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黒の魔王  作者: 菱影代理
第8章:アルザス防衛戦
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第117話 対岸事情

 正式に天馬騎士部隊隊長に任命されたエステルは、ブラウンの艶やかなセミロングの髪に寝癖をつけたまま、あからさまに眠そうな顔で立っていた。

 黙ってさえいれば、その高身長と整った顔立ちのお陰で凛々しい女騎士に見えるのだが、その緩みきった表情は折角の雰囲気を台無しにしている。

 ふぁー、っと大口を開けて豪快に欠伸をするエステルは、いつ何時戦闘になるかという戦場に立つ緊張感をまるで感じさせい。

「欠伸をする時は口を押さえなさい、はしたないわよ」

 隊長の様子を嗜めるのは部隊で最年長にあたるフラン。

 彼女もまたエステルと同じように、現在では正式に副隊長に任命されていた。

「昨日はお楽しみだったんだもんねー!」

「しょうがないよねー!」

 いやらしい笑みを浮かべながら横から口出しするのは、キャミーとキャシーの姉妹。

「うるせぇな、黙ってろ馬鹿姉妹」

 女性にしては鋭い目つきをさらに鋭くしてニヤける二人の日に焼けた黒い顔を睨むが、すでに慣れているのかあまり沈黙の効果はみられない。

「あの、お楽しみって何の事ですか?」

 無邪気な問いかけをするのはフランとは逆に部隊で最年少となるマティ。

「貴女はまだ知らなくていいことよ」

 子供に聞かせる話題ではないと大人の判断をするフランは、それとなくマティを向こう側へ追いやる。

 マティはハテナマークを浮かべながらも、赤毛のサイドテールを揺らして素直に去って行った。

「それにしても、油断しすぎじゃないのかしら? もし出撃命令がきたら、相手は確実にあの妖精よ、気を引き締めないと――」

「だからこそ、なんだよフラン。

 あのクソ生意気な妖精ヤロウが、こんなチャチな砲撃に釣られて出てくるはずがねぇ」

 ついでに、あのどう見ても魔法で強化された黒のブラックボックスも破壊できるとは思えない、とエステルは語った。

「けれど、相手は魔族なのよ?」

「アイツは‘馬鹿’じゃあねぇ、少なくともキャミーとキャシーよりかはよほど上等な脳味噌もってやがる」

 ちょっとぉそれってどういう――ハモる抗議の声を完全に無視してエステルは続ける。

「恐らくアルザスに篭もってる魔族の中じゃアイツが一番強い、だとすりゃボス、もしくはそれに近い位置にいるのは確かだ。

 人間並みの思考能力を持ってるヤツがトップにいりゃ、そうそう下手はうたねぇさ」

 天馬騎士部隊は現在、アルザス村に向かって砲撃を行う魔術士部隊の護衛を勤めている。

 敵方にたった一人ではあるが、強力な空中戦力を持つ者が存在する以上、空からの攻撃を防ぐ者が必要となってくる、そしてそれが出来るのは彼女達の他には占領部隊にはいない。

 逆に言えば、リリィさえこなければ彼女達の出番は無い、このまま本日の砲撃が終了するまで森の中で待機するのみである。

 エステルの言葉が正しければ、リリィどころか他の魔族も出てくることはない、そしてそれは、砲撃が開始されて暫くたつ今になっても、一向に門から打って出てこないことを鑑みれば、半ば以上証明されたといってよい。

「ま、今の内にゆっくり休ませてもらうわ、こんな股座が痛ぇ時に馬なんざ乗りたくねぇし」

 あはは、と下品に笑うエステルにフランは呆れたとばかりに溜息を一つ吐いた。

「あんまり強引に事を運ぶのは感心しないわよ、男女が逆でもね」

 フランの脳裏に浮かぶ昨夜の光景、意中の少年衛生兵を自分のテントへ誘う、否、拉致するエステルの姿。

「じゃあ今夜は優しくするわ」

「……ここ、一応戦場なんだけど、分かっているわよね?」

「大丈夫だ、バレねーよう上手くヤるから」

 やはり溜息を吐くしかないフラン、思えばキャミーとキャシーほどでは無いが、士官学校時代は十分問題児だったエステル、言って素直に聞くような性格ではないというのはすでにイヤというほど分かりきったことだった。

「次は死ぬかもしれねぇんだ、今の内に楽しんでおかなきゃよ」

「珍しく弱気な発言ね、男を知って未練ができたのかしら?」

「そうかもな」

 フランの皮肉に怒りもせず真顔で答えるエステル、その視線は昨日の戦闘で負傷した左腕に向けられる。

 天馬騎士だけあって優先的に治療を受けられ、すでに自由に動かせるほどには回復してはいるが、その傷跡は未だ残ったまま。

「けど、ヤツにはこの腕と仲間をやられた借りがある、キッチリ返してやるさ」




 ワト村の外れに構えられたキプロス傭兵団の野営地、今その場所は総勢87名の団員が中央の空き地に集っていた。

 軍隊では無い彼らは整然と列を組む事無く、各々好きなように寄り集まって雑然と立っている。

「ねぇねぇ、アイツまさかこの場で解散とか言い出すんじゃないよね?」

 ツミキを胸に抱いたアイは、口を尖らせながら近くに立つ仲間の傭兵へ話しかけた。

「まさか、こっち来て俺らはまだ一度も仕事らしい仕事しちゃいねぇだろ、ようやく出番ってとこじゃねぇのか?」

 小柄なアイの身長を大きく超える筋骨隆々、如何にも傭兵という風貌の男が応える。

「十字軍のヤツら、あのナントカいう村を落とせなかったんだろ、へへ、ここでオレ達がサクっとやりゃあ一気に名を上げるチャンスだぜ!」

 威勢よく言うのは、まだ歳若い少年の傭兵、いや、正確には冒険者で、アイと同じようにパンドラ遠征へ向かうキプロス傭兵団に飛び入り参加をしたクチだ。

「チャンスかぁ、でも美味しいところだけ持っていかれそうな気がするんだけど、元々の団員と私らみたいな冒険者集団って明らかに壁あるし」

「確かにな、ヤツら見た目は凡百の傭兵ってとこなんだが、妙に大人しいし、どっか不気味だぜ」

「あっ、それオレも思ってた、アイツらとマトモに喋ったことねーし、何か隠してるぜ絶対!」

 不信の目を向けられるのは、キプロス傭兵団に最初から在籍していた者達。

 最初は30名そこそこの傭兵団だったが、パンドラ遠征に伴って団員をギルドで募集、その結果、アイや彼らのような冒険者が50名以上参加し、今の規模となっている。

 しかしながら、これまで行動を共にしてきた総勢87名の傭兵団ではあるが、飛び入りの冒険者組みから見て、元からいた傭兵組みの様子はどこか異様なところがあった。

 それは男や少年の言うとおり、彼らがほとんど言葉を発せず、暴力を生業とする傭兵としてはあまりに大人しすぎるのだ。

 もっとも、そのお陰で傭兵組みと冒険者組みが妙な仲違いをするというトラブルは無かった、いつも喧嘩沙汰を起こすのは冒険者組みの内輪だけである。

「噂だと、奴隷軍団らしーよ」

「あのキプロスとかいう団長、金払いはいいが、どうにも胡散臭ぇ、だが金持ちのボンボンで‘洗脳済み’の奴隷を率いて傭兵団ごっこしてるってのは一番しっくりくるな」

 で、あるならば、権力のごり押しで無理矢理この占領部隊に随伴しているのだと納得もゆく。

「まぁ何でもいいんじゃないの? あのチャラい団長が逃げ出しても、オレらだけでなんとかなるって、冒険者舐めんなっつーの!」

「まーね、それならそれで、なんだ、結局早いトコ解散しちゃった方がいいんじゃない」

「おい、出てきたぜ」

 男の言葉にアイが視線を上げると、その先にはいつの間に用意したのか木箱を組んだ台、その上にいつもの気だるげな様子でキプロスが立つ。

 相変わらず鎧をつけずに、胸元を晒すだらしない着衣、そして口から出るその言葉も全団員を前にしても尚ふざけたような口調であった。

「あーみんな揃ってるぅ?

 面倒だから手短に言うわ、あの魔族が立て篭もってるなんちゃら村に突撃しまーす」

 団員達の間に動揺が走る、しかし、その言葉の意味は現状を考えれば納得できる範囲のもの。

 昨日の一戦で落とせなかった敵の陣地を、今度は傭兵団を使って攻めようというのだ、折角自分達を連れて来ているのだから、使わない手は無い。

「明日ここ出発して、そのまま突っ込んじゃう感じだから、まぁみんな適当に準備よろしく、以上、はい解散」

 疑問も質問も一切受け付けず、キプロスはさっさと引っ込んでいった。

「うぉおおー! やっとマトモな仕事だぜ!」

 少年を始め、ほとんどの冒険者組みはようやく出番がきたと喜んでいる。

 だが、アイの表情はあまり芳しくない。

「はぁ、あんまり良い予感しないんだけどなぁ」


 天馬ペガサスは処女じゃなくても乗れます。女性なら基本的にOKなのです。

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