<1>金色コインと発泡酒
ふんわりとした桃色の髪に、隠す物のない華奢な肩。
思わず頭を挟みたくなる真っ白な太ももを見つめて、俺はゴクリとツバを飲んだ。
目の前に、大きな檻がある。
その中にボロボロの服を着た少女が入れられていた。
「私を買いに来た方、ですか……?」
ふっくらとした唇から紡がれたのは、期待のこもった優しい声。
高校生くらいだろうか?
身長は低く、顔立ちもまだまだ幼く見える。
冷たそうな床にペタンと座りながら もじもじとする仕草も、やはり可憐な少女に見えた。
だけど、大きな胸の膨らみは、少女のそれじゃない。
神々が彼女だけに与えた、最高の逸品だと心から思う。
手のひらに吸い付きそうな肌艶に、布を押し上げる圧倒的な質量。
服の上からでもわかる素敵な丸み。
思わず手を伸ばしたくなる幸せな膨らみが、俺を魅了して離さない。
「あの、えっと……、よろしくお願いします!」
そんな素敵な胸を挟み込むように両手をあてて、彼女が頭を下げてくれた。
柔らかそうな二の腕に押された谷間が、むにゅりと形を変えている。
形の良い膨らみが、ボロボロの布を大きく押し上げている。
そんな窮屈な場所に留まらずに、いっそのこと外に出てきて、すべてを見せてはくれないだろうか?
心の底からそう思う。
「えっと……?」
そうしてじっくりと眺めていたのが悪かったらしい。
不思議そうに顔を上げた彼女が、コテリと首をかしげていた。
慌てて姿勢を正して、おほん、とひとつ咳をする。
「いや、何でもないよ」
「そうですか? でも何だか……、いっ、いえ、何でもないです! ごめんなさい!」
喉元まで出かけた言葉を飲み込んで、彼女が両手をパタパタと振って見せた。
素敵な谷間がプルプル揺れていて、どう見てももちもちな素肌がいろいろとギリギリだった。
……いや、むしろアウトかも知れない。
俺の自慢のエクスカリバーは、すでに戦闘準備を終えている。
「大丈夫だから。落ち着いてくれるかな?」
「はっ、はい」
彼女は俺の言葉に従って大きく息を吸い、体を縮めるようにゆっくりと吐いていく。
無論、彼女の動きに併せて、おっぱいもむにむにと形を変える。
彼女が小さく動くたびに、俺の感情が高ぶっていく。
おまえが落ち着けよ! なんて言葉を聞く気はない。
「大丈夫です。落ち着きました」
胸元でぎゅっと手を握って、彼女がちいさく微笑んでくれる。
その仕草も、最高にかわいかった。
だが、いつまでも彼女に見とれている訳にもいかない。
俺はほんの少しだけ彼女に近付いて、檻の隙間から手を伸ばす。
「ひゃっ……!」
手のひらがふわりとした髪に触れ、彼女の体がピクンと震える。
俺の手の陰から見上げる彼女の瞳が、うっすらとぬれているように見えた。
「名前はモモで、種族はミノタウロス。あってるよね?」
商人から聞いた情報を確かめるように、彼女の――モモの髪を優しく撫でた。
俺の指先が、ふわふわな髪に隠れた"小さな角”に触れる。
右と左に1本ずつ。
人間にはないものが、そこにあった。
小さく目を伏せて、モモが言葉を紡いでくれる。
「……はい、ミノタウロスです。でも、手先は器用で、読み書きもちょっとだけなら出来ます。えっと、えっと、何でもします。だから――」
「ご主人様の奴隷にしてください!」
彼女は深々と、頭を下げてくれた。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
――その日。
俺はひどく酔っていた。
行き着けの店で飲んで、はしごして飲んで。
それでも足りなくて、6缶の発泡酒を買い求めた。
家にたどり着き、自宅のドアを優しく開く。
そして、ぼんやりとつぶやいた。
「んー……、あー、俺んちが、外国の酒場になってらぁ」
ふへらー、と笑って見知らぬ店の中に入っていく。
年期の入った店内にあるのは、大きな酒樽と、見たことのない模様が彫られたテーブルたち。
壁際や机の上には、使い込まれたランタンが並んでいた。
日本人離れした厳つい顔立ちの男や、目も覚めるような金髪の男たちが、酒を酌み交わしている。
その中には騎士や魔法使いのコスプレをする者もいるらしく、猫耳や羊角なんて物を身に着けたオッサンの姿もあった。
なかなか盛況な店内を見回しながら、厨房が見えるカウンターの前に腰掛ける。
「マスター、なんか適当に」
「おうよ。任せときな」
顔の半分以上を立派なひげに覆われた男が、ニヤリと男らしい笑みを見せてくれた。
身長はかなり低いが、腕も肩も筋肉マシマシ。
すげー男らしいオッサンだった。
貫禄から見て、この店の店主に間違いない。
……ん? ここって俺のアパートだっけか?
まぁ、そんなことはどうでも良い。
「良い店だな、マスター」
「あったりめぇよ。俺の酒場だぜ? まぁ、馬鹿なヤツばかりで騒がしいがな」
ガハハ、と盛大に笑い、マスターが巨大な肉を焼き始める。
漂ってくるのは、今までに感じたことのないスパイスの香りと、ほど良い肉の香ばしさ。
周囲の客たちは楽しそうに笑いながら、今日を生き延びた幸せに感謝の言葉を口にしていた。
「なんとも面白い店だな」
それにひどく心地良い。
そう思いながらふと手元を見ると、さっき買ったコンビニの袋がガサリと音を立てた。
「ん? ……まぁいいか」
小さくつぶやき、袋の中から発泡酒を1本だけむしり取る。
カシュ、っと飲み口を開けて、黄金色の液体を喉の奥に流し込んだ。
「ぷは――――。やっぱいいねぇ」
飲み慣れた安い味だが、こういう場所なら幸せな気分になれる。
肉にワインらしき物を振りかけていたマスターが、何か言いたげな雰囲気でチラリと俺の方に視線を向けていた。
「悪りぃな。待ってる間に1本だけだからさ。固いこと言わないでくれよ」
「いや、そいつは良い。好きにやんな。それよりも、それはなんだ?」
「ん? なんだって、ビール、……じゃねぇな、安っすい、安っすい、発泡酒さまだよ」
いつだって手軽に買える庶民の味方だ。
ぐびり、と喉に流し込んで、俺はぷはー、と息を吐いて見せた。
安いけど、やっぱ落ち着くわー。
「おめぇさん、うまそうに飲むじゃねぇか。1本分けてくれねぇか?」
「ぉ? ん? おー、いいぜ」
発泡酒をくれってなんだよ? 切らしてんのか??
なんて思いながら、ほれ、と声をかけて缶を投げ渡す。
するとなぜか、マスターのふさふさな眉がピクリと上がった。
「ぉぃ……、冷えてやしねぇか?」
「ぉ? なんだ? ビールはキンキンが最高だろ?」
「おめぇさん、もしかして魔法使いか?」
「あん??」
「いや、忘れてくれ……」
意味のわからないことを言いながら、マスターがカシュッ、と飲み口を開けて発泡酒に口を付ける。
不意に、その目が大きく見開いた。
「うまいな……」
呆然と発泡酒の缶を見詰めるマスターの肩が、小刻みに震えている。
「なんだ? どうした?」
「マスターも知らないうまい酒らしいぞ。なんでも、冷たいそうだ」
「なんだそれは? おい、マスター。俺にも1本くれ!」
「俺もだ!」「こっちにもよこせ!」
気が付くと、周囲の男たちが我先にと騒いでいた。
マスターが俺の方に視線を向けてくる。
いまいち理解出来ないが、発泡酒は残り4本。
「俺は小銀貨を3枚、いや4枚出す!」
「なんだと!? なら俺は8枚!」
「くっ、いま、持ち合わせが……」
「大! 大銀貨1枚だ!!」
いつの間にか店の中は、死人が出そうなほどに白熱し始めていた。
そして気が付くと。
「頭痛てぇ……」
ぼんやりとした視界の中に、自宅の玄関が見えていた。
いつの間にか、こんな場所で眠っていたらしい。
太陽は既に空高くあって、街は慌ただしく動き出している。
遠くを走る車の音、誰かが使うエレベーターの音。
「ん……?」
そんな日常の中に感じた違和感に、ふと手を開く。
指の隙間から金色のコインが滑り落ち、コンクリートの地面を転がって行った。