第193話 ウイングロード
シャルが受けたクエストは、
クエスト・『火竜の巣』のサラマンダー夫婦討伐
報酬・三千万クラン、一頭だけの場合は一千万クラン
期限・蒼月の月1日まで
依頼主・冒険者ギルド
依頼内容・新たなサラマンダーが『火竜の巣』で活動を始めました。今回の夫婦は近年まれにみるほどの大物です――(以下省略)
という予想通りのモノだった。
「実はコレ、一ヶ月前に受注したランク4のパーティがいるんだけど、見事に返り討ちにあったんだって、お陰で私たちまで回ってきたんだからラッキーよね!」
ふざけんな、なに返り討ちにあってんだよヘボパーティが、サラマンダーなんて古代から生息してるモンスターだぞ、対処法なんていくらでもあんだろう。
しかし、ここはその‘大物’サラマンダーが予測以上の強さだったと考えるべきか。
どっちにしろ面倒な相手であることに変わりはねぇな、正直あんまり気が進まないが、
「うおー、燃えてきたぜ、男ならやっぱドラゴン退治してなんぼだよな!」
どうやらこのカイと言う名の筋肉馬鹿は物凄くヤル気になっちまってるようだ。
っつーか椅子から立ち上がって叫んでんじゃねーよ、食堂でお食事中の皆様方から痛い視線が突き刺さってんだろ。
けどまぁ、相手がモンスターの代名詞的なサラマンダー、しかも通常より強力な個体、オマケにランク4冒険者を返り討ちにしてるって状況だ、三度の飯より戦いが好きなカイが食いつくのは当然といえば当然だ。
このカイという男、こんなバカ丸出しの発言をしているが、フルネームのカイ・エスト・ガルブレイズが示すとおり、スパーダ四大貴族の一つガルブレイズ家の生まれだ。
しかもコレが長男、終わったなガルブレイズ家。
と、思いたいところだが、バルディエルと肩を並べる騎士の家系でもあるため、強ければ大体のことはOKとみなされてしまう。
カイは魔法こそさっぱりだが、剣の腕は今の時点で一流に達している、単純に剣術だけの勝負なら俺を上回るほどだ。
コイツのツンツン尖った金の髪の先まで含めれば2メートルに届くんじゃないかと思えるほどデカい体は、見ての通り強靭なパワーを秘めている。
そのお陰で途轍もない重量の大剣をまるでタクトでも振り回すように軽々扱う、そして達人級の武技をいくつも習得している腕前、もう学生の身分に留まっていて良い力量じゃない。
まぁ、それでも剣しか使えないワケだし、俺も魔法をフル活用すれば倒すことは出来る、というか、倒せなきゃコイツと親友なんてやってられんし。
「ホントに暑苦しいバカね……最低、死ねばいいのに」
未だにサラマンダー討伐に燃えて席から立ったままのカイに冷たい視線と言葉が突き刺さった。
その発信源は、不気味な紫のロングヘアをしたスレンダーな美少女、かけている眼鏡の奥に光る瞳も、髪と同じくどこか猛毒を思わせる紫色だ。
いや、コイツの目は真実に‘猛毒’だ、この眼鏡がなけりゃ『魔眼』のえげつない効果がカイという筋肉達磨を襲っている。
っていうか、地味に眼鏡から効果が少しだけもれ出て本当にカイを襲っている。
「うおー」とか苦しげな声を上げて、再び大人しく着席するカイ、いいぞもっとやれ。
「えーなに、サフィは反対なの?」
現在進行形でフレンドリーファイアをくらっているカイなど目に入ってないかのように、シャルがクエストの是非を軽い口調で問う。
サフィってのは愛称、俺もそう呼んでる。
で、そんなサフィちゃんのお答えはというと、
「クエスト自体は賛成よ、いい素材が手に入りそうだし、楽しみだわ」
ふふふ、と薄気味悪い笑みを氷のような冷たい美貌に浮かべる彼女はどこか童話に登場する邪悪な魔女を思わせる。
だが彼女の正体は魔女では無く、もっと禍々しい存在だ、死者を使役するこの世で最も邪悪なクラスと呼ばれる『屍霊術士』、それが彼女、サフィール・マーヤ・ハイドラの正式なクラスなのだ。
ハイドラという一族は、コイツもカイと同じくスパーダ四大貴族の一角をなしている。
バルディエルは槍、ガルブレイズは剣、とそれぞれ得意の武器があるのだが、ハイドラ家は魔法に精通している、それは勿論、現代魔法では無く、『屍霊術』である。
カイもすでにして次期当主に相応しい剣の腕を身につけた剣術の天才であるが、同じ天才度合いでいえばサフィの方が上だろう。
『屍霊術』は勿論のこと、現代魔法もかなりのレベルで習得しており、極めつけは『魔眼』を持っているという点だ。
この『魔眼』ってのは見つめるだけで何らかの魔法の効果を発揮するという、とんでもなくズルい能力をもった目玉のことだ。
遺伝で受け継ぐことができるが、正統な血統でも持ちえる可能性は低い。
だが、まぁご覧のとおり、当たり前のようにこの女は魔眼持ってます。
「はぁ、ただのチートだろ」
思わずそんな呟きを漏らすが、
「何よネロ、チートって」
おっと、どうやら聞こえてしまったようだ。
「知らんのか、ボードゲームとかで使うズルい裏技のこと、またはソレを使うヤツのことだ、必ず6の目が出るサイコロとかな」
ふーん、なんて対して感心してないような口調でサフィは納得する。
「それで、何がチートなのよ?」
「いや、それはこっちの話」
笑顔を浮かべて曖昧な答えではぐらかす。
数秒間、蛇のように俺の顔面を睨んだ後、ふいと視線を逸らすサフィ、どうやら魔眼の脅威は去ったようだ。
「それじゃあカイもサフィも賛成してくれたようだし、このクエストは受注に決定ね!」
「おーい、俺の意見は?」
「決定ね!!」
ゴリ押しだよ。
まぁパーティメンバーは5人、そのうち3人の賛成意見を得たのだから決定は覆せないな。
「まぁ俺もいいけどさ、ネルにはちゃんと聞いたのかよ?」
今この場にはいない最後のメンバーの名を口にする。
「うん、さっきの授業中にちゃんと話しておいたわよ」
授業中に私語してんじゃねーよ、と注意してやろうと思ったが、そもそも授業自体サボってる俺が言う台詞じゃねぇよな。
そういえばシャルが、ついでに言うとサフィも受けていたさっきの授業ってのは『魔法陣応用Ⅱ』だったか、ああ、これは不器用なネルは居残りしてるな間違いなく。
「ネルはなんだって?」
「勿論、賛成よ」
はぁ、と一つ溜息をつく。
ネル、フルネームはネル・ユリウス・エルロード、その名の通り、俺の妹だ。
アイツは自分がメンバーの中で一番戦闘能力に劣っていることをやけに気にしているところがあるからな、変に引け目を感じて滅多に反対意見なんて出さない。
戦闘能力つったって、ネルは『治癒術士』なんだから、俺らのようにバカみたいなパワーはいらんのに。
攻撃面はさっぱりだが、その分アイツには治癒魔法、それも回復と治癒の両系統とも天才的な才能を持っている上に、かなりレアな加護までも持っている、差し引きゼロどころか、パーティのバランスを考えれば十分過ぎるほどプラスだ。
けど、まぁ兄貴の俺が言っても身内贔屓みたいに思われて、あんま効果ないけどな。
俺は目下のところ一番の悩みどころである、妹に自信をつけさせてやりたい、という問題を一旦脇において、クエストについて意識を割くことにする。
「それじゃ、俺たち『ウイングロード』の次のクエストは、サラマンダー討伐に決定だ」
と、パーティのリーダーである俺が、正式にクエスト受注の決定を告げる。
俺、シャル、カイ、サフィ、そしてネル、この五人の幹部候補生で、俺たちは『ウイングロード』という名の冒険者パーティを結成している。
思えば、そろそろ丸一年経とうとしているな、気がつけば冒険者ランクは4だ。
このクエストが成功したら、ついに最上位ランクの5に一気に近づくことになるだろうな。
二年生でランク5到達は前代未聞の出来事らしい、目立つのは勘弁願いたいのだが……まぁ、冒険者やってる以上は、クエスト失敗なんて無様な真似はできねぇし、サクっと行って終わらせてくるか。