第132話 実験部隊(ハンドレッドナンバーズ)
驚愕と怒りがごちゃ混ぜになって心の中をかき乱す。
あの白いマスク共に、好き勝手に体を弄くられ、ワケの分からぬまま毎日モンスターと戦わせられる苦痛の日々は、未だ色褪せる事無く鮮明に俺の脳裏に焼きついている。
それでも、リリィと出会ってからの生活で、心の平穏を取り戻した。
それは十字軍がイルズ村を滅ぼし、村人達を逃がす為にこうして戦った今であっても、あの実験施設のマスクとは、そこまで直接的なものだと考えることは無かった。
だが、
「なぁおい、女連れとは随分と良い生活してたみてぇじゃねぇかよ、それにぃ、こんなゲロカス魔族共引き連れて必死こいて戦ってよぉ、そんなにこの国が大事か? あぁ?」
あの白マスクの内の一人を名乗る、この男は現れてしまった。
何故、どうして、今更――そんな疑問は、会話の駆け引きも全て忘れて、そのまま口から出る。
「俺を連れ戻しに来ただと、どういうことだ?」
「異邦人が馴れ馴れしく人間様に口きいてんじゃねぇぞオラ!
――って、言いたいとこだが、いいぜぇテメぇは特別だ、お喋りに付き合ってやんよ」
気だるげな様子で歩きながら、街道の真ん中へと進み出る男。
(クロノ、こいつ殺しちゃっていい?)
隣に立つリリィがテレパシーを通じて語りかけてくる。
(いや、待ってくれ、ヤツには聞きたいことが山ほどある。
時間が無いのは分かっちゃいるが……少しだけ、付き合ってくれないか)
(ん、クロノがそういうなら、いいよ。
あ、でも先に言っておくけど、私もう――)
変身していられる時間が無いの、という言葉が伝わると同時、
「あっ、リリィ!?」
眩い光に包まれ、少女の姿をしていたリリィは、
「クロノー」
再び幼女の姿へと戻ってしまった。
「ぶははは! おいおい何だよそれぇ、何でガキんなっちゃってんの? もったいねー」
ゲラゲラと無防備に笑い転げる男、その不快な視線から逃れるように、リリィが俺の足元にしがみつくようにして隠れる。
「うーっ!」
リリィが露骨に不機嫌な顔を男へ向ける、まるで威嚇する猫のようだ。
「俺の質問に答えろ」
「偶然だよ偶然、テメェ一人追っかけるためにパンドラ大陸までくるかよ。
けど、こうして見つけちまったら捕まえるしかねーだろ? これまで脱走者ゼロだったのによぉ、テメーの所為でケチがついちまったんだぜ」
偶然か、どこまで本気で言っているのかは分からないが、確かにコイツがここにいるのは俺の追手だからというよりは、別の目的でやって来たと考えた方が自然だ。
「へへ、そんな難しい顔しちゃってよ、テメーはホントに自分のコトも俺らのコトも分かってねぇみてぇだな」
「お前らの目的は何だ? 何故俺が、いや、俺達をこの世界に召喚した?」
「けどぉ、そこまで説明してやる義理はねぇな、知りたきゃエリシオンにいるジジイに直接聞きに行けよ。
テメーらみてぇなガキを全部で何人玩具にしてきたとか、何から何まで教えてくれると思うぜ」
心底おかしそうにニヤけた笑みを浮かべる男、くそっ、どこまでもふざけやがって。
「そう怖い顔すんなよ、大人しく捕まってくれるってんなら、もうちょいサービスして俺の知ってるコト教えてやってもいいぜ――」
その時、左右の茂みに潜んでいた何者かが路上へと飛び出す。
深くヘルムを被っているという共通点を除けば、革や金属の軽鎧とバラバラな格好、恐らく、一昨日に攻撃を仕掛けてきた傭兵団なのだろう。
体つきから判断して、男二人、女二人の合計4人。
素早く男の元へ集うその動きは無駄が無く、見た目通り凡庸な傭兵ではない事を示している。
「――例えば、コイツらがなんつって命乞いしたか、とかな」
男が一つ指を弾くと、その音に反応して4人の傭兵は頭部を覆うヘルムを脱ぎ捨てた。
「この下衆が……そいつらが、新しい実験体ってわけかよ」
年齢はそれほど俺と変わらないだろう若い4人の男女。
ヘルムを外し露わとなったその顔だちと黒髪黒目は、間違いなく俺と同じ日本人であることを現していた。
「実験番号100番台で構成した実験部隊だ、ホントは俺じゃなくて49番、テメぇがこのガキ共を率いるはずだったんだぜ?」
100番台だと、あれからさらに50人以上も犠牲者を増やし続けたってのかよ。
許せない、が、自分が逃げるだけで精一杯で、あの実験施設や組織を潰すことなど考えもしなかった俺が、彼らにかけられる言葉などないのかもしれない。
もっとも、完全に自我を失って人形同然になってしまった彼らに、俺の言葉など決して届くことは無い。
4人の目には光が無く、暗く淀んだ底なし沼のような黒に彩られており、頭部には見るも忌々しい、例の白いリングがしっかりと装着されている。
あれをつけた経験があるからこそ分かる、彼らはもう二度と自分の意識を取り戻すことができないと。
「で、どうよ? こっちに降伏すりゃあテメーは元々の計画通り、実験部隊の隊長に目出度くご就任だ、勿論、この『思考制御装置』付きでな」
男が不快なニヤけ面で、隣に控える少女の頭にあるリングを指先でつついた。
『思考制御装置』なんて言うのかよ、ふざけた名前をつけやがって、益々胸糞が悪くなる。
「断る、お前も、この実験体達も全員、この場で殺す」
右手の鉈と左手のタクトを構える。
これ以上は、会話をしている余裕は無い、それに向こうもこれ以上は話す気などないだろう。
「おいおい、冷たいねぇ、テメーら‘ニホンジン’とかいう同じ種族なんだろ? 助けてやろうとか思わないワケぇ?」
「お前が一番分かってんだろ‘そんな状態’でリングを外したって、もう意識も記憶も消滅してて元には戻らないってな」
そもそも、自分の身一つ守るので精一杯な俺が、彼らまで救おうなんて思えるほど、自分の力を過信しちゃいない。
この状況下において‘敵’に情けをかけていられる余裕などありはしないのだから。
ならば、これ以上このクソ野郎の良い様に使われないよう、一息に殺してやるのが情けってものだ。
「っち、どこまでも面倒臭ぇヤツだな、仕方無ぇ――封印解除だ、49番の四肢をぶっ飛ばして俺の前に連れてこい」
「「了解」」
その言葉と同時に、4人の実験体が纏う装備が黒い粒子のように分解されてゆき、中空に霧散してゆく。
消滅する鎧は、そのまま灰色のローブに置き換わり、あっという間に全員が同じ姿となる。
「「戦闘準備――」」
右手を翳すと、鎧が消えたのとは逆に、黒い粒子が収束してゆき、瞬く間に黒色の長剣が形成される。
左手を翳せば、剣と同じように、黒い粒子がタクトを形作る。
そして、極めつけは、彼らの背後には手にする長剣と同じものが3本、空中に固定するものも無く浮遊する。
「「――完了」」
「俺と同じ黒魔法、か」
まるで俺のこれまでの行動を全て見ていたかのようだ、ここまで同じスタイルの武装をするとは。
本当に全く同じ技を使うというのなら、1対4の単純な力比べになる。
いや、あのニヤけ面のふざけた男を加えるなら、敵の数は5人。
「クロノ! リリィも頑張るの!」
「そう、だったな――」
グイグイとローブの裾を引っ張って自己主張をするリリィの姿に、思わず笑みがこぼれる。
そうさ、俺には心強い相棒がいるのだ、孤独に戦っていた実験施設にいた頃と違ってな。
今更、アイツらが実験体を引き連れて現れたからなんだというのだ、これ以上無いほど憎しみをぶつけるに相応しい相手じゃないか。
「――行くぞ」
俺の前にのこのこ面だしたこと、全力で後悔させてやる。
「うぉらぁああ!」
ヴァルカンの大剣が、見せ掛けだけの全身鎧を紙細工のように叩き潰しながら、ライトゴーレムを一刀の下に斬り捨てる。
「はっ、ホントに手ごたえがねぇな」
つい先ほどまで真に鋼の防御力を誇り、エリートで構成される重騎士部隊と死闘を演じていた彼にとって、この姿が同じなだけのニセモノは驚くほど拍子抜けする強さでしかない。
「おい、あんまり突出しすぎないでくれよヴァルカン、これでもゴブリンよりゃ強ぇぞ、数もいるしよぉ」
そのまま単身で敵の渦中に飛び込んでいきそうなヴァルカンを同じパーティメンバーの獣人の戦士が引きとめる。
「悪ぃ悪ぃ、さっきまでそういう戦い方だったからよ、つい、な」
鋭い狼の目線がちらりと辺りを見渡せば、もう随分長いこと見慣れた『ヴァルカンパワード』の基本的な戦闘配置にメンバーがついていることが分かった。
ただ、突撃部隊へ組み込まれ、重騎士部隊との激戦の最中で命を落とした、もう一人の戦士、彼を欠いた状態で陣形を組むのがメンバーに悲しみを誘う。
「しっかし、こんな状態じゃフツーに共同の掃討クエストと変わんねぇな」
辺りに注意を向ければ、自分達と同じように、他の冒険者達も本来あるようにパーティ同士でより集って、前衛後衛と素早く配置についている。
戦士中心のパーティは、突撃部隊の損耗率の高さの所為で半分ほどにまで数を減らしているものも見られるが、そこはソロの冒険者や他のパーティで上手く人員を補い合っている。
クエスト中に、それも敵を前にしてスムーズに協力体制をとるには、相手の一方的な思惑や騙しあいといった危険性もあるが、ここにいるメンバーはアルザスでの戦いを通して、少なくともこの緊急クエスト中においては信頼できるほど結束力が高まっている。
故に、互いが自然に背中を預けることに不安を覚える事無く、目の前の敵に集中し、素早い対処を可能としていた。
「よっしゃあ、さっさとこの人形共を片付け――っと!」
反射的に自分に向けられた殺気と魔力の気配に、大剣を跳ね上げて、刹那の後に飛来するであろう攻撃をガード。
「コイツは!?」
果たして、直感通りに飛んできた敵の攻撃魔法は、見事に『牙剣・悪食』の刀身に防がれ、魔法を構成する魔力ごと剣に吸収される。
だが、悪食の刃を一瞬叩いた硬質な攻撃の感触、そしてなにより高速で飛ぶ小さな弾丸の黒い火線を確かにヴァルカンは見た。
「クロノの魔弾じゃねぇか!」
アイツ、まさかトチ狂って誤射しやがったか、などとは思わない。
何故なら、その攻撃を放ったであろう敵は、すぐ目の前に現れたのだから。
「はっ、ふざけやがって、オマケに魔剣も使えるってかぁ!」
大きな重騎士の姿を模したライトゴーレムの肩を足場に空中に飛び上がった敵の姿は、ローブの色が灰色であるという点さえ除けば、奇しくもクロノと似たような姿と装備であった。
右手に黒い長剣を持ち、左手には灰色のタクト、そしてその背後には手にする剣と同じ黒色の刃が2本、浮遊するように術者の後についている。
上方から真っ直ぐヴァルカンに向かって斬りかかる灰色のクロノ‘モドキ’は、己の刃と相手の刃が合わさるタイミングを見越して、2本の黒化剣を撃ち出す。
「ちっ、面倒くせぇ攻撃しやがってぇ――」
右手一本で刃を振るう相手を、放られたボールをバットで打ち返すような勢いで大剣がフルスイングされる。
リーチの長い悪食の刃が先に相手へ到達し、そのまま剣が交わるが、一瞬の後にパワーで勝るヴァルカンが弾き返す。
その直後に飛来する2本の黒い剣は、『孤狼・ヴォルフガンド』の加護により全身に纏う風を利用して、そのまま体捌きで華麗に刃を受け流す。
人狼の巨体を刺し損ねた剣は、片方は即座に術者の下へと戻る為に宙を舞うが、もう片方は返す刀で振り下ろされた大剣の一撃を腹に喰らって、その黒い刀身を粉々に粉砕し使用不能状態へ追い込まれた。
「退きやがったか」
目の前にはすでに灰色ローブの術者の姿は無い、最初の一撃で弾かれたままに後方へ飛び、再び人形の群れの中へ、暗殺者のように姿を隠した。
一旦距離は開いたが、ヴァルカンは油断無く大剣を構え、視線だけで左右を確認し、周囲の状況を把握する。
(おいおいマジかよ、このクロノ‘モドキ’結構な数が潜んでるぞ)
見れば、自分と同じような方法で攻撃を受ける冒険者の姿が嫌でも目に入った。
自分はその実力でもって一合の打ち合いで引かせたが、他の者はそうそう上手くは行かない。
単身で3つの刃を同時に操る、その攻撃方法に慣れている者などいない。
ランク3の者でも僅かながら手傷を負う、厄介な攻撃だ。
「おい気をつけろ、クロノと同じ術を使うヤツが混じってやがる!」
「「了解!」」
「ったく、何なんだかこの面倒くせぇヤツらは、クロノの関係者かよ……」
そう愚痴を吐きながら、大剣を振り上げるヴァルカンには、黒い有刺鉄線の向こう側で、そのクロノがもう二度と出会うことはないと思っていた‘関係者’と対峙していることなど、知る由も無かった。