第17話 黒魔法使いクロノ
翌日、俺は日の出と共に目を覚ました。
異世界に来てから、初めて清清しい目覚めを経験したと思う、やはりベッドは偉大だな。
フカフカのベッドの上には、腰にタオルを巻いただけのほぼ全裸な俺と、最初から全裸なリリィが横たわっている。
アレ、これだけ聞くと途端にいかがわしいシチュエーションじゃないか?
大丈夫、俺は何もやましいことなどしていない、何故なら俺は紳士だから、YESロリータNOタッチ、いやロリコンじゃないよ、本当だよ。
ええい、兎に角一緒に寝たというだけのことだ。
俺としては野宿でも構わなかったが、リリィが是非にと小屋へ宿泊する事を勧めてくれたので、お言葉に甘えることにしたのだ。
あまり損得勘定が出来ないのか、超絶お人よしなのか、リリィには世話になりっぱなしにも関わらずソレを全く気にする素振りは見せない。
当然、俺だって一方的に施されまくったリリィへの借りを踏み倒すつもりは毛頭ない、受けた恩は絶対に返す覚悟がある。
しかし、こうあまりに何も持たざる男である俺なんかにこんな施ししまくって大丈夫なのだろうか、もしも俺がただのパラサイト野郎だったりしたら……
いかん、俺がこの天使、じゃないや、妖精を守ってあげなくては、という気になってくるのはただの思い上がりの勘違いだろうか?
いいさ、どうであれ俺はリリィに対しては礼と義を尽くして付き合っていくつもりだ。
「さて、とりあえず服に着替えるかな」
未だ小さな寝息を立てるリリィを起こさないようにベッドを抜け出し、小屋を出た。
「うーん、ちょっとは綺麗になっちゃいるが……」
着たいとは思えないな。
洗った時から分かってはいたが、血と汚れで赤黒くなった貫頭衣は、その色合いが若干薄まっただけで、元の白地はほとんど見受けることが出来ない。
ぶっちゃけ汚い、穴もあいてるし、こんなもん元の世界で来て歩いてたら一発で通報される。
「でもこれしかないしな」
今日は近くの村に行く予定なのだが、人里に下りる以上服を着ていることは必須条件だ。
リリィは俺がパンツ一丁だろうがタオル一丁だろうが全く気にしないが、そういうのは例外中の例外だろう。
この異世界の住人が普通に衣服を着て生活していることは、あの港町で証明済みだ。
なので、俺も一応は服を着なければいけないのだが、正直なところこんなもん着るくらいなら裸の方がマシな気さえしてくる、少なくとも、昨日駆除したゴブリンのほうがまだ上等な格好だった。
だがどんなに文句を重ねたところで服が綺麗になるわけでもない。しぶしぶ袖を通して、すでに着慣れたオンボロ貫頭衣を着る。
「さて、どうやって服を手に入れたもんかな――」
爽やかな朝の微風に吹かれながら、小屋の裏手に雑然と置いてある木箱の一つに腰をかけてロダンよろしく考える。
芸術的なポーズで思考していると、
「あ、クロノ、おはよう」
リリィがやってきた。
「おう、おはよう」
思わず「おはようじょ」とか言ってしまいそうになったのは秘密だ。
「宝箱に座ってなにしてるの?」
「宝箱?」
ただの木箱じゃ無かったのか。
降りて、座っていた箱をよくよく観察してみると、なるほど、確かに鍵穴がある。
「宝箱か、中には何が入ってるんだ?」
「さぁ?」
小首をかしげるリリィを見ながら、俺は内心ちょっとワクワクしてきた。
「開かずの宝箱なんて面白そうじゃないか、しかもこの持ち主は魔法使いときたもんだ、リアルでこんなのに出会えるとは、魔法世界さまさまだぜ」
この小屋にあるものは、数少ないリリィの私物以外は全て以前住んでいた魔法使いのモノだ。
「宝箱開けるの!?」
「おう、気になるだろ。
あ、開けちゃマズかったか?」
「開けてっ!」
期待に満ちたキラキラ瞳が向けられる、そんなリリィに見つめられちゃあ俄然やる気が出てくる。
「よし、俺に任せろ!」
俺はヤル気と魔力を漲らせて木箱、改め謎の宝箱に向かい合う。
どう見ても木製の宝箱、破壊しようと思えば簡単だが、それはあまりにスマートさに欠けるってものだ。
こういう時に壊していいのは鍵部分だけだと俺は思う。
「ふんっ!」
なので、とりあえず腕力のみで開閉に挑戦する。
この木箱はゲームのRPGに登場するような、上開きのタイプとなっている、手をかけるような部分は無いが、今の俺の力なら――
「っつ!?」
ある程度に力をこめると、触れた先から電流のようなモノが走った。
反射的に手を引っ込めるが、ダメージ自体は大したモノではなさそうだ。
「トラップ、いや、魔法でプロテクトがかけられているみたいだ」
「クロノ、だいじょうぶ?」
「ああ、怪我するほどの威力じゃない。
けど、流石は魔法使いの宝箱ってところか」
ここまでして厳重に保管してあるってことは、俺が思う以上のお宝が入っているに違い無い。
第一希望・金銀財宝、第二希望・スゴい魔法アイテム、第三希望・服(男性用XLサイズ)。
「まさかミミックだったりして――」
何気なく呟いた一言で、途端に嫌な予感がした。
「なぁリリィ、まさかモンスターが入っていたり、封印された手のつけられないヤバい存在が入ってたりしないよな?」
「モンスターは入ってないよ?」
「もう一度聞くけど、開けていいんだな?」
「開けてっ!」
再び期待に満ちたキラキラお目目、これはもう絶対に後には引けない。
ま、俺としてもここでビビって放置なんて選択肢は無いのだが。
「魔法でガードしてるってんなら、こっちも魔法で対抗だ――黒化!」
両手で宝箱に触れ、全力で黒色魔力を流し込む。
これまでは武器か棒状のモノかバールのようなモノにしか使ったことないが、黒化が成功すれば、電撃みたいに俺へ危害を加える効果を無効化できるのは間違いない。
手を触れずに持ち上げたり、ぶん投げたりは出来るだろうが、鍵を開けさせるような操作が出来るかどうかは分からない、なぜなら鍵のような‘機構’を備えた物を操ったことはないからだ。
「よし、黒化は出来た――けど、鍵は操作できないな」
俺自身が鍵の構造を理解できていないからか、正確ではないにしてもイメージが不足しているからか、鍵を操作して開けさせることは出来ないと理解した。
「なら、直接弄らせてもらおうか」
電流トラップは無いので、ここで再び力ずくで開けるという事も可能だろうが、どうやら並以上には強化されているようで、力押しはあまり有効では無さそうだと分かったので無しだ。
そこで利用するのが、俺のもつ唯一の回復(?)魔法である肉体補填だ、黒色魔力をゼリー状にして傷口を塞ぐアレな。
同じ要領で、鍵穴に魔力を流して固める、で、それを回す。
錠の構造など詳しくないが、流石に鍵穴の空間全てを固めれば空くという事はないだろうから、上手く仕掛けに反応する部分を、手探りならぬ魔法探りで――
「どう?」
しばらくガチャガチャやってるので、不安になったのかリリィが聞いてくる。
「うーん、もうちょっとで――おっ!」
反応アリ! と思うと同時に、カチリ、と音を立ててついに開錠が成功する。
「「開いたっ!」」
完璧に声がハモる、いや、こういう時はこの台詞しか出ないだろう。
「よし、開けるぞリリィ!」
「うん!」
二人とも最高潮のワクワクを感じつつ、宝箱を開ける。
「こ、これは!?」
とは言ってみるが、パッと見では良くわからなかった。
何故なら目に入ったものは、何かを包んでいる黒い布だけだったからだ。
まぁ、ミミックじゃなかっただけ良かったとしよう。
「これなにー?」
「何だろうな」
とりあえず、布を掴んで引きずり出す。
厚手でしっかりとした作りの布地、結構な大きさで、何より、触れた先から僅かに魔力を感じる。
「これは……もしかして魔法使いのローブじゃないか!?」
広げてみれば、これは確かに衣服であり、その装いに黒一色というのは、事前知識無しでも魔法使いのローブを連想させただろう。
「クロノ、着てみて!」
「おっ、いいのか、それじゃあ着ちゃうよ俺!」
待望の衣服だ、しかも本物の魔法使いのローブとなればテンションも鰻登ってしまうというものだ。
いざ着てみれば、大きさは測ったかのようにぴったりで、着心地は抜群だった。
厚手だが、不思議と暑苦しく感じないし、なにより全身を包む魔力が心地よい、恐らく、同じ黒色魔力だからだろうか。
「どうよ、似合ってる?」
「うん、カッコいいよクロノ!」
「はっはっは~照れるなぁ、でもこれで俺も本物の魔法使いって名乗れるんじゃないか?」
箒で空は飛べないが、魔法が使えるのは事実だ。
「うん! クロノは魔法使いなの!」
「そうか、リリィがそう言ってくれるなら、今日から俺は魔法使い、いや、黒魔法使いだっ!」
その場の勢いで調子に乗っただけな気がしなくも無いが、ともあれ、俺はこれ以降黒魔法使いと名乗ることに決めたのだった。
クロノは魔法のローブを手に入れた! 順調にクロノの装備が整ってきましたね。この黒いローブにヤンデレの鉈を装備すれば立派な不審者に見えることでしょう。