第181話 エレメントマスターVSアンデッドモンスターズ
轟々と雄叫びを上げ、ミノタウルス・ゾンビの巨躯が闘牛の勢いで猛然と突進を始めるが、
「フィオナ、牛を頼む」
「صخرة على نطاق واسع لمنع الجدار――『岩石防壁』」
フィオナの素早い略式詠唱により、ミノタウルス・ゾンビの突撃は石の床をそのまま隆起させたような『岩石防壁』により遮られた。
広間全体に響き渡る盛大な衝突音を響かせてあっさりと突進が止められる。
いや、止めたのは突進だけでは無い、発動した『岩石防壁』は、かつてリリィを加護発動の為に守ったように、ドームの天上にまで届かんばかりに高い岩石の塔となって、ミノタウルス・ゾンビをその強固な内部に幽閉した。
怒り狂った猛牛の声が厚い岩石の壁を隔てて聞こえてくるが、アンデットとなっても単純な腕力しか長所の無いミノタウルスがここを脱するには、防御魔法の効果が減少するまでの時間が必要となってくる。
その時間は数分とあまり長いといえるほどでは無いが、
「骸骨は俺がやる」
クロノが20前後のスケルトン・ソルジャーを再び冥府へと送り返すには、十分な時間であった。
「魔弾全弾発射」
一斉に撃ち出された黒き弾丸は、いつもの擬似完全被鋼弾では無く、一回り大きく先端が平らな、ショットシェル型の弾丸そのままといった形状をしていた。
スケルトンは見た目通りに骨格だけの存在なので、穿ち引き裂く肉が無い。
故に物理的な攻撃としては、刃による斬撃、刺突といった方法は効果が薄く、有効なのはメイスやハンマーといった武器による強烈な打撃である。
擬似完全被鋼弾ではその先端が鋭く尖った形状から貫通攻撃の威力に偏る、だがこの大きく平らな弾頭を持つ弾丸ならば、骨を打ち砕く打撃効果を多少なりとも得ることが出来る。
そうして大量にばら撒かれたショットシェル型弾頭は、群れを成してクロノへ真っ直ぐ突撃するスケルトン軍団に猛然と襲い掛かった。
その打撃力はこれまで遭遇してきたスケルトン・ソルジャーを相手に証明済み。
盾の類を持たない者はその骨身に迫る小ぶりのハンマーのような弾丸を受け止める手段が無く、また回避するほどの反射速度も敏捷性も無い。
結果、バキバキと破砕音を立てながら薄汚れた白い骨片を撒き散らして、二度目の人生を与える偽りの生命力を霧散させた。
そうして、現れたスケルトンの四分の一ほどの数が土に還るのを視界の端に捉えながら、打撃の弾雨から免れた運の良い‘生き残り’を屠るべく、黒と白の二刀を携えたクロノが突撃を仕掛けた。
「黒凪」
自前の円形盾で弾丸を防いでかろうじて立っている者、当たり所が良く両腕と頭部の半分を失うだけで済んだ者、味方の体が盾になって被害を免れた者、その三体を赤黒いオーラを纏ったアンデットよりも禍々しい呪いの刃が一刀の下に切り伏せた。
スケルトンに斬撃は効果が薄いというのはランク1でも知っている冒険者の常識だが、装備する武器のグレードと武技によっては、その耐性など簡単に覆ってしまう。
進化前からして、鉄板を易々と切り裂ける切れ味を誇る鉈である、武技の併用が無くともスケルトン程度の防御力で止められるはずも無い。
「はっ――」
黒凪を放った直後に斬りかかって来たスケルトンの刃を、クロノは当たり前のように身を翻して回避すると、もう片方の聖なる白き刃で不浄の身へ反撃を叩き込んだ。
純粋な切れ味、武器性能で言うなら一段階進化を果たした『呪怨鉈「腹裂」』には劣るものの、『聖銀剣』は刀身に宿す濃密な白色魔力の恩恵によって、闇を払う浄化能力を持っている。
つまり、闇の原色魔力を命の源とするアンデットにとって、白色魔力は弱点以外の何物でもない、いわば触れただけでその身を滅ぼす猛毒。
力強く振るわれたクロノの白い一閃は、紙でも切るかのようにあっさりと斬撃耐性を持つはずのスケルトンの骨を両断していった。
(うーん、やっぱり『呪怨鉈「腹裂」』はスケルトンの‘味’がお気に召さないようだ)
四方から迫る刃を掻い潜り、一刀の下にスケルトンを次々と切り伏せていくクロノは、そんなことを考えていた。
(やっぱ骸骨じゃ血が出ないからかな……)
一人でゴブリン討伐のクエストに行った時点で、進化の気配を漂わせる『呪怨鉈「腹裂」』だったので、折角だから早く進化させようとクロノは頑張っていた。
これはクロノの個人的な予想だが、アルザス村攻防戦において新たな十字軍兵士の血を大量に浴び、さらに使徒という極上の力を持った存在の血を、僅かながらも吸い取ったお陰で一気に進化に近づいたと考えた。
アイとの戦い直後となるゴブリン戦で鉈を握ったその瞬間、どこか力を持て余すほどに激しくざわめく鉈の魔力を感じ取ったクロノは、この感覚こそ進化の兆候だと思ったのだ。
そして次なる進化を期待して、わざわざ魔剣を使わずに鉈を振るっているのだが、その成果は特にアンデットしか出ない『復活の地下墳墓』において芳しくない。
(仕方無い、次に期待だな)
そう諦める一方で、アンデット相手に凄まじい効果を発揮してくれる聖銀の刃に感動もしていたりした。
「っし、お前で最後だ!」
ガードしようと構えた、錆びたメイスの鉄製の柄ごと、頭蓋骨から真っ直ぐ縦に鉈の刃が両断していく。
左右に切り離されたスケルトンは断末魔の声を発する事無く、そのまま分かれた半身が石の床に崩れ落ちるのみだった。
「悪い、何体か抜けたな」
振り返って後衛組みのリリィとフィオナに声をかける。
「流石に、あの数を一人で止めるのは無理ですよ」
涼やかに応えるフィオナの周辺には、轟々と燃え盛る火炎に包まれた歩兵鎧が数体。
スケルトンは打撃と光の他に、火も弱点であることが知られている。
故に、フィオナが手にする赤い短杖の『カスタム・ファイアーボール』の炎だけで、楽に始末できたのだ。
倒れるスケルトンはどれも必ず火が付いているので、リリィの光の固有魔法の出番は無かったようだ。
この中では最もアンデットに対する優位性があるというのに、こういうのを出し惜しみとでも言うのか、とクロノはどこか退屈そうにしているリリィを見て思った。
さて、討伐の証である『偽りの心臓』を回収してさっさと引き上げるか、みたいな雰囲気のクロノだったが、
ドズン! ドズン!!
と、巨大な岩の塔を内側から激しく叩く轟音によって、忘れかけたボス的存在を思い出すのであった。
「アイツそろそろ出てくるんじゃないか?」
「ですね」
そんなやり取りを聞いていたかのように、ここぞと言うタイミングでミノタウルス・ゾンビの強靭な太い腕が岩の壁を突き破って飛び出した。
どうやら『岩石防壁』がミノタウルスのパワーに耐えられるだけの強力な結合力を時間経過により失ったようで、腐っても驚異的な腕力を発揮する逞しい腕が、どんどん岩の壁を崩し、削り取ってゆく。
崩壊が始まれば、あっという間にミノタウルスの巨体が外に出るだけの大穴が作られる。
登場の時からして興奮状態であったが、岩の塔に幽閉され獲物を前にお預けをくらったお陰でより一層に凶暴さが掻き立てられたようである。
「コイツを剣だけで倒すのは、少し骨が折れそうだな――」
クロノは機動実験でミノタウルスと戦った事は無かったが、似たような体格のサイクロプスという一つ目の巨人を相手にしたことはある。
特別な固有魔法は無いが、強靭な肉体という単純だが絶対的な力を持つパワータイプのモンスターは総じてタフだ。
弱点である聖銀の武器を持っている為、無手で戦った機動実験よりは圧倒的に楽に倒せるだろうが、半死半生で勝利をおさめた経験はクロノを全力で警戒させるに足る。
「――行くぞ」
と言って、行こうとした前に、
「うーっ、ええーい!」
「え、ちょ、リリィ!?」
リリィに先を越されてしまった。
このダンジョンに入ってより、周囲をピカピカ照らし出す照明代わりの簡単なお仕事しか任せてもらえなかったリリィは、よほどフラストレーションが溜まっていたのだろうか。
いや、クロノとてリリィを除け者にしたワケでは無い、ただスケルトンの群れなどクロノ一人で十分だし、後衛組みの二人に迫る敵もフィオナが『カスタム・ファイアーボール』を一振りするだけで解決だ。
リリィまでが戦闘に参加させる余地のある敵が、ただ現れてくれなかったというだけのこと。
だがそんな事情など子供のリリィの知ったことでは無いようで、彼女にとって退屈なダンジョン探索となっていたのは紛れも無い事実だろう。
そんなリリィの心理をこの瞬間に予想したクロノは「ごめんなリリィ」と謝意の気持ちを抱くと同時に、
「さようならミノタウルス、相手できずにスマン」
猛るミノタウルス・ゾンビの頭上に光の魔法陣が描かれるのを確認して、もう戦闘が終わってしまうことをクロノは悟った。
ミノタウルスが拳を振り上げて突進を始める前に、その腐りかけた巨躯を、眩い輝きを放つ光の柱が飲み込んでいった。
閃光、衝撃、破砕音――そんなリリィの激しい光の固有魔法攻撃の余波が届く。
それも一頻り治まると、辺りには石の床に強烈な威力を叩き込んだ所為で立ち上る煙が満ちるだけで、広間には墓地に相応しい静寂が再び戻った。
「クロノー、リリィ頑張ったよー!」
家のお手伝いに貢献した幼子が見せるような得意げな顔で、クロノへヨチヨチと歩み寄ってくるリリィ。
「そうだな、頑張ったなリリィ!」
別にミノタウルスと戦えなくて残念とか思ってないよと本音を言わずに、リリィを撫で回しながら褒め称える大人な対応のクロノ。
「流石リリィさんですね」
ついでに空気を読んだフィオナも一緒に褒めてくれる。
「えへへー」
照れ照れと可愛らしく身をよじるリリィに、暗いダンジョンで気分が滅入っていたクロノの心に潤いが戻ってくる。
そんな和やかな空気を、
ブモッォオアアアアア!!
立ち込める煙の内から轟く咆哮によって、一気に掻き消された。
「なんだ、まだ生きてたのか?」
アンデットなのに生きているとはこれ如何に、と突っ込む者はいない。
そんな些細な表現よりも、ミノタウルス・ゾンビがまだ元気に動いているという事実が重要なのだ。
再びズシンと蹄が奏でる重厚な足音を響かせて、煙を割ってミノタウルスの巨体が現れる。
「骨になっとる……」
クロノの感想は実に的を射ている。
朽ちかけながらも鋼を束ねたような強靭な筋肉を身に纏っていたミノタウルスに、今やその面影は無い。
骨の一部である立派な二本角はそのままに、全身がスケルトンと同じように骨格のみとなってしまっていた。
だがクロノでも見上げるほどの巨躯は健在で、一回り以上も細くなってしまった骨だけの両腕も、先と変わらぬ腕力を発揮するだろうと思わせるほどの威圧感が漂っていた。
「ミノタウルス・スケルトンになっちゃいましたね」
「これは進化なのか?」
「どうなんでしょうね」
そんな実りの無い会話をフィオナと交わして、クロノは両手の武器を構えて、新たにスケルトンとなって蘇ったしぶといミノタウルスに向き直った。
今度こそ行くぞ、と心得たその直後、
「えぇええーーいっ!!」
リリィがキレた。
思わずそんな事を直感的に感じたのも、その不機嫌そうな掛け声を聞けば無理もないだろう。
そして、先よりも一回り大きな魔法陣が、再びミノタウルスの頭上に描かれた。
後の展開は全く同じ。
ミノタウルスは死んだ。
「クロノー、リリィ頑張ったよー!」
ミノタウルスの復活など無かった、と言わんばかりに褒めてオーラを発するリリィに、
「そうだな、頑張ったな、リリィ……」
どこか哀れなミノタウルスに心の中で合掌しながら、再びリリィを褒め称えるエレメントマスターであった。
強くてニューゲーム状態