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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

オオカミと少年

作者:ノイジョン
「オオカミがきたぞーーっ」
 人の子が叫ぶのを、オオカミは聞きました。
 わずらわしそうに首を振ると、風を切って走り出します。しかし、オオカミが町に着いた頃には、家々の戸は固く閉じられていました。
「忌々しい人の子め」
 腹立ちまぎれに吐き捨てますが、それでおなかが満たされるはずもありません。仕方なく、オオカミは小さな獲物を求めて、森の中へと帰っていきました。

 オオカミが人を襲うようになったのは、つい最近のことでした。
 今までは森の中で十分な食糧を得ることが出来たのですが、遠く離れていたはずの町が森のそばまでやってきてからというもの、森はどんどん小さくなり、大きな獣たちもだんだんその数を減らしていきました。
 オオカミは来る日も来る日も、ネズミやリスを食べました。しかし、空腹を忘れることが出来ませんでした。
 ある日、森の端で人を見ました。髭を生やした男は斧で木を切ろうとしていました。
 オオカミは怒ります。オオカミの頭の中で、目の前の光景と自分の空腹とが一本の糸で繋がったのでした。
 気がつくと、オオカミは男ののどぶえを噛み千切っていました。歯ごたえのある肉を咀嚼そしゃくするたび、真っ赤な血が甘い香りを放ちながらしたたり落ちました。
(こんなにうまいものがこんなにも近くにあったとは)
 オオカミは森に人が近づくたび、彼らを森に引きずり込んでは食べました。人はオオカミにとって、この上ないごちそうとなったのです。
 しかし、そんなことが続くと、人は森に易々と近づかなくなりました。
 すでに、森の小さな動物では満足できなくなっていたオオカミは、たびたび人里に下りていっては、人を襲うようになっていきました。

 ごちそうにありつけない日が続いてどれくらいたったでしょう。ある日の午後、オオカミが町のほうを見下ろしていると、おいしそうな人の子が、広場で遊んでいました。
 これを逃す手はありません。オオカミは素早く岩場を駆け下りると、森の中を風のように駆けていきました。
 一直線に広場に突っ込んだオオカミでしたが、待っていたのはごちそうではありませんでした。
 広場に入ると、先程の子供はどこにも見当たりませんでした。辺りをきょろきょろと見渡すうちに、いつの間にかオオカミは屈強そうな男たちに囲まれていたのです。
「なるほど、私はまんまと罠に飛び込んじまったってわけかい」
 オオカミの声に答えるものはいませんでした。

「人の分際で、よくもやってくれたもんだ」
 さすがのオオカミも大勢に取り囲まれてはひとたまりもありませんでした。何人かの腕や足に食らいつきましたが、命からがら逃げてくるのが精一杯だったのです。
 森とは逆の方角へ逃げてしまったのだと気づいた頃には、もう一歩も歩けなくなっていました。
 やわらかい草の上に身を横たえていると、後ろの方から足音が聞こえてきました。どうやら人の足音のようです。しかし、オオカミはもう起き上がるどころか身じろぎひとつできません。
 オオカミは死を覚悟して深い眠りの底へと落ちていきました。


 目が覚めたとき、そこは小さな家の中でした。
 オオカミには何が起こったのかさっぱりわかりません。耳に入るのはぐつぐつとお湯が煮える音だけでした。
 どうやら人の棲みかだということだけはわかりましたが、どうにも逃げようという気になれません。傷が治っていないせいか、眠くて眠くて仕方がないのです。お腹の下に敷かれたわらの山が心地よいせいもあるかもしれません。
 夢見心地で横になっていて、どれくらいたった頃でしょう。家の中に入ってくるものがありました。
 それは小さな男の子でした。
 男の子はオオカミが目を覚ましたのを見ると、頬をひきつらせました。どうやら自分では笑っているつもりのようです。
「よかった。目が覚めたんだね」
 両手で抱えたかごの中にはなにやら野菜が入っているようでした。
「待ってて。すぐにごはんをつくるから」
 そう言って背を向ける男の子を、オオカミはなにやら不思議なものを見るような目でじっと見つめていました。
「お前、どういうつもりだい」
 男の子の背中に向けてたずねた声は、けがをする前とは比べようもないほど弱々しいものでした。
「私を食べるつもりならばやめておくがいい。大けがをしているとはいえ私はオオカミだ。少しでも近づこうものならその両手両足を噛み千切ってやる」
「ま、まさか、そんなことしないよ」
 男の子は鍋をかき混ぜる手を震わせながら、答えました。
「困っている人があったら助けてあげなさい。ってお父さんがよく言っていたんだ。きみは人じゃないけれど、けがをしていて、困っているように見えたから……」
 男の子の言葉はだんだん尻すぼみになっていきました。
 しばらくして、男の子はオオカミから少し離れたところに野菜のスープを置くと、ゆっくりと離れていきました。
「ど、どうぞ」
 オオカミはスープを見下ろすと、ふんと鼻を鳴らしました。
「なんだこれは。こんなものが食えるか」
「え。ご、ごめん。野菜は嫌いだった?」
「好きとか嫌いとかいう話じゃないんだよ」
 オオカミは野菜が食べられませんでした。オオカミが食べられるのは動物の肉だけなのです。
「ごめんなさい。知らなかったから」
「まあ、いいさ。元気になったら、お前を食ってやる」

 次の日、男の子はネズミを持ってかえってきました。
「これなら食べられるよね」
 そう言って、火の準備をします。
「何をしている。そのままこっちによこしな」
「え。このまま食べるの?」
 男の子は目を丸くして言いました。
 その日から、男の子は毎日ネズミを持ってかえるようになりました。

「お前はネズミを捕まえるのがうまいね」
 ある日、オオカミが言いました。
「違うよ。町の人に売ってもらってるんだ」
「そうなのかい。じゃあ、そいつがネズミ捕りの名人というわけかい」
「違うよ。ネズミ捕りを使うのさ。大きな家ならどこでも持っているよ」
「やはり人ってのは貧弱だね。へんてこなものを使わなけりゃなんにもできやしない」
 オオカミはそう言ってネズミにかじりつきました。

 オオカミのけがは日に日によくなっていきました。しかし、不思議とどこかへ行こうとは思いません。まだ走ることはできませんが、歩くだけなら問題ないので、オオカミはときどき家のまわりを歩いてみました。
 男の子の小さな家は丘の上の何もない原っぱに建てられていました。見下ろす町は遠く、人が寄り付くことなどまずないだろうと思えました。

「お前はなんでこんなところに住んでいるんだ」
 ある晩、オオカミはたずねました。
 男の子は長いこと黙っていましたが、なんとか笑顔をつくりだすと言いました。
「僕は『親なし』だからね。町には居場所がないんだ。ここも、誰も住んでいなかったから勝手に使わせてもらってるだけなんだよ」
 男の子が涙をこらえているのが、オオカミにもわかりました。
「お前、いじめられているのかい」
 男の子はアザをつくって帰ってくることが多かったのです。
「仕方ないよ。僕はみんなと違うから」
「なにが違う」
 オオカミは血が沸き立つのを感じました。頭の中が沸騰したようになっているのです。噛み合わせた牙がぎりぎりと音を立てます。
「私から見れば、お前も他の奴らも一緒だ。なにも変わらない。うまそうな肉の塊に過ぎない。親がいるだのいないだのにどれほどの違いがある」
 オオカミはせきを切ったようにまくしたてました。
「オオカミの君にはわからないよ」
 うつむいて押し黙っていた男の子が突然大声を上げました。涙を浮かべて身を震わせるその姿にオオカミは言葉を失いました。
 オオカミには人の気持ちなどわかりません。しかし、仲間外れにされる辛さは知っていました。オオカミにも仲間外れにされた過去があるからです。なぜ群れから追い出されたのか、オオカミにはわかりません。理由がわからないから、オオカミはただ群れの仲間たちを憎むことしかできませんでした。この男の子はそれさえもできないのだろうと、オオカミは男の子の寝顔を眺めながら思います。他人を憎まず、恨まず、他の誰かのせいにすることもできず、ただ一人傷ついて、苦しみ続けるであろうことが容易に想像できました。
「やはり、人は弱い」
 小さく呟いた声は夜の静けさを乱すことなく、部屋中に広がり、やがて暗闇に吸い込まれて消えていきました。

 ある日、男の子は町でたずねられました。
「このごろ、毎日ネズミを買っているようだが、そんなものいったいどうするんだい」
「い、いえ、別に、なんでもないです」
 噂はまたたく間に広がりました。丘の上の子がネズミを食べているらしい、と。それを聞いた子供たちはその噂をたしかめるべく、丘の上の小屋へと向かいました。しかし、そこで子供たちが見たのは、ネズミをおいしそうに食べているオオカミだったのです。
 大人たちは激怒しました。自分達の家族を殺した人食いオオカミを『親なし』がかくまっていやがった、と口々に罵りました。

 朝、オオカミは男の子が出かけていくのを寝たふりをしながら横目でたしかめました。
 オオカミのけがはもうほとんど治りきっていました。もう森に入って小さな動物を捕まえられるくらいにはなっていたのです。
 オオカミは捕らえた獲物を男の子に見せてやるつもりでした。そうして、もうネズミなんか買ってくる必要はないのだと言おうと考えていたのです。
「あいつの驚く顔が目に見えるようだ」
 オオカミはリスをくわえたまま上機嫌で小屋へと帰っていきました。
 森から出たところで、オオカミは小屋の様子がおかしいことに気がつきました。草むらからこっそり様子をうかがうと、大勢の人が小屋をぐるりと囲んでいるのが目に入りました。
 オオカミは胸の奥を何かいやなものがうごめくのを感じました。怒りは頂点に達し、気がつくと町へ向かって駆け出していました。
「あいつはやはり人の子だ。私を油断させて殺すつもりだったのだ。あいつは私を裏切った」

 大通りをオオカミが駆け抜けると、町の人たちはなにか叫びながら方々に逃げ去りました。オオカミは彼らには目もくれず、男の子を探し回りました。
 地響きのような唸り声を上げながら駈けずり回るうち、広場に小さな人が倒れているのをみつけました。
「いた。あそこだ」
 オオカミは男の子に向かって一直線に駆けました。そのまま食らいついてやるつもりだったのです。けれど、その足は男の子に近づくにつれ、少しずつ速度を落としていきました。
 男の子はぼろぼろでした。全身いたるところが赤黒く腫れ上がり、あるいは裂け、血を噴き出していました。その姿を見て、オオカミは呆然としていました。自分がとんだ勘違いをしていたのだと気がついたのです。男の子は裏切ってなどいなかったのです。でなければ、このような仕打ちを受けるはずがありません。
「どうしたんだい。いったいなにが……」
 そう言って、男の子の顔を覗き込むと、男の子の腫れ上がった顔がぴくりと動きました。
「外に出られるようになったんだね。よかった」
 腫れ上がった顔はほとんど変化しませんでしたが、オオカミには男の子が笑ったのがわかりました。
「なぜだ。なぜ笑ってるんだい。お前自身が死にかけているというのに、私が外に出られるようになったからって、それがなんだというんだ」
 オオカミは男の子に向かって怒鳴り散らしました。男の子はまるで赤ん坊を見るときのような優しい瞳でオオカミを見つめていました。
「君が元気になれば、僕はうれしいよ」
 その言葉はもう途切れ途切れで、ごぽごぽと奇妙な音が混じっていましたが、それでもオオカミの耳にははっきりと聞こえていました。
 オオカミは空に向かって吠え続けました。男の子がもう二度と目を覚まさないことを知っていました。空には雲ひとつないというのに、雨は止む気配すらありませんでした。

 小屋を焼き払って町に戻ってきた大人たちは唖然としました。大通りの石畳が見渡す限り赤く染まっていたからです。人々はほとんど食べられることなく石畳の上に倒れ伏し、赤い液体を際限なく流し続けています。その真ん中には一匹の獣だけが立っていました。
 童話を書こうとしたのですが……。
 楽しんで頂ければ幸いです。

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