐには。

 ここは一応、弁解の一つでもしておいたほうが良いか。

「落ち着いて、剣を引いてくれませんか? 俺はネルさんが転びそうだったのを助けただけですし、その娘は、えーと、急に飛んできたので」

「お前な、コイツらが誰か分かっててやってんのか? 軽々しく触れていい相手じゃねぇぞ」

 そんなこと言われても、ネルさんが王族かもしれないのは今さっき気づいたことだし、この飛び蹴りくれた娘に至っては全く分からない。

 まぁ、二人とも幹部候補生ってだけで、やんごとなき家柄の娘さんってのは察しがつくが、だからといって俺の行動は全部不可抗力だろう。

 いや、それが許されないのが身分制社会ってヤツなのか……

「知らなかったで済まされる問題じゃあ――」

「やめてくださいお兄様! クロノさんは善意で私を助けてくれたのですよ、それに、シャルだってただの勘違いです、全てドジを引き起こした私が悪いのであって、クロノさんは悪くありません!」

 有無を言わさず毅然と俺の無罪を訴えてくれるネルさん、おお、マジで天使だな。

 妹の決死の説得に、兄貴として応じるしか無かったのか、ネロは大きく溜息をつくと同時に殺気が消える。

「失せろ、ネルに免じて見逃してやる」

 だが、不満ではあるようだ。

 正直、ここまで一方的に悪者にされては心中穏やかではいられないが、相手は王族、変に逆らわないほうが身のためだ。

 そういえばシモンも幹部候補生には気をつけろと言っていたが、なるほど、こういう事だったか、一つ勉強になった。

 ウィルが好意的な接し方をしてくれているお陰で、どこか甘く見ていたところもあったのだろう、うん、やはり偉いヤツに対しては注意しないとダメだな。

「すみませんネルさん、変に迷惑をかけてしまったようですね、俺はこれで行きます」

「いえ、そんな……こちらこそごめんなさい、クロノさん」

 シュンとうな垂れるネルさんに、気にしないでというニュアンスの言葉を告げた後、俺はさっさと食堂を後にする事にした。

 見逃してくれると言ったネロの言葉通りにこちらがこの場を去るのは少々癪ではあるが、ここはどうしても俺が引かねばならないだろう、一刻も早く。

 なぜなら、入り口の方に少女状態で妖精結界オラクルフィールド全開なリリィと、なんか聞き覚えのある魔法の詠唱を口ずさんでいるフィオナの二人が立っているのだから。

「はぁ、情け無いところを見られてしまったな」

 そうして、俺は食堂にいる生徒達から好奇の視線を背中へ一心に受けながら、その場を後にした。

 とりあえず、リリィとフィオナには食堂で昼食がとれなくなったことを謝って、それから、怒りの矛を治めてくれるよう説得を……

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