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黒の魔王  作者: 菱影代理
第14章:魔女は恋なんてしない
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第213話 我こそは、偉大なるスパーダの(中略)ウィルハルト・トリスタン・スパーダ

 加護は得られたが、ラースプンをあのまま野放しにしておくのは危険だし、宝玉が無くともランク5モンスターの素材は大いに価値がある。

 すでに倒せる手段がある以上は、これを見逃す理由は無い。

 そうして、下山せずにラースプンの追撃をすることに決定したのだが……結局、見つける事は出来なかった。

 モンスターを追跡するスキルや魔法も無く、巣や行動ルートなどの事前情報も無い為、発見できなかったのは半ば当然の結果ともいえる。

 やや落胆の気持ちでダキア村に戻った俺たちだったが、そこで『ウイングロード』とか言う幹部候補生のパーティがラースプンを討伐した、という情報を耳にして、より気持ちを沈めてくれた。

 まったく、運の良いヤツらだ、ラースプンは右腕という最大の武器を失っていたし、消耗も激しかった、あの状態ならランク4パーティでも倒す事はできただろう。

 だが、冒険者にとってモンスターを逃がしてしまうことも、逃がした獲物を横取りされることも、よくあることである。

 ここはラースプンを逃してしまった俺の不手際と、向こうのパーティが幸運に恵まれただけと思って、すっぱり諦めよう。

 そんなこんなで、紅炎の月11日にはラースプンの右腕だけを戦利品にスパーダへと帰還したのだった。

 思えば、ドルトス捕獲のランク2クエストはちゃんと達成したし、鉈は進化し、加護も得られたしで、実りの多い山篭りだったと言えるだろう。




 そして翌日、紅炎の月12日。

 ラースプンに羽を半分千切られたリリィの傷は未だ癒えていないので、完治するまでは冒険者稼業を休業することにした。

 ランク3に上がるために受注したクエストはまだいくつか残っているものの、とりあえず期限が近いものは全て済ませてあるので、一週間や二週間くらい休んでも、達成するに問題は無い。

 リリィは妖精の霊薬によりすでに痛みは無いものの、欠損した部位が再生するまでには時間がかかってしまう。

 だが、その時間も一週間以上に及ぶことは無いらしい。

 ほぼ魔力で構成される羽は、特別に治癒魔法を使わずともトカゲの尻尾の如く自然に再生するが、物理的な肉体である五体は人間と同じで再生する事は無い。

 そういう意味で、千切られたのが手足じゃなくて羽だったのは、不幸中の幸いと言えるだろう。

 しかしながら、左上段の羽の先が無いリリィの姿は、本人はあまり気にしていないが、俺の精神衛生上物凄くよろしくない、早く元の姿に戻って欲しいと切に願う。

 やや過保護と言われそうな勢いで、リリィは宿のベッドで安静にしていることを言いつけた俺は、次のクエストの準備やらなになやらと、今の内に出来ることをすることにした。

 ついでに、ランク3に上がった暁には入学を決意している王立スパーダ神学校の願書でも貰っておこうかと思い、12日の昼下がり、俺は再び勇ましい男女の彫像が待ち構える巨大な正門を潜った。

 相変わらずの人の多さ、今日も学生達で賑わっているようだ。

 道行く中で、多くの生徒達が「ウイングロードがランク5に上がった」というような話をしていることに気がついた。

 どうやらラースプンを討伐した功績によって、ランク5に上がったらしい。

 頑張ってコツコツとランクアップを目指している『エレメントマスター』からすれば、何とも羨ましい話である、ましてラースプンを倒せたと言うのなら尚更だ。

 この辺の経緯や悔しさは、シモンを相手に語って聞かせよう、そうしよう、と思いながら歩いているその時だった。

「あれ、もしかして――」

 ふと目に入ったのは、スラっとした長身の青年、黒の制服に幹部候補生の証たる赤いマントがなびく。

 燃えるような赤髪に神経質そうな細面、金色の瞳の片方にはレンズがキラリと輝く片眼鏡モノクルをかけている。

 やけに沈んだ表情をしているが、間違いない、彼はラースプンに追いかけられていた男子生徒だ。

 面と向かって言葉を交わしたのは一瞬のことで、果たして俺の顔を覚えているかどうかは分からない、だが、それでも彼がちゃんと無事なことが嬉しくて、思わず一声かけてしまっていた。

「へ?」

 俺の声に反応し、顔を上げる青年。

「やっぱり、君、あの時ラースプンに襲われてた生徒だろ?」

 もしも他人の空似だったらとんだ恥なので、きちんと確認はしておく。

 というか、彼がまるで死んだと思っていた人物でも目にしたかのような、驚愕の面持ちで俺の姿を頭の天辺から足の先までジロジロと凝視する。

 なんだ、もしかして本当に人違いだったりするのか?

 なんて、不安に思った直後、

黒き悪夢の狂戦士ナイトメアバーサーカーっ!?」

「え、なに? バーサーカー?」

 なにその恥かしい名前、俺そんなこと名乗ってないよね?

 っていうか、むしろ向こうが俺の事を別の誰かと勘違いしてたりするんじゃないのか?

「うぉおおお、生きてたのかぁ!!」

 が、この物言いは、どうやら人違いでは無さそうだ。

 そうか、彼はきっと俺がラースプンとの戦いで死んだと思ったのか、まぁ相手はランク5だし、実際に死にかけたし、妥当な予測だろう。

 しかし、このリアクションは、流石になんというか、対応に困るな……




 そんなこんなで、互いの無事を喜びあった後、落ち着いて自己紹介をすることと相成った。

 だが、正直なところ俺は幹部候補生という存在を舐めていたといっていいだろう。

 なぜなら、

「我こそは、偉大なるスパーダの『剣王』レオンハルト――」

 あ、この辺は長いからカットで。

「――そう、我こそぉ! ウィルハルト・トリスタン・スパーダであぁああああるっ!!」

 そう、つまり彼は今いるスパーダという都市国家の王の息子、つまり、王子様だったのである。

 俺は神学校の屋外に設置されたベンチにて、本物の王子様と出会ったのだった。

「は、はぁ……」

 しかし、貴族どころかいきなり王族の登場である、しかもこんな感じの激しい自己紹介、どん引きとまでは行かずとも、困惑してしまうのは仕方の無いことだろう。

 というか、下手な対応したらもしかして不敬罪とかで処刑されたりするんじゃないか俺?

「ふぁーっはっはっは、なに、余計な心配は無用であるぞ黒き悪夢の狂戦士ナイトメアバーサーカークロノよ、汝は我が命の恩人、それをどうして不敬の罪に問うことなどできようか――」

 いや、無い! と、わざわざ反語で熱弁してくれるウィルハルト王子。

 回りくどい比喩表現と堅苦しい物言いに辛抱しながらその言葉に耳を傾け続けると、どうやら俺とは‘冒険者同士’として、敬語など気にせず気安く話して欲しい、とのことだった。

「えーと、それじゃあウィル、と呼べばいいか?」

「うむ、それでよい」

 どこか嬉しそうに鷹揚に頷くウィル、これが王族の貫禄ってやつなのだろうか、違う気がする。

「さて、この運命的にして感動的な再開の喜びに水を差すようなことではあるが、これは先に言っておいたほうが、否、謝っておくべきことだろう」

「謝るって、なにを?」

 ウィルは神妙な顔で直立不動になった、かと思うと、そのまま直角に迫る勢いで頭を垂れた。

 なんだいきなり、コイツは王子様だよな? 冒険者なんかにそんなほいほいと頭を下げていいものなのか?

「スパーダの第二王子などという位にありながら、今の我には命を救った恩人に相応しき黄金も宝物も持ちえておらぬ! 真に申し訳ないっ!!」

 とりあえず謝っているんだということは分かったが、ウィルは何に対して謝罪の意思を感じているのか理解するのに、数秒を要した。

「えーと、王子様なのに何も報酬だせなくてスマン、ということか?」

「如何にもっ! 我の身分は王子でもあるが、同時に王立スパーダ神学校の一生徒でしかないというのもまた、揺るがしがたい事実である。

 兄上のように将軍職にでもついていれば、金銀財宝に名誉勲章と合わせて贈ることもできようが……未だもってただの幹部候補生でしかない我には下賜するべき財産も讃えるべき地位も、何一つ持ち合わせておらぬのだ」

 つまり、多額の謝礼金とド偉い勲章でも贈りたいのは山々だが、今の自分はそれをできる地位には無いということを謝罪しているのだ。

 なるほど、王子様と言っても何でもかんでも権力でどうこう出来るって身分じゃないんだな。

 いや、そういう所もあるのかもしれないが、少なくともスパーダでは身分と一緒にきちんとした社会的地位がなければ、権力も財力も伴わないといったところか。

 金持ちの息子と言っても、ソイツ自身が金をもってるワケではないのと同じ理屈みたいな。

「いや、別に王子様の命を助けた恩を着せてふっかけようなんて思って無いから、こうして感謝してくれるだけで十分だぞ」

「いや、だが……しかし……」

「とりあえず、もう頭を上げてくれないか」

 やけに決まった直角の一礼ポーズをずっととらせているのも忍びない、これは相手が王子様でなくともそう思うだろう。

 どこか渋々といった様子ではあるが、ウィルは苦渋に満ちた表情で頭を上げた。

「あんまり気にしないでいいぞ、冒険者やってればこういうこともあるだろう、今回はたまたま助けた相手が王子様だったってだけのことだ」

 もし村の子供でも助けたら、お礼に貰うのがその子が宝物にしている蝉の抜け殻だったりするかもしれないし。

 こういうお礼は決まった金額を支払わなければならないという決まりは無い、それは全て善意によってもたらされるものであって、恩着せがましく要求するのは悪徳と呼ぶべきものだろう。

 今回のことは、精々がラースプンを取り逃がしてしまったことが残念だったくらいで、そもそも助けた二人組みからお礼を、なんて微塵も考えなかったし。

「俺としては、誰かを助ける事が出来たってだけで十分だ」

 綺麗事でもなんでもなく、俺は心の底からそう言える。

 自分の善意に返されるのが、石では無く心からの礼の言葉であるだけで満足だ。

「その心遣いに感謝する、くっ……我がスパーダ国王であったなら、汝を騎士として取り立てることもできたというのに」

「あー、いや、そういうのは割とマジで結構なんで……」

 別に俺はスパーダ騎士を目指しているワケでは無いし、なる気も全く無い。

 今の冒険者生活が気に入っているってのもあるが、騎士なんていう宮仕えになれば、いざ試練のモンスターが現れた時に仕事の都合で倒しにいけないかもしれない。

 そもそもこっちの世界において完全無欠に身元不明な俺が騎士なんかになれるのだろうか、傭兵として雇われるのが精々では無いだろうか。

「なんと、地位も名誉もいらぬとは、正に自由に生きる冒険者の鑑であるなっ!」

 ウィルの賞賛の言葉がちょっと耳に痛い、すまん、そんな立派な志ではないんだ……

 だが、それを一々訂正するのは無粋というものだろう、なに、決して説明が面倒くさいとかそういうんじゃないよ。

「相分かった、汝の意思を尊重し、余計な事はせぬと誓おう、だが、もし我の力を欲さんとするならば、全力でもって応えよう!」

「ああ、ありがとな」

 こう言って貰えると、なんだかんだで嬉しいものである、ウィルはこう見えて結構義理堅い性格なのかもしれないな。

「しかしクロノよ、一つ教えてはくれまいか」

「なんだ?」

 やけに真剣な表情に、いや、すでにこんな演劇のような立ち居振る舞いのウィルだから、その顔は常にマジなのだが、ここは、より真剣味のました、ということである。

 そんなウィルが俺へと聞いたのは、

「汝は未だランク2の冒険者であるという、だが、見事にあの恐ろしきラースプンを退け、あまつさえ右腕まで切り落としたというではないか」

 とりあえず、ウィルにはどうやってラースプンを撃退したかは伝えている、フィオナを斬って云々のハードな部分は伏せてあるが。

黒き悪夢の狂戦士ナイトメアバーサーカークロノよ、汝は一体、何者なのだ?」

 うーん、とりあえず黒き悪夢の狂戦士とやらでは無い、ということは、この王子様にちゃんと伝えておかなければならないだろう。


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