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黒の魔王  作者: 菱影代理
第13章:紅き憤怒の咆哮
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第195話 キャンプ

「我こそは、偉大なるスパーダの『剣王』レオンハルト・トリスタン・スパーダが息子、白き聖なる剣、黒き禁断の魔法、そして、全知たる灰色の頭脳を併せ持つ希代の英傑、古の魔王の再来、そう、我こそぉ! ウィルハルト・トリスタン・スパー」

 ダキア村の正門前にて、今日も元気に名乗りを上げるスパーダの第二王子ウィルハルトだったが、

「やかましいわこのバカ兄貴っ!」

「だぁああああああ!!」

 突如として背後から強烈なドロップキックをくらったウィルハルトは、そのままぶっ飛び土の地面を二転三転。

 もうすでに栄えある幹部候補生の赤マントを泥で汚してしまった。

「な、何ヤツ!? 我が絶対知覚領域シックスセンスフィールドを掻い潜り一撃を食らわせるとは、只者ではあるまい……ハッ、まさか、あの狂気の暗殺組織シャドウムーンライト、最後の生き残りである‘ヤツ’が――」

「誰が暗殺組織の生き残りよ、いい加減その妄想垂れ流すのやめなさいよねこの馬鹿」

 ウィルハルトが脅威の暗殺技術を身につけた凄腕のアサシンの悲壮な過去を考えながら、よろよろと起き上がる。

 見れば、目の前には見慣れた赤いロングツインテールの少女が本気で蔑むような表情で仁王立ちしていた。

「おお、我が妹ではないか、今のは中々の一撃だった、すでに僧兵モンクとして一角の実力を身につけたようだな」

「私は魔術士! 人のクラス勝手に変えないでよ!!」

 互いに幹部候補生の赤マントに制服姿に身を包んだ、スパーダの第二王子と第三王女である、ウィルハルトとシャルロットの兄妹が顔を合わせた。

「しかし、何故シャルロットがここにいるのだ?」

 個人的にトレードマークだと思っている片眼鏡モノクルを人差し指でクイっと上げ、こっそり練習したクールなポーズを決めて、妹へと問いかける。

「クエストに決まってるでしょ、アンタら‘補欠組み’と違って‘キャンプ’なんてするわけないんだから」

 幹部候補生には成績によって上位優秀者が集う1組と下位劣等者の寄せ集めである2組とに分けられる。

 この2組のことを1組の者は幹部候補のさらに補欠という意味合いで、そのまま‘補欠組み’とまとめて呼んでいた、要するに蔑称である。

「ぐぬぬ、我が野外実習送りになったなどと一言も言っていないぞ、憶測で物事を決めるのは――」

「その大荷物に5人組のグループが複数、しかも場所はダキア村、これでキャンプじゃないってんなら、アンタら何しに来たっていうのよ?」

 野外実習とは、通称でキャンプと生徒達に呼ばれている授業である。

 これはダンジョンに潜ってモンスターを討伐する、という以前にそもそも野外での生活サバイバルがままならない者、つまり冒険者未満の者にのみ課される屈辱的な授業なのだ。

 この野外実習キャンプの内容は伝統的にガラハド山脈北部の山林で1週間過ごすというもの。

 そして、野営をするに必要以上のモノを必ず持たされるため、通常よりも大荷物となり、尚且つ5人で組まされるのもルールとして決まっている。

 そして現在のウィルハルトは、野外実習を受ける生徒として全ての条件に当てはまっている状況にあった。

 もっとも、メンバーである他の4名は、ウィルハルトからかなり距離をとっているが。

「ふ、くくく――見事な推理だ我が妹シャルロットよ、如何にも、我はこの呪われし地獄の荒行をつむべく、ここダキア村を訪れ、今まさに修行の場へと赴かんとしているところなのだ」

「地獄の荒行ね……メイド付きとは随分と面白そうな地獄だけれど」

「くっ、ぬぅ……」

 痛いところを突かれたウィルハルトは、必死の形相で歯を食いしばって妹の毒舌攻撃に耐える。

 そんな彼の背後には、清潔なエプロンドレスに身を包んだ美貌のメイドが影のように佇んでいた。

「はーいセリア、貴女もこんな馬鹿の世話を焼かされて大変ね」

「いえ、メイドとして主のお世話をさせて頂くのは当然の義務ですから」

 深々とスパーダの姫君たるシャルロットへ、セリアは頭を垂れると共に挨拶の言葉も添えた。

 どうやらシャルロットという少女は、スパーダの王子であり実の兄であるウィルハルトよりも、このメイドの方を気遣っているようだ。

「この馬鹿兄貴が、キャンプメンバーに迷惑かけないよう、くれぐれもよろしくねセリア。

 コイツがくだらない妄言垂れ流す度に栄えあるスパーダ王族の品位が下がってくから」

 畏まりました、と了承するセリアを、裏切り者をみる目つきでウィルハルトが睨んだ。

 だが、余計な口を挟んでさらなる罵倒の言葉を妹から引き出すよりは、別の話題に変えた方が無難であると結論付ける。

「クエスト、と言っていたが、どんな内容なのだ?」

 この手癖も口も悪いシャルロットだが、血を分けた妹であることに代わりは無い。

 彼女の高い魔法の実力も認めているが、それでも勢いで危険なクエストに挑んでしまうのではないかと、やや過保護気味な心配をウィルハルトはしている。

「はぁ、別に何でもいいでしょ――」

「――サラマンダー退治だ」

 シャルロットの台詞を遮って、別な男の声がウィルハルトにクエスト内容を明かした。

「……ネロか」

「よう、お前は相変わらずだな」

 同じ学生といえども、ウィルハルトはスパーダの王子である。

 そんな彼に気安く話しかける事ができるのは、やはりこのネロ・ユリウス・エルロードが同じ王子の身分であるからか、それとも彼の生来の気質か。

 何にしろ、ウィルハルトとネロは真の意味で対等な身分であり、少なくとも表向きは敬語で話すような間柄ではない。

「サラマンダーというと、もしや、火竜の巣か?」

「正解、頭だけはいいなウィルハルト」

 皮肉な笑みを黒髪赤眼のミステリアスな容貌に浮かべるネロは、女子ならそれだけで虜になってもおかしく無いほど美しい。

 だがウィルハルトは乙女ではないので、この幼い頃から幾度も顔を合わせたことのあるアヴァロンの王子の美貌に少しばかり嫉ましいという以外に思うところは何も無い。

 気になるのはむしろ、ガラハド山脈で最強のサラマンダーが巣食うと言われる『火竜の巣』へ挑むというクエストの内容だ。

「いくらランク4に上がったからと言っても、危険なのではないか?」

 尊大な口調は崩さないが、おふざけは一切無しの真剣な言葉である。

「心配すんなって、俺らなら誰が相手でもどうとでもなる」

 ネロの視線の先には、自慢のパーティメンバーが立っている。

 剣の申し子ガルブレイズと『魔眼』のハイドラ、二人の実力は同じ学年であるウィルハルトもよく知っている。

 もっとも、その実力を知っているだけで、個人的な親交は一切ないが。

 ガルブレイズは「俺、弱いヤツの名前覚えられねーし」と言われ、ハイドラからは「キモっ」の一言を貰っただけで、会話を打ち切られた。

 とても自らが仕える国の王族に向ける台詞ではない、が、そんなことで怒り狂うほどウィルハルトという男は以外にも器の小さい男ではない。あるいはヘタレと言うべきか。

 それはさておき、確かに幹部候補生の中でも抜きん出た実力を持つ面子で構成されたネロの『ウイングロード』ならば、『火竜の巣』で待ち構えるサラマンダー相手にもひけをとらないと思われる。

 だが、それでも心配なものは心配だ。

「私たちを弱い兄貴と一緒にしないでよね。アンタなんかに心配されなくても、サラマンダーぐらい楽に倒すわよ」

「……そうか」

 それでも、シャルロットがこの調子では、やはり言うだけ無駄というものだろう。

「怪我したら、ちゃんとネル姫に癒してもらうのだぞ」

 だからせめて、その乙女の柔肌に傷一つない姿で、無事に帰ってきてほしいと願い、そんな台詞をシャルロットに送った。

「言われなくてもそうするって、っていうか……ネルは何処行ったの?」

 ぐるりと辺りを見渡すシャルロットだが、どうやらその金色の瞳に5人目のメンバーは見つけられないようであった。

「ん、あー、ちょっと目を離すとすぐこれだ」

 やれやれ、と肩をすくめるネロ。

 そういえば彼の妹、アヴァロンの第一王女であるネルという少女は、気まぐれにふらふらっといなくなってしまうことがよくあるのだったと、ウィルハルトは思い出す。

 おまけに方向音痴のコンボで探すほうとしては堪ったモノでは無い、行ったきり帰って来るパターンがほとんど無いのだから。

「また、どこかで誰かの世話を焼いているのではないか」

 彼女はその女神のように心優しい性格の所為で、困っている人を見捨てられない性質である。

 それがたとえ、自分の国の民では無いとしても、分け隔てる事無く接する姿は王女というより聖女と呼ぶべきか。

 しかしながら、手を差し伸べたといっても、不器用な彼女に出来る事はたかがしれている、確実に役に立つのは類稀な治癒魔法の才により、怪我や病気を癒すことに限定される。

「そういうの危ねぇから止めろって言ってんのに、全然聞かねぇからな」

 どうやらこのアヴァロンの王子も、妹の聞き分けのなさに困っているようだ。

 もっとも、ネルという少女は出会い頭にドロップキックなどしないし、兄を馬鹿呼ばわりする事も無い、清楚可憐なお姫様として理想的な性格である。

 お転婆に過ぎるシャルロットは、彼女のお淑やかさの一部でも見習って欲しいものだとウィルハルトは常々思っていた。

「お、珍しいこともあるもんだ、ちゃんと戻ってきたか」

 いち早くその気配を察したのか、ネロが振り返ると、そこには噂をすれば何とやらというタイミングで、アヴァロンの第一王女、ネル・ユリウス・エルロードが現れた。

 特に人の気配を察する能力に長けているわけでは無いウィルハルトでも、彼女の姿は遠目に見れば一発で判別がつく。

 なぜなら、人の体に背中から大きな白い翼が生えているというパンドラ大陸でも珍しい特徴を持っているからである。

 古代より絵画に描かれる天使のような姿のネルは、兄をはじめパーティメンバーが集っていることを見つけ、笑顔で駆け寄ってくる、その年齢に不釣合いな巨乳を大いに揺らして。

「あら、ウィルハルト王子ではありませんか、奇遇ですね」

 治癒魔法など使ってなくても心身ともに癒される気持ちで、ウィルハルトはやってきたネルと挨拶を交わした。

「ったく、どこをほっつき歩いてたんだか」

 呆れた口調でネロが愚痴をこぼす。

「ごめんなさいお兄様、でも、素敵な出会いがありました」

「へぇ、珍しくお前が人の役に立てたんだな」

「はい! 馬がいう事を聞いてくれなくて立ち往生していた見習い魔術士さんを助けることができました!」

 何とも心温まる話である。

 しかしながら、この美貌の姫君に女神の如き優しさを向けられれば、その見習い魔術士とやらは、栄えあるネル王女殿下ファンクラブの新たな会員に加わってしまうかもしれない。

 そう考えると、また一人の男の人生を狂わせてしまったかと、不憫な気持ちになる。

「それじゃ、メンバーも揃ったことだし、火竜の巣へ行きましょ」

 ヤル気を漲らせる様子のシャルロットが、勇んで一歩を踏み出すのを、

「待て、シャルロット」

 ウィルハルトは止めた。

「なによ?」

 あからさまに不機嫌な声をあげるシャルロットだが、それでも無視しないことを思えば、まだ兄妹の仲は決定的な亀裂が入っていないともいえる。

「このガラハド山脈北部だが、最近は麓の方にも深部に住まう強力なモンスターが出没するようになったらしい」

「それが? ただ縄張りの変動があっただけなんじゃないの?」

 モンスターといえども、野生の一部である。

 建築物である遺跡系ダンジョンであっても、モンスターは出没する階層や徘徊ルートなどは日々変動している。

 まして自然の山野であれば、その生息地域が多少移り変わっていくのは当然のこと、そう珍しいことでは無い。

「いや、全てのモンスターに対してその傾向が当てはまっているようだ」

 だが、そこに住まうモンスター全てが、同じ時期に縄張りの変動があるとは考えづらい。

「サラマンダーが強力に過ぎて、山頂付近のモンスターが殊更に避けているのかもしれん」

 サラマンダーに限らず、あまりに強力なモンスターが出現した場合、その付近一帯に住まう他のモンスターが逃げるように生息域を変える場合がある。

 もっとも、全てのモンスターに影響を与えるということは、ほとんど無差別に襲い続けるという凶暴かつ圧倒的な力を持つモンスターだということになる。

 そんな危険に過ぎるモンスターなど、人の目に触れる範囲においてそうそう現れるものではないが。

「そう、なら益々サラマンダーと戦うのが楽しみだわ」

「いや、益々面倒だろそれは」

 ウィルハルトの話を聞いたシャルロットとネロは対照的な、だが警戒を強めないのは全く同じ反応をして、その場を去っていく。

 去り際にネルが王族かくあるべしと言うような丁寧で優雅な一礼をしてくれたことが、二人のふざけた態度による悪い心象を差し引きゼロにしてくれた。

「はぁ、無事に戻ってくるといいのだが」

「ウィル様」

 妹の身を案じるウィルハルトに、音も無く近寄ったセリアが静かに声をかける。

「なんだ?」

「モンスターが下山しているということは、ウィル様の野外実習もそれだけ危険度が増すという事ですよ、人の心配をする前に、ご自分の身を案じるべきかと思います」

「っ!?」

 もしもの時は頼むぞ、と情けない事をメイドにお願いするスパーダの若き王子は、どうかモンスターに襲われませんように、と黒き神々に願いながら、ダキア村を出発した。


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[良い点] ウィルハルトの間の抜けていながら、他者への思いやりがしっかりあって、妙なプライドのない性格すき
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