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黒の魔王  作者: 菱影代理
第13章:紅き憤怒の咆哮
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第209話 その女を斬れ

 猫獣人ワーキャットの青年ジョート率いる冒険者パーティは、ランク4に上がる最後の条件であるクエストをついにクリアした。

 激戦の末に討ち果たしたモンスター、その討伐の証となる部位を回収した時はすでに陽は傾き始め、スパーダへ帰るのは夜が明けてからと判断される。

 念願のランク4へついにランクアップできるとあって、喜びの声を挙げるパーティメンバー達、だが、リーダーであるジョートの顔色はやけに優れなかった。

「どうしたのよジョート、いつもなら俺の武技がどうとか煩いくらい騒ぐくせに」

 ラミアの女剣士の言葉は皮肉に聞こえるが、そこにはいつもの調子を見せないジョートに対する心配の色が多分に含まれていた。

 顔色が悪い、とは言ってもモンスターとの戦闘の折には最近購入したばかりの『牙剣「悪食」』を振るい、リーダーに相応しい大活躍を見せたのだ、体調を崩したわけではなさそうである。

 まして、毒などの状態異常バッドステータス攻撃を受けた、という可能性も無い、今回のモンスターにはそうした特性は持っていないのだから。

「ん、ああ……ちょっと疲れたみてぇだ」

 意識はハッキリしているようだが、あまり焦点の合わない瞳が彼女の不安を掻き立てる。

「そう、じゃあさっさと休みなさいよ、番は最後に回しておいてあげるから」

 今回の戦闘において、モンスターは複数属性の魔法を連続で放つ強敵であった。

 生半可な魔法など完全に無効化できる『牙剣「悪食」』を持つジョートが普段以上の活躍を見せたのは、メンバーの誰もが認める紛れも無い事実である。

 流石に今日の激闘はジョートでも大いに疲労を強いるほどのものであると納得できるだろう。

「ああ、悪ぃな」

 それだけ言い残して、ジョートはテントの中へと消えた。

 それから、どれくらいの時間が経ったのだろうか、ふいにジョートは目を覚ます。

 いや、それは夢か現か判別のつかない、ぼんやりとした半覚醒状態のため、完全に目覚めたとは言えないだろう。

 半分以上は寝ぼけた頭で彼は思考する。

(ああ、くそっ、またか――)

 寝覚めは最悪、胸の奥底からフツフツと怒りの感情が湧き出てくるのをはっきりと認識する。

 最近、寝起きの前後に激しい怒りを覚えることがあるのだ。

 何だかよく分からないが、とんでもなく腹立たしい内容の夢を見たのだとジョートは思っていた。

 そして、それになぞらえるならば、今日この日も‘いつものように’その夢を見たのだろう。

(最悪の気分だぜ……)

 無性に腹が立つ、いや、それはもう殺意を覚えるほどの激しい怒りと言っても過言ではない、そんな感情を夢の所為で頻繁にみせられるのだから、堪ったものではない。

 まして今日はランク4に上がる為のモンスター討伐を成功させた記念すべき日、自分の大活躍でモンスターを倒し、メンバーは死者どころか大した負傷もしていない。

 これほどめでたい日はそうそうない、だがしかし、夢を見た、見てしまったのだ。

(ああ、くそっ、くそっ! 何なんだよ、ふざけんなよ、この胸糞悪ぃ夢見はよぉ!!)

 そんな怒りで頭が真っ白になるのと同時に、ジョートが傍らに置いてある『牙剣「悪食」』の柄を反射的に握っていた。

 その時‘何だかよく分からない夢’が‘はっきり見える夢’に変化した。

 そこには、どこにでもありそうな街道の風景が広がっていた。

 晴れた青空、左右には鬱蒼と生い茂る緑の森、あの遠くに見える大きな山はガラハドの山々だろうか。

 ジョートは、そこで見た事が無い‘仲間’の死体を見下ろしていた。

 いや、仲間ではない、より正確に言うならば仲間‘たち’である。

 そう、この街道にはいくつもの死体が転がっているのだ。

(くそっ、許せねぇ、よくも俺の仲間を殺りやがったな――)

 この会ったことも見たことも、名前さえ知らない獣人の剣士や射手の冒険者たち、だがそれは紛れも無く‘俺’の仲間であるとジョートは思う。

 許せない、許せるはずがない、この冒険者パーティは臨時で結成したようなもんじゃない、何年も苦楽を共にして、数多の危機を潜り抜けてきた信頼すべき仲間達、それがむざむざ殺されて、許せるはずなど無い。

 しかも、ただ殺されたワケではない。

 どの死体も欠損すること著しく、明らかに必要以上の攻撃を加え、弄んで殺したのである。

 誰だ、誰が殺した、俺の仲間たちを――ジョートは血眼になって犯人を捜す。

(ああ、そうだ、お前だ、お前がやったんだ)

 その恨みをぶつける相手は、気づけばすぐ目の前にいる。

 それは、一人の女だった。

 種族は人間、年の頃は十代後半か、髪は桃色、白をベースに露出の激しい過激な服装、煌びやかな装飾品をこれでもかと身につけている、女だ。

(コイツを殺す、コイツは殺す、コイツだけは、絶対に殺さなきゃならねぇ!)

 明確な敵を認識し、その殺意は一点に集中される。

 その女は、無防備にも背中をさらして座り込んでいる。

 殺れる、チャンスだ、絶好の機会。

 そして、俺の手にはもう‘何十年も使い込んだ’愛剣である『牙剣「悪食」』がある、これで殺れないワケが無ぇ――そんな思考が一瞬の内に脳内を駆け巡る。

(死ねっ、死ねっ、死ねぇええええええええええええ!!)

 身体は羽のように軽やかに跳躍、振り上げた巨大な牙の刃は腕の一部であるかのように重さを感じない。

 そのまま思い切り振り下ろす、武技も何も無い、ただ力まかせの強引な一撃。

 その背中を見せて座っている小さな女を斬り捨てるに、何ら不都合は無い。

 確かな手ごたえ、あっさりと肉と骨を断ち切る感触が手に伝わる。

「はははははは! やった、やったぞぉおおおおおおおおお!!」

 勝利の雄叫びをあげるジョートは、その瞬間に目を覚ました。

「ひゃははは――は?」

 ふと我に返ったジョートは、自分が夢の中どころか、眠っていたテントの中にすらいないことに気がついた。

「あれ、俺……」

 周囲を見渡す、ラティフンディア大森林の巨木が立ち並ぶ光景、だがそこは自分達が一夜を明かすべくテントを張った場所であるに違い無い。

 そこで改めて右腕にズシリとした重量感を覚える、どうやら自分は夢の中と同じように『牙剣「悪食」』を握り締めているようだ。

 そして、その白く巨大な牙の刃に、赤黒い血がべったりと付着しているのを見た。

「え、は、何だよコレ――」

 俺は一体、何を斬ったんだ? その疑問の答えは、自分のすぐ足元にある。

 うつ伏せに倒れこんでいるのは、ラミアの女剣士。

 生きているのかどうかなんて考えるまでも無い、肩口から腰元にかけて斜めに斬られ、完全に身体が離れてしまっている。

 スライムなどの無形のモンスターならいざ知らず、人型の種族が身体を両断され、生き残れるはずがない。

 即死、たった一目で判断できる、冒険者なら尚更その理解も早い。

「お、おい、嘘だろ、何だよ、何なんだよコレは」

 ジョートはどうしようもなく分かってしまう、己がこの手で彼女を殺したのだと。

「うぉおああああああああああああああああああ!!」

 頭を抱えて絶叫すると同時に、テントから他のメンバーが異常を察知して飛び出してきた。

「おい、どうしたんだ!?」

「モンスターかっ!?」

「モンスターはどこだ!?」

 得物を手に現れたガーゴイルの射手と双子のゴブリン神官は、素早く周囲を見渡す。

 そして、何秒もしない内に、信じられないが、それでも目の前に広がる惨殺現場の状況を理解する。

「おいジョート、これは……どういうコトだ?」

 胴体を両断されたラミア、その傍らに立つ血のついた大剣を持ったジョート、これを見て関係性が分からないはずが無い。

「ち、違う……」

 ジョートは彼らから顔を背けたまま、ぼそりと否定の言葉を呟いた。

「な、何が違うってんだよ、お前がやったんじゃないのかよ!?」

 叫ぶガーゴイル、仲間を殺した人物が目の前にいれば、その手にする弓を自然に構えていてしかるべきなのだが、その犯人もまた同じ仲間であるのなら、声をあげるだけに留まるのは仕方なかったのかもしれない。

「違う――コノ女は、違ウぅう!」

 振り返ったジョートの目に、理性の光は宿っていなかった。

 変わりに、狂気を湛えた真紅の光がそこに煌いている。

「お、お前――」

 そこで、ようやくガーゴイルと双子のゴブリンが反応する。

 理由は不明だが、目の前に立つジョートは如何なる状態異常バッドステータスにかかっているのか、完全に正気を失っている。

 瞬時にそんな判断が下せたのは、彼らがランク4まで登り詰める実力を有した冒険者であったからだろう。

「構えろっ! ジョートはもうダメだっ! 周囲に魅了チャーム狂化バサーク持ちのモンスターがいないか警戒しろっ!!」

 ガーゴイルの射手がそう叫びながら、弓を引きつつ一足飛びにジョートとの間合いを開ける。

 だが、最初の立ち位置で全員がジョートの3メートル以内に立っていたことは、彼らのクラスを鑑みれば絶望的であった。

 射手と神官、どちらも後衛が専門であり、3メートル以下という近距離は、剣士であるジョートの領分だ。

「テメぇもアノ女の仲間カァアアあああ!!」

 これまで見た事が無いほど怒りの形相に顔を歪めたジョートは、殺意と敵意を向き出しにして大剣を振るった。

 しかも、その踏み込みは普段よりも明らかに速く、力強い。

「ぐぎゃぁあっ!」

 ジョートの叫ぶ言葉の意味も判らず、双子のゴブリン神官の片割れが一刀の元に切り伏せられる。

 反撃の隙も無い、見事な一太刀。

 いや、たとえ反撃できていたとしても、神官である以上その主な攻撃は魔法、悪食との相性は最悪である。

 もっとも、手にする細い杖で殴打を選択したとしても、その柄ごと真っ二つに両断されるだろうことは想像に難くない。

「くそぉ、なんでこんな――」

「アノ女は許せねぇ、ソノ仲間も許さねぇ、テメぇら全員ミナ殺シだぁああああああ!!」

 戦力差と相性差はどこまでも絶望的であった。

 残ったガーゴイルとゴブリンの二人では、この状況において生き残る手段などありはしない。

 まして、狂化バサークと同じようにパワーとスピードが上昇していては尚更。

 結果、五分もしない内にこの野営地には四つの死体が転がることとなった。

 そして、一人残った殺戮者は、血塗れの大剣を携えて暗い森に向かって歩き出す。

「ドコだ、女ぁ、ドコに、いやがルぅ……」

 怨敵の姿を求めるジョート、いや、今は大剣のかつての主と言うべきか、どちらにせよ呪われし凶刃を携えた彼の向かう先には、奇しくも数多の人々が住むスパーダの街があるのだった。


第13章はこれで最終回です。それでは、次章もお楽しみに。

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― 新着の感想 ―
確かに呪いの武器になる下地はあったよな
[良い点] 呪われていない武器が、呪われた武器になる過程が分かったことです。
[一言] 憤怒は二人いたか
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