第225話 失ったモノ
「逃げろフィオナ! 魔法は悪食に喰われるっ!!」
クロノさんの忠告で、ようやく得心がいく。
この剣士が握っている大剣は『牙剣「悪食」』、狼獣人のヴァルカンさんが持っていたものですね。
魔力を吸収する悪食能力の厄介さは、魔女である私もよくよく知り及んでいます。
しかしながら今更、
「――『火矢』」
この攻撃魔法を止める事はできません。
中途半端に破棄するよりも、撃ってしまった方が次の行動へ移るタイムロスは少ない、大剣を振り上げ殺意の塊となった剣士を目の前にしつつも、私の頭は冷静にそんな結論を下す。
放った『火矢』が爆発すると同時に、両足へ魔力を巡らし、武技を発動させる。
「『疾駆』」
常人を越える反射速度と移動速度が発揮され、その場を飛び退く瞬間、同じく能力が底上げされているだろう剣士が爆煙を潜り抜け、その凶悪な牙の刃が振り下ろされていた。
しかしながら、この距離まで肉薄されることなど、これまで何度も経験してます。
ただ落ち着いて回避すれば良いだけ、この鋭い一撃をギリギリだが避け切るだけの速度は、すでに私の足に宿っているのだから。
ローファーで石畳を蹴ってバックステップ、その勢いのままに帽子で抑えられていない私の髪が前へなびく。
轟々と唸りをあげて迫る刃は、私の脳天を捉えること叶わず、ただ流れた水色の毛先だけを切り裂くに留まる。
完全に避け切った、
ガシャァアアン!
その、光の防御魔法が破れる特徴的な甲高い音が、3メートルほど飛び退き着地した瞬間に、私の耳に届いた。
「え……」
おかしい、私はただ回避行動をとっただけで、何も防御魔法を行使してはいない、そもそもこんな破砕音がするような光属性の防御魔法を使えない。
なら、これは、一体なにが砕けた音なのでしょうか?
「『戦女神の円環盾』、アルテナという女神の加護を宿した指輪で、刃から身を守ってくれる」
思い出す、そうだ、今の私は‘刃から身を守る’つまり、物理的な攻撃を遮断する防御効果を持つ魔法具を所持している。
「名前だけ聞くと凄そうに思えるかもしれないけど、魔法具としてのグレードはそこまで高いものじゃないから、あんまり防御力には期待しすぎないでくれ」
その言葉が事実であるというのは、魔女として多少なりとも目利きのできる私には分かりました。
けれど、私にとって重要なのは、値段だとかグレードだとか希少価値だとか、そんなモノではありません。
この指輪は、クロノさん、貴方がプレゼントしてくれたものだから、私にとってこの上無く価値があるものなのです。
「あ、あ……」
しかし、魔法具のグレードが低いことは紛れも無い事実。
呪いの武器と化した大剣、その一撃を受けたとすれば、加護のシ-ルドごと破られるのは当然の帰結。
そして、防御魔法を展開するタイプの魔法具は基本的に、その防御を破られた場合アイテムそのものも同じように砕け散ってしまう。
よほどの高いグレードでなければ、幾度も防御魔法を展開することは出来ない。
ならば、低グレードの『戦女神の円環盾』は当然、シールドが破られれば、指輪そのものも壊れる。
「あ……そんな……」
私の左手の薬指に輝いていたはずの、指輪が、指、輪、が、あ、あ、あぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
無い! 無い! 指輪が無い、消えてる、跡形も無くっ!!
ああ、嗚呼、どうしよう、どうして、指輪が、私の、私の指輪、大切な、とっても大事な、だって、あれはクロノさんが、私にくれた、プレゼントしてくれたもの。
嬉しかった、凄く、凄く嬉しかった。
クロノさんが私にくれたんですよ、嬉しく無いはずがないでしょう。
大事にしよう、大切にしよう、一生の宝物にしようと、今日からずっと、私の左薬指で輝いているはずだったのに。
そ、それが、どうして……こんな、酷い、無い、指輪が無くなって、壊れて……しまった。
「……」
ごめんなさい、ごめんなさいクロノさん。
指輪、壊れてしまいました。
「قبضة الذراع تعزيز ممارسة قوية――『腕力強化』」
折角クロノさんが、私のために選んでくれたのに。
そうですよね、私を思って、私に似合うと、そう考えて、この指輪を選んでくれたんですよね。
「يعمل من خلال سرعة ――『速度強化』」
‘刃から身を守る’なんて言ってくれたのは、私を斬ったことを悔やんでいるからですよね。
分かります、今の私なら、貴方の気持ち、心遣い、その優しい思いを。
「كيكو هيروشي تلبية العديد من عناصر قويةv――『属性強化』」
そんな思いの詰まった指輪を、無くしてしまって、壊してしまって、ごめんなさい。
「حرق أعدائنا ، سحقت ، ميتز، ضربة قاسية الحارقة(我が敵を焼き、砕き、滅す、灼熱の鉄槌と成せ)」
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――
「――『火炎槌』」
だから、指輪を壊したあの人は、私が‘この手’で殺します。
フィオナは指輪と正気を失った