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黒の魔王  作者: 菱影代理
第13章:紅き憤怒の咆哮
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第194話 天使現る!?

 紅炎の月2日、俺たち『エレメントマスター』は次なるクエストを達成するために、ダンジョン目指して街道をひた走っている。

 だが走っているのは自分の足では無い。

 地面を力強く蹴って疾風の如く街道を駆け抜けていくのは、二頭の黒い馬。

 つまり、俺たちの騎馬である。

 片方には俺とリリィが、もう片方にはフィオナが乗っている。

 ちなみに、前者がメリー、後者がマリーと命名してある。

「クロノさん、少し乗馬に慣れてきた感じですか?」

「あ、いや、リリィもいるし……それほどでも」

 テレパシーで馬と心を通わせて、乗馬素人の俺をしっかりサポートしてくれているリリィが、「えへへ」とどこか誇らしげに笑う。

 ここだけ見れば、エレメントマスターの微笑ましい冒険者生活の一コマになるのだが、俺が当然のように跨っているこの立派な体躯の黒馬が二人からのプレゼントだと思えば、どうにも素直に喜べない。

 そう、この馬はプレゼントなのだ。 

 昨日、フィオナが言った、


「実は私たちもクロノさんにお土産、いえ、プレゼントと言うべきですね、それを用意しているので、是非受け取ってもらえませんか」


 それがこの馬である、しかもかなり立派な造りの馬具一式もセットで。

 いやそれだけじゃない、なにせプレゼントは馬だけに留まらず、他にも呪いの――いや、今はとりあえずこの馬について考えよう。

 騎馬は冒険者にとって必須アイテムの一つと言えるだろう。

 各地に点在するダンジョンへ向かう為には、前回利用した竜車の定期便などもあるが、やはり個人所有の騎馬こそ重宝するべきものだ。

 その便利さというのは、自家用車が普及した世界に生きた俺には、あらためて説明されるまでもない。

 だがしかし、そんな便利な騎馬は勿論お高い代物であり、その価値は地球の車とイコールで結ばれるといっても過言ではない。

 だからこそ、騎馬を所有するのはランク3以上のベテランになってから、と言われるのだ。

 ちなみにランク1やランク2は近場の身の丈にあったダンジョンで実力を磨くべきであるとの見方が強い、当然と言えば当然だな。

 で、俺たちの今のランクは2である、冒険者の常識に照らし合わせれば少しばかり早い騎馬の購入である、いうなれば、大学生なのにすでにマイカーをもっている、みたいなイメージか。

 別に贅沢は敵だと叫ぶつもりはないが、俺も騎馬を買うのはランク3に上がってからでいいかなと思っていた。

 その矢先にプレゼントである、大したモノじゃないですよと言わんばかりに、リリィとフィオナから送られたのだ。

 俺にプレゼントを贈ってくれる二人の気持ちは物凄くありがたいし、嬉しい。

 だがしかし、そのプレゼントはあまりにも高価なんじゃないかと。

 現代日本風にいうならば、俺まだ高校生だけど高級車を買ってもらったよ、という感じだ。

 流石に、これを「ありがとう」の一言だけで喜んで受け入れることが出来るほど、俺の金銭感覚は麻痺しちゃいない。

 庶民感覚から言えば、喜ぶよりも驚き遠慮してしまうのが普通の反応だろう。

「どうしたんですかクロノさん、何だか難しい顔をしていますよ、もしかしてこの馬を気に入っていただけなかったのでしょうか?」

「えー、新しいの買う?」

「いや、待て待て、そういうことじゃない、馬は悪くない」

 さりげにリリィの発言が恐ろしい、ちょっと気に入らなかったからって新しいの買うって……セレブの発想だよ。

「何ていうか、未だにショックから立ち直れないというか」

 このプレゼント事件で知ったのだが、なんとリリィとフィオナは大そうな金持ちであることが判明したのだ。

 今までは特に多額の資金を必要としたことは無かったから「いくら持ってんの?」などと下世話な確認などしなかった。

 だが、蓋を開けてみれば総資産なんと数千万クラン、二人あわせれば一億クランを越えるという驚きの金額。

 それだけあれば、俺に何百万もする騎馬を買い与えることにも抵抗が無いのかもしれんが、未だにその金銭感覚のギャップになれない。

 もしかして、冒険者として俺の感覚こそおかしいのだろうか?

「あまり気にしない方がいいですよクロノさん、私たちならすぐ億単位でお金を稼ぐことができるでしょうし」

「そーだよクロノ、気にしないで、ね?」

 自惚れでは無く、真実俺たちの実力はランク4以上のものがある。

 それだけの高ランク冒険者であれば、それくらいの収入を得るのは容易い、勿論、危険度も相手にするモンスターの強さもそれだけ高いが。

「そうか、そうだな……今はありがたく使わせてもらうよ。

 けど、俺がもっと稼げるようになったら、二人には凄いプレゼントするからな、楽しみにしててくれ!」

 こうでも言わなければ、この一方的に恵んでもらった居心地の悪さは拭えない。

 しかしアレだな、自分の装備にシモンの研究の投資に、二人のプレゼントまで……いったい俺は幾ら稼げばいいんだ……

 何だか、17歳にして途轍もない額の借金を背負った気分であった。




 馬の背に揺られること数時間、俺は数週間ぶりにガラハド山脈北部地域の拠点となるダキア村に到着した。

 竜車に揺られてのんびりやって来た時とはえらい疲労度が違う、やっぱり未だに乗馬は馴れない。

 が、ソレに対して文句を言ってる場合じゃない、これからの冒険者生活に必須のスキル、早いトコ乗馬には慣れなきゃ困るのだ。

 その一環として、俺は馬そのものに慣れる為に、村で騎馬を預かってくれる厩舎に向けて、二頭の黒馬を引いてる最中である。

 リリィとフィオナは一足先にダキア村の冒険者ギルドにて所定の手続きをしに行ってもらっている、何と言っても今回は初の生け捕りクエストなので、普段と少しばかり勝手が違う。

「お、あそこだな」

 二頭の馬の手綱を引っ張ってカッポラカッポラ歩かせていると、目的地である厩舎の建物が目に入った。

 もう少しで到着、と当たり前の感想を抱いたその時、

「うおっ!」

 急にガクンと引っ張る手綱に制動される。

 何を思ったのか、突如として二頭の馬が歩みを止めてしまったのだ。

「おい、どうしたんだ?」

 ナチュラルに疑問の声をかけるが、ただの動物である馬が俺の問いかけに答えてくれる筈も無い。

 なんだ? どうした? と思いつつも、とりあえずグイグイと手綱を引いてみるが、馬は一向に足を踏み出そうとしない。

 本当にどうしてしまったんだろうか、さっきまでは大人しく俺に引かれてついてきてくれたって言うのに。

 何だよ、馬っていきなり歩みを止めるもんなのか?

 乗馬の経験は勿論、知識も無い俺は、馬の習性など詳しいはずも無く、コレと言って解決策が思い浮かばない。

「どうしたんだよ、動いてくれよ」

 ダメだ、これはリリィかフィオナがきてくれるまで、俺の手には余る問題だ。

 とは言っても、俺は召喚士サモナーでもないので、使い魔サーヴァントを召喚して呼びに行かせるなんて便利なことは出来ない。

 かと言って、俺が二人に救助を求めにこの場を離れれば、その隙にこの二頭は野生に帰ってしまうかもしれないのだ。

 俺一人では、この状況を解決できそうもない、未だに馬はこっちの気持ちなど微塵も汲み取らず、がんとしてその場を動こうとしてくれないのだから。

「参ったな……」

 途方にくれるとはこのことか、聞こえてくるのは馬のブフーという鼻息のみ、なんだこの虚無感は。

 そんな精神的な辛さを感じたその時だった、

「あの、なにかお困りですか?」

 背後から突然、春の日差しのような暖かく柔らかな女性の声がかけられた。

 振り返ってみると、そこには声のイメージ通り、いや、それ以上に美しい一人の少女が立っていた。

 歳はフィオナと同じくらいか、まだ少女と呼べるかすかな幼さを残した顔つきはしかし、貞淑な淑女のように穏やかな表情を浮かべている。

艶やかな黒髪は前と横は切りそろえられており、後ろ髪は腰を超えるほどに長い、俗っぽい言い方をすれば姫カットとかいうやつか、いやしかし、本当にお姫様のような雰囲気だ。

 淡いブルーの瞳は見るものを落ち着かせる眉尻の下がった慈愛の眼差し、白皙の美貌はどこか人形めいているほど整っているが、彼女には同じ白い容姿のサリエルと違ってあんな冷たさのようなものは全く感じない。

 俺が彼女の姿をサリエルと重ねてしまったのは、その服装の所為だろう。

 十字のエンブレムこそついていないが、修道服のようなゆったりとしたデザインの純白の衣服にその身を包んでいる。

 恐らく彼女はただの村人では無く、神殿に使える聖職者か、冒険者として神官クレリック治癒術士プリーストのクラスを持つ者なのだろう。

 どちらもパンドラ大陸に古くから続く伝統あるクラス、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの理論は俺の中にはまだなく、彼女の格好に特別思うところはない。

 むしろ、見れば見るほど彼女の姿はサリエルとはかけ離れている、その身長が170センチに届くかというほど、女性としては高い身長であるし。

 さらに言うなら、サリエルにもリリィにも、ついでに標準を確実に上回るかと思われるフィオナとも、比べるべくも無いほど大きな胸をしている。

 そりゃあもう、ボディラインを隠すような修道服風コスチュームであっても、厚い生地を押し上げて大いなる山盛りの主張をしているほど。

 思わず朝見たらいきなり巨乳になってたスーさんの姿が脳裏に浮かんだ、アレと同等か、やや下回るかというくらいか。

 まぁ俺はそんな大きいだけの乳に振り回されるような男じゃない。

 いや、例え巨乳好きな男性であっても、その姿を見れば胸よりも確実に目がいくだろうインパクトのある特徴が彼女にはあるのだ。

 それは背中から生える白い羽である。

 リリィのような光の羽では無く、白鳥のように純白の羽毛をもつ大きな翼が、彼女の背中から生えているのだ。

 僅かながらも自然な羽の動きが、ソレが作り物などでは無く、彼女の体の一部であることをこれ以上ないほど証明してくれている。

 パンドラには様々な種族がいるが、こんな天使のような見た目の種族が存在するとは聞いた事がない、突然変異か? それとも本当に俺が知らないだけで、普通に種族として存在しているのか?

 どちらにせよ、初対面の段階で相手の種族について根掘り葉掘り聞くのは礼儀が良いとは言えない。

 例え頭の上に金色の輪が浮かんでいたら完璧に天使の姿になる摩訶不思議な容姿であっても、ここは困っている俺に声をかけてくれた親切な少女として応対することにしよう。

「ああ、すみません、なんか馬が言うこと聞いてくれなくて、動かないんですよね」

 俺はその天使のような美しい少女に、苦笑いを浮かべてこの情けない状況を説明した。

「まぁ、それは大変ですね」

 見事に言葉と表情が一致するリアクションをしてくれる天使さん。

 この反応を見ると、どうやら先日の女子学生のように俺の顔に恐れたりはしなかったようで、かなり安心する。

 やはり天使ともなると人を容姿で判断したりはしないということか、ありがたい。

「厩舎まであとちょっとだと言うのに、いきなり足を止めてしまって、一体どうしてしまったんだか」

「あら、それではやっぱり、馬を預けるところだったんですね」

 はい、と嘘をつく意味など無いので肯定する。

 すると、俺の回答の何が気に入ったのか、その青い瞳をやけにキラキラさせて、自信満々に口を開いた。

「それでしたら、私もお手伝いできます」

 ヤル気と慈愛とボランティア精神に溢れる台詞が天使さんから飛び出した。

「本当ですか? ありがとうございます、助かります」

 俺は即座に彼女のお手伝い立候補を受け入れる。

 いやぁ助かった、これでいつ探しにきてくれるか分からないリリィとフィオナを、馬の手綱を引っ張った状態で待ちぼうけするなんて間抜けなことしなくて済む。

「はい、お任せ下さい!」

 後光が差すかのごとく眩しい笑顔で、天使さんは早速お手伝いを始めてくれる。

 かなり大柄な馬を前にしても全く怯む事無く、まるで飼い犬でもあやすかのように、二頭の首筋をその白い手で優しく撫でた。

 これをやると心が落ち着いて飼い主のいう事を聞いてくれるようになったりするんだろうか?

 俺は手綱を握りながら、天使さんと馬が戯れるのを黙って見つめる。

「――ね、お願いだから、彼のいう事を聞いてあげてください」

 そう、彼女が小さく呟く声が聞こえた。

 普通なら、動物には言葉が理解できないと分かっていても、何となく語りかけてしまう自然な人の行動と思えるだろうが、すでに俺は動物と心を通わせることのできる存在を知っている。

 その所為か、彼女はリリィと同じように、本当に馬へ意思を伝えることができるんじゃないだろうかと思えてならない。

「この子たち、少し怯えているみたいです、でも、もう大丈夫ですよ」

 こちらへ振り返って、微笑みながらそんな事を言われる。

 俺は半ば確信を持って、手綱を軽く引いてみると、

「……動いた」

 馬は当然のように、足を一歩踏み出した。

 さらに引いてみると、二歩、三歩、さっきまで大人しく引かれていたのと同じように、調子が戻ってきている。

「ありがとございます、助かりました」

 心からのお礼の言葉を、嬉しそうに俺と馬を見つめる彼女へと送る。

「いいえ、こちらこそ、お役に立てて嬉しいです」

 裏表のない、どこまでも真っ直ぐな笑顔でパーフェクトな返答をされる。

 これは何かお礼をちゃんとしないといけないような気になり、その旨を切り出そうとしたが、

「では、私はこれで、お互いにクエスト頑張りましょうね」

 と言って、颯爽とその場を去っていく彼女の背中に、引き止める声をかけることは俺には出来なかった。

「お互いにクエストか、冒険者の方だったか」

 思わずそんなコトを呟いてしまう。

 彼女からはどうにもモンスターと戦うことを常とする冒険者が持っているべき、鋭さ、のようなものを全く感じなかったので、ただの聖職者ではなかったことに少しばかり驚きを隠せない。

 けど、幼女リリィのような例もあるし、必ずしも‘らしい’雰囲気を持っているとは限らない、人は見かけによらないというやつだ。

 何にせよ、彼女の親切で俺が救われたのは事実である。

 すでに姿の見えなくなった天使な彼女へ、あらためて心の中で感謝しながら、俺は再び馬を引いて歩き始めた。


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