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黒の魔王  作者: 菱影代理
第8章:アルザス防衛戦
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第104話 十字砲火

「すごい数だな」

 矢と雷が降り注ぐ川を突っ切って、無数の白い影が迫り来る。

 かなりの数を沈めているはずだが、敵はそれが気にならないだけの膨大な兵数を有しているのを改めて実感する。

「ねぇ、本当にあれを――止められるの?」

 俺の隣で雷矢ライン・サギタを何本も束ねて一気に空へと放つイリーナさんが問いかけてくる。

 その声には期待半分疑問半分、といったところだ。

「大丈夫だ、必ず止められる」

 今は敵が射程範囲内に来るのを静かに待つ。

「俺のせか――故郷では、コレの所為で戦いのあり方が変わった、歩兵の正面突撃を完全に防ぐことが出来る」

 はずだ、とは言わなかった、この期に及んでそんな曖昧な台詞言えるワケが無い。

「本当にできるのかどうかは、どうせあと少しで分かるんだ」

「そうですね、楽しみにしています――よっ!」

 敵はあと数十メートルほどで完全に川を渡りきる、というところまできている。

 ここまで引き寄せれば、もう十分だろう。

魔弾バレット・アーツ――」

 漆黒のタクト『ブラックバリスタ・レプリカ』を手に、その先端を真っ直ぐ十字軍へと向ける。

 圧縮された黒色魔力が爆ぜる時を待ちわびる、すでに身の内には‘装填’済みの弾丸が幾千幾万。

そして敵はついに踏み込む、黒き弾丸の飛び交う殺戮地帯キルゾーンへ。

 全ての弾に、敵を撃つ必殺の意思と憎悪を乗せて、死に逝く彼らに手向けるのはただ恨みを篭めた皮肉の言葉。

「ようこそアルザスへ、歓迎するぜ――掃射ガトリングバースト




「منع صخرة حجر كبير جدار لحماية――巨石大盾テラ・アルマシルドっ!!」

 殺意を感じるさらにその前、直感的に危険を察したノールズの脳内に警鐘が鳴り響く。

 今まで幾度と無くその直感によって危機を切り抜け、生き残ってきた彼は本能の命じるままに行動、この場合は身を守るべく中級防御魔法を即座に展開した。

 川底から硬質な石で形勢された岩の大盾が突き出し、大柄なノールズの全身を隠す。

 その直後に感じる殺気と同時に響いたのは爆音、炸裂音、破壊音――そして、絶叫。

「な、なんだっ!?」

 硬い‘何か’が幾つも飛来し、岩の大盾を叩く。

 岩肌がガリガリと削られていくのを感じながらノールズは叫ぶが、その声に応える者は一人として居ない。

 つい先ほどまで自分のすぐ横を着いてきていた部下は、すでに物言わぬ骸となって倒れ伏している。

 彼だけでは無い、兵の死体は2つ、3つ、4つ――僅か数秒の間にその数を加速度的に増やしてゆく。

 ノールズは小さな黒い弾が無数に飛び交っていることにようやく気づく。

 その常人には視認する事も困難な高速で飛来する弾丸が、黒い軌跡を描きながら兵の体を容赦なく穿ち、当たり所によってはたったの一発であっさりと命を刈り取る。

「これは闇属性の魔法――いや、それともこれが邪神の加護によって発動する黒魔法なのか!?」

 大盾から僅かに顔を覗かせ、謎の弾丸攻撃を続けているだろう前方を注視する。

 彼の目には、柵の両端からギャリギャリと規則的な発射音を響かせて、渡河をする兵達に向かって弾丸を撃ちまくる真っ黒い二つの人影が映った。

(そうか、アレがキルヴァンの部隊を壊滅に追いやった‘悪魔’の正体かっ!)

 事実はどうであれ、少なくともノールズにとっては黒いローブを纏った黒髪黒目に凶悪な顔つきの男とそのまま髑髏の顔を晒す二人の姿は、これ以上ないと言うほど邪悪な化身のイメージを体現したものに思われた。

 だが驚くべきなのはそんな凶悪な容貌では無く、瞬く間に死体の山を築き上げる脅威の黒魔法である。

 男の方はタクトから、髑髏の方は見た事の無い細長い鉄の筒から、それぞれ弾丸を発射しているのをノールズは確認する。

(逃げ帰った兵の言っていたことは真実だったのか、まさか、本当に即死級の威力を持つ攻撃魔法を連発できるとは……)

 無数に飛んでくる小さな黒い弾丸、その一発一発が難なくチェインメイルを貫き致命傷を与える。

イルズ村から帰還したキルヴァン隊の生き残りは確かにそう証言していた、だが、ノールズは『ただ凄腕の冒険者が一人いる』という程度の認識しか持たなかった。

 特に‘悪魔’への対策を立てなかったことに対して後悔はするものの、それは後回しにしてノールズは戦闘へ集中するべく頭を切り替える。

「منع جدار حجر كبير لحماية――石壁テラ・デファン!」

 遮蔽物の一切無いこの場であの黒い弾丸の嵐に立ち向かうのは危険すぎる、ノールズは下級だが最も広い範囲を防ぐことの出来る防御魔法を発動させる。

 川底を突き上げて石の壁が形成されるが、巨石大盾テラ・アルマシルドに比べればかなり薄く、完全に身の安全を保証できるほどの防御力は発揮できない。

(魔術士部隊を渡河させなかったのが裏目に出たか、俺一人では兵を守りきれん)

 何人もの兵達が我先にと石壁テラ・デファンの元へと駆け寄る、だがいくら優秀とはいえ所詮は一人、カバーできる範囲はたかが知れている。

 石壁に向かう途中で倒れる者、そもそも石壁から遠い者、あるいは石壁に身を隠しても運悪く弾が貫通し被弾する者、死傷者の数の低下には歯止めがかからない。

(防御する手段がない以上、歩みを止めるのは逆に被害を増やすだけだ、ここはさらなる犠牲を覚悟して突撃を敢行するより他は無いっ!)

「怯むなっ! 突撃っ! 突撃ぃ!!

 数は圧倒的にこちらが有利なのだっ! 一気にカタをつけろっ!!」

 声を張り上げてノールズは突撃指令を再び発する。

 兵達とてすでに死地へ飛び込み覚悟を決めている、どうせ退くことなど出来ないのなら、前へ進む意外に活路は無いと理解する。

「うおぉおお! 突撃だぁ!」

「あの黒い悪魔を狙えっ!」

「そうだ、アレを殺れば勝てるっ!!」

「悪魔を殺せっ!」

「神の名の下にっ!」

「魔族を殺せ! 悪魔を殺せ!!」

 弾丸に倒れた仲間の屍を踏み越えて、十字軍兵士は声を挙げて前進する。

「そうだっ! 進めぇ!!」

 ノールズは突撃を実行する兵達を確認し、自身も行こうと覚悟を決める。

「تجنب الثابت، هيئة قوية لحماية――防御強化プロテク・ブースト

 最低限の防御力強化を施し、いざ大盾を出て突撃しようとした瞬間、


 ズガンっ!


 大盾を巨大な何かが貫き、その衝撃でノールズは後方へ大きく吹き飛ばされた。

「ぐはぁあっ!!」

 朦朧とする意識の中、彼の視界には巨石大盾テラ・アルマシルドを貫通する二本の黒い丸太と、その向こうに発射元だと思われる‘装置’を確かに見た。

穹砲バリスタだと……何故、あんなモノまで……」

「司祭様っ!」

「司祭様がやられたっ!?」

 兵達の声がノールズにはやけに遠く感じる。

「う、うろたえるな、俺は無事だ……」

 二人の兵士が自分を支えていると理解できるが、視界は泥酔したようにぐるぐると歪んで回っている為に、顔まではっきり認識できない。

「俺に構うな、行け、退却は許さん、ぞ――」

 ノールズは途切れそうな意識の最中、見上げた晴天に幾つもの陰が、その歪んだ視界の中でもはっきりと見えた。

「――天馬騎士部隊が来たか、これで、勝てる……」

 ニヤリと口元に笑みを浮かべたノールズは、そこで自分の意識を手放した。

 地上から突撃する歩兵の大軍団と空から攻撃を仕掛ける天馬騎士部隊、この二つが揃った今、悪魔の守るアルザス村の防衛線は確実に陥落する。

 ノールズはこの瞬間も、そのように勝利を確信していた。




「凄いっ! コイツはどエライ武器やでぇホンマ!!」

 台車に備え付けられた大型の機関銃を握り、モズルンは興奮気味に弾を撃ちまくる。

 漆黒のローブに髑髏の素顔と正しく死神の風貌、そして今この時大量の人間の命を奪っている状況も死神と呼ぶに相応しい。

「そらそら! 海の向こうから遥々死ににやって来てご苦労さんっ!!」

 ヒャッハー! という声が聞こえんばかりのハイな様子だけは死神のイメージにはそぐわなかった。

 だが操作する機関銃は死神が手にする鎌の如く必殺の威力を誇り、また闇魔術士である彼でなければ使用できないのであった。

 クロノはシモンと出会ったその日の内に機関銃の作成を依頼した、だが、この科学技術も機械工業も発展していない異世界において、地球に存在する機関銃と同じものが造れるはずがない。

 クロノが欲しかったのは『魔弾バレットアーツ』の代用魔法、火薬で弾丸を飛ばすのではなく魔法で弾丸を飛ばす、そういう武器を作ってほしかった。

 つまるところ、コレは機関銃のような形をした魔法の長杖スタッフであり、この異世界での『銃』がそもそもこういったタイプなのだ。

 外観はグリップのついた長方形の細長い箱から銃身である鋼鉄の筒が飛び出ているだけと、本物の機関銃を知るクロノからすればえらく不恰好ではある。

 だがその内部はクロノの『魔弾バレットアーツ』の術式を模倣した魔法が組み込まれ、現実に弾丸の連射を可能としている。

 そしてこの機関銃に組み込まれた術式を使用できるのは、クロノの黒魔法に最も近い系統の闇魔術士であるモズルンだけなのだ。

「むっ! アカン、もう銃身が焼きついてもうた、早う交換したってや!!」

「「はいっ!」」

 二人のゴブリンが即座に機関銃の銃身交換を開始する。

 この日の為に何度も練習してきたお陰で、流れるような動作でスムーズに交換作業を行っている。

 そもそもこの魔法式機関銃の設計思想は、‘術式を物質でカバーする’ことである。

 例えば現在交換中である銃身は、弾丸の発射方向、弾道の安定、といった効果を受け持っている。

 魔法で弾丸の発射を実現しようと思えば、こういった部分も自分の魔力と集中力を使い、術式として構成しなければならない。

 このように銃身という‘物質’を用意することで必要な術式を削っているのだ。

 魔術士の武器である『杖』は、‘物質’では無くあらかじめ術式を刻んでおくことで、術者の負担を軽減しているタイプもある、この機関銃は正にそれと同じ効果を持っているといってよい。

 クロノの『魔弾バレットアーツ』はそもそも銃のイメージを元に作り出された魔法である、逆にある程度銃の‘カタチ’があれば、大部分の術式を省くことが可能であった。

 この機関銃の発射に必要な魔法の効果は‘弾丸の装填’と‘火薬の代わりに銃弾を撃ち出す圧力’この2つである。

 弾丸は直接チェンバー内に『召喚』し、後は火薬の爆発に相当する闇属性による圧力を内部にかければ、弾丸は銃身を通って真っ直ぐ撃ち出されてゆく。

 モズルンはこの2つの魔法効果を上手く発揮できているからこそ、クロノと同じく実在の機関銃の如き破壊力と連射を実現させているのだった。

 ちなみに、肝心の弾丸を発射する部分を魔法で代用している為、銃のくせにトリガーは無いのであった。

「旦那、ソッチはどうや?」

 リリィの精神感応テレパシーは現在、アルザス村正門付近を丸々カバーしている為、この範囲内にいれば自由に意思のやり取りが出来る。

 モズルンは何十メートルか離れているクロノに向かって通信した。

「俺はまだ撃ち続けられる、モっさんの方は?」

「弾はあるんやけど、銃身の消耗が思てたより早いわ~この調子やともうそんなにもたんで」

「やっぱり急造品じゃ耐久力に問題があったか。

 けど今はそれしかないから仕方無い、使い潰さないよう上手く冷却しながらやってくれ」

「ワシに任せとき! こう見えて節約プレイは得意なんやで!」

 あっはっは、といつもの快活な笑い声をクロノは苦笑いで聞いていたに違い無い。

「「銃身交換終わりましたモズルンさんっ!」」

「おしっ! ほんならまた張り切って射撃再開するでぇえ!!」

 再び機関銃のグリップを握り、モズルンは怯む事無く押し寄せる大軍勢に向かってフルバーストで掃射を開始した。

 圧倒的な数で正面突撃を仕掛ける十字軍、これをギリギリのラインで近寄らせないでいられるのは、正しくクロノとモズルンが行う十字砲火クロスファイアのお陰である。

 そもそもの発想は、クロノがイルズ村にてキルヴァン隊を一人で百人近く殺戮した経験によるものだ。

 その時は呪鉈の効果によって軽い狂化バサーク状態に陥っていたが、記憶そのものは鮮明に残っている。

 クロノが冒険者同盟のリーダーとなり、無い知恵を振り絞って迎撃作戦を考えていた際に、『銃撃』が多数の相手に絶大な効果を発揮することにあらためて気がついたのであった。

 たった一人で百人近くの兵を一方的に殺すことが出来たのは、単純に実力の差以上に相性、剣VS銃という圧倒的な武器(魔法)性能があったからであるとクロノは思い至った。

 そして考える、自分と同じマシンガンを連発するような、いや、それこそ機関銃を掃射するような攻撃方法をあと一つでも用意できれば、歩兵の突撃に対して圧倒的な効力を挙げる『十字砲火』が可能だと。

 十字砲火とは、機関銃などを用いる戦法の一つで、二つの火器から放たれる火線が交差するためクロスファイアと呼ばれ、防御において大きな効果を発揮する戦法である。

 この戦法は第一次世界大戦で登場したが、単純に機関銃の威力を発揮した例として、日露戦争における旅順要塞攻略戦がクロノの頭にあった。

 そして今、かつて旅順要塞でも繰り広げられたであろう歩兵突撃が一方的に粉砕される光景が、アルザス村防衛線では現実となっていたのだ。

 対岸まであと十数メートル、と迫りながら、誰もがその僅かな距離を踏破できない。

 川の流れに足をとられ、走る速度が大幅に落ちるこの状況下がさらに対岸までの距離を遠くさせる。

 それでも兵士は進み続ける、この黒い弾丸の雨が止むまでは、決して川を越えられない事実を知らずに。


 ようやく『機関銃』の正体を現す事ができました。正確には『機関杖』と呼ぶべきでしょうか。

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