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黒の魔王  作者: 菱影代理
第9章:初火の月6日
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第141話 アンロック

「――うっ!?」

 意識の覚醒と同時に飛び起きる。

 俺はキプロスとほぼ相打ち状態で戦いを終えた、最後にリリィの顔が見えた気がしたが……いや、今はそれより状況確認が先だ。

 目の前に見えるのは遠くガラハド山脈まで伸びる西北街道、そして俺の傍らに立っている黒い影は、

「どうなった、フィオナ?」

「大丈夫ですよ、全て終わりましたから」

 魔女の衣装を翻し、いつもと同じ無表情で淡白な返事をしてくれた。

 全て終わった、ということはとりあえず、危機は去ったということで一安心だ。

「俺はどれくらい寝てた?」

「30分ほどですよ、つい先ほど最後のライトゴーレムを倒して、敵は全滅しました」

 辺りをよく見渡してみれば、格好だけは立派な全身鎧フルプレートメイルに見える偽の重騎士、ライトゴーレムの残骸が幾つも転がっている。

 その人形部隊を征した冒険者達は、勝利に喜ぶよりも、横転した馬車を立て直したり、街道を塞ぐ有刺鉄線の除去に四苦八苦したりと、目の前の問題の対処にあたっている。

「俺も手伝わないとな」

 思わぬ妨害で足止めを喰らってしまった、今は早くここを離れなければ十字軍の追撃が来るかもしれないのだ。

 勢いよく立ち上がろうとするものの、足腰にあまり力が入らず、背もたれにしていた木に手をついてもたれかかる様にしながら立つのが精一杯だった。

「妖精の霊薬で外傷はほとんど回復しましたけど、魔力までは戻りません、下手に動かない方が良いですよ」

「どうやら、そうみたいだな。

 くそ、メチャクチャに吸い取りやがって……」

 痛みは無いが、体中が脱力感と倦怠感に満ちて動くのが酷く辛い。

 魔力は生命維持に欠かせないエネルギーだ、大幅に失えば大量出血した場合と似た症状に陥る。

 情けない話だが、こんな状態じゃ手伝っても足手まといにしかならん、大人しく回復を待つしかないか。

 しかし、それでも外傷はほとんど治っている俺は幸運だろう、なぜなら着ている『悪魔の抱擁バフォメット・エンブレス』の方は見事なまでボロボロになってしまっているのだから。

 聖銀ミスリルの刃よって散々切り裂かれ、両腕の部分など『黒喰白蛇クライムイーター』に拘束された際に完全に食い破られてしまい今や半そで状態だ。

 もうあと僅かでもローブにダメージが入れば『悪魔の抱擁バフォメット・エンブレス』の宿す悪魔の魔力も限界に達し、再生能力を完全に失う。

 いくら魔法の一品といっても、ある程度破壊されればどうにもならないのだ。

 俺はローブがまた元の姿に再生するのはしばらく時間がかかりそうだなと思いながら、再び木の根元へ腰を下ろすと、フィオナに問いかけた。

「実験部隊はどうなった、全員殺したのか?」

「私とリリィさんが引き受けた9名は全員仕留めました。

 ランク3以上の実力はあるチームでしたけど、リリィさんの『交信妨害マインド・ジャマー』が発動してからは、楽なものでしたよ」

 やはり連携はテレパシー通信に頼りきりだったか、意識が無い所為で妨害ジャマーされれば臨機応変に対応できないのだろう。

「それにしても、よく発動できたな、というか、リリィは加護使ってなかったか?」

「はい、私が防御魔法をかけて加護発動まで時間稼ぎをしました」

 簡単に言うが、それってかなり凄いことじゃないか、少なくともデカい黒盾シールドを展開するのが精々な俺には無理な作戦だ。

「実験部隊の大半はライトゴーレムの群れに紛れて冒険者の方々と戦っていたようですが、クロノさんが敵のリーダーを仕留めてくれたので、全員撤退しました」

「そうか、逃げたんなら、まぁ追撃する理由も力も無いしな、放っておけばいいか。

 それと、被害の方はどうなってる?」

「死者はいませんでしたよ」

 正直予想外、いや死者が出ないのは喜ばしいことなのだが、相手の力量から考えてそれなりに戦死者は出るだろうと覚悟していた。

「そんなにライトゴーレムの方にいた実験部隊は弱かったのか?」

「いえ、どうやら向こうの目的は私達の捕獲だったようなので、倒れた者は皆、負傷はしていますが気絶させて拘束状態にあるだけでした。

 撤退する時に捕獲した彼らを全員置いていったので、そのまま救出できましたよ」

「そういえば、任務がどうとか言ってたな……」

 恐らく、俺と同じようにろくでもない人体実験を施すつもりだろう。

 ダイダロスを占領したというのなら、嫌な考えではあるが利用できる‘魔族’はいくらでもいるはずだ。

 それにも関わらずわざわざ俺達を捕らえようとするとは、冒険者のようにある程度強力な個体が欲しかったのだろうか?

「うん、大体そんなところよ」

「リリィ!?」

 いきなり俺のモノローグに答えてくれたのは、やはり少女の姿をした状態のリリィ。

「おやリリィさん、もう拷も――尋問はもうよいのですか?」

 待て、今もの凄く不穏な単語が出ようとしてなかったか? 俺の気のせいか?

「聞くべきことは全部聞いてきたわ」

 優雅な笑みを浮かべて応えるリリィだが、その瞳にはどこか鋭い光が宿っているように見えた。

「尋問って……どういうコトだ?」

「あのキプロスとか言う男に色々と聞いてきたの、情報収集は大事でしょう?」

「アイツがそう簡単に事情を話すとは思わないけどな」

「そこはほら、私の凄いテレパシーで‘ちょっと’ね?」

 俺には真似できない見事なウインクをしながらにこやかに言い放つ。

 その‘ちょっと’とは具体的にどういうことなのか、暗に聞かないでくれと言っているようなので、俺は追及する事はしなかった。

「とりあえず簡単に説明すると、アイツらは私達みたいに強い者を実験材料として捕獲する為に結成された部隊ってこと。

 一応それなりに秘密にしとかなきゃいけないらしくて、普通の傭兵団を装って十字軍にくっついて良さそうな‘素材’を探していたそうよ」

「一昨日に正面突撃仕掛けて来たあの傭兵団か?」

「そうよ、アレは偽装の為に雇った冒険者を都合よく処分しつつ、戦いのどさくさに紛れて自分の部隊を十字軍から離脱させるためにやったみたいね」

 あまりに無意味な突撃だと思えば、そんな裏があったのか。

 一攫千金を夢見て傭兵団に参加した共和国の冒険者は哀れなもんだ、自分達で殺しておいてなんだが。

「後は、少人数で森を無理矢理突破してアルザスの背後に回る、そしてライトゴーレムを大量に召喚して、私達に包囲されたと思わせて撤退を誘う。

 この辺まで誘き寄せることができれば、十字軍の目の届かないところで私達を襲えるってワケ」

「見事にその手に乗ってしまったな……情けないぜ」

 こうして上手く撃破できたから良かったものの、捕まってしまえば戦死するよりも遥かに過酷な運命を辿ることになっただろう。

 そしてそれは、俺だけでなく他の仲間までも巻き込むことになるのだ、今更ながらゾっとする話だ。

「ところでリリィさん、他にも情報が手に入ったのではないですか、例えば、この実験体を造り上げた組織のこと、だとか」

 組織か、全く胸糞の悪くなるろくでもない集団だが、こうして目の前に現れてしまった以上、その情報は出来る限り知っておきたい。

「白の秘蹟という組織、その創設者にして実験の責任者ジュダス司教、クロノがされた人体実験は神兵計画と呼ばれる計画の一環、この三つくらいよ、はっきりと分かったのは」

 なるほど、なんとも分かりやすい構図だ。

 ジュダス司教ってのは、あのマスクを唯一つけていなかった偉そうなジジイに違い無い、キプロスも俺が顔を知っていると踏んだ上で「エリシオンにいるジジイに聞いてみろ」と言ったはずだ。

 創設者にして責任者か、もし、この手が届くところにいるのなら、確実にこのジジイだけは仕留めなければならないな。

 しかし、神兵計画とは、その神の兵士ってのは俺たちのことだろう。

「勝手に呼び出して神の手先か、ふざけやがって……」

 白の秘蹟、ジュダス、いいぜ、覚えておこう。

 今はまだ、実験を続けるテメぇらをまとめてぶっ潰せるほどの力は無いが、それでも、必ずいつか俺たちを悉く弄んだこの落とし前、キッチリつけさせやるからな。




 森の中に、一つの死体が無造作に転がっていた。

 それは一見すると焼死体のようであるが、目元から上の頭部が完全に弾け飛んでおり、死因が焼死なのか頭を吹き飛ばされたことによる即死なのか、判別はつかない。

 それをこの世で正確に知る者は、自ら手を下した人物以外には存在しない、

「いやー随分と派手に殺られたねーキプロス」

 そのはずだった。

 元はキプロスという名の死体を見下ろす一つの人影。

「あの妖精ちゃん可愛い顔して頭イカれてるよぉ、異端審問官エグゼキューター並みの手際だったもんねぇツミキ?」

 金髪のツインテールをした小柄で細い体つき、その身に纏う防具も背に負う武器も貧弱そのもの、新人以下のお遊び冒険者にしか見えない少女、アイ。

 凄惨な惨殺死体を前にしながら、アイは楽しそうにニコニコと笑顔で、傍らに立つ黒猫ツミキへ語りかける。

「わざと弱火でじっくり炙ってさ、しかも頭に刺さった針から絶対、痛覚増幅ペインキライザー気絶阻止ウェイクアップ発動させてたよ、オマケにすぐ死なないように治癒魔法まで使ってたし。

 こんな死に方だけはしたくないよねぇ、まぁコイツの場合、自業自得っていうか、因果応報っていうか、そんな感じだったもんね」

 およそ20分近くに及ぶ拷問ショーの感想を嬉々として話すアイだが、ツミキは眠そうにニャーンと鳴く以外には無反応であった。

 そんな態度の飼い猫に、いつものことだと特に不満に思う事もなく、そのまま言葉を続けた。

「ふふ、それじゃあ‘縛りプレイ’はこの辺でお終いにして、あの悪魔くんと妖精ちゃんにご挨拶といこうか――」

 アイは右手首に装着してある、彼女の装備品の中で唯一価値のありそうな銀の腕輪シルバーリングに手をかける。

「――封印解除アンロック

 言葉と同時に、銀の腕輪は弾け飛ぶように細い手首から外れる。

 その瞬間、これまでどこにでもいる普通の少女にしか見えないアイの雰囲気が激変した。

 もしこの場に第三者がいれば、空気が、あるいは周囲の風景が、がらりと変わったように見えただろう。

突如として圧倒的な存在感を放つ姿へと変貌した彼女からは、ついに現実の目に見える変化が起こる。

キラキラと光輝く靄のような白銀のオーラが、アイの全身から吹き上がったのだった。




 恐らく実験体が黒魔法で創り出したのであろう黒い有刺鉄線の撤去が完了し、再び馬車の出発準備が整った頃には、俺も普通に歩ける程度には体力と魔力が回復してきた。

 それなりの時間を足止めされることとなったが、後方からは十字軍の追手は見えない。

 今すぐどうこうなることは無さそうではあるが、向こうが本気で追撃を仕掛ければどれほどの速度でやって来るのかは不明、少しでも距離を稼いでおかねばならないので安心はできない。

 それに先の戦闘によって、死者こそ出なかったものの負傷者は結構な数、というより無傷でいる者の方が珍しい。

 全員脱出を前提に馬車を用意しておいて本当に良かった、とりあえず荷台に放り込んでおけば移動は出来るのだから。

「よし、全員乗ったな」

 さぁ急いで出発、と意気込んで俺も馬車へ乗り込もうかという正にその時であった。

「――みんな伏せろ! 黒盾シールドっ!」

 咄嗟に声を張り上げると共に、全力で防御魔法を展開。

 なぜなら、遥か上空から白く輝く光の槍、いや、柱と呼べるほど巨大な何かが幾本も降り注いでくるのが見えたからだ。

 なんだコレは、まだ敵が潜んでいたのか? それよりも、この輝きと大きさのモノが爆発すれば、くそ、まんまミサイルじゃねぇかよ!

「صخرة على نطاق واسع لمنع الجدار――『岩石防壁テラ・ウォルデファン』」

 背後から聞こえる高速の詠唱は、フィオナか。

 そう直感するよりも早く、俺の防御魔法より遥かに立派な土の中級範囲防御魔法が効果を発揮する。

 瞬間的に起こる地震のような揺れと共に、ちょうど俺の目の前から断崖絶壁がせり上がる。

 本当に崖では無いが、そう思えるほどに巨大な岩の大壁が完成、横幅は街道の端から端までピッタリ、高さもその横幅と同じだけの長さ。

 通常よりもずっと大きいだろう正方形の『岩石防壁テラ・ウォルデファン』が完成した直後、ついに光の柱が到達する。


 ガガガガガっ――


 一列に並んだ光の柱は、狙い済ましたかのように岩壁の真上に直撃。

 硬質な岩石で形成され、防御魔法として高い効果を発揮する土属性の『岩石防壁テラ・ウォルデファン』だが、その防御力をものともせずに光の柱が貫いてゆく。

 垂直に突き込まれた光の柱は、その勢いのまま岩壁を粉砕するかと思いきや、鉄骨を差し込まれたコンクリートブロックのようにそのままの形状を維持していた。

「……爆発は、しないのか?」

 呟いた瞬間、思い出したかのようにガラガラと音を立てて岩壁は崩れ去ってゆく。

 大量の岩石の欠片が路上に振りまかれ、後に残るのは堂々と地面に突き立つ光の柱のみ。

 横一列に並んだソレは、まるで巨大な鉄格子のように通路、では無く街道を塞いでいる。

 もしかすれば、これは光の防御魔法の派生型なのかもしれない。

 だからと言って油断は出来ない、次の瞬間には大爆発を起こすかもしれないし、それともこれは俺達の足止めであり、これから攻撃魔法が飛んでくるかもしれないからだ。

「あー、ごめんねぇ、そんな警戒しなくたっていいよー?」

 と、いきなり聞こえてきたのは能天気な少女の声。

 こちらの緊張を台無しにするかのような声音、それは勿論、俺達の中の誰かが発したものではない。

「……誰だ」

 声は、俺のシールド越しに聞こえてきた、つまり、目の前に立っているという事だ。

 台詞の内容を信用するのなら、今すぐ攻撃する意思はなさそうだ。

 意を決してシールドを消し、正面の相手をこの目に捉える。

「初めまして、アイでーす♪」

 光の柱で構成される格子の向こう側に、一人の少女が立っていた。

 輝くようなブロンドの髪は少々幼さを感じさせるツインテールだが、青色のクリクリと大きな瞳の可愛らしい顔立ちにはよく似合っている。

 防具は簡素な革の胸当てにシンプルなグローブとブーツのみ、その下は薄手のシャツにミニスカート、とても魔法の防御効果を宿す高級品には見えないただの衣服。

 どこから見ても貧弱な装備の新人冒険者にしか見えない、だが、その小さな少女の体からは、

「ま、まさか……」

 忘れもしない、あのサリエルが纏っていた濃密な白色魔力による白銀のオーラ、それと全く同じものが吹き上がっている。

 だが、この少女は断じてサリエルでは無い。

 それでも、このオーラを纏っているということは、

「……使徒、なのか」

 少女は、ヒマワリを思わせる満面の笑みを浮かべて応えた。

「うん、私、第八使徒でーっす!」

 まるでつまらない冗談のように軽い名乗り。

そんなわけがない、ありえない、そんな否定の言葉は、この漂う白銀のオーラを前に全く意味を持たない。

そうさ認めろ、ありえない事が起きたんだ、使徒が現れるという、最悪の事態がな。

「それでぇ、悪魔さん、ちょっとアタシに付き合ってくれないかな?」

 かくして、第八使徒アイは、俺の前に立ち塞がったのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] うざキャラを書くのがうまい
[一言] ヤベェ超鬱陶しいぞ
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