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黒の魔王  作者: 菱影代理
第10章:魔王と勇者
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第156話 拒絶(2)

「けど、悪い、今は一人にしておいてくれないか……」

 リリィは振り解かれた自分の手のひらと、虚ろな表情を浮かべるクロノの顔を、交互に見つめた。

「え、あ……でも……」

 思いがけぬクロノの言葉と行動、リリィは凍り付いてしまった表情にぎこちない笑みを浮かべて追いすがる。

「ごめんな、心配かもしれないけど、どうしても、一人で考えたいんだ」

 対するクロノも、無理に作った微笑を浮かべて、リリィへと言い聞かせた。

「そ、そんな……」

「頼むよ、お願いだから、俺の我侭、聞いてくれないか?」

 それは、明確な拒絶の意思だった。

 この時、リリィは初めてクロノから自分に対する否定的な感情を突きつけられた。

 リリィは妖精なら誰でも持ちえる精神感応テレパシー能力によって、他人の表面に現れる意識や感情を自然に察知してしまう、それはクロノも例外ではない。

 これまでクロノは、一度たりともリリィに悪感情は勿論、共同生活を送るにあたってプライバシーに関わる僅かなストレスすら覚えることは無かった。

 そしてその事を、感情そのものを読み取れてしまうリリィはこれ以上無いほど理解していた。

 だが、今この瞬間、クロノはリリィから距離を置きたいと思った、思ってしまった。

 それは決して疎ましく思ったからでも、リリィの態度が気に入らなかったからではない。

 このまま一緒に居ると、リリィには自分の見せたくない姿を見せてしまいそうだからだ。

 リリィに情けない姿は見せたくない、それはきっと、妖精の森で出会ったあの瞬間から

ずっとクロノが抱き続けた、男の意地である。

 故に、心が張り裂けそうなほど大きすぎるショックを覚えた今は、今だけは、リリィの前から姿を消したかった。

「ごめん、なさい……」

 普段の冷静な彼女なら、クロノの本心を理解することが出来ただろう、いや、例えテレパシーなど無くとも、その行動背景や態度を見れば十分予測できていた。

 だがしかし、クロノの表層意識に現れた、リリィの前から逃れようとする感情、彼が「リリィから離れたい」という心の声が、この32年間に及ぶ人生の中で、最大最強の衝撃となって彼女のハートを襲う。

 初めてクロノから向けられた拒絶の意思を前に、ただそれだけでリリィは平静さを失ってしまった。

 光の泉を自らの手で滅ぼし、誰が何人死のうと、その心を波立たせることの無かった、怜悧冷徹、残酷無比なリリィ、だが今この瞬間、彼女の心は揺れに揺れていた。

 まるで、片思いの相手から告白を断られた純情可憐な乙女のように。

「いや、俺の方こそごめんな、余計な心配かけて、けど、俺の事は放っておいてくれても大丈夫だから」

「ううん……いいの、引き止めちゃって、ごめんなさい」

 リリィは、取り乱さずにそう返した自分を褒めてやりたかった。

 だがその声音は確かに震えていた。

 そしてそんなリリィの変化を、すでに他人を気にかけられる余裕の無いクロノが気づくこともない。

 表面上の言葉通り、クロノは一人となり、リリィはそれを認めた、それだけの取り決めが成されただけであった。

「悪いけどフィオナ、リリィと一緒に先に帰ってくれ」

 すぐ傍で影と同化していたんじゃないかと思えるほど存在感を消していたフィオナへ伝える。

「分かりました」

 勿論、リリィでも引き止められなかった以上、心配ではあるがクロノを止めることなどフィオナに出来るはずも無かった。

「夕食までには帰るから、済まないな、買い物はまた今度だ」

「いえ、お気になさらず」

 クロノは苦笑気味にもう一言だけ謝罪の言葉を残して、元来た道とは別方向である、暗い路地に向かって歩き始めた。

 少しずつ遠ざかってゆくその背中を、リリィは体を小刻みに震わせながら、目を見開いて凝視している。

 けれど、その後姿が消える最期の瞬間まで、彼を引き止める言葉を一言もリリィは発すことができなかった。

「リリィさん、帰りましょう」

 どこか輝きを失ったリリィの羽を見ながら、背中越しにフィオナは少しだけ心配そうなニュアンスを含ませて声をかけた。

 だが彼女の声など聞こえていないかのようにリリィは無反応で、クロノが歩き去っていった路地の先を見つめたまま動かない。

「リリィさ――っ!?」

 背後から回りこんで、リリィの顔をみた瞬間、フィオナは予想以上の光景に、思わず息を呑んだ。

「ひっ……ぐすっ……」

 美しいエメラルドの瞳から、透き通った輝きを放つ宝玉のような大粒の涙が零れていた。

「うぅ、ぐすっ……ク、クロノに……」

 華奢な肩を震わせ、白く細い手で顔を覆って、

「クロノに、怒られたぁ……う、うぅうあああああああ!」

 リリィは、生まれて初めて泣いたのだった。

 大好きな人に拒絶された事が悲しくて、嫌われることが恐ろしくて、声をあげて泣いた。

 心に渦巻く悲しみがそのまま溢れ出たかのように、涙は止め処なく流れ続ける。

「リリィさん、泣かれてしまっても、私にはどうすればいいか分かりません」

 そもそも人付き合いの苦手なフィオナ、悲しみに泣きはらす人の上手な慰め方など分かるはずも無い。

 けれど、この涙する妖精少女の姿を、人目に晒す事は憚られると思ったようだ。

「とりあえず、コレで顔を隠してくださいね」

 そうしてフィオナは、魔女のトレードマークである巨大な黒の三角帽子を、自分の頭から、リリィへと乗せ換えた。

 淡い水色の髪を露わにした魔女は、そのまま妖精が泣き終えるまで、ずっとその傍に立ち続けるのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] リリィさんもいろいろな感情を知って成長していってますね
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