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黒の魔王  作者: 菱影代理
第11章:ランク1冒険者
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第175話 イフリート現る!?

 王立スパーダ神学校の騎士コースに在籍する2年生、エディは意気揚々とガラハド南部の山中をクラスメイト兼パーティメンバーと突き進んでいた。

「――そしたらよ、エリナさんは俺にこう言ってくれたんだよ」

「なんて?」

「貴方がギルド本部でクエストが受けられるようになるまで、私待ってるわ! ってな!」

「脚色すんなよ、体よくあしらわれただけだろが」

「ぬぁあああ、ソレを言うんじゃねぇええ!!」

 まるでハイキングでもするかのように面白おかしく雑談をしながら進んでいく学生パーティ4人だが、去年の今頃は会話する余裕も無いほどガラハド山中の行軍でバテていた。

 未だランクは1だが、冒険者として、いや、スパーダを守る騎士になるため、彼らはその力を着実につけたと言えるだろう。

「けどよ、このクエストをクリアすれば俺らも晴れてランク2に上がれるんだ」

「憧れのエリナ嬢に一歩近づける、ってのはまぁ事実だよな」

 そうだよな! と高いテンションで返すエディを、メンバーは生暖かい目で見守った。

 一昨年からスパーダ冒険者ギルド学園地区支部に勤め始めたエリナという名の麗しきエルフの受付嬢は、すでにギルドで世話になる騎士コースの学生達の間で知らぬものはいない有名人である。

 いや、ここはアイドル、と言った方が正しいだろう、荒くれ者の冒険者が集い殺伐としがちなギルドに咲く一輪の花、心のオアシス、それが彼女だ。

 その誰もが思い描くエルフ美人な彼女は、物腰柔らかで、学生の身分である自分達にも優しい笑顔を向けて懇切丁寧に接してくる女神な対応、これで人気が出ないわけが無い。

 だからこそ、この元気だけが取柄の平凡な騎士候補生のエディが、数多のライバルを出し抜いてエリナ嬢のハートを射止めることができるとは、仲間思いの友人達でも思えなかった。

「俺はやるぜ、卒業までに絶対、本部でクエスト受けられるだけの男になってやるぜぇ!」

 だが、こうして若い情熱を燃やして己のスキルアップに勤しんでくれるというのなら、それは良いことなのかもしれない。

 初恋は決して実らない、なんて言葉がほぼ100%の確率で事実になるのだとしても。

「つーか、油断はするなよエディ、いくらダガーラプターつっても今回はデカい群れがいるらしいからな」

 パーティーの参謀役である魔術士クラスの男子生徒が、少々頼りないリーダーであるエディに注意を促す。

「そういや、最近は増えてるんだっけか」

「ウッカリ巣に飛び込んだりしないよう気をつけないとな」

 モンスターの勢力情報は、クエストを受けるに当たって必ず確認するべき事項の一つである。

 地域によって大体そこに生息するモンスターは判明しているが、繁殖状況や縄張りの勢力争いなど、モンスターが活動する状況は刻一刻と変化しているのだ。

 どのモンスターとエンカウントしやすいかという情報は事前準備にも大きな影響を与える、代表的な例でいけば、毒を持った虫モンスターが大量発生している場合には解毒薬を多めに用意する、などである。

 故に、今回受注したダガーラプター5体の討伐というクエストは、勢力拡大中という今の状況を踏まえれば、大きな群れとなって出現する可能性が高いので、他のランク1モンスターの討伐よりも危険度が上がっているといえる。

 すでにランク2になるには十分な実力を持っていると自他共に認める彼らであるが、油断することなど決して出来ない。

「――おい」

 と、その時、先頭を歩いていたエディと同じ剣士のメンバーが足を止めた。

 俄かに彼から溢れる真剣な雰囲気に、他の三人はすぐさま臨戦体勢を整える。

「どうした?」

「何か、やけに焦げ臭くないか?」

 そうか? と問い返そうとしたが、ふいに木々の間を吹き抜けていった一陣の風が、火に焼かれた独特の匂いを運んできた。

「近くで戦闘があったんじゃないのか?」

「何の音も聞こえてこないから、もう終わったってことかな」

 辺りには鬱蒼と生い茂る深緑の森があるだけで、風に揺らめく木々のざわめきや鳥のさえずりや虫の鳴き声といった、自然に溢れる音しか聞こえてこない。

「山火事になってたりしないよな」

「いや、それなら煙が出るはずだ、やはり誰かが戦った跡があるんだろう」

 それも、間違いなく炎を使う魔術士が、とは言わずとも誰もが予想できることであった。

「異常は無さそうだ、このまま進もうぜ」

 リーダーの判断に了解と返答したメンバーは、さっきよりも少しだけ注意深く、深い森の中を進んでいった。




 果たして、そこに‘異常’はあった。

「な、なんだコレ……」

 少し進めば、草木が焼けた匂いに混じって、何か生物を焼いたような異臭も漂ってきた。

 あまりに濃密なその臭いに、様子を見ようと進んだその先に、

「すげぇ……ラプターの巣を丸ごと焼き払ったんだ」

 広範囲に渡って、ダガーラプターの巣がそこにいた何組もの親子ともども焼け死んでいる無惨な光景が広がっていた。

 もともと、自分達もラプターの命を狙って山へ入ったのだ、殺すことに今更抵抗感などない。

 だが、こうして圧倒的な火力に晒され、地面以外に焼失しなかったものの存在しない、この焦土となった風景はどこか無慈悲な残酷さを感じざるを得ない。

 よく見れば、そこかしこに土が抉れたような跡が見え、何発もの強力な炎魔法が雨あられとなってラプターの巣に撃ち込まれたのだと予想できる。

「どんだけ魔術士がいりゃ、ここまで綺麗に焼き払えるんだよ?」

「つーか、やったのは冒険者なのかよ?」

 まるで火炎魔人イフリートでも現れたかのような凄まじい炎熱の破壊振りである。

 強力なモンスターがやったと言った方が、むしろ説得力があるだろう。

 なぜなら、冒険者がやったとすれば、もう少しスマートに戦闘を終えることが出来たはずだ、少なくとも草木まで焼き払うほど過剰な範囲攻撃など必要ない。

「いや、でもコレ、間違いなく冒険者だぜ」

 何故分かる? とエディに魔術士が問いかけると、彼は黒こげになったラプターの死骸を指差して説明した。

「右の爪が切り取られてる、討伐の証だ」

 ハッとして周りを見てみると、大きいのも小さいのも関わり無く、全てのラプターに右爪が存在しなかった。

「マジかよ、とんでもねぇな」

「こんだけやらかすんだ、ランク4以上は確実だぜ」

「でも、ランク4の冒険者がダガーラプターの巣なんて狙うかよ?」

「気まぐれに範囲魔法ぶっ放しただけかもしれねぇだろ、何考えてるかわかんねーヤツとかたまにいるしよ」

 結局その場は、高ランク冒険者の魔術士が気まぐれに強力な炎魔法を撃った、という推理に落ち着いた。

 モンスターと戦う力さえあれば誰でもやっていける冒険者という職業は騎士と違って倫理観の欠けた連中が五万といるのだ、こういった状況が起こることも、たまにはあるものなのだろう。

 そうして、珍しいモノを見たと思って、一行はその場を後にした。




 その日、エディ率いる学生パーティは、ついにダガーラプターとエンカウントすることが出来なかった。

 運が悪かったからではない、

「なんだよ……ダガーラプター、全滅したんじゃねぇのか?」

 一日中山を歩き回った結果、実に5つものラプターの巣が、綺麗に焼き払われていたのだから。

 いや、焼失の憂き目にあったのはラプターだけでは無い。同じく山に生息する狼型のランク1モンスター、ウィンドルの巣も同じ有様であった。

 この地域を代表するランク1モンスターであるダガーラプターとウィンドル、その双方が巣ごと襲われたことによって、大幅にその数を減らしてしまった。

 恐らく難を逃れたモンスターは戦々恐々として、他の地域へ逃げ出したことだろう、道行く冒険者に襲い掛かる暇などあるわけない。

 お陰で、今日この日はラプターとウィンドル以外の少数の低ランクモンスターと2回ほどエンカウントしただけで終わってしまった。

「誰だよ、気まぐれでやったとか言ったヤツ」

「いや、普通は思わねぇだろ、こんだけの火力出せる魔術士が、ランク1モンスターを狙い撃ちにするなんてよ」

 一行はもう5つ目のラプターの巣が焦土となっている、今日一日で見慣れてしまった光景を前にあれこれと言い合う。

「どうすんだよ、これじゃあクエスト達成できねぇぞ」

「確かに、ちょっと探したくらいじゃ見つかりそうもないよなぁ」

「もしかして、ギルドで新人潰しとか流行ってたりしてねぇだろうな」

 高ランク冒険者が本気を出せば、あっという間に低ランクの依頼などカタがつく。

 ラプター討伐は常時ギルドが発行しているとはいえ、そもそも倒すべき相手がいないのではどうにもならない。

 流石にその地域のモンスターの絶滅が確認されれば、クエストも取り消される。

 もっとも、半年もすれば別の地域からやってきた同モンスターか、はたまた全く別種のモンスターは繁殖するかして、結局討伐クエストを常時発行するような状況には戻る。

 だが、ソレが今起こっては困るのだ、クエストには期限があるからだ。

「落ち着け、明日は別の方へ進んでみよう、きっとラプターの5体くらいすぐ見つかる」

「けどよ、このイフリート野郎が俺らと同じ方向に進んでたら――」

「ヤメロ、それ以上は言うな」

 メンバーの不吉な予言をエディは止める。

「とにかく、今日はもう帰ろう」

 賛成、の声と共に、ほとんど戦闘してないのにどこか疲れた様子を見せて、一行はその場を立ち去ることにした。

 どうかクエストが失敗しませんように、と祈りながら。


 張り切っているのはリリィだけではないようです。

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