第219話 女の子を助ける日常
あのラースプンとかいう珍妙な名前のモンスター、強さは流石にランク5といったところか、手傷を負っていたあの状態でも、俺一人ならちょっとヤバかったかもしれん。
まぁ『ウイングロード』のフルメンバーがいて負けるはずがない。
かなりのタフネスを発揮して殺しきるのに時間がかかったが、最終的に討伐は成功した。
と、ここまでは良かった、問題なのはその後だ。
気がつけば、俺たちはランク5に昇格し、神学校のランクアップ記録をアイゼンハルト王子さえ上回る最速タイムで樹立ときたもんだ。
お陰でスパーダじゃちょっとした英雄扱いであちこち噂話されて目立ちまくってるわ、スパーダ王城にも冒険者ギルドにも呼び出しくらって表彰だ祝いだと面倒くさいイベントが目白押し。
本当に最悪だ、面倒くさいことこの上ない。
まぁほとんどの呼び出しは適当に理由つけてサボったけど、ああいうお堅いのは見栄っ張りなシャルとか生真面目な妹に任せておけばいい。
そんなこんなで、ランク5昇格に伴う面倒事はとりあえず一段落ついたのだが、人の噂は未だに続いている。
その所為で街中を歩く時は、わざわざこのダサい見習い魔術士ローブをフードまで被ってこそこそと盗賊のようにして出歩いてるってワケだ。
こういう事になるから目立つのはイヤだったんだよ、野郎から羨望の眼差しを受けるのも、女の子から黄色い声援を受けるのも、苦痛でしかない、っていうかウザい、俺の事なんて放っておけ。
くそ、元をただせばシャルがサラマンダー討伐のクエストを受けたからこんな状況になってんだぞ、せめてラースプンがジャストなタイミングで火竜の巣に戻ってくることがなけりゃ――やめよう、我が身の不幸を呪うのは無為に過ぎる。
そうして、外に飯を食いに行くのも一苦労な俺は、口元まででかかった溜息をどうにか堪えながら広場のオベリスク前を横切ろうとしたその時だ。
「痛って――おいおい、その反応はちょっと無いんじゃないの?」
目を向ければ、見慣れた格好の野郎二人と、えらい美少女が一人。
何かゴチャゴチャ言ってる二人の男は同じ幹部候補生だけあって見覚えがある、あるのだが、どうにも名前が出てこない、まぁ野郎の名前なんて覚えてても仕方無ぇし。
だがあの二人組みがこの辺で日々ナンパに精を出していて、残念ながらそのルックスでかなりの成功率を誇る、なんていうくだらない情報だけは思い出せる。
俺としては、ナンパに引っかかるような尻の軽い女の行く末など興味も無いし、二人組みがどこで女の子とよろしくやっていようが勝手にしろよと思う。
けど、ああ、拙いな、武器まで持ち出して敵愾心向き出しで拒否ってたら、お偉い貴族様のことだ、結構な暴挙にでることは簡単に予測がつく。
チラリと周りを見渡せば、庶民共が遠巻きに眺めているだけで止めに入ろうなんていう命知らずのお人よしは一人もいないようである。
まぁ相手は貴族だ、この下層区域で止めに入れるだけの‘力’があるのは教師か同じ幹部候補生しかいない。
こういう時に限って巡回中の憲兵隊が現れたりしない、ヤツらはいつも駆けつけるのが一足遅いのだ。
「はぁ」
我慢していた溜息がもれる、どうやら神様はよほど俺の事が嫌いらしい。
けど、まぁ仕方無い、あんな美少女を見捨てるのは夢見が悪いし、それに‘こういう場面’は今までも何度となくあった。
俺もとんだお人よしだな、と自嘲しながら、揉める三人組に向かって歩き出す。
「おい、その辺にしといたらどうだ?」
一声かけると、とりあえず俺の方へ顔をむける三人。
しっかしアレだな、少女の方はマジで綺麗だな、神学校でもそうそうお目にかかれないレベル。
その淡い水色の髪に、輝く太陽のような黄金の双眸は、無表情だが、いや、無表情だからこそ神秘的な美しさを醸し出している。
身に纏う衣服も、派手に着飾ることしかしらない貴族のバカ女と違って清楚なもの、だがその見事なプロポーションも相俟って色気すら感じられる。
ああ、確かにこれほどの美少女ならこのナンパ野郎でなくとも声をかけるだろうな。
「あ? 見習い魔術士如きが何しゃしゃり出てきてんだよ」
おっと、顔を隠すためにフードを被りっぱなしだったかな、忘れてたぜ。
俺は自分の素顔を燦々と照りつける陽の元に晒しながら、穏便に事態を解決するために丁重に彼らへお引取りを願う。
「どう見てもその娘イヤがってんだろ、諦めてさっさと失せろって、っつーか女一人に男二人で声かけんなよ、バランス悪ぃだろうが」
「なっ、お前は!?」
「マジかよ……」
的確な指摘を完全にスルーしながら、俺の正体にビビりだす二人組み。
まぁこれでも俺は王族だし、実力もこんな雑魚二人じゃ相手にならないくらいはあるからな、ランク5は伊達じゃない。
「おら、テメぇらがナンパ失敗した恥かしい出来事は黙っててやるからさ、大人しく消えな」
「ちょっと待ってくれ、変な勘違いはやめてくれよ」
「そうそう、この娘があまりに無礼を働くもんだから――」
「消えろっつってんだ、聞こえねぇのか?」
腰に佩いた刀の鞘に手をやりながら、軽く殺気を当ててやる。
「わ、わかったよ、だからそんなマジになるなって」
「ああ、ここはお前の顔に免じて不問ってことにするから、な?」
心を篭めた交渉によって、ようやく俺の意図を理解してくれたようだ、うん、やっぱ話し合いって大事だよな。
そう思いながら、血の気の失せた青い顔でそそくさとその場を退散するバカ二人組みを見送った。
「悪ぃ、ウチの生徒が迷惑かけたな」
とりあえず水色ショートの美少女に詫びを入れておく。
「いえ」
返って来る言葉は抑揚の無い冷めた一言、うーん、中々どうしてクールな娘だな。
「ま、次はもうちょっと穏便にお引取り願うんだな、けど、貴族相手に杖で殴るとか、面白いヤツだなお前」
アイツらはアレでも幹部候補生の一組だ、魔法の威力が固定されるタイプの短杖を装備するような、ちょっと魔法を齧っただけのお嬢様がどうこうできる相手じゃない。
それでも殴りつける向こう見ずなヤツを面白いと言わずなんと言うべきか、本人は相変わらずの無表情で何を言われているのか全く分からんといった感じだが。
「まぁいい、俺はもうこれで行くわ、ああ、礼とか堅苦しい事は別に考えなくていいぞ、こういうのはよくある事だし」
名乗りの一つもせずに別れるというのは少しばかり失礼かもしれないが、盛大に素顔を晒した所為で俺の存在がバレつつある、というか「ネロ」とか「ウイングロード」とか言う声が周囲の人だかりから聞こえてくるし、完全にバレてるなコレは。
こんなところで人の注目を浴びるのも囲まれるのも追いかけられるのも御免だ、さっさと退散するに限る。
「お転婆なのもほどほどに、じゃあなお嬢さん」
俺は再び顔を隠すフードを深く被りなおし、その場を素早く去った。
「何ですか、この茶番は……」
私は心底呆れた目つきで、人ごみへと消え行く黒髪紅眼の青年を見送った。
「スパーダには不快な輩が多いのですね」
ナンパの二人組みしかり、途中で現れた青年の自己中心的な言動も、何もかもが気に入らない。
くだらない男のつまらない三文芝居を見せ付けられた、何て不愉快。
「早く私を迎えにきて、全てを忘れさせてくださいよ、クロノさん」