第145話 エレメントマスターVS第八使徒(2)
「さて、あのふざけた使徒を倒す方法を一時間で考えなきゃならんワケだが、何か思いつくか?」
半ば投げやり気味に言った台詞だったのだが、
「はい、一つだけ方法があります」
以外にも、その実現不可能と思われた提案は、あっさりと出された。
手を挙げたのはフィオナだった。
「本当か?」
「絶対確実、とはいきません、前提条件があるので」
「話してくれ」
正直言って、真っ向勝負する以外に方法が思いつかなかった俺にとって、僅かでも倒せる可能性が上がるなら聞かない手は無い。
藁にも縋る思いでフィオナに話を促した。
「使徒の中には、自らの正体を隠すために、あえて魔力を封印する者がいるそうですよ。
第八使徒アイは、以前話した行方不明になっている使徒の内の一人です」
そういえばそんな話もあったな、水戸黄門的な活動に勤しんでいる使徒がいると思ったが、ソレがまさかあの少女だったとはな。
「しかし、よく知ってるな、そういうのは分からないものなんじゃないのか?」
「第八使徒が、人知れず活動しているというのは共和国では有名な話ですので、その代わり、姿や能力などは一切不明ですけど」
なるほど、知名度だけは抜群だったってワケか。
「そういう正体を隠した活動をしているヤツなら、魔力を封印している可能性は高いってことか」
「その通りです。
そして、魔力の封印に魔法具、封印器を利用しているのだとすれば、ソレに干渉して封印の解除を妨害することが出来るはずです」
「なるほど、弱体化した使徒なら三人で倒せるか、しかし――」
だが問題は、アイが本当に魔法具で魔力の封印を行っているか、という点だ。
サリエルとは二度戦ったが、どちらもそういう類のアイテムを確認することは出来なかった。
例えその前提条件をクリアできたとしても、そう易々と封印器に干渉できるのかという問題も残る。
少なくとも、異世界の魔法技術において詳しく無く、黒魔法しか扱えない俺には無理だろう。
「ねぇフィオナ」
頭を悩ませる俺の隣で声を挙げたのはリリィ。
すでに幼女に戻ってはいたはずだが、大人の意識を戻したのだろうことがこのハッキリした口調を聞いて即座に理解できた。
「封印器に利用できる魔法具は、共和国じゃ沢山種類があるものなの?」
「いえ、人の能力を永続的に制限する類のモノはそうバリエーションのあるものではないですね。
それなりに高価ですし、なにより教会によって制限がかかっているので、一種の禁術扱いですよ」
「そう、ならあの使徒が装着している封印器は――」
リリィは中空に小さな光の魔法陣で空間魔法を発動させると、そこから見覚えのある白いリングを取り出した。
「――コレと同じ構造をしてる可能性が高いってワケね」
「なっ、それは!」
リリィの小さな指先で、リングをなぞると、甲高い音と共に7本の針が内側に飛び出した。
「そう、あの実験体がつけていた『思考制御装置』よ」
再びリングをなぞると、針は内側へと収納された。
「……」
正直なところ、この『思考制御装置』というふざけた名前のアイテムは、見るも忌々しい束縛の象徴である。
見ていて良い気分はしない。
だが、ここでリリィが持ち出してきた意味は理解できる。
「ソレと同じ構造なら、上手く干渉できるかもしれないってことか?」
どうやら『思考制御装置』にも、魔力を封印する機能がついているらしい。
俺がこいつを被ってた頃には無かった、いや、単純に使わなかっただけか、どちらにせよ魔力封印の実体験こそ無いものの、キプロスが連れていた実験体の偽装に、この機能を使用していたのは間違いない。
「そういうコト、さっき実験部隊のテレパシーを妨害したのとはまた違った種類の『交信妨害』が必要だけど、たぶんできると思う」
「リリィさんなら、いけるかもしれませんね」
どうやら、封印作戦が実行できる可能性が出てきたようだ。
「一番の問題点は、本当に封印器をしているかどうかだな。
ヤツが明らかに手加減して戦ってくるのは間違い無いが、それは自分で抑えているだけかもしれないし」
「そうですね、あと封印器に直接干渉するなら、ソレがどこに装備しているのか特定する必要もありますね」
フィオナ曰く、実験部隊のテレパシーを妨害するのは、空間そのものに『交信妨害』を仕掛ければよいが、封印器の干渉の場合ではソレそのものにピンポイントで妨害しなければならないのだとか。
前者は現代において妨害電波を発して電話や無線をジャミングしているイメージ、後者はインターネットを通じてパソコンにハッキング、あるいはクラッキングするイメージだろう。
「どちらも問題ない、私がテレパシーで探りをいれるから」
「出来るのか? 使徒ならテレパシー対策くらいしてるんじゃないのか?」
俺も自分で使えない以上は精神感応という能力に関して詳しくは無い。
しかしながら、テレパシーは決して万能では無く、心の内を探られないよう防ぐ『精神防壁』や、干渉してきた相手を逆に攻撃する反撃や反射などの効果を持つ魔法も存在していることくらいは知り及んでいる。
「大丈夫、サリエルは一切覗き見る隙間もないほどガチガチに‘固めて’あったけど、アイツの頭の中はかなりユルい、表向きの感情や思考は問題なく読み取れるレベルよ」
どうやら大丈夫そうだ、というよりリリィはサリエルにもテレパシーを仕掛けたことがあったのか。
今度もっと詳しく聞いてみようかな……
「よし、じゃあこの作戦で行こうか、一応聞いておくけど、封印器してなかった場合に対処できる案はあるか?」
「その時はみんなでがんばりましょう」
「リリィもがんばるの!」
「分かった、ダメな時は正攻法でいこう。
あとリリィ、子供のフリしても俺の目は誤魔化せないからな」
少しだけ頬を染めて恥かしそうに視線を逸らすリリィは、やはり可愛かった。
いや今はリリィを愛でている場合ではない、真剣に封印作戦を考えねばならんのだ。
「封印状態にある、と言っても相手は使徒です、一流の魔術士程度には魔力もあり魔法を行使すると思います。
例え封印に成功しても、無傷で倒せるほど甘くはないでしょう」
「そうだな、それに戦いを長引かせればどんな方法で封印を覆してくるか分かったもんじゃない、出来れば短時間で……そうだな、封印が解けないことに気づいて焦るタイミングを狙いたい――」
果たして、俺達の考えた作戦は成功した。
やはりアイは最初から手加減して戦い、封印器によって力を制限しているのかどうかは、
「そう言うくせに、貴女まだ手加減してるでしょう?」
リリィがアイの頭部にかするほどだったがギリギリ手が届いた、あの瞬間に確認した。
(見つけた、封印器は二つ、銀の髪留め)
手加減している、とのリリィの何気ない問いかけに、アイは瞬間的に封印器をイメージしたことだろう。
それはリリィがはっきり読み取れるレベルで、アイは思い起こしてしまった。
これで「アイが封印器を利用している」という第一条件はクリア。
(――大丈夫、リングとほぼ同じ構造、妨害できる!)
そして、封印器を妨害可能か? という第二条件もクリアされた。
ここまでくれば、後は手はずどおりに動くだけだ。
アイの足止めは俺の役目、トドメの一撃はフィオナの役目。
『黄金太陽』を撃つためにフィオナは積極的に攻撃に参加させず、強化魔法による支援だけさせることにした。
もっとも、それだけでも凄い効果を発揮してくれた、まさか俺の刃が使徒に届くほど強化されるとはビックリだ。
そしてその結果、アイには俺達をもう一段階封印を解除して戦うという選択をとらせた。
これで、
「……あり? 封印解除! 封印解除!」
俺の読みどおり、致命的な隙が生まれた。
「――『交信妨害』だ!?」
どうやらすぐ原因に気づいたようだが、それでも遅い。
「お馬鹿さん、逃がすわけないでしょう?」
「捕まえたぜ」
そして、ついに『影触手』でアイの体を拘束した今に至る。
「今だ、やれっ! フィオナ!」
さぁ、これで詰みだぜ第八使徒!
俺の体をリリィがかけてくれた妖精結界の眩い光に覆われてゆくと同時に、頭上から巨大な火球が迫ってくるのが見えた。
「えっ、ちょ――」
驚愕に目を見開くアイ、それでも俺の拘束から脱しようともがく。
だが、封印状態にあり触手を振り払うほどのパワーが出せないのだろう、それは本当に非力な少女を捕まえたかのように身をよじるだけで、黒い触手はビクともしない。
いいぞ、このまま、あと5秒もしない内に『黄金太陽』は着弾し、全てを灰燼に帰してくれるはずだ。
当然、俺も無傷では済まない、本当に生き残れるのかどうかも不安だが、コイツと相打ちなんてのは御免だ。
俺は『影触手』の拘束力が落ちるのを承知で、元のワイヤー状へ細めると同時に、着弾点であるアイの立つ位置から全速力で後退を始める。
残り時間は約3秒、それまでは爆心地から50メートルくらいは離れておきたい、流石に4メートル地点では100%生き残るのは不可能だ。
走る、走る、振り向かずにただ真っ直ぐと、一体どれだけの距離を駆け抜けることができたのかは分からないが、一歩でも遠くへ行こうと、最後の瞬間まで足を動かし続ける。
「――っ!?」
そして、ついに金色に輝く第二の太陽は地面へ届き、爆発。
失明せんばかりの閃光が広がる、咄嗟に目を閉じていても、瞼の裏からはっきりと荒れ狂う強烈な輝きを感じる。
それだけではない、その光は俺の体をも焼き尽くそうとしているかのように、全身に凄まじい高熱、灼熱が纏わりつく。
「熱っ――」
恐らく爆発の衝撃によって、俺は宙を二転三転しながら吹き飛ばされているのだろう、上下左右が判然とせず天地が逆さまになったかのように思える。
リリィが全力全開で守ってくれた妖精結界のお陰で、地面に叩きつけられる衝撃は感じない――だが、それもついさっき、僅か1秒前までの話。
最も強いインパクトのダメージを防ぐことは出来たが、それを相殺して完全に妖精結界は消滅した。
「ぐぁああああ!」
全身に走る衝撃と高熱、だが致命的なほどではない、まだ防御手段は残っている。
それは『黄金太陽』を俺が至近距離でくらうことが決まったために、フィオナが防御用に貸してくれたレアな魔法具の『蒼炎の守護』。
効果は炎によるダメージの大幅軽減、フィオナはこれのお陰で自分が撃った『黄金太陽』のギリギリ射程内に立っていても無傷で済んでいるのだ。
しかしながら、流石に爆心地から僅か50メートルしか離れていない状態では、身に降りかかる莫大な熱量から身を守るには少しばかり、いや普通の人間なら耐えられないほどに炎が通ってしまう。
「ああああ――」
ローブの胸にある内ポケットに入っている『蒼炎の守護』が深い青色の輝きを放ち、炎熱防御の力が全開で発揮されているのが分かる。
でもダメだ、ヤバい、これ以上の炎は俺にも堪えられそうに無い。
これまでずっと俺の身を守ってくれたローブの『悪魔の抱擁』にまで火がついた。
キプロスとの戦闘において、すでにボロボロになってしまった黒ローブだが、『黄金太陽』の余波で、ついに魔力が尽き消滅しようとしている。
最後の最後までローブは俺の身を焦がす熱を防ぎながら、裾のほうから色を無くし、灰となって消え去ってゆく。
ローブが消滅しきってしまえば、いくら改造によって強化された肉体といえども、この炎熱に耐えられるとは思えない。
つまり、『悪魔の抱擁』が灰となって燃え尽きたその瞬間に、俺の死は確定する。
くそっ、頼む、頑張ってくれ、あと少しだけ、耐えてくれ! 全身を苛む炎熱を堪えながら一心に祈る。
そして、ついに俺から悪魔の抱擁が解かれた――