第206話 火竜の巣
「うおぉお!? なんだコレ、どうなってんだ!?」
パワーバカな剣士のカイが、火竜の巣へと踏み込んで開口一番そんな叫び声をあげた。
普通なら「やかましい」と誰かからツッコミの入るタイミングなのだが、今やそれが出来る者は俺含めて誰もいない。
なぜなら、この火竜の巣で俺たちを待っていたのは二頭の巨大サラマンダーでは無く、モンスターの死骸の山だったのだから。
「ひ、酷い……」
俺の隣で、ネルが細い眉をしかめて『灯火』の灯りが照らし出す惨状から思わず眼を背けた。
大小、強弱の区別無く、ガラハド山脈に生息するあらゆる種類のモンスターが、肉付きの良い部位を食い千切られ無惨な傷跡を晒した状態でそこら中にころがっている。
夥しい数の死骸、いや、食べ残し、と言うべきか。
「何なのよ、これ全部サラマンダーがやったの?」
シャルもこの血生臭い光景には眉をしかめているが、それでもしっかりと見つめて現状を確認している、流石は気丈なスパーダの姫君といったところか。
「違うわ」
そして最も死体を見慣れている屍霊術士のサフィは、どこまでも冷徹に周囲を観察した結果を伝えてくれた。
「サラマンダーは肉食だけど、同じモンスターを食べるにしても必ず草食のものを狙う、この死骸の山には肉食系のモンスターも大量に混ざっている」
なるほど、いくら強力な個体のサラマンダーでも、食えない獲物まで食べるようになるわけでは無い。
「オマケに、植物系のモンスターも混ざってるしな」
俺は視線の先にある、生い茂る緑の葉を頭部ごと失われているウッドゴーレムと一口だけ噛み千切られているマタンゴの死体を眺めながら、そう言葉を続けた。
「え、ソレってつまり、どういうことなんだ?」
カイという名の馬鹿は放っておこう、お前は素振りでもしとけ。
「それじゃあ、これは、雑食のモンスターが食い散らかした後ってことね」
「そういうこと」
そしてそれは、サラマンダー以外のモンスターが、この火竜の巣で下品に食い散らかすような食事を行ったということだ。
そんな傍若無人な振る舞いする客人を、ここで子育てを行い気が立っているサラマンダー夫婦が許すはずが無い。
ならば、
「その‘雑食のモンスター’ってヤツは、ここに住んでたサラマンダーも喰った、ってコトだな」
俺の言葉の証明は、すぐ目の前にあった。
「これは――」
ソレを見たシャルが息を呑む、他のメンバーもリアクションは大なり小なりだが、驚きを隠せないでいる。
かく言う俺も、予想外の光景に内心かなりの驚きだ。
まさか、近年稀に見る大物サラマンダーが、二頭仲良くバラバラになって食い荒らされた死体が転がっているなんて、予測できるはずがないだろ。
「大きさから見て、間違いなさそうね」
この中で最も冷静なサフィが、サラマンダーの死骸を検分する。
翼やら尻尾やらがバラバラになっちゃいるが、その部位一つとってみても、通常のサラマンダーよりも一回り以上大きなサイズであることが分かる。
ついでに、明らかに雛だと思われるサイズのパーツも転がっていた。
親も子も残さず喰ったのか、胸糞の悪くなる話だ。
「あ、あの、それじゃあコレは……一体だれがやったのでしょうか」
ネルが少し震える声で発した疑問、それは誰もが思い浮かべるべきものだ。
「この近辺で一番強いのはサラマンダー、そのはずだよな」
「うん、それは間違いない、よほどのイレギュラーが無い限り――って、今がそのイレギュラーなのよね」
シャルが自問自答した通り、これは紛れも無くイレギュラーな事態だ。
ダンジョン指定されている場所においては、基本的にモンスターの活動は調査・研究が重ねられ、凡その生態は把握されている。
だが、一体何が原因なのか全く不明で、時にとんでもなく強力なモンスターがふいに発生したりするのだ。
「そういやウィルのヤツ、モンスターが山頂から逃げ出してるって言ってたな」
「あ、そっか、そういうコト!」
モンスターの生息域の変動は、サラマンダーの所為ではなく、このあらゆるモンスターを捕食する別のモンスターが出現したことで引き起こったのだ。
「そう、それなら私たちは今、サラマンダーよりも危険なモンスターの巣へとのこのこやって来た、という事になるわね」
不気味な微笑みを浮かべながら、サフィがそんな不吉なことを言う。
「おお、ってコトは、サラマンダーよりも強ぇヤツと戦えるってことだな、凄ぇじゃん!」
「カイ、アンタはちょっと黙ってなさい」
俺より一瞬早く反応したシャルが律儀に突っ込んでくれた。
「一度、退いた方が良いのではないですかお兄様?」
ネルのいう事はもっともだ、そもそも俺たちはサラマンダーと戦うつもりでここまでやって来たのである。
それはつまり、装備品などが対サラマンダー用になっているのであって、断じて他のモンスターとの戦いに備えられたモノでは無い。
戦う相手に合わせて装備を変更するというのは、冒険者の常識だ。
アンデットを相手にするなら聖水は大いに役立つが、サラマンダー相手では聖水などいくらぶっ掛けても効果は無い。
「ああ、けどなぁ――」
俺は腰から下げた剣、いや『刀』と呼ばれる特殊な造りをした愛剣の柄に手をかけながら、入り口の方を振り返った。
「――残念ながら、ここの家主が帰ってきちまったみてぇだ」
そこには、一頭のモンスターが立っていた。
「なに、コイツ!?」
驚きの声をあげるシャル、なに、と言われても、俺にも答えが分からん。
音も無く現れたモンスターは、サラマンダーよりはやや小型の体躯だが、全身から発する殺気は凄まじいものがある。
黒と赤の二色の毛皮に身を包んだ全高6メートルほどのモンスター、筋骨隆々の巨躯に狼のようなシャープな顔、その頭からは兎のように特徴的な長い耳を生やしている。
だが、最も目を引くのは、右腕が二の腕から切り落とされて喪失してしまっていることだろう。
正に手負いの獣、いや、手負いの魔獣というべきだな。
「あれは多分、ラースプンね」
「流石サフィ、博識だな」
屍霊術士の天才少女はモンスターにも詳しい、なぜならコイツはあらゆるモンスターのいいとこ取りで最強の僕を創造することを目指しているのだから。
素材の調査・研究は彼女の趣味の一つとも言える。
「ランク5の珍しいモンスターよ、ちなみに――」
サフィは手元から描いた空間魔法の魔法陣より愛用の魔道書を取り出しながら、ちょっと気になる情報を教えてくれた。
「――20年前、レオンハルト陛下が討ち果たしたのが、最後の出現事例よ」
「そうかい、そんじゃあ今日で記録更新だな『ウイングロード』が討伐、ってな」
その時には、もう戦闘準備は全員済ませている。
前衛は俺とカイ、後衛はシャルとサフィ、一番後ろにネルが控える、俺たちの基本陣形だ。
ラースプンとかいう珍妙な名前のランク5モンスターが、明らかに消耗した様子を見せながらも、凶悪な目つきでこちらを睨む。
「誰にやられたんだか知らねぇが、残念だったな、テメぇはココで討たせてもらうぜ」