第211話 第一の加護(1)
広くて黒い、それが真っ先に浮かんだ印象だった。
まるで闇夜の中に立っているような錯覚を覚えるが、不思議と暗さは感じられず、周囲を見渡せば確かに視界が広がる。
「どこだ、ここ……」
左右に立ち並ぶ円柱や随所に見られる精緻な装飾から、神殿のようだと思うが、
「ようこそ、エルロード帝国アヴァロン王城へ、歓迎するよ黒乃真央」
ここは玉座の間であると、その声の主を見た瞬間に理解した。
俺を‘黒乃真央’とフルネームで呼ぶ人物は、今のところ一人しかいない、つまり、自称神様、古の魔王、ミア・エルロードである。
その男女の区別がつかない幼く中性的な顔立ち、記憶にあるそのままの姿で、ミアは小柄な体に反比例するように巨大で重厚な漆黒の玉座に腰を据えていた。
よく見れば、身に纏っているのは初めて出会った時に、自分の正体を明かした際に着ていた黒い軍服と、どこまでも広がるマントであった。
俺は玉座より階段のように何段か低くなった場所から、恐らく皇帝としての正装なのだろうミアを見上げながら問いかけた。
「これは一体、どういうことなんだ?」
状況が全く分からない。
とりあえず、ラースプンに逃げられた後、ひとまずあの場に野営して夜を明かすと決め、適当なところでフィオナと番を交替し寝袋に潜り込んだところまではハッキリ記憶に残っている。
「そんなに警戒しなくていいよ、ここは夢の中だからね」
その割には、随分とリアルな感覚だ。
別に頬をつねらずとも、己の五感が作用していることを把握することはできる、ついでに魔力の流れやら第六感のようなものまで。
「夢の中に出てくるなんて、神様っぽいでしょ?」
「まぁ、確かにな……」
神っぽいかどうかはさておき、この目の前に広がる玉座の間が、現実に存在するというよりも、夢か幻である、と言われたほうが納得ゆく。
まして、俺はついさっきまでガラハド山中にいたのだ‘またしても’いきなり召喚されたと言われるよりかは説得力がある。
「それで、わざわざ夢の中にまで出てきて、何の用なんだ?」
「ふふふ、それはね、最初の試練を突破したご褒美に、加護を授けるためだよ!」
やったね、おめでとう! と皇帝陛下直々の拍手と祝福の言葉が、広い玉座の間に虚しく響き渡る。
「は、はぁ、それは、どうも」
何となく察しはついていたといえども、ここまでストレートに褒め称えられると、少々どころでは無く困惑してしまう。
というか、加護を授ける時って、みんなこんな感じなのか?
これでは中学校で卒業証書を授与される時より、ありがたみも緊張感も無いぞ。
「加護と言っても、まだ大した力じゃないけどね」
まぁ、それはそうだろう。
確かにラースプンは強敵だったが、命懸けでギリギリ勝利を治める、なんていう経験は冒険者の大多数が経験していることでもある。
俺がそれを、たったの一度経験するだけで、使徒を倒せる凄まじい力を手に出来るとは思えない。
「それじゃあ、試練を順次こなしていく度に、加護の力が強くなるってことなのか?」
「その通り! 詳しい事は言えないけどね」
そうして、ミアは一拍おいてから、真剣な表情で言葉を続けた。
「さぁ、黒乃真央、ここに試練を征した証を捧げて」
「証?」
「その手に持っているモノさ」
見れば、いつの間にやら、俺の右手にはこぶし大の真っ赤な宝石が握られていた。
一瞬、リリィの『紅水晶球』かと思ったが、カットが荒く、微妙に色合いも異なっていることから別物であると分かる。
というより、コレはもしかして、
「ラースプンの右手に埋まってたヤツか?」
「うん、試練は証を捧げれば達成できる、必ずしもモンスターを殺さなくてもいいんだよ」
そうだったのか、ラースプンは証が右手の甲に埋まっている炎の宝玉だったから、殺さずともコレを手に入れることができたので、試練をクリアしたとみなされるわけだ。
しかし、証がモンスターの頭だったり心臓だったりする場合には、キッチリとどめを刺して回収しなきゃいけないし、あるいは木っ端微塵に吹き飛んでしまったりすれば……要注意だな。
「それじゃあ、その証、『憤怒の拳』をもらうよ」
ミアが紅葉のような手のひらをサッとこちらへ翳すと、俺の右手に握られた宝玉が砂のように零れ落ち、キラキラと赤い光を放ちながら虚空へと消え去ってゆく。
幻想的な変化に見蕩れる間も無く、『憤怒の拳』と言う名の宝玉はあっという間に消滅した。
これで神に捧げた、ってコトになるのかな。
「ちなみにコレ、凄い魔力を秘めてるから、武器とかアイテムにしたら強力なモノができるよ、売るだけでもかなりの金額になるね」
「え、それを今言うの!?」
なんかめっちゃ惜しいことした気がする、イジワルか!
「ふふふ、前は男か女か分からないなんて失礼なことを言われたからね、お返しさ」
ぐぬぬ、神様のくせに以外と根に持つタイプだったか……
「さて、これでもう君の体に加護の力が宿ったよ」
言われるものの、変わったところはなにも感じない、ひょっとして騙されてないか俺?
「加護ってのは、もう使えるのか?」
そもそも、どうやって‘加護の力’って使うんだ?
「普段魔法を使うのと同じような感覚ですぐ理解できると思うよ、加護と言っても、その力はすでに黒乃真央、君のモノなのだからね」
もっとも、使えるのはこの夢が覚めてから、と付け加えられる。
「そうか……ありがとう、と言っておくべきなのかな」
しかし、本当に俺の身に加護が宿ったというのなら、もうこの目の前にいる子は、自称神様などでは無く、本物の神様と認定しても良いだろう。
言葉遣いとか、今からでも改めるべきだろうか、何と言ってもパンドラ大陸に知らぬものはいない古の魔王である。
「ふふ、そんなに固くならなくていいよ、これから先もずっとこのままで構わない、僕は別に崇め奉られたいワケじゃない、傲慢なる『白き神』と違って、ね」
その十字教の掲げる神の名を口にした瞬間、ミアからは何とも言えぬ威圧感のようなものを感じ取った。
決して殺気を出しているわけでも、魔力が滲み出ているわけでも無いのに、自然と膝を屈して頭を垂れてしまいたくなるほど、目に見えない謎の力が確かに発生している。
正しく神の力の一端を現すような気配の中だが、白き神の名が出た以上は、聞いておかねばならないだろう。
「ミアは『白き神』について、知っているのか?」
気がつけば、謎の威圧感はすでに無く、ミアはいつも通り愛くるしい微笑みを浮かべて小さな口を開いた。
「よく知ってるよ、けれど、それはまだ秘密」
「試練を乗り越えれば、教えてくれるのか?」
「少しだけね」
どうやら、神についての情報を教えるつもりはないようだ。
イジワル、というよりも、それがルールなのだろう。
まぁいい、目下のところ問題なのは『白き神』そのものではなく、ソイツを信仰する十字軍だ。
使徒と無数の十字軍、これを打ち倒す力さえ得られるのならば、神の事情など俺の知ったところでは無い。
「そうだ、一つ教えてくれ」
「何かな?」
「ラースプンが現れたのは、俺の所為か?」
ミアの加護を受けるために試練を課せられた俺がいた所為で、ラースプンが出現した、いや、より直接的に言うべきか、ラースプンを‘用意’したのはミアなのではないか、と。
「いいや、何の関係もない、アレが出現したのはただの偶然、自然の流れの一部だよ。
前にも言ったけど、神といえどもこの世界に干渉できることは限られている、それは僕だけに限った話じゃない、どんな神でも、因果を捻じ曲げることは出来ない」
「それを聞いて安心した」
これで俺の試練の所為で、強力なモンスターが出現して被害を撒き散らす、なんて人間災害みたいなことは無さそうだ。
試練となるべきモンスターは、あくまで自分自身で探し、あるいは、今回のように運命的に出会うしかないってことか。
「ついでに、次の試練がどんなもんなのか、教えてはくれないのか?」
「答えはわかってるくせに。
けれど、目覚めた時に加護を使ってみれば、これからの試練も、得られるだろう加護の力も、おおよその察しがつくんじゃないかな」
思いがけず、ミアがヒントをくれた。
特別サービス、というよりも何らかの規則性があるのだろう。
「話はこれでお終い、それじゃあね黒乃真央、君が次の試練も乗り越えてくれるのを、楽しみに待っているよ」
俺が何かを言う前に、唐突に目の前が真っ暗になり、そのまま意識が途切れ――
クロノは加護を手に入れた!
お知らせ。2012年2月13日
週に二回更新と前回に書きましたが、更新する曜日を教えて欲しいとの声がありましたので、ここできっちり決めておきます。
更新は月曜と金曜にしますので、よろしくお願いします。