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黒の魔王  作者: 菱影代理
第13章:紅き憤怒の咆哮
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第191話 魔獣

 サラマンダーは火竜とも呼ばれる、数あるモンスターの中でも代表的、象徴的な存在である。

 鳥のように前脚は無く、後ろ足と両翼を持つワイバーン型のドラゴン、サラマンダーはそんな典型的な姿をしている。

 燃え盛る炎のような色合いである真紅の鱗で全身を覆い、逞しく羽ばたく両翼は自由自在に大空を舞い、並みの刀剣など比べ物にならないほど鋭い爪牙は獲物を引き裂く。

 そして炎の上級攻撃魔法に匹敵する威力を誇る、必殺のドラゴンブレス。

 その姿、その能力、人が見ればこれこそ生物の頂点に君臨するドラゴンという種族なのだと心の底から湧きあがる畏怖と共に理解せざるをえないだろう。

 そんなサラマンダーは、ここガラハド山脈の北部に位置するとある山頂に、大きな巣を構えていた。

 そこは巣を造るに理想的な天然の大きな洞窟で、恐らくこの地域に生息するサラマンダーが代々使ってきた場所でもあるだろう。

 それも、このガラハド山脈北部地域で最も強大な力を持つ者が、ここを使用する権利を得ているのだ。

 今回の使用者はやはり例に漏れず、同族の中でも一回り以上も大きな体躯を持つサラマンダーであった。

 雄と雌のツガイは、普通なら雄だけが大きい場合がほとんどであるが、この火竜夫婦は同等に立派な巨躯を誇っていた。

 サラマンダーというドラゴンを相手にする場合で、この両者は最も危険な組み合わせである。

 まず番で二頭いるという点、通常よりも大きく強力な個体であるという点、すでに卵が孵り雛を育てている最中で外敵に対して殊更に警戒を強めている点、そして雌まで雄と同じくらい強力という点。

 これらを鑑みれば、サラマンダーを一頭だけ討伐する通常のランク4クエストに比べ、格段に危険度の高いものであるということが分かるだろう。

 そうして、付近に生息する生物も、スパーダ冒険者ギルドも、このガラハド山脈北部地域で最強だと認められる二頭だったが、


 ガァォオオオオオオン!!


 その凶悪な咆哮が洞窟に響き渡った瞬間、最強という名の玉座より引き摺り下ろされるのであった。

 サラマンダーの巣がある洞窟内部には、むせ返るような血の臭いが漂っている。

 そこにあるのは、生前の力強さ溢れるドラゴンの姿とはかけ離れた、人が見ても無惨の一言に尽きる凄惨な惨殺死体。

 空を舞う逞しい両翼は、力任せに引き千切られ、子供が破り捨てた紙細工のような有様でそこらに転がっている。

 獲物を噛み砕く鋭い牙の並ぶ顎は、これも強引な力で無理矢理こじ開けられたように上下に引き裂かれ、首の半ばまで裂傷が走っていた。

 同族をも叩き伏せるしなやかで強靭な尻尾は、その根元から引き抜かれて、もう二度と鞭のように振るわれることは無い。

 鋼鉄を越える強度の赤い竜鱗は、巨大なハンマーで殴りつけられたように粉々に砕け散っていた。

 だが驚くべきことなのは、その強固な鱗を破砕したという点よりも、むしろ凄まじい耐熱効果を誇る、それこそ自身が吐き出す灼熱のドラゴンブレスが直撃しても耐えられるほど炎に強い鱗が、焼け焦げ、溶け落ちてしまっていることだろう。

 そんな酷い有様の死体が二頭、最早どちらが雄でどちらが雌なのか、判別がつかないほどバラバラに千切られ、裂かれ、潰された、凄惨な死に様を晒している。

 一体何故こんなことになっているのか、その答えはモンスターでも納得のいく単純にして明快なものだ。

 そう、二頭のサラマンダーよりも強い者が現れた、ただそれだけのことである。


 ォオアアアアア!!


 再び洞窟内に咆哮が響き渡る。

 その発信源は無論、息絶えたサラマンダーではなく、ドラゴンとは全く違った姿をした一頭の魔獣であった。

 一見するとゴリラのような体躯、太い腕を地に着けて四足で歩む姿はいかにもそれらしい。

 だが、その大きさはモンスターが持つべき巨大さであり、腕から頭までの全高は6メートルを越えるほど、頭の先から後ろ足の先までの全長が十数メートルもある巨体だ。

 サラマンダーと比べれば小さくはあるが、人間から見ればどちらも同じ大型モンスターと分類されるだろう。

 その大きな肉体は極限まで引き締まっており、ゴリラに比べずっとシャープな印象を覚える、だが上半身の筋肉の盛り上がりは、ミノタウルスやサイクロプスの力自慢を越えるほど大きなものである。

 手には五本の指、だが腕そのものは人間は勿論、ゴリラも、ミノタウルスも、比べ物にならないほどに太く、樹齢千年に及ぶ大樹の幹のようであった。

 特に右腕は左に比べて一回り大きくなっており、その異質な力強さをより一層に引き立てていた。

 右の手の甲には『紅水晶ベリル』の如き強い輝きを放つ真っ赤な宝玉のような結晶体が埋め込まれおり、そこから発する凄まじい魔力の気配が、サラマンダーを焦がすほどの火力を発した秘密があるのだと思わせる。

 基本的に黒地の毛並みを持っているが、首の周りや胸元、腕といった部分には燃え盛る炎をそのまま形にしたような真紅の毛を纏っている。

 今も陽炎のように赤毛はゆらめいており、牛のような尻尾を生やしたその先端にある赤毛部分が松明のようにも見えた。

 そうして不気味に自慢の赤毛をゆらめかせて、ゆっくりと歩を進める魔獣の先には、キューキューと甲高い声をあげるサラマンダーの子供たちがいる。

 逃げるに逃げられないのは、決して恐怖に身をすくませているからでは無い、幼くとも空を飛べる翼は、その半分が引き千切られており飛行能力を失っているからだ。

 駆ければすでに人間よりもずっと速く走れる後ろ足だが、その片方は引き抜かれ無様に這いずり回るだけで精一杯。

 ここで育てられていた十頭全てがそんな半死半生の状態にされていた、他でもない、この黒と紅の魔獣によって。

 そもそも、親の二頭が殺される前に、子供達はすでに翼と足を壊されていた。

 目を離した一瞬の隙をつかれ、魔獣からすれば無力でしかないサラマンダーの子供を十頭ほど半殺しにすることなど造作もないことだった。

 無論、そうした直後に二頭の親は、この突然現れた侵入者の狼藉に気がつき、怒り心頭で攻撃を仕掛けたのだった。

 そして今に至る、つまり子供達は自分の親が無惨に殺される様を目の前で見せ付けられた状態となっていたのだ。

 果たして、人間ほどの知能は無いサラマンダーの子供が、それを見て何を思ったのか、誰にも分からない。

 だがしかし、魔獣は目の前でピーピーと泣き喚くことしかできないサラマンダーの子供を見て、そこに確かな恐怖と絶望を感じ取ったに違い無い。

 それは蹂躙する快楽に囚われた残虐な性質を持つ者を最も喜ばせる姿に他ならない、故に、魔獣は笑った。

 狼のように鋭い面構え、だが大きく口を割ったその顔は、邪悪な笑みが浮かんでいるようにしか見えない。

 兎の耳にも見える特徴的な長く尖った二本の耳が、いかにも楽しそうに頭の上で揺れている。

 黒目に赤い瞳をもつ邪悪な目つきは愉快そうに細められ、いよいよもって大声で騒ぎ立てる子供たちの姿を眺めていた。

 そうして、幾許かの時間が流れると、逃げるように地面を這いずり回っていた子供の一頭を、大きな右腕でつまみ上げ、そのまま己の大口へと放り込んだ。

 バリバリと硬い鱗も骨も構わずまとめて噛み砕き、鮮血を口から滴らせながら喰らう。

 その火竜の肉の味に満足がいったのか、呻き声を一つあげると、必死に無事な足と半分になった翼をばたつかせて逃げ回る、次なる子供へ手を伸ばした。

 食事は五分も経たずに終わり、洞窟の中で生きている者は、ついに魔獣だけとなった。


 ガァォオオオオオオン!!


 響き渡るおぞましい咆哮は洞窟の中だけでなく、外にまで響き渡る。

 自身がこの山の新たな王者であることを、そこに住まう生物全てに誇示するように。


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