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黒の魔王  作者: 菱影代理
第8章:アルザス防衛戦
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第119話 キプロス傭兵団壊滅

 その姿を見たのは、夢か幻か。

「あの少女は……」

 もう一週間近く前のことになる、焦土作戦をすべくイルズ村へ向かい、敵の斥候部隊を襲った時だ。

 全部で七人いた斥候部隊、その中で一人だけ場違いな格好をした少女の姿があったのを、たしかに俺は覚えている。

 彼女は命からがら通りを塞ぐ岩壁を乗り越えたが、走って逃げたその先でフィオナの炎魔法に包まれ、死体も残らず焼失したはずだ。

 だが、その死んだはずの少女は、金髪のツインテールに弓を背負った、覚えているそのままの姿で、俺の視界の端に映りこんだ。

 だが彼女に気づいた瞬間には『雷矢ライン・サギタ』の直撃を受け、丸太の上から川へ転げ落ちそのまま姿を消したので、目に入ったのは本当に僅かな時間だけだった。

「見間違いか、いや、でも確かに――」

 すでに正面を流れるローヌ川には、彼女の姿どころか傭兵達の影も無い。

 無謀にも、十字軍からの援護も無く突撃してきた彼らは、多くの犠牲者を出し、ついさっき逃げ去って行った。

 一応は渡河のために丸太を用意してきたようではあったが、所詮はビート板代わりのようなもの、渡るスピードに劇的な変化は無い。

 ただ『雷矢ライン・サギタ』に撃たれても溺れずに助かる可能性は上がっていたようだ。

 しかし戦況に影響は無い、今は彼らと入れ違いのように、一旦止まっていた砲撃が再び始まっている。

「あの少女のことは今考えても仕方ないか」

 俺が見たのは一瞬のことだ、やはりただの見間違い、勘違い、あるいは双子か他人の空似の可能性だってある。

 俺が考えるべきなのは、そんな答えの出ない疑問では無く、目の前に迫る砲撃への対処である。

「敵は退いた、こっちも急いで引き上げる!

 火の玉に注意しろ、魔術士はなるべく防御魔法シールドでカバーしてくれ!」

 了解、の声と共に防壁前に展開した冒険者達は一斉にギルドへの退避を開始する。

「しっかり押さんかい! コレが吹っ飛んだらお終いやでぇ!」

 モっさんと2人のゴブリンが機関銃を搭載した台車を大慌てで引っ張っていくのが見えた。

 機関銃は固定ではなく、移動できるようあらかじめ台車に載せておいたのは正解だったな。

 砲撃された時はこうやってギルドに格納して保護することができるのだから。

「被害状況はどうなってる?」

 リリィの精神感応テレパシー固有魔法エクストラを通して報告を聞く。

 ハンズフリーで双方向通信ができるとは便利すぎるな全く。

 俺の問いかけへの返答はすぐに頭の中へ届いた。

「死者は1名、重傷者が3名、軽傷者は数十人出ていますが、治癒を受ければ皆すぐに戦線復帰できる程度です」

「そうか、急いで手当てしてやってくれ」

 また一人仲間から犠牲者が出てしまった。

 報告を聞かずとも、敵の傭兵が放った矢が運悪く防壁前に立つ冒険者の一人を貫くのを俺はすぐ横で見ていた。

 恐らく、魔弾バレットアーツを撃つ、俺を狙って放たれたものだったんだろう。

 狙い通り俺に飛んでくれば、矢の一本くらいどうとでもなったのだが……悔しく思うが、それで心を沈ませることは出来ない。

 俺の代わりに矢を受けた彼の為にも、今は戦い続けなければならないのだから。

 この戦いで死んだ者を弔うのは、全て終わってからだ。

「しかし、アイツらは本当に捨て駒だったようだな」

 あまりにあっけなく撃退できたことに拍子抜けするほどだ。

 敵にどんな思惑があって、こんな無駄とも思える突撃作戦を傭兵にやらせたのか、詳しい事は分からないが、どこか哀れにも思う。

 だからと言って、この川を越えて向かってくる者には、一切の慈悲をかけるつもりは俺には無いが。

 そうして、この日は砲撃が続くばかりで、これ以上の攻撃は無く、無事に三日目も防衛線を守り通した。




「キプロス傭兵団は壊滅したようです、生きて戻ったのは21名、キプロス団長を始め、元々の構成員は全員行方不明となっております」

 シスター・シルビアの報告に、十字軍占領部隊の司令官であるノールズは笑みを浮かべた。

「そうか、もうあのニヤけ面した小僧の顔を見ずにすむかと思うと清々するな」

 ノールズはメルセデス枢機卿直々に同行を命じられた、キプロス傭兵団なる胡散臭い集団をずっと疎ましく思っていた。

 自分で必要と思って雇ったならまだしも、明確な意味も目的も分からないまま、ただ上司から連れて行け、と言われて素直に納得できるはずもない。

 その上、団を率いるキプロスはふざけた見た目通りの性格、良好な関係を築くのは、短気で頑固なノールズでなくても不可能であっただろう。

「ですが、良かったのですか、あのようにあっさりと使い捨ててしまって。

 村の防衛力に関してほとんど情報を隠した状態で依頼するなど、騙したようではありませんか」

 傭兵団に村を攻めて欲しい、と団長であるキプロスに要請したところ二つ返事でOK、これ幸いとばかりに、‘悪魔の攻撃’をはじめ苛烈な抵抗を示す魔族の情報を一切明かさずに契約となったのである。

「メルセデス枢機卿猊下には、パンドラ大陸に連れて行け、と言われただけで、生きて帰せとは言われておらん」

「それは詭弁なのでは?」

「いや、扱いについては同行さえさせていれば、通常通り、傭兵を雇ったのと同じ扱いをして構わないと言質はとってある。

 こうして真っ当に‘仕事’をさせて壊滅したのだ、何も問題はあるまい」

 結局、メルセデス枢機卿が何を思って傭兵団の同行を命じたのか、ノールズには分からなかったが、扱いに困る面倒な集団を綺麗さっぱり処分できたのだ、最早余計な事に思い悩むことも無いと、隠す事無く喜ぶ。

「そうですか、生きて戻った傭兵についてはどのように?」

「捨て置け、と言いたいところだが、後々面倒になるのも困る。

 契約通り金を払って、後は全員帰らせろ。

 小賢しく立ち回る傭兵風情だ、あれほどの目にあえば、この戦場に旨味は無いと判断して喜んで帰るさ」

「では、そのように」

 シルビアはその場で命令書をさっさと仕上げ、控えていた兵士の一人に手渡した。

 これでノールズの言うとおり命令は実行される、雇い主であるこちら側が契約通り金銭の支払に応じるのだ、傭兵との間に問題が起きることはないだろう。

「しかし、やはりあの‘悪魔’の攻撃は厄介だな」

 眉をしかめるノールズ、彼は今日の戦いで突撃してゆく傭兵を苦も無く粉砕する十字砲火を見て、改めてその威力を実感した。

「今日も問題なく撃っていたことを鑑みれば、特別に回数制限や時間制限のあるタイプでは無い事が証明されましたね」

 シルビアが言う回数制限や時間制限は、弾の数や射撃に耐えられる銃身の問題では無い。

 この異世界における、もっと魔法的な意味合いの強い制限である。

 例えばリリィが満月の夜にだけ元の姿に戻れる、というように、特定の時間、時期、季節、あるいは星の廻り合せ、といったその時でなければ発揮できない‘時’の制約がある魔法は多様に存在する。

 回数制限も同じように、特定の触媒や魔法具マジック・アイテムを消費し、ある程度使えば二度と使用不可になってしまうような意味合いである。

 ただ、そうした時間制限、回数制限は厳しければ厳しいほど、発揮される魔法の効果は大きいので、いくら十字砲火が強力な攻撃といっても、その制限がかかっているほど大掛かりなものであるとは、発言した当の本人であるシルビアも該当する可能性が高いとは思っていなかった。

 強いて言うならば、通常に使う魔法と同じように、それほど労せず扱えるものであるという認識が改めて固まったという程度に過ぎない。

「うむ、特別欠点が無い完成された魔法であるというのならば致し方あるまい、やはり正攻法で挑むのが一番だ。

 なによりこちらには未だ圧倒的な数の兵が残っている。

 それに、あの攻撃が数十分ほど一時中断した、という事は、永遠に撃ち続けるのは不可能だということだ」

「そうですね、恐らくそのインターバルは継続して魔法を行使するには必要不可欠なものでしょう。

 真っ当に考えれば、二度、三度、と繰り返せば必要なインターバルの時間も増加するはず、こちらの被害を考えなければ、数で押し切ることは十分に可能ですね」

 確実な証拠こそ無いが、状況と魔法のセオリーを考えれば納得のゆく解答であることが理解できるため、ノールズも同意を示す。

「ああ、そういえば、グレゴリウス司教が送ったという援軍の話はどうなった?」

 前に届いた‘予言’に基づいて援軍を送ったと書かれた手紙の存在をふと思い出す。

「そのような部隊が到着した、あるいは接近中であるという報告はありません。

 本当に援軍を送ったという言葉が嘘でなければ、随分のんびりと進んでいるようですね」

「ふん、どちらでも構わん、妙な部隊を手元においておきたくはないからな、来ないほうが都合良い」

「そうですか、どちらにせよ次の攻撃までに新たな部隊がここへ到着することはないでしょう」

「ふっ、次の攻撃、か」

 その言葉に反応し、ノールズは獰猛な肉食獣のような笑みをその厳つい顔に浮かべた。

「明日か、いや、明後日だな、渡河準備を整え再び攻撃を仕掛ける。

 5日間の足止めは、ヤツらが逃がした魔族共に追いつけるギリギリのタイムロスだが――」

 ノールズの笑みには、魔族を蹂躙することに対する元々の喜びに加えて、一度辛酸を舐めた相手に、復讐できることへの歓喜も混じっていた。

「――ふはは、今度こそ、あの忌々しい魔族共を根絶やしにしてくれる」




 翌日、初火の月5日。

 その日は昨日のように傭兵団が無謀に突撃してくることも無く、飽きずに火の玉砲撃をしてくるだけで、十字軍に動きは無かった。

 度重なる砲撃の所為で、有刺鉄線の一部が吹き飛んだり、柵が崩れそうになっていたので、その補修に出たりした。

 どんな思惑があるのか向こうは黙認してくれたようで、降り注ぐ火の玉さえ除けば補修作業はスムーズに進んだといえる。

 本当はこの防衛線にもギルドのように黒化で強化しておきたかったのだが、モっさんが形状的に『永続エタニティ』の術式を施すことができず、効果を持続させられないので、仕方なくそのままにしてある。

 ついでに砲撃のお陰(?)で、あらかじめ準備しておいた脱出路兼補給路の地下通路が思わぬ活躍となっている。

 初日のように歩兵のみの攻撃だけなら、そもそも表から物資を搬入すればいいだけの話で、補給路として利用することは無かったが、敵が遠くから一方的に砲撃してくるとなれば話は別だった。

 いくら地下通路と呼ぶのもおこがましい、カムフラージュした塹壕程度の出来であっても、通路の真上から火の玉が落ちてこない限りは炎を防いでくれる。その上補給部隊の姿を隠せるので狙い撃ちされる心配も無い。

 砲撃が止む夜中に運び込んでも良いのだが、それでも敵の監視の目が光っていることに変わりは無い、安全確実に地下通路を使って補給しているというわけだ。

 それにしても全く忌々しい砲撃であるが、ギルドに立て篭もる冒険者達は、あのヴァルカンでさえ不満の一つももらさず、みんな不思議と大人しくしている。

 抑えられないほど不満が溜まれば多少無茶だが砲撃部隊へ奇襲もやむなしか、と覚悟していたが、どうやらただの杞憂に終わった。

 そんな事を思いながら、この日はまた2時間ほどの仮眠をとって一日を終えた。




 そして夜が明け、十字軍が渡河準備を整え、総攻撃と定めたその日がやってくる。

 アルザス防衛戦、その決着がつく運命の初火の月6日が始まる。


 第8章はこれで最終回です。俺たちの戦いはこれからだ、という引きです。

 それでは、アルザス防衛戦の完結編となる次章をお楽しみに!

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