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黒の魔王  作者: 菱影代理
第11章:ランク1冒険者
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第174話 押し寄せるスライムフィーバー!?

「クソっ! ふざけんなよテメぇら!!」

 ランク2冒険者のザックは、そのスキンヘッドに筋肉質な巨躯という厳ついルックスに見合ったバトルアックスで飛び掛ってきたスライムを迎え撃ちながら、背中を見せてさっさと遁走を計る味方に対して罵倒の言葉を投げつけた。

 だが、そんな言葉で仲間が戻るはずもない、いや、どんな言葉だろうと彼らの踵を返すことは不可能だろう。

 ランク1のモンスターとして代表的なスライムだが、視界を埋め尽くすほどの大群で襲われては、ランク2に上がったばかりという実力の彼らが太刀打ちできるはずないのだから。

 故に逃走、仲間の一人であるはずの、ザックという人間の男を置き去りにしてでも。

「クソっ、クソぉ、ツイてねぇぞちくしょう!」

 思えば、初火の月13日、あの日から自分のツキが落ち始めたのだとザックは思い返す。

 その日までは、スパーダの貧民街をウロついて、同じように落ちぶれたヤツらとつるみながら、気まぐれに恐喝などをしては小銭を稼ぐ堕落した生活を送っていた。

 だが13日の夕暮れ、ある少女が身分不相応にも1万クラン金貨が詰まった袋をひけらかすように持ち歩いていたのを見つける、その時点では、とんでもなく良いカモを発見したと思い舞い上がっていた、黒き神々に感謝の祈りを捧げてもいいとさえ思ったのだ。

 そうして、首尾よく少女を袋小路に追い込むことができた。

 ザックは思わぬ臨時収入が得られることをこの時点で確信した、後はさっさと金貨を巻き上げて夜の街へ繰り出すのだと胸を高鳴らせて。

 調子に乗って少女の体へ暴行しようとは思わない、あんなのは酒かクスリでハイになってるか、真性でイカれてるヤツしかやらない。

 なぜなら、暗く人目につきにくい貧民街の路地裏とはいえ、自分達のようなチンピラ共がウロウロしている地域だ、騒がしければハイエナのようにソイツらがやって来る。

 下手すれば新たに現れたヤツらに、折角巻き上げた金貨を横取りされるかもしれないし、そうでなくとも面倒事が起きるのは確実、変に助平心を出したお陰で何万クランもの大金を手放すなど絶対に御免だ。

 そもそもあんな小娘よりも、夜のスパーダで働くプロに相手してもらった方が良いに決まっている。

 兎も角、ザックの胸中には欲望が渦巻くが、決して下手を打つ事無く、少女の金貨を手に入れかけた。

 そして、


「おい、そこで何をしている」


 一人の男が現れた。

 やたら鋭い目つきをした、ランク1冒険者、そのはずだった。

 その男の所為で、金貨を逃したばかりか、対人用のサブウェポンである長剣ロングソードをお釈迦にされ、魔法も武技も使えない事が舎弟にバレ、さらに帰りは野良犬に噛み付かれ、と散々な1日となった。

 特にマズかったのは、舎弟二人がザックを体がデカいだけの木偶の棒だと盛大に吹聴して回ったことだ。

 厳つい見た目で実力以上に見せかけ貧民街ではそれなりに上手くやってきたザックだったが、噂に尾ひれがつき、あっという間に雑魚の烙印を押されて無用なちょっかいをかけられるようになってしまったのだった。

 もっとも、何年か前までは本当にランク2冒険者として活躍していたザックだ、魔法も武技もなくとも肉体能力だけなら見た目通りのパワーがある、調子に乗った舎弟連中レベルのヤツならあしらえるが、やはり噂の所為で貧民街は居心地の悪い場所となってしまった。

 結果としてあの男が言った、


「出来ればもうこういう事は止めて、真っ当に冒険者でもやって金を稼いでくれ」


 という言葉を実行せざるを得ない状況になってしまったのだ、少なくとも噂が収束してほとぼりが冷めるまでは。

 そうして、ボロい部屋の隅で埃を被っていたブロンズプレートのギルドカードと、対モンスター用の冒険者装備であるバトルアックスを引っ張り出して、1年ぶりに冒険者ギルドに顔を出すことになる。

 そこで適当なクエストを受け、適当なヤツと臨時パーティを組んで、こうしてラティフンディア大森林、通称ラティの森へとやってきた。

 そして、今に至る。

「はぁ……はぁ……ふざけ、やがってぇ……」

 戦士のクラス通り前衛を務めて、少しばかりスライムの集団に切り込んだのが拙かった。

 ザックが一歩踏み込んだ次の瞬間、周囲から泉が湧き出るかのごとく水色ゼリーなスライムの大軍が出現したのだ。

 それを見た臨時パーティの面々の判断は早かった。

 少しだけ突出した立ち居地にいるザックを囮に、自分達は逃走、無情だが自分が生き残るという行動としては正しい答えの一つだろう。

 もっとも、ランク2パーティといえども、正式にパーティを結成し、長年活動してきたメンバーであれば、一丸となってこの場を脱出し、全員生還するという事は可能である。

 だが所詮は臨時パーティ、少しでも危うくなれば、即座に切り捨てるのが当然だろう。

「うがぁああああ!!」

 技もなにもない、ただ大振りの一撃。

 だがその横なぎに振るった一撃は幸運にも、二体のスライムのコアを掠め、致命傷を与えた。

「よっしゃあ!」

 青いゼリー状の肉体を散らせて消滅してゆくスライムを堅いブーツの靴底で踏みつけて、ザックは一気に後退する。

 ほぼ完全に囲まれてしまっているが、自分の真後ろはまだ包囲が薄いはず、そう判断し敵中突破を実行。

 強引な手段だが、今の自分に出来る解決策はコレしかないのも事実であった。

「スライム如きが、俺の邪魔を、するんじゃねぇぞおらぁああああ!!」

 手足にはスライムが己の体から捻出して作り出した何本もの触手が絡み付いてくる。

 触れる先には酸で肌を溶かされる鋭い痛みが走るが、駆ける勢いのまま、細いゼリーの触手を無理矢理引きちぎって突き進む。

 行ける、ギリギリだが行ける、生きて帰れる――そう思い、一番後方に位置するだろうと思しきスライムを、アックスで押し退ける。

 抜けた、これで包囲を抜けきった、そう確信して眼前の茂みを飛び越えた先に待っていたのは、

「ひ、あ……た、助け――」

「た、頼む……早く」

「あ、あ――も、ダメ……」

 自分を置き去りに逃げたはずの臨時パーティーメンバーの三人が、


 コォオオオオオ


 巨大なスライムに飲み込まれている光景だった。

「ジャイアントスライムだと……嘘だろ、何でこんなとこに……」

 ジャイアントスライムは、危険度ランク3のモンスターである。

 ただひたすらにスライムが大きくなっただけのモンスターだが、全てにおいてパワーアップを果たしたそのゼリー状の肉体は、ランク2を飛び越して3に指定されるほどの危険性を秘める。

 ランク2程度のモンスターしか出現しないはずの森の浅い部分では、よほど運が悪くなければお目にかかれない。

 ああ、そういえば俺はツイてないんだった、そんな事を、半透明の肉体の所為で、三人の冒険者が少しずつ消化されているスライム特有の食事風景を見せ付けられながら、ザックは考えた。

「ひ、はは……こりゃ、もうダメだ……」

 振り向かなくとも分かる、背後からは、無数のスライム軍団が追いついてきた。

 もっとも、スライム軍団が無くとも、ランク2に上がったばかりといった実力しか持たない自分が、三人のランク2冒険者を難なく飲み込んだジャイアントスライムに敵うはずもない。

「助け……くれ……」

 全身を満遍なく溶かされ、完全に絶命した冒険者の姿を見ながら、次は自分の番だとザックは悟った。

 ジャイアントスライムは、三人の人間を食べたことで多少は腹が満ちたのか、すぐにザックへ触手を伸ばそうとはしなかった。

 その代わりに、後ろから迫るスライム達が、己の体からひねり出すようにして伸ばす細い触手を、ザックの筋肉質な体へ一斉に向ける。

「ダメだ……もうダメだ……」

 無数の触手が伸びてくるのを感じるが、ザックの体はバトルアックスを握ったまま、金縛りにあったようにピクリとも動かない。

 そうして、ついに触手の先端が再び身体に触れ、日に焼けた浅黒い肌を消化しはじめる。

 さっきも感じた鋭い痛みが駆け抜けたその瞬間、

「うあぁあああ! イヤだっ!! ヤメロぉおお!!」

 涙と鼻水と、涎を飛ばして、バトルアックスを出鱈目に振り回してザックは力の限り暴れだした。

「やめろぉ! 来るんじゃねぇえええええ!!」

 半狂乱になりながら、ひたすらアックスをぶん回し、スライムの触手を防ぎ、時にはコアごと粉砕する。

 だが、倒したスライムも3匹か4匹か、といった程度。

 数えることが無意味に思えるほど周囲に満ち溢れるスライムの波を、そんな儚い抵抗で止めることなど出来るはずもない。

「うああ、ああ――」

 だが、そうして暴れた所為でさらなる絶望が動き出す。

 ジャイアントスライムが、目の前で元気よくアックスを振り回す男に食欲を刺激されたのか、スライムとは比べ物にならない丸太のような太さを誇る触手を形成し、ザックの周囲をゆっくり囲むように伸ばす。

「あ、あ……」

 そうして、大柄な自分よりも尚、遥かに大きな高さを誇るジャイアントスライムの巨体が立ちはだかり、ついに戦意を喪失する。

 ただバトルアックスを両手で握り閉めたまま、無様な泣き顔を晒して、ガタガタと震えることしか出来ない。

 死への恐怖だけが頭を支配し、何も考えられず、全く頭の中が真っ白になったその時、目の前が本当に、真っ白に光った。

「……あぁっ!?」

 失明せんばかりの眩い閃光が襲ったかと思ったら、自分の全身へベトベトした気持ちの悪い感触の半固形物が土砂降りのように浴びせかけられた。

「な、なんだコレぇ!?」

 慌てて顔を拭って、何が起こったのか確認しようと目を開くと、そこには恐ろしいジャイアントスライムの巨大な姿は無く、その代わりに淡い緑に輝く2メートルほどの光の球体があった。

 これは何だ、この光の球は――どうやらジャイアントスライムのコアじゃないということはすぐに分かった。

 スライムと同じく赤い色のコアは、バラバラに砕け散ってそこらに欠片が飛散しているのが確認できたからだ。

 ならば、これは何なのだ、益々深まる疑問だったが、

「うぅー!」

 球体の輝きを薄れたことで、正体が判明した。

「なんだ? なんで、こんなガキが?」

 光の球を纏っていたのは、あまりに小さく、幼い、一人の女の子だった。

「いや……妖精、なのか?」

 その金髪翠眼に愛らしい容姿、そして何より背中に生える一対の虹色の羽が、彼女が何者なのかを端的に現していた。

「ええーいっ!!」

 だが、ザックの妖精かという問いかけ、いや、あるいは独り言でしかなかったのかしれないが、とにかく彼女は応えなかった。

 その代わりに、身に纏う光の球体から無数の光の帯が放たれた。

「うおっ!?」

 それは白く輝く彩光となって、太陽の光を遮る深い森の暗さを払拭する。

 ザックはその眩しさにたまらず眼を閉じて、ついでに方々で響く爆発音に耳を塞いだ。

 さらに言うならそのあまりに激しい、恐らく魔法による攻撃の爆風やら熱波やらの余波を恐れて、その場に蹲る。

「ひ、ひぃいーっ! なんだよ、なんなんだよ! 今度は何が起こってんだよぉ!?」

 この光と音の洪水ともいえる中で、恵まれた肉体能力しか持ち得ないただの人間であるザックでは、そうすることしか出来ないのは仕方のない事だろう。

「お、終わった……?」

 そんな光の絨毯爆撃が収まってから、どれほどの時間が経っただろうか。

 ザックは脅威が過ぎ去ったことをようやく理解し、周囲の状況を確認するべく、恐る恐る顔を上げると、

「は、はは……助かった……」

 そこには、スライムを構成するゼリー状の肉体が草木を全てコーティングするかのように、広範囲に渡ってぶちまけられていた。

 その中で、ひび割れたり砕け散ったりした赤い石のようなものが幾つもくすんだ輝きを放っている。

 全てを埋め尽くさんばかりに現れたスライムの大軍団は、たった数分間の内に、その大部分を屍に変えてしまっていた。

「ははは……助かった、俺は、助かったぞ!」

 この日、ザックは生まれて初めて心の底からパンドラの黒き神々へ感謝の祈りを捧げた。




 黒いワンピース姿の幼い女の子が、森の中であっちをウロウロ、こっちをウロウロして、一生懸命なにかを拾って集めている。

 ソレが野に咲く花々を採っているのならば、しがないチンピラのザックをして頬を緩ませるような愛らしい姿だが、彼女が手にする袋に放り込んでいるのは、砕けたスライムのコアである。

「俺は……なにやってんだ……」

 それは如何なる成り行きか、気がつけばザックはこの光り輝く妖精のコアを拾い集める手伝いをしていた。

 命を助けてもらったのだ、これくらいの働きで礼を返すのはやぶさかでは無いが、ろくに自己紹介も挨拶も無しにこんな流れとなってしまった為、この状況に些かの違和感を覚える。

 それでも一度始めてしまった手前、律儀に収拾作業を続けてしまう。

 そうして、周囲に散乱した核をあらかた拾い終わると、くすんだ赤色の核でいっぱいになった袋を妖精へ差し出した。

「オジさん、ありがとー」

 そう言って向日葵のような明るい笑顔を向けて受け取ってくれた妖精の姿に、ザックも悪い気はしなかった。

「いや、その、なんだ、こっちも助けてもらったんだ、ありがとな」

 こうして心から礼の言葉を述べるのは一体何時以来だろうか。

「んー?」

 しかしながら、妖精は礼の言葉を受けても何の事か分からないような顔をしている。

 ザックも見た目幼児な妖精相手に、まともな受け答えができることを期待していなかったので、あまり気にしない事にした。

「じゃあねオジさん、バイバーイ!」

 そうして、当たり前のように光の魔法陣を一瞬で構築し、スライムコア満載の袋二つを空間魔法ディメンションに放り込む魔法の実力を見せ付けてから、小さな妖精は手をふってその場を去っていった。

 本格的なダンジョン指定がされる、ラティフンディア大森林、その深部に向かって。

 半ば呆然としながら妖精を見送ったザックは、一連の出来事が夢であったかのような錯覚を覚えた。

 だが、この周囲に広がるスライム大虐殺の光景を見れば、それが決して夢では無く現実の出来事であったことをこの上なく示している。

「妖精って、スゲぇんだな……」

 何だかよく分からないが兎に角スゴい、ザックはこの日、世界の広さを改めて知ったのだった。


 リリィの活躍は華があって良いですね、それに比べ……

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