第115話 砲撃(1)
初火の月2日の夜が開け、翌日3日。
陽が昇り、朝日に照らし出されるローヌ川の向こうに、昨日イヤというほど見た白い軍団が再び姿を現していた。
俺が建つギルドの屋上からは、対岸の先に通じる西北街道まで見渡せる。
ここから見た限りでは、対岸に至るギリギリ手前で進軍を停止した十字軍部隊の姿が見える、しかしながら左右に森が広がっている為に、その影となって全体としてどれくらい集っているのかは判別しづらい。
「渡ってはこないみたいだね」
「ああ、何か準備でもあるんだろうか」
隣で異世界初のスナイパーライフル『ヤタガラス』を抱えたシモンが声をかけてくる。
早朝、敵影発見の報告を聞き即座に一番高い場所であるここに昇ってきたのだが、何を企んでいるのか敵は止まったまま一向に動く気配が無い、もうかれこれ30分は進軍を停止したままだ。
昨日のように雪崩を打って攻め寄せてくるようなら、即座に屋上から飛び降りて、防壁前で再び魔弾を乱射する作業に従事することとなる。
だが敵に動きが無い以上こうして見ている他は無いし、こちらからわざわざ打って出るメリットも無い。
もうこのまま1週間くらいにらみ合いを続けていられるだけなら楽でいいんだけどな、と思うが、相手もそこまで馬鹿ではないだろう、正攻法で突撃してこないということは、何らかの策があるに違い無い。
「しかしここに3人もいると少々狭いものだね」
そんな呑気な愚痴をこぼすスーさん。
確かに狙撃手であるシモンのために組んだ台座は、とてもじゃないが大きいとは呼べる広さは無い。
子供1人、大人2人は明らかに積載量オーバーだ。
「悪いけど、ここが一番見晴らし良いからな」
敵が目の前にいる以上その動向には目を光らせておかなければならない。
「別に構わないさ、こうして私とシモンが身を寄せ合ってスペースを開ければいいのだからね」
「いや、僕は構うんですけど……もうちょっと離れてくれませんか」
小柄なシモンを抱っこするように後ろから抱え込んでいるスーさん。
朝見たら何故か巨乳になっていたスーさんの胸が「当たったんじゃない、当てているんだ」と言わんばかりに堂々とシモンの頭の上に乗せている。
「二人とも仲が良いな」
これが噂のガールズラブってヤツなのか?
「ふふん、妬けるかい?」
「少しな」
「ホントにそう思うんだったら助けてよお兄さん!」
涙目で訴えるシモン、うん、今日も可愛いぞ錬金術師。
リリィとは異なる愛らしさに心を和ませながら、朝食代わりのパンを片手にミルクを飲む。
このナントカ言う牛だか山羊だかわからん謎の家畜から絞られたミルクは、牛乳とはちょっと一味違った不思議な味がするのだが、すでに慣れて普通に美味いと感じるようになった。
そんな謎のミルクが詰まったビンを一気にあおり、ごくごくと喉を鳴らして飲み干――
「ところで、クロノは大きくなった私の胸に一瞥もくれないのだが、ひょっとして君はゲイなのかい?」
ブホォオーー!
白いミルクが爽やかな朝日を受けてキラキラと輝く、勿論、俺の口から吹き出したヤツだ。
「うあーっ!? お兄さん汚いっ!!」
「ぶはっ、げほっ、いきなりなんてコト言うんだよ!?」
人が美味しくミルクを嗜んでいるときにとんでもない爆弾発言を投げかけたスーさんに恨みの視線を向ける。
「いやだって、人型のオスなら必ず大きい胸を目で追う習性を持っているじゃないか、反応しないということは、つまりそういうコトなのかと――」
「えっ、そうなのお兄さん!?」
「信じるなよシモン、つーか完全に誤解だ、俺はノーマルだぞ」
「ふむ、昨日も聞いた台詞だね」
「はぁ?」
「いや、こっちの話さ」
ふふふ、と不敵に笑うスーさん、ったく敵が目の前に迫ってるってのに悪ふざけが過ぎるんじゃないのか!
「それで、本当のところはどうなのかな?」
「断じて俺はノーマルだ、男より普通に可愛い女の子が好きに決まってるだろ。
まったく、男がみんな巨乳好きだと思ったら大間違いだぞ」
「じゃあ『童女趣味』なのかい?」
「それも違う」
っていうかロリコンを『火矢』みたいな魔法名っぽい言い方すんのはヤメロ。
「リリィさんの例があるから、どうにもね、寧ろこっちの方が信憑性高いんじゃないだろうか」
「……確かに」
「そこで納得すんなよシモン、というか俺に妙な性癖をレッテル張りすんのは止めてくれよ」
俺になんか恨みでもあんのかスーさんよ。
「ふむ、ではこれ以上の追求はやめておこうか」
本当に巨乳には興味が無いのかい? と暗に言わしめるようにシモンの頭へ押し付けられた胸がたわむその様子は、まぁ確かに大抵の男の目を惹きつけてやまないことだろう。
「はぁ、大きい胸を見ると思い出すんだよな……」
母親のコト、あの人の胸は本当に大きかった、お陰で子供の頃から見慣れて全く巨乳にありがたみを憶えることは無くなった。
これが良いことだったのか、悪いことだったのか、まぁ胸の大きい人に対して不躾な視線を向けないことを思えば良かったのかなと言えない事も無いな。
「あ、お兄さんが何か遠い目をしてる」
「ふーむ、なかなかどうして私達のリーダーはストイックなようだね」
とりあえず、俺が変態的な性癖を持ってはいないということで、上手く話がまとまってめでたしめでたし、と思いながら、ほとんど飲んでないにも関わらず残り僅かとなったミルクを飲み干す。
いやしかし、故郷を思い出した所為で無償に白米が食べたくなってきたぞ、どうしてくれる。
こっちは主要な穀物が小麦なので専らパンが主食、そうだ、これが終わってスパーダに行ったらついにお米を探しに行こう、そうしよう。
そんな、郷愁の思いに浸っていたその時、
「いけない、攻撃だっ!」
スーさんが叫ぶと同時に、詠唱を開始するのが耳に届く。
「なんだよアレ!?」
対岸に広がる森の中から立ち上る、火の柱、いや、それはどうやら大きな火の玉で、黒い煙の尾を引きながら放物線を描いてこっちの方へと飛来する。
その数、実に5つ。
「伏せてシモン!
كيكو هيروشي منع تجميد الباردة درع الجليد الصلب――『氷結大盾』!」
シモンの上に覆いかぶさるような体勢のスーさん、その上を中級防御魔法である氷の大盾が守る。
「『黒盾』!」
俺もとりあえずは身を守るべく、黒色魔力の盾を形成。
視界を大きく遮る漆黒の盾が出現した瞬間、
ドドドドォッ!!
衝撃と熱風が駆け抜ける。
飛んできた火の玉の一つが、運悪くこの屋上に着弾したようだ。
「みんな、無事かっ!?」
「私達はね、だが――」
その言葉を聞かずとも、俺の目に飛び込んでくるのは屋上で待機していた射手クラスの冒険者、彼らの内の何人かがその身を炎に飲まれかけている。
「くそっ」
黒魔法しか使えない俺には、効率よく火を消す術が無い。
どうするか、考える前に動いたのはスーさんをはじめ、炎を逃れた無傷の冒険者達。
火に包まれている者を、水や氷を魔法で生み出し見る間に炎を消してゆく。
よし、火が消えたのなら、応急処置くらいは俺でも出来る。
「おい、大丈夫か?」
台座を飛び降り、倒れる冒険者の下へ駆け寄る。
「ははっ、何とか生きてはいるぜ」
炎で炙られ毛先が焦げているにも関わらず、ある獣人の冒険者は笑みを浮かべて応える。
火を浴びた他の者も、多少苦痛の声を漏らすが、すでに自分でポーションを体にふりかけ回復を図ろうとしている。
まったく、冒険者ってのはタフなヤツばかりだ、お陰で冷静さが戻ってくる。
「あんな砲撃してくるとは予想外だった、だが威力は大したことは無さそうだ」
着弾地点には少しばかりの焦げ跡がある、と言っても俺がギルド全てを黒化した所為で床も真っ黒な為かなり分かりにくい。
本来の木造のままなら延焼する危険もあるが、この程度の火力なら何発受けてもギルドが燃えることは無さそうだ。
「とりあえずギルドに退避だ! スーさん、避難と怪我人の処置は任せる、俺は下に行く」
「了解した」
向かう先は防壁の前、警戒のため屋上よりも多くの冒険者が集っている、ギルドへの退避を促すなら早いトコ伝えておかなければならない。
「おいっ、もう一発飛んでくるぞっ!」
背後から誰かの声、言われずとも先と同じように黒い尾を引いて飛来する火の玉が目に入る。
「くそう、遠距離から砲撃してくるとは面倒なことを――『影触手』」
一々階段を伝って降りる余裕は無い、屋上から飛び降りるのが下へ行く一番の近道だ。
前にダイダロスの城壁をえっちらおっちら登った時に利用した『アンカー』の改良型、見た目はそれほど変わらないが、触手のような変幻自在な動きも可能としたのがこの『影触手』である。
両手から黒色魔力で形成した黒いワイヤー状の触手を屋上の柵に絡みつかせて固定すると、そのまま宙に身を投げる。
直後、再び屋上に着弾した火の玉が炎を吹き上げて炸裂。
だが、すでにギルドの垂直な壁を走る俺には、その熱風も爆風も届くことは無かった。
クロノは新たに触手プレイを覚えた!
すみません、触手は使いますが、プレイすることはありません、これでもR15なので。