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黒の魔王  作者: 菱影代理
第9章:初火の月6日
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第139話 黒魔法使いVS召喚士(2)

「ああ、当然だろ、お前のような下衆野郎を生かしておけるかよ」

 やっとだ、やっと勝機が見えた。

 俺が虚勢を張っているだけだとキプロスは思って、その不快な薄笑いを浮かべたまま、ゆっくりと剣を構える。

 右手一本で『呪怨鉈「腹裂」』を握り締め、恐らく一度きりのチャンスだと覚悟を決めてアタックを仕掛ける。

「行くぞ――」

 真っ直ぐ駆け出す、ヤツは俺を完全に舐めている、遠距離攻撃はしない。

 あるいは、剣と4匹の白蛇を操作するのが限界で、他の攻撃手段がとれないのかもしれないが、どちらにせよ俺の接近を阻む気はヤツには無い上に、こっちの体勢が整うまで待つという過剰サービスぶりだ。

 お陰で、確実にお前を殺す手はずを用意することができたぜ。

「――『影触手アンカーハンド』」

 本来なら崖や壁を上り下りするのに利用する移動用の黒魔法。

 普段使用する時にはしないのだが、今は限界以上に魔力を注ぎ込み、黒いワイヤー状の『影触手アンカーハンド』は、『黒喰白蛇クライムイーター』に対抗するかのように大蛇のような太さと長さになっている。

 対抗とは正しくその通り、作り上げた極太の触手は4つ、それぞれを舌なめずりして待ち構える蛇に差し向けて行動を封じる。

「はっ、何をするかと思えば、馬鹿もここに極まったなぁおい」

 俺の意図を察したのだろうが、『影触手アンカーハンド』に対して何ら脅威を抱いていないようで、そのままこちらの予想通り4つの触手に4匹の蛇をぶつけてくる。

 互いの距離約3メートルの地点で、黒と白が絡み合い、拮抗する。

 触手の先端は、通常であれば返しのついた刃を形成するが、抑えるのが目的であるために3本の指を作り、蛇の頭を掴むことができるようにしてある。

 対する『黒喰白蛇クライムイーター』は、この黒色魔力の塊である触手を、その名の通り喰らうかの如く大口を開けて噛み付く。

「テメぇの体と直接繋がってんだぞ? そのまま体内の魔力まで吸収されるだけだろうが」

「俺の魔力を――」

 キプロスの言うとおり、『影触手アンカーハンド』を通してぐんぐん全身の魔力が吸い上げられていくのを実感する。

 ここで『影触手アンカーハンド』を解除すれば、吸収ドレインの起点となる『黒喰白蛇クライムイーター』の口から離脱する事はできるだろう。

 だがそれでは意味が無い、1秒毎に凄まじい魔力量が消費されてゆくのを、歯を食いしばって耐えながら蛇を抑える触手の形状を維持する。

「――舐めんなぁ!」

 3メートルある距離から、さらに一歩前進。

「おいおい、このまま魔力切れでぶっ倒れるなんてツマンねーやられ方すんじゃねぇぞ」

 興醒めだ、と言わんばかりに不満気な顔のキプロスに向かって、俺は鉈を振り上げ、ついに互いの刃が届く間合いに踏み込む。

「黒凪ぃいいい!」

白光一閃ルクス・スラッシュ――」


 ガキィイン!


 二つの刃が接触したその瞬間、俺の右手に握られていた『呪怨鉈「腹裂」』はあっさりとすっぽ抜けて彼方へ飛んで行く。

「――あ?」

 俺の鉈が弾かれるのは、キプロスにとって不審に思う点ではない。

 だが、いくら勝ちが見えているといっても、武技同士を打ち合ったにしては、不自然なほど篭められた力の感触が無かっただろう。

 だがそれは当然だ、なぜなら俺は武技『黒凪』を発動させてはいない、普通に振り下ろしただけだ。

「もらったぜ――」

 鉈を手放した右手は硬く拳を握り、もともと空いていた左手は、

「――黒化」

 力をもてあまし気味に剣を振り切った聖銀ミスリルの刃を力強く掴む。

 鋭い刃先が手のひらを切り裂き血が流れるが、その輝く刀身に落ちる鮮血すら覆うように、俺の放出する黒色魔力が白銀の刃を侵食してゆく。

「くっ、テメぇ――」

 初めて焦りの声をあげるキプロス、だがもう遅い。

 その自慢の聖銀ミスリルの剣は、もう俺のモノだ。

「おらぁああ、飛んでけぇ!」

 一瞬の内に白銀の剣を黒色魔力で覆いつくし、黒化が完了、即座に慣れた投擲の操作をする。

「うおおっ!?」

 俺の操作を受けて、キプロスが剣の柄を固く握るが、抵抗虚しくその手からすっぽ抜け、明後日の方向へ飛んでゆく。

 このゼロ距離で剣は不要、ヤツの武器を奪えればそれで良いし、なにより魔剣ソードアーツとして精密操作を今の状況でできる自信は無い、とりあえず遠くにブッ飛ばすだけで精一杯だ。

 首尾よく黒化を成功させたその一方で、鉈を手放し握りこぶしを作った右手には、別の黒魔法を行使。

 4本の特大『影触手アンカーハンド』と黒化の同時進行でさらにもう一つ魔法を発動させるのは難しいが、

「パイル――」

 この、最初に憶えた最も単純な黒魔法ならば、発動させるに何の問題も無い。

「バンカぁああああああああ!」

 黒色魔力が破壊の螺旋となって渦巻く暗黒の拳を、キプロスの顔面に向けて繰り出す。

「ぐおっ――」

 防ぐことも避けることも出来ず、狙い通り顔のど真ん中にクリーンヒット。

 だが、顔面を突きぬけ頭部を粉砕する手ごたえは無い、硬い、まるでシールドを殴ったような感触だ。

「う、おぉ……」

 それでも衝撃によって鼻は潰れたのか、鼻血を垂れ流しながらキプロスがたたらを踏んでよろける。

 無様なキプロスよりも、その胸元からぶら下げている銀色シルバーの十字架が魔法の輝きを放つのに注目する。

 なるほど、防御魔法が篭められた魔法具マジック・アイテムか。

 解除するか破壊するか、いや、最早自分の肉体一つしか俺には、

「破ぁあああああああ!」

 コイツを戦闘不能に追い込むまで拳を叩き込む以外に選択肢は無い!

「ぐっ、はっ――」

 反射的に後ずさりして距離をとろうとするキプロスに、猛然と追撃を仕掛ける。

 ここで逃がすワケが無いだろうが、そのままキプロスに体当たりをかまして路上に押し倒す。

 素早く馬乗りになりマウントポジションを確保。

 この時点で、『黒喰白蛇クライムイーター』は『影触手アンカーハンド』を半分ほどにまで喰らい尽くしている。

 触手で抑えていられる時間はもう長く無い、ここで状況を覆されれば、今度こそ俺に逆転の目は無くなってしまう。

「おらぁ!」

 十字架が発揮するシールド越しに、俺はひたすらに拳を叩きつける。

「がはっ――なぜっ、まだ、動けるぅ――」

 両腕に魔力を漲らせ、瓦どころか鋼鉄さえぶち破る威力を秘める黒い拳を顔面に向かって乱打。

 貫け、このシールドを貫けっ!

「もう、魔力をっ――喰らい、尽くして……」

 何をそんなに驚いていやがる。

 『黒喰白蛇クライムイーター』は確かに黒色魔力を吸収ドレインする能力をもっているが、時間辺りの吸収量は一定だ。

 触れた瞬間に全ての魔力を吸収することができるのなら、2本の黒化剣を砕いた時、黒盾シールドを貫いた時、あのように触れた先から順に消滅する反応はしないはずだ。

 通常の魔弾一発なら、効果範囲に入った瞬間に消滅するが、倍以上に魔力を篭めて打ち出せば、30センチ以上の距離を進んだ。

 『黒喰白蛇クライムイーター』が最大でどれほどの黒色魔力をトータルで吸収できるのかは知らないが、吸収量は一定でしかないと言うのなら、俺の魔力が底を尽きる前に術者本人を叩けばいい。

 幸運にも、コイツは俺が接近することに全く警戒しなかった。

 召喚士サモナーらしく、自分の使いサーヴァントに全てを任せて高みの見物を決め込んでいれば良かったんだろうが、今更後悔したところで、もう遅いぜこの大馬鹿野郎。

「おらっ!」

 ミシリ、と見えないシールドが軋む音が聞こえる。

 いける、時間はまだ残っている。

「おらっ! おらぁ!」

 殴る、殴る、魔力で強化しているとはいえ、硬質なシールドに阻まれた反動によって、拳に無数の傷が走る。

 だが、そんな痛みがなんだ、もう少しで、コイツのシールドを砕けるんだ。

「馬鹿な――こんなっ――」

「おらぁあああああああ!」

 血まみれの拳を叩きつける、


 ガシャアアアン!


 そして、ついにシールドが砕ける。

 破られると同時に十字架も粉々に砕け散り、その防御の力を失う。

「っ!? おぉい、待っ――」

「ぁああああああああああああ!」

 振り上げる右拳、これが、最後の一撃。

 だがその時、右腕に激痛が走る。

「ぐあっ! くそっ――」

 拳を振り下ろすことが出来ない、なぜなら、俺の右腕には白い大蛇が牙を突き立てて噛み付いているからだ。

 しまった、ついに『影触手アンカーハンド』を維持するだけの魔力が底を着いて、強制的に解除された!

「――くそぉ!」

 阻むものが無くなった蛇は、容赦なく俺へ襲い掛かる。

 キプロスを殺す最後の武器である左の拳も、もう一匹の大蛇が喰らいついて動きを止める。

「は、は……ひゃはははは! 残念だったなぁ49番!」

 両腕を二匹の蛇が拘束、残りの二匹は俺の無防備なわき腹に向けて噛み付く。

 腹に深く突き刺さる鋭い牙の痛みよりも、この、残り僅かの黒色魔力が急速に消失してゆく感覚が辛い。

 まるで生命そのものが体外へ流れ出てゆく感覚だ、どんどん体に力が入らなくなり、意識もちらついてくる。

「ぐ、ああ……」

「ビビらせやがって、予測以上の保有魔力量だったか、ったく、どこまでもムカつく野郎だなぁ、ええ!」

 さっきのお返しとばかりに、キプロスの拳が俺の頬へ突き刺さる。

 だが、未だ組み敷かれた体勢では大した力は入らない、殴られたという衝撃だけは理解できるが、痛みなど両腕と両脇腹のせいで感じない。

「くそっ、くそっ、ふざけやがって、任務なんざもうどうでもいい、この場でテメぇの女を犯してバラして、それからテメぇもぶっ殺してやるぅああああ!」

「ふざ、けんな――」

 力の抜けかけた体が僅かに浮き、キプロスがマウント体勢から逃れようともがく。

 ここで抜けられれば、もうコイツに俺の攻撃が届くことは無いだろう。

 だが、そんなコトは考えるだけ無駄だ。

 なぜなら、これが俺の最後の攻撃だから。

 もう限界だと思ったが、その口汚い挑発をしてくれた所為で、リリィとフィオナを失う最悪の想像が出来た。

 お陰で、お前を殺す最後の気力を振り絞れそうだ、ありがとうよ、最後の最後まで、お前は最低の下衆野郎だったぜ。

「ふざけんなぁああああああああああ!」

 そして、俺はキプロスの喉笛目掛けて喰らいつく。

「なっ――」

 お前のご自慢の蛇が噛み付くように、俺はまだ動く口を使って、幼稚で、原始的で、だが硬い歯によって確実な威力を得られる噛み付きを喰らわせる。

「ぉおああ゛あ゛ぁああああ!? やっ、やべぇろぉおおお゛お゛ぉおおお!」

 お前らが俺の体の隅々までキッチリ強化してくれたお陰で、顎の力も獣人並みだ。

 硬い鱗の無い、柔らかい皮膚しかない人間の喉笛など、簡単に食いちぎることができる。

「――っ!」

 首の半ばほどまで喰らいつくと、そのまま喉に走る血管と肉をブチリ、ブチリ、と噛み千切ってゆく。

 口の中に広がる鉄臭い血の味、人間の味。

 堰を切ったように吹き上がる鮮血が、俺の視界を覆った。

「っは――かはっ……はっ……」

 キプロスは必死の形相で、己の血が止め処なく噴出す喉を自ら首を絞めるように両手で抑える。

 その限界まで見開かれた目は、すでに血塗れた俺の顔など映していない。

 目前まで迫る死の足音に怯え、ただひたすらに生にしがみ付こうとする無様な人間の顔。

「ヤバい……もう、意識が……」

 どうやらコイツの死を見届けることは出来なさそうだ。

 すでに体中から感覚が抜け落ちている、両腕と脇腹に喰らいつかれる痛みも、最早感じることが出来ない。

「あ――」

 ゆっくりと、仰向けに倒れていく。

 背中に当たるのは、柔らかく温かい何かの感触。

 薄れゆく意識と、ぼんやりとしか映らない視界に飛び込んできたのは、勝利の女神の微笑みだった。

「――リリィ」

「お疲れ様、あとは私に任せて、ゆっくり休んでね」

 光り輝くような笑みを見せる美少女の姿をとるリリィへ、何か言おうとするが、唇が僅かに震えるだけだった。

「おやすみ、クロノ」


 今日は二話連続です。

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