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黒の魔王  作者: 菱影代理
第12章:王立スパーダ神学校
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第186話 フェアリーテイルへようこそ

 表通りから少し奥まったところに、酒場バーフェアリーテイルは店を構えていた。

 フィオナを連れてその店へと向かうリリィの足取りに迷いは無い、なぜなら、満月の晩にクロノと一晩飲み明かした思い出の店がそこだからである。

「思ったより繁盛してるみたいね」

 オープンの看板が出ている店の前でそう言ったリリィは、姿こそ幼児だが、その意識はしっかり覚醒状態。

 ただ昼食をとりにここへ来たというだけならば、リリィが意識を戻す必要は無い。

 ならば、食事をする以上の理由がこの店にはあるということだ。

「このお店に何かあるんですか?」

「すぐに分かるわ」

 それだけ言って、リリィは店のドアをくぐった。

「いらっしゃいませ」

 店内は喫茶店兼酒場としては標準的なものよりやや狭いかといった程度。

 シンプルな内装の店内には、三分の二ほどの席が埋まっており、その半数以上が人間以外の種族であることを思えば、それだけでこの店の客層が知れた。

 こうしてリリィとフィオナの元に見事な営業スマイルを浮かべてやってきた店員も、人間では無く妖精フェアリーである。

 フィオナはあまり人里で見かけない部類の妖精が普通に働いていることに驚いたのか、やや物珍しげな視線を、エプロンドレスを身に纏った小さな姿に向けている。

 リリィは同族を前に特に気にした様子も無く、むしろ妖精のウェイトレスが口を開く前に用件を伝えた。

「一番奥の席、空いてるかしら?」

「ご予約はされおりますでしょうか?」

 表向きは変わらぬ笑顔を浮かべる妖精だが、リリィは彼女が僅かに驚きの感情を覚えたのを鋭く察知した。

「いいえ‘奥’を利用させてもらうのは初めてなの」

 リリィはおもむろに1万クランのスパーダ金貨を取り出し、そのまま店員へと差し出した。

「お願いできるわよね?」

 身長30センチほどの小さな体のため、金貨を小脇に抱えるように持つと、妖精はにこやかな笑みを浮かべて言った。

「はい、それではお席へご案内いたします」




 リリィが指定した一番奥の席は、正しくフロアの奥にあるというだけで、特別しきりで囲われたり、個室であったりするわけでは無い。

 店の入り口から見れば多少は視界が遮られるものの、構造的には通常の客席の一つにしか見えない。

「随分と立派な防音結界を張っていますね」

 だが、フィオナはリリィと共にこの席へ腰を下ろした瞬間、その異常を即座に感じ取った。

 店の喧騒が聞こえてくる以上は、この席だけ特別に外へ音を漏らさない結界を展開しているのだろう。

「聞かれたくない話をするための席なんだから、当然でしょう」

 だが、リリィはこのことが当たり前といったような態度、恐らくこの店が、いや、この席に座る客が何を求めているのか、フィオナにはすぐに察しがついた。

「情報屋ですか」

 リリィは小さく頷いて肯定した。

「こんなところ、よく見つけましたね」

 情報屋とは、読んで字の如く情報を扱っている店のことだ。

 冒険者が集る飲食店や酒場などが、そのまま彼らに必要な情報を提供する情報屋となることが珍しくないのは、どうやらアーク大陸でもパンドラ大陸でも同じなのだとフィオナは思った。

「前に来たときは満月だった、子供のままだったら分からなかったでしょうね」

 しかしながら、それを見つけるのは簡単なことでは無い。

 なぜなら堂々と『情報屋』と看板を出しているわけではないのだから。

 基本的に情報屋は、ギルドで得られる以上の情報を求める、いわば熟練の冒険者が利用するのが常である為、ランク1の新人などはお断りなのだ。

 情報屋はその街に長く住むことで培った経営者個人のコネ、ネットワークで構成されている、その為、懇意になる冒険者は自然と地元で活動するものばかりで、外から流れてくるような者は、よほど鋭い実力者でなければ、上手く利用することはできないだろう。

 フィオナも共和国にいた頃は、度々利用したことのある情報屋だが、人とのコミュニケーションや駆け引きといったものが苦手な彼女は、あまり進んで行きたいと思う場所では無かった。

「私は黙ってご飯を食べるので、交渉はお任せしますよ」

「ええ、是非そうしてちょうだい」

 フィオナが下手に空気の読めないことを言って、相手の機嫌を損ねれば面倒なことになる。

 特に情報屋は客を値踏みする傾向が強いので、不信感を持たれれば依頼を断られることもよくあることだ。

「リリィさんは何にしますか?」

 フィオナはすでに情報屋の事など全くおかまいなく、メニュー表に釘付けである。

「そうね――」

 と、リリィがメニュー表へ移し掛けた視線を、すぐに上げた。

「お待たせいたしました」

 ついさっき入り口で案内をしてくれた妖精ウィトレスが現れたからだ。

 キラキラと虹色の光を瞬かせて、小さな妖精はテーブルへ舞い降りた。

 シニヨンにした髪とクリクリとした円らな瞳は、どちらもリリィと同じ色合いである金髪翠眼。

 人形がそのまま動いたかのように愛らしい姿であるが、それは妖精族としては当たり前の容姿であり、きっと光の泉の妖精達の中にも彼女そっくりな者もいたことだろう。

「貴女がここの店長ね」

「はい、ですが、あまり驚かれていないようですね」

「ふふ、見ればすぐに分かるわよ」

 普段は他のウェイトレスに混じって笑顔で接客をしていようが、姿が人畜無害な愛らしい妖精であろうが、心の中を見通す強力な精神感応テレパシー能力を持つリリィにとっては無意味である。

 深層心理まで全て把握するには時間も手間もかかるが、相手がただのウェイトレスでは無いと確信するには、少しだけ表層意識を読み取るだけで十分だ。

 ついでに、ウェイトレスの真似事は半ば趣味でやっているのだということまで、リリィはすでに知っている。

「フェアリーテイルへようこそ、私はこの店を預かっておりますカレンと申します、以後お見知りおきを」

「ランク2冒険者パーティ『エレメントマスター』のリリィよ、こっちはフィオナ」

「すみません、注文してもいいですか?」

 しまった、先に餌を与えておくべきだったと後悔するリリィだったが、カレンは笑顔でフィオナの要望に応えてくれた。

「はいどうぞ、ご注文を承ります」




 結局、情報屋としての話が出来るのはフィオナの元に待望の昼食がやってくる頃になってからだった。

 一人で何品も注文したフィオナ、リリィはそれらをつまみ食いするだけで十分な昼食となるので、お茶の一杯の外には特に頼まなかった。

「聞きたい事と調べて欲しい事、両方あるの」

 と前置いて、リリィは単刀直入に用件を切り出した。

「信用できる武器屋、道具屋、あとは腕の良い仕立て屋と、騎馬を買える店を教えて欲しい」

「リリィ様は、スパーダへお越しになるのは初めてのようですね」

 質問の内容から、スパーダに詳しく無い、つまり初めてやってきたのだと予測が立つが、このカレンと名乗る妖精は、それ以上の事情をすでに知っているとリリィは察した。

 例えば、自分達がダイダロスから緊急クエストを請け負って逃げ延びた冒険者、その片割れであるということだとか。

「武器も防具もスパーダ最大手のモルドレット武器商会のご利用が確実だと思いますよ、上層にも下層にも両方店舗がありますし」

「そう、今のところアレ以上は見込めないってこと」

 もう行った事があるようですね、との言葉にリリィは頷きながら、やはり伊達に大きな店構えをしているわけではないのだと納得もしていた。

「その他の私がオススメできる店舗はリストに纏めて、地図と一緒にお渡ししましょう」

「ありがと」

 ついでに恋人と一緒に廻る素敵なデートコースも書いておきます、との言葉に、リリィは不敵なポーカーフェイスを忘れて思わずニヤけてしまった。

 どうやら、初火の月14日にクロノと二人で来店したことを覚えているようで、あの時は少女リリィであったが、同一人物だということはすでにお見通しであるようだ。

 そんなこんなで、とりあえずはこの店舗情報を入手できたお陰で、クロノへのプレゼントを購入するにあたって良い品を選ぶことが出来るだろう。

 それだけでなく、今後スパーダで冒険者として活動していく上で、下手な店を廻る事無く、最初から優良店だけを利用することが出来るのだ。

 人が多い分、店も多いスパーダにおいて、信用できる店を探すだけでも結構な手間であったりする。

 その為、リリィのように新たな街ではすぐ情報屋に店舗情報を求める者も、そう珍しくない。

「次の話だけど、シモンという名のランク1冒険者を知っているかしら?」

 クロノには話していないが、ガラハド山脈の街道でシモンがスパーダ軍の隊長を指して姉であると言ったその瞬間から、リリィはあまり良い予感がしなかった。

 恐らくシモンは見た目通りのランク1冒険者では無く、スパーダの一軍を率いる将軍を姉に持つような高い家柄の者だろう。

 下手に上の身分の者と繋がりを持てば、どんな厄介事が降りかかってくるか分からない。

 突飛な発想かとも思うが、クロノ含め自分達の実力はランク4以上のものがある、利用しようと目をつけられる余地は十分ある。

 未だそれは悪い妄想の域を出ないが、少なくともシモンが何者で、何を隠して冒険者などやっていたのか、それらの背後関係を洗っておくくらいはするべきであるとリリィは考えていた。

 もし運が良ければ、何か弱みを握って、クロノとの付き合いを止めさせることもできるのだから。

 そんな多分に思惑の含んだリリィの問いかけに、カレンは一拍の間を置いてから応えた。

「存じません、と言いたい所ですが、リリィ様に隠し事はできませんね」

「私じゃなくても隠し事しちゃダメでしょ、妖精は嘘をつかないんだから、ね」

 どうやらその伝承は、本当にただの伝承で真実ではないのだな、とフィオナは大きなサンドイッチに齧り付きながら思った。

「念のためにお伺いしますが、名前はシモン、ランクは1、クラスは錬金術師で、灰色の髪に緑の瞳をした小さな少年のエルフ、ですよね?」

「流石は情報屋と言うべきなのか、シモンがそこまで有名なのか、どっちなのかしら?」

 両方です、とカレンはリリィに匹敵するほど麗しい笑顔で言う。

「そのシモンという男の詳しい素性を知りたい、出来れば、偉そうな家族関係含めてね」

「いいでしょう、彼については今すぐにでも情報をお渡しすることができますが」

 リリィは店に入った時と同じような動作で、金貨をテーブルの上においた。

 だが、今度はその数は5枚、金額にして5万クランである。

「最近の動向についても知りたいから、その辺も調べておいてちょうだい。

 ついでに、シモンの姉だという女がいるスパーダ軍に関しても、ある程度の情報が欲しい、こっちは一般的に知られているくらいのものでいいわ」

 スパーダ軍の機密情報まで求めるというのなら、提示した百倍の金額が必要であろう、無論、今のリリィにはいらないものではある。

「畏まりました、三日以内には調べがつくので、それ以後にまたお越し下さい」

 清清しい笑顔のカレンと、不敵な笑みを浮かべるリリィ、小さな二人は互いに握手を交わした。

「ところでフィオナ」

「はい?」

「貴女の食事は別料金だから、自分で払ってね」

 お会計4700クランになります、というカレンの言葉がフィオナの耳に虚しく響いた。


 みんなも喫茶店で4700円分のメニューをピックアップしてみましょう、フィオナの昼食がどくれらいだったのか分かるかも。

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[良い点] 有能妖精カレンさん
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