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黒の魔王  作者: 菱影代理
第8章:アルザス防衛戦
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第109話 黒き神々の加護

 深い森へと姿を隠したリリィは、追撃を選択しなかった天馬騎士部隊を嘲笑った。

「んふふ、貴女達がこの私を殺せるかもしれないチャンスだったのにね」

 もっとも、彼女達が追撃を選んだとしても簡単に殺されてやるつもりはない。

 それはあくまで確率の話、あの天馬騎士部隊がリリィを空中戦で倒せる可能性はゼロ、今を狙えば僅かに勝機があった、というだけのこと。

「魔法の効果がきれた、という予測だけはアタリ、でもその対処を間違えたわ」

 今や完全にリリィへの注意を逸らし、眼下に広がるアルザス村防衛線へ向かうのに集中する天馬騎士部隊。

 唯一の敵の空中戦力と思われるリリィが目の前で逃亡を図ったと見たならば、その行動は当然といえるだろう。

 だがしかし、

「浅はかね、また私が戦線に復帰するとは思わないのかしら、それとも、そう思いたくないからなのかしら」

 リリィの言葉の通りであるならば、彼女達はすでにリリィは魔法の効果が切れて戦えない、と信じたかったということになる。

 そして、それが半ば正しいことを、真の力を発揮するリリィの強力な精神感応テレパシー能力によって証明している。

 少女リリィにとって、特別に精神防壁マインド・プロテクトをかけていない相手など、戦闘中であってもその表層意識を読み取ることは造作も無い。

 リリィは彼女達が何を考え、どういう予測を立てて今の行動に移したのかを全て正確に理解している。

「魔法か加護のどちらかが切れた、と考えたみたいだけど、どうして魔法も加護も両方使えるとは思わなかったのかしら」

 リリィが派手な目くらましを使ってわざわざ森の中へと逃げたのは、『紅水晶球クイーン・ベリル』の魔力を引き出して元の姿へ戻る魔法の効果が30分という限界時間に達したからである。

 『紅水晶球クイーン・ベリル』はそもそも妖精族の為に作られた大魔法具アーティファクトでは無い為、相性としては並、普通といったところ。

 だからこそ30分という制限がつく、それを越えるとリリィの体に負担がかかる。

「ふふ、妖精女王の加護、見せてあげる――」

 だが『妖精女王の加護』は別、それは妖精による妖精のための力、これを受けて体に負担などかかるはずも無い、なぜなら本来あるべき姿に戻るだけなのだから。

「منح جميع الطلاب تتخذ قوة الحياة الطبيعية من روح امتصاص الدم――『生命吸収ライフ・ドレイン』」

 リリィは詠唱と同時に予め用意しておいた巻物スクロールを光の空間魔法から取り出すと、一気に広げてそのまま宙に放り投げた。

 ランク4相当のモンスターの皮で作られた羊皮紙ならぬ竜皮紙のみを使用した村で一番高価な白紙の巻物スクロール、そこにリリィが刻み込んだ魔法陣は『生命吸収ライフ・ドレイン』。

 魔力を流し込まれ発動した巻物スクロールは、中空で白い光の粒子となって消滅し、次の瞬間にはリリィを中心として輝く魔法陣を描き出す。

 そして動物・植物関係なく周囲の命ある全てのものから強制的に生命力を吸収する魔法の効果は発揮される。

「さぁ、その命、私に全部ちょうだい」

 生命力の吸収は魔法陣の中心に立つリリィに向かって、巨大な竜巻に吸い込まれるが如く森に生きる生物に襲い掛かる。

 緑溢れる草木は枯れ、大地に蠢く虫はその動きを止め、飛ぶ鳥を叩き落す。

 あるいは付近で息を潜めていた草食動物は、自身の体から急速に力が失われることに気づき、逃げようとした時にはすでに一歩も進むことができないほど生命力を奪われ、数秒後には命を維持する分まで根こそぎ搾り取られる。

 それは普段は狩る側である肉食動物も同じ、雄の個体はこの異変に警戒する間も無く倒れ伏し、雌は巣で子供か卵を守るように抱いたまま力尽きた。

 無論、残された子供にも抵抗する術は無い、生まれたばかりの命の火は些かの熱すら残さず奪われ、さらにまだ生まれてすらいない卵の中に宿る小さな命までも糧とされる。

 無差別に、無慈悲に、ただ周囲にある命を奪い取り我が物とする、『生命吸収ライフ・ドレイン』とはそういう魔法。

「うん、まぁこれだけあれば20分は持つかな」

 だがリリィにとってこの魔法は必要な準備の手段でしかない。

 これは加護を得るために必要な代価であり、供物であり、生贄なのである。

「純情可憐にして美しき我が女王陛下――」

 魔力の源はこの世界そのもの、だが加護の源は神である、ならばそれを引き出すのはこの世界では無く神のいる別の世界。

 その神が座す世界・次元と繋がるのは魂。

 集った半径100メートル以上に及ぶ範囲にある全ての生命力という名の魔力は、リリィの魂を『ゲート』として、今まさに神の元へと捧げられた。

 そしてリリィの身に加護の力が満ちると同時に、叫ぶ。

 感謝と敬意を篭めて、加護を与えた神の名を声高に。

「『妖精女王・イリス』」

 加護によって真の姿を再び保つ力を得たリリィは、真っ白に枯れた死の森を後に残し、再び空へと舞い上がる。




 これまでクロノは加護というものを目にする事が無かった。

 厳密に言えばクロノ自身の力そのものが『黒き神々の加護』であるし、またサリエルの行使する力も全て『白き神の加護』である。

 だがこの両者はあくまで特殊、人体実験によって力を得たクロノとある日突然加護を受ける使徒は、この異世界においては真っ当な加護の受け方では無い例外中の例外。

 では一体どういう人物が真っ当な加護を受けたと言えるのか、もっとも普遍的な解答としては『強い者』である。

 パンドラ大陸には戦闘に関する分野以外でも多くの加護は存在する、しかし誰の目にも分かり、またその力を見せ付けることが出来るのは戦いの力、まして弱肉強食の理が強い魔族の世界において、それはより顕著であるといえるだろう。

 ある一定以上の強さを持つ人物はほとんどの場合何らかの神から加護を得ているのである。

その効果は特殊な魔法の行使、身体能力の上昇、魔力の補給、属性の付加、形態変化、などなど実に様々な種類がある、そしてそのどれもが加護を受けた者に大きな力を与えるものに他ならない。

 逆に一定の水準に達しないような弱い者は加護を受けることが無い、ある程度の力が無ければ加護は受けられないとも言える。

 その基準は冒険者のランク分けでいえば3に当たる、より詳しく言うなら3の後半、ランク4に近いほどの力量だ。

 パンドラ大陸に渡ってよりクロノはひたすら安全なランク1のクエストばかりを受けていたため、加護を持つほど強い冒険者と一緒になることが無かったのは当然と言える。

 しかし今は違う、クロノ率いる突撃部隊は全員ランク3以上の猛者ばかり。

 ランク4の人狼を筆頭に、オーク、リザードマン、ゴーレムといったパワーに秀でる種族と達人の域に達する武技を身につけた人間やエルフなど、それぞれタイプは異なるが全員何かしらの加護を持ちえる戦士だ。

 そしてクロノは初めて加護の力を目の当たりにすることとなる、この圧倒的な兵力差のあるアルザス防衛線において。




「おらぁあああ!!」

 ヴァルカンが手にする大剣『牙剣・悪食』が振るわれるたび、十字軍兵士の体が宙に舞う。

 彼の剣を受けた兵士は四肢のどれかは欠ける、五体満足で吹っ飛ばされた者はとびきり運が良かったといえるだろう、ただどの道死んでしまうことを考えなければの話だが。

「かかって来いよ人間共、こっちはようやく気分がノってきたとこなんだぜぇ」

 血に濡れた牙の刃を肩に担ぎ、立ち並ぶ兵士達に不敵な笑みをみせるヴァルカンの姿は、正しく共和国の人々が思い描く恐ろしい魔族の姿そのもの。

 だが兵士達は退かない、退くことなど出来ない、なぜならこういう者をこそ殺し、滅し、地上から消し去ることが彼らの教義である。

「怯むな、一斉にかかれっ!」

 部隊長の声の下、兵士達は槍衾を形成し立ちはだかるヴァルカンと向き合う。

「へへ、ビビっちゃいねぇようだな、いいぜ、ここらでいっちょ本気の一つでも出してやろうじゃねぇか――」

 ヴァルカンの放つ圧倒的な殺気と闘気に屈することなく、声を張り上げ幾人もの兵士が槍の先を向けて猛然と襲い掛かる。

 繰り出される槍衾、いくら大剣といえどもリーチは槍の方が長い、逃げ場なく迫る刃の壁を前に、ヴァルカンは唱える、己が信じる神の名を。

「風纏う孤高の牙――『孤狼・ヴォルフガンド』」

 魂より出でる加護の力は瞬時にヴァルカンの全身に行き渡る、それはすぐ目の前に槍の穂先が迫ってなお余裕を感じるほどの圧倒的な力。

「『疾風一閃エール・スラッシュ』っ!!」

 横一文字に振るわれる大剣の刃には、逆巻く風が宿る。

 ヴァルカンは『牙剣・悪食』を完全にコントロールする力量を持つ為、刃が魔力の風を喰らう事は無い。

 放たれた武技『疾風一閃エール・スラッシュ』は、大剣の刃がそのまま何メートルも伸びたと思わせるほど鋭い風の斬撃で、前方の空間を端から端まで薙ぎ払う。

 あと僅か数センチでヴァルカンの身に届いたはずの槍は悉く叩き折られて彼方へ吹き飛んで行き、刺突を繰り出した兵士は自分の攻撃が届いたと信じたまま胴を両断され絶命した。

 たった一振りで何人もの兵士を斬り捨てて見せたヴァルカンは、死んだものに用は無いとばかりに次なる得物を即座に見定める。

 凶暴な狼の視線の先にあるのは、他の兵士よりも幾分か上等な装備を身につける部隊長の姿。

 その装備が見掛け倒しでは無く、ある程度の下級魔法と武技を習得し、通常の歩兵よりも強い力を持っていることはすでに知っている。

 この部隊長クラスがあと5人ほど同時にかかってくれば、一太刀くらいは浴びせられたかもしれない、とヴァルカンは考えた。

「か、神よ、我が身を守りたまえ!――الأسهم الجليد بيرس」

 部下を一刀の下に切り捨てられたのがよほどショックだったか、部隊長の顔にはありありと恐怖が浮かんでいる、だが戦意喪失とまではいかない。

 唱えるのは神に捧げる祈りでは無く、攻撃魔法の詠唱。

(『氷矢アイズ・サギタ』程度じゃあ俺は倒せないぜ)

 圧倒的な実力差を前に逃げ出さない根性は認めるが、それだけで如何ともしがたい力の差が埋まることは無い。

(まして加護が発動してりゃ、傷一つつかねぇな)

『孤狼・ヴォルフガンド』の加護、その力は風。

 加護を受けた者はその身に風を纏い、攻撃すれば風の刃と衝撃が伴い、防御すれば風圧によって威力を殺ぎ、走れば疾風が体を運ぶ。

 攻撃、防御、回避、全てをバランスよく上昇させるこの効果は、今のように多対一の局面において大いに役立っている。

 これから自分に向かって放たれる『氷矢アイズ・サギタ』は、防ぐのも避けるのも思いのまま、何ならこのまま直進してわざと当たりながら正面から切り伏せることもできるのだ。

 ヴァルカンが何れかの行動を選択し、風が乗っていつもよりずっと軽くなった足を一歩踏み出し、疾風の如き俊敏さで斬りかかる。

「氷矢(アイズ・サ――ぎゃあぁあっ!!」

「あん?」

 ヴァルカンの足と剣を振り上げた腕が止まる、もう攻撃が届く間合いに踏み込んだその瞬間、部隊長の首から突如として鮮血が噴出し、魔法を放たんとする直前にばったり倒れこんだのだ。

(まだなにもしてねーんだが……)

 疑問に思うが、そのよく見える目を凝らせばすぐに答えは得られた。

「ちっ、獲物の横取りは勘弁だぜ、スーさんよぉ」

「ふふふ、早い者勝ちだよ」

 悪びれもせず、笑顔でランク4の盗賊スースは応えた。

 灰色のローブを纏った、取り立てて目立つ特徴の無い女性、街中で見かければ10人の内9人は振り返らないその凡庸さ。

 しかし首下を覆うチェインメイルごと喉を切り裂いた大振りのダガーを逆手に握り、凄まじい闘気を発するヴァルカンを前に爽やかに会話をかわす彼女は非凡そのもの。

 いや、最も恐るべきところは、ヴァルカンがよく見なければ‘そこに居る’と気がつかないほど希薄な存在感だろう。

 魔法で直接その姿を消しているわけではない、まるで路傍に転がる石のように注意しなければ記憶に残らない、そんな凄まじい気配の消し方。

 この刃と血が飛び交う修羅場にあって彼女の存在に気づくのは、こうして面と向かわなければ不可能だ。

「いつに無く張り切ってんじゃねーの」

「まぁね、相方に良い所をみせなきゃいけないし」

「はっ、随分と気に入ったみたいじゃねぇか、ああいうガキが好みだとは知らなかったぜ」

 言ってから気づく、すでにヴァルカンの視界にスースの姿が映っていないことに。

 何処に、と考える前に彼女の声が背後から聞こえた。

「彼を気に入っていることを否定はしないけど、そういう言い方は無いんじゃないのかな、デリカシーに欠けるよ」

(今のはマジで見えなかったぞ、隠密に加えて移動速度はヴォルフガンドより上か、本気で加護使ってんなこのスライム女は)

 これ以上の軽口は薮蛇だと判断したヴァルカンは素直に謝意を口にする。

「悪かった、まぁ二人で仲良くやってくれや」

「言われなくともそうするさ、じゃあね、お互いもう少しの間だけ頑張ろうじゃないか」

 振り返ると、そこにはもうスースの姿は無い。

 まるで幻と会話していたかのような錯覚をヴァルカンは覚えた。

「『影渡・ハンゾーマ』の加護を使うなんざ、やっぱ盗賊シーフじゃなくて暗殺者アサシンだろアイツは」

 まぁいい、信じる神も使うスキルも人それぞれ、余計な詮索と口出しをしないのは冒険者のマナー、そう考えを打ち切り、ヴァルカンは未だ懲りずに川を渡って迫り来る白い軍団に向き直る。

「今は精々、楽しませてもらわなきゃなぁ!」

 今度こそは獲物を横取りされん、と心に誓い、ヴァルカンは大剣を振り上げ、敵の集団へ嬉々として突っ込んでいく。

 その纏った風に灰色の毛を逆立たせ、嵐のように敵を切り刻むヴァルカンは、『孤狼・ヴォルフガンド』の加護を受ける者として正しい姿であった。


 加護はRPGで言うとステータスでもスキルでも無い、特殊能力みたいな感じですね。今回登場のリリィ、ヴァルカン、スースは3人とも強力な部類の加護を持ってると言えるでしょう。逆に効果がイマイチな加護もあるということです。


 ところで、ようやくスーさんのランク4らしい活躍させることが出来ました。スーさんマジ暗殺者!

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えーあの男の娘このスライムとくっついちゃうのかい... やだなー
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