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黒の魔王  作者: 菱影代理
第9章:初火の月6日
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第143話 ハンデ

 行く手を阻むかのように突き立った光の柱による格子は、すでに消滅している。

 冒険者達を満載した馬車を留める存在は無く、車輪をガタゴト鳴らして全速力で走り去ってゆく。

 そうして街道を進む馬車の列がついに見えなくなるまで見送ると、ホッとすると同時に、一抹の寂しさも感じた。

 だが、今はそんな感傷的な思いに耽っている場合では無い。

 冒険者達を見逃す、その対価として、俺は、いや、俺達はこの第八使徒の相手をしなければならないのだから。

「んもー、そんなに睨まないでよぅ、ほら、折角の決闘なんだし、楽しくやろうよ、ね?」

 アイと名乗る使徒は、サリエルと違って随分とお喋りなようだ。

 真意を測りかねるそのふざけた語り口で言うには、どうやら俺とリリィに興味があるらしい。

 フィオナが勘定に入っていないのは、彼女の力を確認できていないからだろう。

「ちゃんと逃がしてあげたでしょ? ちょっとはアタシのコト信じてくれてもいいんじゃないの?」

「……そうだな」

 とは言うものの、無条件でコイツのいう事を信じられるわけが無い。

 彼女の望みは、俺達と戦うこと、逃げずに相手してくれれば、他の冒険者達、ひいてはこの先で避難中の村人達に対して、一切追撃も仕掛けないと言った。

 俺達の命を度外視するならば、スパーダへ避難するための時間稼ぎ、という緊急クエストの目的は完遂できるという破格の条件である。

 しかしながら、そんな条件が守られる保証などどこにもない、彼女が機嫌を損ねれば平気で約束を破るだろうし、それに対しケチをつけられるほどの力は俺達にはない。

 そう、使徒という存在が現れた時点で、俺達に交渉の余地など一切無い、向こうの言い分を飲まねばどうせこの場で全滅だ。

「クロノ! みんな一緒なら大丈夫だよ!」

 ローブの裾をグイグイ引っ張って力強い主張をする幼女リリィ。

「そうですね、向こうはただ力試しがしたいようですし、戦っても即死することはないと思いますよ」

 微妙にネガティブな発言のフィオナ。

「……ああ、もう後には退けないし、やるだけやるしかない」

 使徒を相手にするのは、俺、リリィ、フィオナの三人組、つまり冒険者パーティ『エレメントマスター』である。

 この冒険者気取りの第八使徒様は、


「パーティ組んでるなら一緒に戦わないとダメでしょー!」


 とかのたまって、パーティでの戦闘を望んだ、勿論こちらに断る理由は無いし、断ることもできない。

 リリィとフィオナを巻き込んでしまった、と考えるよりも、パーティを組んだ以上すでにメンバーの命は一蓮托生、そう覚悟を決めるべきである。

 だから、二人には謝るような真似はしない。

「ねぇーねぇー、あのさー悪魔さーん」

 こっちの緊張感などお構いなしに呑気な声が飛んでくる。

 悪魔というのは、どうやら俺を指しているようである。

 アルザス村で戦っている最中に十字軍兵士が俺のことを悪魔がどうとか言っていたので、そういう不名誉な仇名をつけられてしまったようだと分かった。

「なんだ?」

「悪魔さんとそっちの魔女っ娘さ、かなーり疲れちゃってるよね? 魔力が半分切っちゃってるよ?」

 相手の持つ魔力量を見抜くスキルでもあるのだろうか、確信を持った口調だ。

 こっちの不利を悟られるような情報は敵に対して口にすべきではないが、使徒に対してそんな駆け引きは全く意味を持たない。

「それが、どうした?」

「困るんだよねーそういうの、だからさぁ――」

 アイは腰にあるポーチをゴソゴソと漁り、

「――ちゃっちゃと全回復してくんない?」

 そう言って放られる一つの小瓶、俺は反射的にそれを受け取る。

 10センチほどの瓶を満たしているのは、水のように無色透明であるが、キラキラと輝く光の粒子が全体に溶け込んで淡い輝きを発している液体。

 一見すると、ポーションの一種に思えるが、

神薬エリクサー、ですね」

 横から覗き込んだフィオナが回答をくれた。

神薬エリクサー? 随分と大層な名前だが、凄いのか?」

「一番凄いポーションですよ、少なくともアーク大陸においてですが」

「見せてーリリィにも見せてぇー」

 凄い、のだろうが具体的にどれほどの効果か分からないので、そうか、というより他に無い。

 とりあえず爆弾のように危険なモノでは無さそうなので、リリィに神薬エリクサーなる超高級ポーションを渡してやる。

 陽の光に透かすように瓶を掲げて真剣な表情で見つめるリリィを視界の端に捉えながら、俺はアイへと問いかけた。

「飲め、というコトか?」

「うん」

 にこやかに頷くアイ、まぁそれ以外には考えられないしな。

「分かった」

「あれー毒だとか疑ったりしないの?」

「意味は無いだろ、それに信じろと言ったのはお前だ」

「ふふー、そっか、うんうん、素直な良い子は好きだよ。

 さ、その神薬エリクサーはアタシの奢りだから、グイっといっちゃって!」

 実に楽しそうなアイを冷めた目で一瞥してから、リリィとフィオナに向き合う。

「三等分すればいいか?」

 俺>フィオナ>リリィ、の順で魔力を消耗しているが、リリィも全く疲れが無い訳ではない、回復できるなら全員がするべきである。

神薬エリクサーなら一口で十分な効果が発揮されるでしょう、この一本を三人で分けても問題ありませんね」

「そうか、じゃあリリィから飲んでい――」

「はい、クロノ!」

 俺の言葉を遮って、勢いよく突き出されるポーションの瓶。

「ん、そうだな、まずは俺が毒見しないとな」

 この液体が神薬エリクサーである保証はどこにもない、そんな怪しげなものをいきなりリリィに飲ませるワケにはいかないな。

 そう思いなおし、これも一応リーダーの務めだと思い、瓶を開封し、勢い良く神薬エリクサーを口に含む。

「――っ! これは……凄い回復力だな」

 残り10%も残ってないであろう黒色魔力が、燃料タンクにガソリンが流し込まれていくかのようにグングンと満ちてゆくのをはっきり感じ取れる。

 他のポーションや治癒魔法に比べ、圧倒的な速度で魔力が回復し、疲労を吹き飛ばしてゆく。

 負傷も魔力も疲労も関係なく、全てまとめて全快状態にまで回帰させる、恐ろしいまでの回復力だ。

「どうやら本物らしいですね」

「ああ、そうじゃないとしても、凄い回復力を持ったポーションであることに変わりは無いな。

 じゃあ次は――」

 二番目に疲労しているフィオナに向かって瓶を差し出すが、

「ダーメー! 次はリリィが飲むのー!」

 またしてもリリィによって阻まれる。

 なんだかいつになくワガママだが、一体何がそこまでリリィの気を引くのか、妖精の霊薬より高性能な神薬エリクサーに対して思うところがあるとか?

「ほら、残り半分だけ飲むんだぞ」

「うん!」

 ニコニコ笑顔で瓶を受け取るリリィ。

 両手でしっかり持ち、味を確かめるように飲み口を小さな舌でペロペロ舐めてから、意を決したように神薬エリクサーをあおった。

「――ぷはっ」

 言いつけどおりきっちり半分だけ残して飲み終えたリリィは、

「はい」

 と、もう興味などありませんというように、さっさとフィオナへ瓶を受け渡した。

 だが、その顔はどこか一仕事終えて満足な表情であった。

「ん、この感じは紛れもなく神薬エリクサーですね」

 いつの間にやら飲み干したフィオナがそんな感想を漏らした。

「味はしなかったけど、分かるもんなのか?」

「飲み心地が普通の水とは違います、お酒の一種に似たような感じがありますね、飲んだことがないと判りづらいかもしれませんが」

 ああ、そういえば口にいれた瞬間に、フワリと溶けてなくなるような不思議な感触だった。

 この感覚と似たような感想を、いつだったか高級な日本酒を飲んだ両親から聞いた事がある。

 なんだ、神薬エリクサーってアルコールも入ってんのかよ?

「とりあえず、これで全快ですね、まぁ、それで使徒に勝てるかどうかは話が別ですが」

「そういうコト言うなよ」

 頑張ればきっと勝てる! と思い切って言えないのがどうにも心苦しい。

 だが、俺とリリィはサリエルとの戦闘を経験しているし、フィオナは共和国出身のため、使徒の噂はよく知っていることだろう。

 誰も安易に「使徒を倒せる」などとは口に出来ないのだ。

「それでも、殺すつもりで対策を考えないとな……」

 再びアイに向き直る、

「ふぁ~」

 ヤロウ、欠伸なんぞしやがって、自分で突っかかってきておきながら、ヤル気あんのかコイツは?

「ぁ~あ、んあ、神薬エリクサー飲んだんね? じゃあそのまま休んでいいよー、1時間くらいしたら全快するでしょ」

「そんなに待ってくれるのか、随分と気が長いな」

神薬エリクサーつっても一瞬で全快ってワケじゃないしねー、それくらい待っててあげないと。

 それに、そっちも作戦会議する時間、欲しいんじゃないの?」

「くれるというのなら、ありがたく貰っておこう」

 本当に、俺達が全快した状態と戦いたいようだ、一切の不備をこちらに残したくないような徹底ぶりだ。

「あ、そうそう、アタシの武器はこの弓だけ、武装聖典は使わないから安心していーよ」

 と、左手にある今にも弦が切れてしまいそうなボロい木の長弓ロングボウをブンブンと振ってアピールする。

 武装聖典って確か、使徒専用の凄い武器のことだったと思う、以前フィオナから聞いたことがある。

 アイといいサリエルといい、使徒ってヤツは手加減して戦うのが好きなんだな。

 全く腹立たしい、こっちは命がけの戦いしてるってのにお遊び感覚で介入してきやがる。

「……了解した」

「んふふ、あからさまにハンデつけられても怒らないなんて、やっぱり素直で良い子だねぇ悪魔さん」

 生憎、俺は誇り高き戦士でも高潔な騎士でもない一介の冒険者だ、付け入る隙を与えてくれるというのなら大歓迎さ。

 だからといって感謝の言葉を述べるつもりもないけどな。

 俺はそのままアイに背を向けると、街道脇の木を背もたれに腰掛ける。

 二人もそれに続くように、柔らかな草地の上へ腰を下ろした。

「ふぁ~あ……」

 対するアイは俺達とは反対側に陣取って、使い魔なのかペットなのか、黒の子猫を抱えて座り込む。

 そのままだらけた姿勢で、瞳を閉じると、すぐにグースカと寝息を立てて居眠りを始めたのだった。

 どこまでも無防備、無警戒、完全に舐められているが、相手の力量を思えば軽率に怒鳴り込むわけにはいかない。

 ここは苛立つよりも、変につっかかってこられるよりはマシだと思っておこう。

「さて、あのふざけた使徒を倒す方法を一時間で考えなきゃならんワケだが、何か思いつくか?」


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[良い点] 通常運転のリリィさん
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