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黒の魔王  作者: 菱影代理
第15章:スパーダの学生
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第234話 祝・入学

 紅炎の月20日、正午を知らせる鐘が鳴るにはまだ少しかかるかという時刻、王立スパーダ神学校の壮麗な本校舎内を、俺たちエレメントマスター三人組が歩く。

「入学って言っても、冒険者コースはあっさりしたもんだな」

「そうですね」

「ねー」

 先日、冒険者ランク3に昇格を果たした俺たちは、前々からの考え通り、ついに神学校へと入学を果たしたのである。

 と言っても、金さえ払えば誰でもウェルカムな冒険者コースだ、何の試験も課されることは無いので、高校に合格するよりもありがたみが無い。

 よって、今日から学生として初めての登校となるのだが、やることと言えば基本的な入学の手続きと、簡単な学校説明のみ。

 これ以後は授業を受けるも受けないも本人の自由、何なら今すぐ辞めることだってできる。

 担任の先生がつくこともなければ、新しいクラスで自己紹介することも無い、ただ、本人が必要だと思える授業に出ることができるというだけのシステムだ。

 まぁ、冒険者コースの特徴を思えば当然といえば当然の自由度だが、それを分かっていてもやはり新しく通う学校に期待を抱いていた俺としては、少しばかり拍子抜けといったところ。

 何だか、しっかり神学校の制服である黒いブレザーを用意したことも虚しく思える。

 今更だが、冒険者コースに在籍する生徒は必ずしも制服を着用する義務は無い、律儀に着ているヤツは半分もいないらしい。

「何か、形から入ったみたいで残念な感じだな」

「いいじゃないですか、制服、私は気に入っていますよ、クロノさんも凄く似合っていますし」

「クロノ、カッコいいよ!」

 いや、俺なんかよりも制服の着こなしレベルは圧倒的に二人の方が高いだろう。

 フィオナは歳相応なので当然ピッタリ似あっているし、リリィなんてもう完全にピカピカの一年生といった感じだ。

 対して俺は、元々通っていた学校は学ランだったので、ブレザーに変わった今は転校生にでもなったような新鮮な気分になるだけで、外見自体はどこにでもいる普通の高校生…・・・には、今はもう見えないかな。

 あの頃に比べたら背も伸びたような気がするし、なによりも筋肉がついて体格が一回り大きくなっているのだ、もう高校生というよりも、冒険者と呼ぶほうが相応しいだろう。

 まぁ、それでもフィオナとリリィがお世辞にも似合ってるなんて言われると、密かに喜んでしまうのだが。

「ところで、二人はこれからどうする? 俺はシモンとウィルが入学を祝ってくれるらしいから、会いに行くけど、一緒に来ないか?」

「私は先に図書館を覗いて見ようと思っています、ちょっと探しものがあるので、後ほどそちらにお邪魔させていただきます」

 蔵書のチェックとは勤勉だな、流石は魔女と呼ぶべきか。

「リリィはどうする?」

「あのねー、リリィも用事があるのー!」

 なんとリリィに用事? この幼女状態で一体何の用事があるというのだろうか、気になる。

「うふふ、まだ秘密なの!」

「そ、そうなのか」

 秘密と言われてしまっては、これ以上は追求できないな。

 とりあえず、リリィもフィオナも後ほど合流するので、俺は一足先にシモンとウィルが待つ物置――じゃなくて、研究室に行こう。

 ああ、そういえばウィル、スパーダの第二王子ウィルハルトと知り合ったことは、二人に話してはいるが、実際に会うのは今日が初めてとなるのか。

 あの勢いにリリィが警戒しなければいいが……心配しすぎだろうか。

「それじゃ、また後でな」

 そして、俺たちはそれぞれの目的地へ向かうべく、本校舎の正面玄関で一旦別れた。




「こ、これは――」

 俺は今、シモンの住むボロ屋を訪れ、その一室にて約束通り入学祝いの歓待を受けている。

 わざわざ祝ってくれるなんて嬉しいことこの上ないが、実際には全く予想だにしない驚

愕が待ち受けていた。

 なぜなら、俺の目の前に並べられているのは、

「――オニギリじゃないかっ!?」

 ふっくらとした白米に、黒い海苔が巻かれた簡素ながら洗練された料理は、どこからどうみてもオニギリにしか見えない。

 炊き立てを握ったばかりなのか、白黒ツートンカラーの三角形からはかすかに湯気が見える。

 仄かに漂う海苔の香りが、どうしようもなく胃袋と食欲を刺激してやまない。

「おお、ホントにお兄さんが驚いてる」

「ふぁーっはっはっは、やはり我の見立て通りであったな!」

 俺のリアクションにやたら満足気なウィル。

「なんだコレは、ウィルが用意してくれたのか?」

 もともと昼食を用意して待っているとは聞いていたが、まさかオニギリが出てくるとは思わなかった。

 一体何故、日本人のソウルフードとも言うべきオニギリが、この異世界の地に当たり前のように存在しているのか、俺は未だ興奮冷めやらぬままに問いかける。

「ふむ、先に確認しておくがクロノよ、汝は異邦人、つまり、この世界とは異なる別の世界からやってきた存在、そうなのだな?」

「ああ……って、待てよ、俺が異世界の人間だって、話したっけ?」

 あまりに確信に満ちたウィルの物言いに思わず肯定してしまうが、思い返せば、俺がアルザス村で十字軍と戦った話はしたが、異世界からやって来た云々は言っていないはずだ。

 今のところ、俺が異世界の人間、ここでは‘異邦人’などと呼ばれる存在であることをカムアウトしたのは、リリィとフィオナとシモンの三人だけである。

 チラリと疑惑の視線をシモンに向けると、意図を察したのか手と首を振って否定した。

「そう警戒してくれるな、異邦人だからといってどうこうしようというつもりは無い。そもそも、黒い髪と黒い瞳を持つのはわりと有名な異邦人の特徴だからな、一目見ればなんとなく予想もつくというものだ」

 そういえば、黒い髪も黒い瞳も、これまでほとんど見かけなかった。

 片方だけなら持ち得ている人は僅かながらいたのだが、両方備えているのは、あの実験体以外には見た事が無い。

 なるほど、確率的に考えて、黒髪黒目の日本人的特徴がイコールで異邦人の特徴でもあるというのなら、その色だけで予測も立つというものか。

 まぁ、片方は赤眼になってるんだけど。

「そして、この異邦人が伝えたとされる料理であるオニギリに反応したことで、完全に確定した」

 どうやら俺は嵌められたようだ、日本人なら異世界という見知らぬ場所でオニギリと出会えば喜ばないわけがない。

 いや、それよりも気になるのは、

「異邦人が伝えたってことは、スパーダにも俺と同じヤツがいるのか!?」

 同じといっても、厳密には実験体としてヤツらに召喚されたということではない。

 それ以外の、何らかの要因でこの異世界に召喚された日本人がいるということが、驚くべきポイントである。

「いや、スパーダにはいない」

「じゃあ、どこに?」

「まぁ落ち着け、とりあえず食べながら話そうではないか、オニギリは冷めても美味いが、温かい方が美味しいからな」

 はっはっはっは、といつもの高笑いをあげながら優雅に着席するウィルに俺とシモンも続いた。

 いや、しかし、オニギリめっちゃ美味そうだな……やばい、なんか嬉しさと懐かしさで涙が出てきそうだ……

「――さて、クロノはレッドウイング伯爵、という名を聞いた事はあるか?」

 鮭に似た魚が具となっている異世界版オニギリに舌鼓を打ちながら、ウィルはそう話をきりだした。

 俺はセリアと名乗ったウィルのメイドさんからお茶をもらいつつ――お、このお茶の味は完全に緑茶だな、ってことは茶葉も存在しているのか。

 なんて思考がそれつつも、

「いや、聞いた事はないな」

 とりあえず返答した。

「ふむ、まぁダイダロスの片田舎に住んでいれば、有名人といえども一都市国家の貴族など知らぬのも当然か、やはりここは全知たる灰色の頭脳を持つこの――」

「ルーンって国にレッドウイング伯爵って人がいて、その人がお兄さんと同じ‘ニホン’っていう異世界からきた異邦人らしいよ、このオニギリも伯爵が作ったんだって」

「ぬぉああああ! シモン、貴様っ、最も重要な情報をあっさりバラすとは会話の機微を心得ぬなんと愚かしい所業をっ!」

「だって、ウィルは能書きが長すぎるんだよ、話進まないよ」

 文句を垂れる王子様をジト目で睨む錬金術師、なんだこの二人、俺のいない間に随分と仲良くなってるな。

 いや、そんな二人の進展よりも、レッドウイング伯爵なる人物が日本人というのが衝撃の事実である。

 恐らくレッドウイングというのは偽名か、現地で得た名前だろう、もし偽名だったとするなら、うーん、赤羽さん、だとか? いや、安直すぎてそれは無いか。

 ともかく、日本人の俺から見てもパーフェクトな完成度のオニギリを見せ付けられては、その伯爵が嘘を吐いているということは有り得ないと断言できる。

 しかし伯爵とは、異邦人だというのなら裸一貫からのスタートだったろうに、物凄く偉くなったものだ、未だ住所不定な冒険者の俺とは大違いだな。

「なぁ、その伯爵にはどこに行けば会える?」

「いいや、会うことは不可能だ」

 何故? 伯爵という貴族身分の人間とは、冒険者でしかない俺とお目どおりなど叶うはずが無いからか? その割には王族と平気でタメ口きいてるが……

「レッドウイング伯爵は、五十年前に亡くなっているのだ」

「は?」

 ウィルの断言に、思わず間抜けな声が漏れた。

 死んでいる? しかも、五十年も前に? そんなバカな――いや、でも待てよ、そういえば、


「僕が生きていた時代にも、君のような者がいた、寧ろ今よりも多かったくらいだよ」


 初めてミアと出会った時、そんなことを言っていた。

 そうだ、この異世界に地球から人間が召喚されるという現象は、俺が生きるこの時代に限った話じゃないのか。

「そうか、残念だ……」

 折角‘マトモな’同郷の人間と出会えると思ったのだが、そう上手くはいかないな。

「そ、そんなに落ち込むでないクロノよ、ルーンには伯爵が残した異世界起源の品々が数多く存在するという」

「そうだよ、他にもスシーとかテンプーラとか、色んな食べ物があるんだって!」

 思いがけず、素早い二人のフォローに嬉しくなると同時に、

「スシーとテンプーラって、ぷっ、はははは!」

 まるでステレオタイプの外国人観光客のような単語を口にしたシモンに、思わず笑いが漏れる。

「え、なに、僕なんかおかしいこと言った?」

「はて、スシーもテンプーラもルーンが誇る有名な異世界料理だと言うのに」

「くくっ、いや、発音が違ってな、正しくは寿司と天プラ、だ」

 おおー流石は本物の異邦人、としきりに関心を示すシモンとウィルの反応がなんだか可笑しくて、さらに笑いを誘ってくる。

 間違いなく日本人であるレッドウイングなる人物と会えないのは残念だが、面白い情報が手に入ったものだ。

 ルーンか、いつかきっと行ってみよう。

クロノ「フィオナには寿司と天プラの話は内緒な」

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