第188話 学校で出来ること
本校舎の右棟、その屋上を目指し階段を上る。
その見た目から幹部コースのハイソな学生だけが本校舎を利用するのかと思ってたが、特にそういう事は無く、すんなりと入る事が出来た。
屋上は常時解放されているというので、ここも誰に咎められるでもなく、こうして順調に階段を上っていられる。
どうやら今の時間はちょうど授業中らしく、この辺には生徒の姿は全く無い。
だがあと一時間もして昼休みとなれば、多くの学生達で賑わうことになるだろう、特に今日は天気もいいしな。
そんなコトを思いながら、シモンの先導で屋上へと立ち入ると、
「先客がいるな」
「そうみたいだね」
てっきり誰もいないだろうと思ってやってきた屋上であったが、そこには一人の学生がいた。
パッと見て、恐らく同年代の男子だろうと思える、彼の髪の色が俺と同じく黒色なので尚更、かつてのクラスメイト達を彷彿とさせる。
昼寝でもしているのか、ベンチに寝転がっていたのだが、向こうも俺達の存在に気づいたのか、のっそりと体を起こしてそのまま気だるげに立ち上がった。
シモンと同じ黒いブレザー姿だが、その肩からは鮮やかな赤いマントが翻っている。
なるほど、これが幹部候補生ってヤツか。
「……」
その幹部候補生は俺達が現れたことで昼寝の邪魔が入ったとでも思ったのか、そのまま屋上から出て行こうと出入り口へ真っ直ぐ歩いていく。
俺のすぐ傍をすれ違うように去っていった学生の顔を、俺ははっきりと見た。
随分な色男だな、というのが第一の感想。
俺が母親では無く父親に似ていればあんな風な中性的な美少年という顔になったことだろうと、少しばかり嫉ましい。
いや、美少年と言っても幼いイメージでは無く、身長も俺ほどじゃないが180センチに届くかどうかという細身の長身、気だるげな表情を浮かべるも、どこか気品のあるその姿は美青年と言うべきだろう。
だが、俺としてはそんな美貌よりも、黒い髪に赤い瞳をしていたことのほうが気になった。
その黒髪赤眼はミアと同じだ、少なくとも他に同じカラーを持っているヤツは見たこと無い。
いや、フィオナのように地球ではありえない色を持っている人が普通にいるのだから、探せば黒髪赤眼も、そう珍しいものじゃないのかもしれない。
そう自己完結し、俺は特に気に留めること無くシモンへ、
「今のが幹部候補生ってヤツか?」
と何気なく問いかけをした。
「うん、でもあの人は幹部候補生の中でも特別だよ」
「そうなのか?」
エリートのはずの幹部候補生が授業をサボって昼寝してるような不良だからか、なんて思っていたのだが、シモンの回答は俺の予想の斜め上を行くものであった。
「ネロ・ユリウス・エルロード、隣の‘旧魔王領’アヴァロンの第一王子だよ」
アヴァロンとは、スパーダに隣接する大きな都市国家の一つ。
なにより‘旧魔王領’という異名は、イルズ村で生活していても聞き覚えのある名前である。
古の魔王ミア・エルロードが築いた大帝国がエルロード帝国であり、その帝都がアヴァロンという名前である。
つまり、現代の都市国家アヴァロンは、古代のエルロード帝国の正統後継国家なのだ。
「もしかして、ミア・エルロードとさっきのヤツは、直系で血が繋がってるのか?」
だとすれば、遺伝的形質としてミアの黒髪赤眼が受け継がれたとして説明がつく。
「さぁ、バルディエルと同じで、アヴァロンの王族もホントに魔王の血が入ってるのかどうかは怪しいものだよ」
「……そうか」
ならば、偶々と考えるべきか。
もう少し突っ込んで聞いてみたが、アヴァロンの王は黒髪だが瞳は青、その前は金髪碧眼と、どんどんミアの容姿からかけ離れていった。
うん、やはり偶々同じ配色になっただけだなこれは。
俺としては、何ゆえアヴァロンの王子なんていう他国のお偉いさんがこの学校に通っているのかとか、諸々の事情に興味を持ったが、今はそれよりも、
「それじゃ、誰もいなくなったみたいだし、俺の事を話そうか」
「あ、うん、そうだね」
シモンに俺が異世界人であることを打ち明けよう。
ある日、突然この世界に召喚され、人体実験のモルモットにされたこと、幸運にも実験施設を脱出したこと、リリィと出会ったこと、そして、イルズ村の壊滅から、今日まで繋がる十字軍との因縁。
「けど、どれだけ恨めしく思ったって、今更アーク大陸に乗り込んで、実験施設ごとヤツらを叩き潰せるわけじゃない。
この左目を貰ってから思ったよ――」
生来の色ではない、真紅の輝きを宿す加護の左目を、瞼の上から軽く指で撫でた。
「今の俺には、ただ目の前にいる十字軍と戦うことしか出来ないんだってな。
スパーダに攻め込んでくれば多くの兵が、いや、もし敗北するようなことがあれば、また平和に暮らしてるだけの人達が大勢死ぬことになる。
俺一人がそんな人達を全員守りきれるわけが無いってのは分かってる、でも、戦わなきゃ誰も守ることはできない」
「逃げようとは、思わないの? だって、ここはお兄さんから見れば生まれた国でもないし、そもそも世界が違う、こっちにきてまだ一年も経ってないんでしょ、命をかけて守ろうって思えるほど、価値があるものなのかな」
俯きながら、シモンは俺にそう言った。
逃げるか、確かに、そうしようと思ったこともあったな、三歩歩いたら忘れてしまったが。
「俺が命懸けでも守りたいと思えるものは、今はもう、リリィとフィオナと、シモン、お前しかいない」
いざ言葉にすると、少し恥かしくて、照れ隠しにシモンの頭をわしわし撫でてみた。
不思議と抵抗が無いのをいいことに、そのまま撫でながら言葉を続けた。
「けど、十字軍のヤツらが神の名の元に好き勝手やるのを、どうにも許せそうにない。
ヤツらが何万人いようが、使徒というバケモノがいようが、それでも、俺は逃げるよりも戦う方を選びたい、幸いにも、俺には‘力’があるからな」
そう、ヤツらが一方的に俺へ与えた力。
キプロスが率いたあの実験体達のように、本来ならパンドラの‘魔族’へと向けられるはずだった力を、そっくりそのまま、アイツらに返してやれる。
「お兄さんはさ、強いから、戦うことが怖くないのかな……」
少し乱れた灰色の髪を直しつつ、シモンが呟くようにそんな言葉を口にした。
「死ぬのは怖いさ、けど、何もしないで大事なものを失うほうが怖い。
きっと騎士ってヤツも、みんな守りたいものがあるから戦えるんじゃないのか」
中には、ヴァルカンのように戦いを愛するものもいるだろうけど、今それを言うのは野暮ってものだ。
「僕は、怖いよ」
屋上に一陣の風が吹きぬける。
少し俯きがちなシモンの、サラサラとした前髪が風になびき、その大きなエメラルドの瞳が見える。
それは、今にも泣き出してしまいそうに思えた。
「アルザスで戦ってた時は、とにかく必死で、あんまり感じなかった。
でも、スースさんに守られて生き残ってから、戦うことが、凄く怖くなったんだ」
表情を見られたくないのか、シモンはそっぽを向いて、言葉を続けた。
「僕だって、十字軍と戦ってみんなの仇を討ちたいし、この国を守りたい。
でもダメなんだ、僕はお兄さんみたいに強くなれないよ、またあの白い軍団が押し寄せてくるのかと思えば怖くて仕方無い、あの、みんなを殺したバケモノが現れるのかと思えば、今でも、震えが止まらないんだ!」
かける言葉は見つからなかった。
死への恐怖と言っても、ちょっとやそっとじゃ死なない頑丈な体を持つ俺と、魔法も武技も無く子供と同じ見た目通りの身体能力しか持ちえないシモンとじゃ、そもそもスタート地点が違う。
地獄の苦痛を味わったとはいえ、ごく短期間に力を授かった俺に、長い間、戦う力を求めて努力し、その全てが実ることの無かったシモンに、言える言葉など無い。
「……ごめん、やっぱり今のは忘れてよ。
大丈夫、きっと十字軍がスパーダに攻めてくる時には、また戦えるから」
そう言って俺の方へ向き直るシモン。
「いや、いいんだ」
「え?」
「お前は錬金術師だろう、なら戦わなくてもいいんじゃないか?」
俺の言葉をどういう意味に受け取ったのか、怪訝な表情をするシモン。
だが構わず台詞を続けた。
「でもなシモン、お前は誰よりも多くの十字軍を殺せる可能性を持ってる」
「え、それって、どういう――」
「銃を造らないか?」
ようやく俺の意図に気づいたのか、シモンは目を見開いて驚いた。
この話は、今日シモンに会いに来たもう一つの理由でもある。
「アルザスでは負けたが、銃の威力は実証された、そうだろう?」
機関銃は見事に歩兵突撃を粉砕した。
シモンはヤタガラスを使った狙撃で、多くの敵魔術士を射殺した。
もしも、冒険者同盟全員がライフル銃を装備できていれば、もっと楽に戦えたのでは無いだろうか。
重騎士のように弾丸の通らない頑丈なヤツもいるが、それでも十字軍の主力はあの圧倒的な数の歩兵だ。
「……銃の量産化」
「それだけじゃない、シモンならきっと、それ以上の兵器を作ることもできるだろう」
例えば大砲、地雷、およそ火薬を使用する近代兵器は時間さえかければ製造できるのではないだろうか。
それどころか、機関銃のように魔法を組み込めば、ミサイルのような現代兵器すら再現出来るかもしれない。
「俺の頭の中にはこの世界には無い‘科学技術’がある、詳しいことまでは分からないのも多いが、シモンならそれを形にできるはずだ」
そう、この天才錬金術師なら、俺のあやふやな知識から、本物に近いものを再現できるはず、何と言っても一人で銃を造り上げたのだから。
少しでもヒントがあれば、答えに行き着く頭脳をこの娘は持っている。
「どうだ、新しい研究室もあるみたいだし、やってみないか?」
「うん……うん! そうだよね、僕が凄い武器を造ればいいんだよね!」
その通り、最前線で戦うのは俺みたいな頑丈なヤツに任せておけばいいんだ。
「さて、そうなると研究資金が必要になってくるよな」
「え、あ……」
ハッとした顔のシモン。
そりゃあ学費を稼ぐために冒険者やってるような貧乏学生だ、近代兵器を開発するための資金など捻出できるわけ無い。
「そこは、まぁ俺が稼げばいいか」
「え、そんな、悪いよ!」
「気にすんな、何も小遣いあげるってわけじゃない、これは投資だ、シモンなら十字軍を殲滅できる兵器が出来ると願って、な」
ただ、今すぐ多額の投資ができるほど財力が無いとも伝えておく。
何と言っても俺はまだランク2冒険者、一攫千金の難関クエストを受注できる身分ではない。
だが『エレメントマスター』なら、ランク4くらいすぐにランクアップが果たせるはずだ。
ランク5がどれほどのものかまだ分からないが、ランク4でも十分な稼ぎが得られるだろう、それこそ上層区画に一戸建てのデカい家をもてるくらいには。
「うん、僕がんばるよ! 絶対にお兄さんの期待に応えて見せるから!」
爛々と目を輝かせて研究に燃えるシモン、元気が出たようでなによりだ。
「あ、でも今のところ銃の扱いが一番上手いのはシモンだし、スナイパーとして戦うことになるかもな」
「えーっ、ソレを今言うのー!?」
なにはともあれ、近代兵器開発計画がここに決定した。
「十字軍兵士はシモンの近代兵器で倒す、だが、使徒を倒すのは――」
弾丸程度ではあの白いオーラすら貫くことはできない、何発撃ち込んでも結果は同じ。
大砲の鈍重さではそもそも命中させることもできないだろう。
超人的な能力を人の身で持つ使徒と‘普通の人間’を相手に作られた現代兵器では相性が悪い。
「――俺の役目だ」
だからこそ、こちらも使徒に匹敵する実力を持つ‘個人’で対抗する。
ミア・エルロードの加護は、それを実現する可能性がある、なによりも、ミアは「白き神の使徒」について知っているような口ぶりだった。
その正体は未だ不明だが、現状で最も可能性があるように思える。
「でもさ、その加護ってそこまで信じられるものなの?」
「可能性の話、だからな……」
絶対確実か、と言われると肯定できないのが辛いところだ。
試練の内容すら明らかになっていない現状、十字軍が加護を得るまで攻めるのを待ってくれる道理は無い。
加護の不確実性、いつ動くか分からない十字軍、問題は山積みである。
「一応は、強いモンスターと戦って力をつけようってのが基本方針なんだ」
何も全ての力を加護に頼っているわけではない、そもそも強力なモンスターとの実戦経験を経て力を磨こうと思ったからこそ、ランクアップを目指しているのだ。
「実戦で、ってハードだね、僕は魔法や武技を習得する修行でもするのかと思ったよ」
「修行、か……そもそも俺は機動実験で実戦しかしてこなかったからな、そういう発想は全然無かったぞ」
言われて見れば、強くなる為の手段といえば修行だろう。
大げさに聞こえるが、まぁ要するにイジメられっ子がボクシングを始めて強くなっていくような、正しい力のつけ方だろう。
「いざ修行って言われても、何していいのか全然分からないぞ」
とりあえず滝にでも打たれればいいんだろうか? いや、あれは精神的なものだから直接的なパワーには結びつかないんだっけ。
「それこそ学校で教えてもらえばいいんじゃないの?」
なるほど、全くその通り。
そういえば、この黒ローブを買いに行く道すがら、二人と学校へ行こうかという話もしたな。
あの時は冒険者というよりも、この世界での基礎知識を学びたいと思って、学校へ通うのを前向きに考えていたな。
「通うなら、やっぱココがいいのか?」
前に話した時点では、この学校について詳しいことは知りえなかったが、折角ここに現役の学生がいるのだ、聞いてみればすぐに分かる。
「うーん、そうだね、お兄さんみたいなタイプはウチの冒険者コ-スがあってると思うよ」
「俺みたいなタイプじゃないと違うのか?」
そもそも俺のタイプってなんだ?
「右も左も分からない素人で新人の冒険者は、ウチの冒険者コースみたいに好きなカリキュアラムが組めるシステムより、入学したら手取り足取りイチから全部教えてくれる別な冒険者養成学校に通った方が良いってこと」
なるほど、確かに俺はすでに新人冒険者というタイプではない、三ヶ月そこそこの期間しかないが、ランクはすでに2だ。
「だから、お兄さんは今更ギルドやクエストのシステム云々の説明を受ける授業じゃなくて、自分がまだ知らない分野だけを学びたいワケでしょ、それならウチみたいに選択的に好きな授業を組める方が効率いいよね」
全くその通りだ、なんだか俺の為にそのシステムを採用しているようにすら思える。
「さっきも言ったけど、ある程度実力あるけど学が無いって冒険者は沢山いるから、好きなところだけ学べるウチはウケが良いんだよ」
必要な部分だけ学び終えたら卒業せずに退学するのが多いってのは、正にそういうところの象徴的な現象だな。
それに現役で冒険者やりながら通うなら、やはりこういう所に限る。
「ちなみに、入学するとしたらどれくらいかかる?」
「詳しい金額は調べてみないと分からないけど、冒険者コースは一番安いし、学費は僕みたいに在学中に稼げばいいし、とりあえず必要なのは最低限の入学金だね、たぶん10万クランもしないと思うよ」
10万か、それが果たして高いのか安いのか……うーん、俺がイルズ村でランク1冒険者生活をした時でも、10万クラン、ダイダロスでは10ゴールドを稼ぐのに一ヶ月もかからなかった。
ならば、ランク1でも真っ当に冒険者をやって行けると言うのなら、10万という金額はそこまで高いものでは無いだろう。
やはり冒険者で最も金がかかるのは装備品だな、呪いの武器じゃなくても剣一本100万とかザラだし。
「そうだな……学校、通ってみるか」
「うん、それが良いよ!」
笑顔でシモンが賛同してくれる。
「よし、じゃあ今のクエストが片付いてランク3になったら、学校に行くとするよ」
きっとリリィとフィオナも一緒に通うことになるだろう、そう考えると、純粋に学校生活が楽しみに思えてくる。
それはきっと、心のどこかで中断された高校生活に未練があったに違い無いかった。