第148話 アルザス村占領
アルザス村に敷いた司令部、村長宅の一室に、二人の使徒と十字軍占領部隊の指揮官ノールズと副官、改め第八使徒直属の部下であるシスター・シルビアの四人は会していた。
天上人たる二人の使徒を前に、深々と頭を垂れるノールズであったが、その表情は苦虫を噛み潰したかのようである。
「……魔族殲滅にご協力頂き、感謝の極みであります、第十一使徒ミサ卿」
それでも、その口から出るのは賛辞と感謝の言葉以外には許されない。
それが例え、肘掛付きの椅子にふんぞりかえって、
「だーかーらー私はもう帰るって言ってんでしょ!」
「いーじゃん、折角ご飯用意してくれてるって言うんだから、食べていきなよ~」
キャーキャーと姦しく言い合いながら、全く自分の話など聞いていなかったとしてもだ。
「イヤよ、こんな辺境のショボい占領部隊が用意できる食事なんて、この私の口に合うわけないし」
「えー、パンとスープ美味しいよ? 携帯食料より全然美味しいよ?」
「アンタは使徒のくせに食生活貧しすぎるのよっ!
私達は神に選ばれた特別な存在なの、だからその生活も他の人とは違う特別なものでなきゃいけないの」
「貴族みたいなコトいうねー」
「本当に貴族なのよ! 伊達に‘卿’ってついてるんじゃないの!」
「アタシは爵位もらって無いし――」
延々と続けられるガールズトークに、ノールズは硬直状態のまま待たされることを余儀なくされていた。
隣で自分と同じように傅くシルビアへチラリと視線をやって様子を見てみるが、
「……」
彼女は穏やかな微笑みを浮かべながら、己の主であるアイがミサと交わす話をどこか満足そうに聞き入っていた。
どうやらシルビアには自分に代わって二人の無益な会話を止めるつもりはないようである。
結局、その後30分ほどの時間を費やして、アイの食事のお誘いを断ったミサが退室したことで使徒同士の世間話が終息したのだった。
「――では、あの‘悪魔’を意図的に見逃した、ということですか」
そうして、ようやく事の顛末をノールズが知るに至った。
「うん、あと妖精のリリィちゃんと、魔女っ娘フィオナちゃんの二人もね」
「そう、ですか……」
イルズ村より因縁がつき始め、最終的には部隊全体へ多大な犠牲を強いた‘悪魔’クロノが生きて逃げ延びたという事実は、ノールズにといって到底受け入れがたい報告であったが、使徒を相手に怒鳴り散らすわけにはいかない。
長く軍組織に身を置くノールズ、上官相手に意見する愚を冒すことなど無い。
「んふふー、ゴメンねシルビアちゃん、長い間放っておいて」
「いえ、良いのですご主人様、こうして戻ってきてくれたのですから……」
ミサがいなくなったのを良い事に、今度はアイとシルビアが報告そっちのけでイチャつき始めたとしても、ノールズは決して文句をつけたりはしない。
何故女同士で……などと悩むのは無意味だ、助平爺も顔負けのいやらしい手つきでシルビアを弄ぶアイの姿を見れば、彼女が真性でそういう趣味なのだとイヤでも理解させられてしまう。
「申し訳ありませんが、もう少しばかり事実確認をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
二人のまるで恋人同士のような熱い口付けが終わるタイミングを見計らって、問いかける。
「んー? まだ何かあるの?」
「第十一使徒ミサ卿を派遣したのは、グレゴリウス司教であるということに、間違いありませんね?」
「うん‘グレゴ何とか’って言ったら、パンドラに来てる中じゃグレゴリウスのオっさんしかいないでしょ」
シルビアの豊満な胸元をまさぐりながら答えたアイ、その行動を意図的に無視しつつ、ノールズは内心で得心がいった。
「なるほど、グレゴリウス司教が派遣した援軍とは、使徒のことであったか……」
呟くと同時に、この、
「んー、ここかぁ、ここがイイのかぁー!」
「あっ、いけませんご主人様、これ以上は……」
頭の悪さ全開なアイが、それ相応の情報を持ちえていることも察する。
第八使徒は身分を隠してあちこちでモンスター退治や悪徳商人・役人を成敗して回る放浪生活を送っていることは、共和国の市井において有名な噂であるため、勿論ノールズも知っていた。
エリシオン在住で権力の中枢にいないにも関わらず、当然のようにパンドラに派遣されている高位聖職者の情報等を知っているということは、恐らく各地にシルビアのような部下がいるのだろうと予測した。
この、修道服の上から豊満な肢体をいいように弄ばれるシルビアのような部下がいるのだ。
全く、けしからん。
「まぁ、ミサがやったんなら、取りこぼしはあるだろうけど、逃げた魔族はほとんど殺されてるでしょ、占領部隊の任務も完了だね」
「……はい」
僅かに不満気な様子を見せるノールズに、シルビアの白い首筋に小さな赤い舌を這わせながら、アイは釘を刺した。
「クロノくんのコト、追っちゃダメだよ」
「了解、いたしました」
言ってから、クロノ含めあの三人組なら‘足手まとい’がいなければ追跡を振り切って隣国スパーダへ逃げ延びることはそれほど難しくないだろうともアイは言い放ち、ノールズの不満を益々に煽るのだった。
だが逆上して怒声を浴びせることの叶わない彼は、すでに聞くべきことは聞いたので、一刻も早くお引取り願うことにした。
「第八使徒アイ様も、ご協力ありがとうございました、後のことはどうぞ我々にお任せ下さい」
「ん、あーそっか、一応指揮権返しておかなきゃね。
アタシは明日の朝ここから出て行くから、それ以降はまたオジさんが指揮官お願いね」
「了解いたしました」
もう話すことは無い、と言うようにアイは椅子より勢い良く立ち上がった。
今夜はお楽しみと言わんばかりにシルビアとガッチリ腕を組んで退室しようとしたアイだったが、扉の前で立ち止まり振り返った。
「あ、そうそう‘上’から村一つ占領するのに兵を死なせすぎだーって怒られるだろうけど、そん時は第八使徒を負かすぐらい強いヤツがいた、って言い訳してイイよ?
ま、信じてくれないと思うけど、じゃあねー!」
そうして、今度こそ部屋を出て行った。
一人残ったノールズは、その場から立ち上がると同時に、腰に下げるメイスを引き抜くと、
「クソがっ!」
使徒が直前まで腰掛けていた椅子に向かって振り下ろした。
兎にも角にも、初火の月6日、アルザス村の占領をもって、十字軍による全ダイダロス領の制圧が完了したのであった。