第222話 友達がいない×2
それは、シモンが新たなる物置――否、研究室にて、もう何度目かになる量産型ライフルの設計図を引いている時であった。
「ふぁーっはっはっは!」
正面玄関から、つい昨日に聞いたばかりの高笑いが響き渡った。
「あれって、もしかして……」
「我こそは、偉大な――」
もしかしなくても、スパーダの第二王子ウィルハルトの電撃訪問であった。
盛大な名乗りの声をあげながら、ドシドシと廊下を歩く音が響いてくる。
シモンは作業を一端切り上げて、このちょっと困った王子様の対応をすることにした。
「あの、何か用ですか?」
渋々といった様子のシモンが研究室のドアを開けると、そこには細身のウィルが一人のメイドを従えて立っている。
「おお、現れたな小さき錬金術師シモン・フリードリヒ・バルディエルよ!」
「何ですかその勝手な仇名!?」
しかも割りと失礼なニュアンスが含まれている。
「む、中々良いリアクションをとるではないか、ふはは、やはり子供は元気が一番だな」
「僕はもう成人ですぅ!」
尊大に笑いながらシモンの頭をポンポンするウィルハルト。
「それで、用は何ですか?」
撫でられた所為で跳ねた髪の毛を直しながら、シモンは改めて要件を問うた。
背後に控えるメイドを全く気にした様子を見せないのは、彼女がウィルハルトの護衛であることは王立スパーダ神学校では有名な話であり、また、彼のような地位の人物が護衛を引き連れている事は、曲がりなりにも貴族の家名を持つシモンからすれば何らおかしなことはない常識だからである。
昨日訪れた際にはいなかったが、恐らくすぐ近くに潜んではいたのだろうとシモンは予想した。
「今日もまたクロノと友誼を深めようと思い参ったのだが、ふむ、どうやら来てはいないようであるな」
「お兄さんはまだウチの学生じゃないから、毎日来るわけじゃないですよ」
本当は毎日でも来て欲しい、という密かな願望は口にせず、代わりに訪ねるならば『猫の尻尾亭』へ出向いた方が出会える可能性が高いだろうことを伝えた。
完全な個人情報であるが、相手が相手である、変に隠し事をして機嫌を損ねられても面倒。
それに、ウィルハルトは王族というコレ以上無いほど確かな身元を持っている、顔も名も身分も知らない怪しい人物に教えるのとはワケが違う。
「そうか、来ていないのならば仕方あるまい――」
よし、それじゃあこれで帰ってくれる、とシモンは判断し、すでに思考は先ほど打ち切られた量産型ライフルの構造に関して割かれ始めていた。
しかし、
「ならばシモン、汝と友誼を深めることにしよう」
「え?」
思わぬ申し出に、シモンは硬直した。
「はっはっは、すでに我と汝は同じ卓を囲み、杯を共にした仲ではないか!」
卓というより、ただ床に座ってただけだし、杯と言ってもシモンが手ずから淹れたお茶を飲んだだけである。
だが、どうやらウィルハルトにとってみれば、それだけで友と名乗るには十分だったようだ。
いきなりの友達宣言に少しばかり唖然としているシモンだが、その反応に気づいているのかいないのか、ウィルハルトはそのよく回る口でさくさくと話を進めた。
「我は昨日聞き及んだ‘魔法を使わぬ’銃という武器に興味が湧いた、シモンよ、汝はこの銃を自ら造り、自ら扱い、十字軍を相手に獅子奮迅の大活躍だったそうではないか、その威力と技量を我に見せてはくれまいか」
昨日の話で、アルザス防衛戦にてシモンがどれだけの活躍をしたのかウィルハルトは聞き及んでいた。
シモンほどでは無いが、魔法にも武技にも優れないウィルハルトは、それ一つだけで何十人もの敵を打ち倒した銃という武器に興味を抱くのは、半ば当然だとも言えるだろう。
「えーと、別に、いいけど……」
人見知りする性格のシモンだが、珍しく銃に好意的な印象を持つ人物である、ここまで言って貰って悪い気はしない。
そして何より、スパーダの王族へ銃を売り込む絶好の機会である。
ウィルハルトの申し出を断る理由が、シモンには無かった。
「よし、では早速演習場へ行くとしようか。
さぁ、その十字軍兵士の頭を悉く粉砕した脅威の威力を、我に示してみよっ!」
と、いつもの高笑いを上げながら足早に玄関に向かうウィルハルト。
銃に期待してくれるのは嬉しいが、やはりこの物言いは聞いてる方からすれば疲れることこの上ないな、と思いながら、シモンは研究室へ置いておいた、現状で唯一のライフルである『ヤタガラス二式』を取りに扉を開いた。
流石にウィルハルトを迎えるのにライフルを携えることはしなかったが、普段から銃は手元に置いておくようシモンは心がけていた。
ランク1とはいえども一応は冒険者のシモン、常に武器を携帯するのは当然の習慣、ましてアルザス村での激戦を経験すれば、その意識は尚更に高まる。
そうして、シモンがテーブルの上に置いてある『ヤタガラス二式』を手に取ったその時、
「シモン様」
「うわっ!?」
突如として背後から声をかけられ、シモンは飛び上がるほどに驚いた。
ライフルを構えて即座に発砲しそうになった自分を抑えながら、振り返って声の主を確認すると、そこにはウィルハルトの護衛であるメイドが立っている。
「私、ウィルハルト第二王子の護衛を仰せつかっております、セリア・ランブールと申します、どうぞお気軽にセリアとおよび下さい」
「は、はぁ、ご丁寧にどうも……」
この護衛メイドが一体何の用なのだと思いながら、シモンは目の前に立つ美貌のメイドへ疑惑の眼差しを送る。
やや警戒するようなシモンの視線を受けても、護衛メイドのセリアは淡い水色の瞳を些かも揺るがすことなく真っ直ぐに見つめ返した。
「ついでに、ウィルハルト王子のこともウィルと愛称で呼んで構いません、むしろ、是非ともそうして欲しいですね」
「そう、ですか」
とりあえず、友好的な話にシモンは少しばかり落ち着く。
もしかしたら、気安く王子に近づいてんじゃねぇぞ、と脅されるかもしれないと思ったくらいだ。
「ぶっちゃけ、ウィル様にはご友人が一人もおられないので、仲良くしていただければ幸いです」
「は、はい……」
何だか台詞を重ねるごとにどんどん砕けた口調になってくセリアの態度に驚きつつも、シモンは友達のいない第二王子の噂は真だったのかと察した。
何年か前に卒業した第一王子のアイゼンハルトは学校のアイドルと呼べるほど多くの生徒に親しまれていたが、第二王子のウィルハルトの人気はさっぱり。
第二王子という微妙な立場に、あの口調である、少しばかり近づき難い理由ではあるが、ウィルハルトが認められない最大の理由は、その優秀な兄とは比べ物にならないほど弱い実力である。
これは武勇を誇るスパーダにおいて人気を取るには致命的にすぎた。
妹の第三王女シャルロットが典型的なワガママお姫さまであるにも関わらず、絶大な人気を誇っているのは、ひとえにその魔法の実力が高いからである。
「本人は大そう気になさっているので、友達ゼロ人は禁句ですよ」
「そうですね、分かります」
シモンは激しい同意を示した。
友達が一人もいない寂しい状況はシモンとて同じだった。
今はクロノという理解者がいるお陰で、何ら負い目を覚えることも無くなったが、その孤独な感情は十二分に理解でき、ウィルハルトには親近感すら沸くほどだ。
それだけでなく、シモンは昨日会話を交わしたことで、ウィルハルトという人物がその口調とは裏腹に、王侯貴族特有の驕った態度や意識というものが全く無いというのを感じた。
クロノとの関係にしてもそうだ、いくら命を助けられたといっても、王族と素性の知れないランク2冒険者という隔絶した身分差だ、言葉を交わすだけで光栄に思いたまえ、何て言われるのが普通。
ウィルハルトのそうした態度は、シモンにとってかなり好印象であるのは事実だった。
「僕も、ウィルハルト王子――じゃなくて、ウィルと友誼を深めるのは望むところです」
だからこそ、この回答はただの社交辞令では無く、シモンの本心であった。
「そうですか、ありがとうございます」
「あの」
「なんですか?」
「頭、撫でるのはやめてくれませんか」
少しばかり気恥かしそうに言うシモンの頭の上には、艶やかな灰色の髪を優しく撫ぜるセリアの手があった。
「すみません、つい手が勝手に」