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ジブンイロ=vibgyor=
作:ちぐ



第十話 transparent


 七つの色が、お鍋の上にたゆたっています。
 七色の宝石が、エモの胸元で輝いています。

 けれど、エモは、また困っていました。

 お鍋の中の七色のお水と、首飾りの七色の宝石。
 両方を、一体どうやって使えばいいのか分からないのです。
 本を読んでも答えは見付からなさそうなので、今日は本で調べるのはやめました。

 お菓子を配っている時、こんなことを言われました。
 「綺麗な首飾りね。自分で作ったの?」
 エモはいいえと答えました。いちばん大きな木がくれたものだからです。
 でも……そういえば、このきれいな宝石は、その後に出来たものです。
 自分で作った
 とは、言えないでしょう。
 チョンが居たから、ここまで来れたのです。

 「チョンくん……」
 怒ってるかなぁ。
 あんなにひどく怒鳴っちゃったんだもん。きっと怒ってる。
 せっかく、わたしをなぐさめようとしてくれたのに……。

 エモは、チョンのところまで走って行きたいという気持ちでいっぱいでした。
 けれど、エモはチョンのお家がどこにあるのか知りません。そう、エモはチョンのことをほとんど知らないのです。

 空に虹を掛けることが出来れば、きっとチョンは分かってくれるでしょう。
 色が全部そろった事を。エモが、いろんなことを感じた事を。
 でも、どうやって掛ければいいのか……エモにはわかりません。


 お家の中は、とっても静かでした。
 エモは、ずーっとここで暮らしてきたのです。
 寂しいと思ったことは一度もありませんでした。たくさんの本があったからです。
 でも、今は……

 「チョンくんが居ないと、さびしいな……」









 ちゅん、ちゅん。
 「……?」
 朝でした。知らないうちに、眠ってしまっていたようです。
 お風呂に入って、朝ごはんを食べました。
 「町に……行こうかな……」
 町に行けば、チョンに会えるかもしれない。 
 いつしかエモは、チョンのことばかりを考えていました。

 いつもの帽子に、いつもの白いワンピースを着て、白黒のお家の扉を開けます。
 ごんっ
 「……え?」
 何かに当たりました。なんでしょう?
 「いたたた……エモぉ、ノックする前に、開けないでよぉ……」
 そこには、チョンが居ました。痛そうに鼻を押さえています。
 「チョン、くん……!」

 目の前のチョンに、ありがとうとか、ごめんねとか、言いたいことはいっぱいありました。
 でも、エモはなんにも言えずに、ただ、泣き出してしまいました。
 「エモ、どうしたの? エモもどっかいたいの?」
 「ち、ちがうよ、ち、チョンくん、」
 「ん?」
 「嬉しいよぉ……」
 チョンにまた会えて、チョンがまたエモの所に来てくれて、エモはとっても嬉しかったのです。
 涙が出るほど、感動したのです。

 涙はエモのほっぺを伝って、首飾りに落ちました。


 「エモ、エモ泣かないで」
 「うん、うん……」




 「……チョンくん……」
 「ん?」
 エモが顔を上げると、チョンは優しく笑いかけてくれました。
 その瞳はとても澄んでいて、エモを小さく映し出します。そして、エモは言いました。
 「嬉しいよ。チョンくんが笑ってくれて、わたし、本当に嬉しい。でも、でも、――……」
 「エモ……?」
 言葉に詰まります。でも、どうしても、伝えたい。
 「……無理な時は、笑わないで……」
 エモはいちばん大きな木のお話を聞いてから、ずっとチョンにそう伝えたいと思っていました。
 これ以上チョンくんには無理をさせたくない。そう思ったのです。
 けれど、これを言って良かったのかどうか、エモには分かりませんでした。
 チョンは、いつも頑張って笑っているのです。本当の自分を見せて、相手に嫌な思いをさせないように。嫌われてしまわないように。頑張って、頑張って。
 けれど、エモの言った事は、チョンの頑張りを否定する言葉でした。
 エモの言葉を聞いたチョンは、少し驚いたような顔をしていました。
 そして、ふっと優しく笑って、言いました。
 「エモ、透明色の人って、どんなだと思う?」
 「え……?」
 今度はエモが驚いてしまいました。そんな事を言われるなんて、考えもしていなかったのです。
 チョンは話を続けました。
 「透明は、どんな色でもない。でも、どんな色にでもなれる。エモはもう知ってるかもしれないけど……ホントは、透明の人は、僕は……感情なんて、無かったんだ。だから、笑うのも、泣くのも……みんな、誰かの色のモノマネ。ホントは、心の中では何にも思ってなんかなかった。ただ、今笑わないと、今泣かないと、みんなに嫌われちゃうとだけ、思ってた。でも、今は違うんだ」
 「違うの……?」
 「うん。僕ね、ホントの心でみんなと接せなくて、凄くもやもやした時もあったよ。でもね、いつの間にか……」
 そう言うと、チョンはエモの目を見て、もう一度優しく、にっこりと笑いました。
 「ほら」
 「?」
 「僕、エモの顔見たら、笑わずには居られなくなっちゃったんだ」


 透明の子は、いろんな色に染まりました。
 それは全て他人色。自分の色ではなかったのです。
 心はいつも空っぽで、顔と言葉だけを動かす毎日。
 けれど、なぜでしょう、いつの間にか、心から笑ったり、想ったり出来るようになっていたのです。
 沢山の感情に触れるうちに、透明の新しい意味を作り出していたのです。

 『いつの間にか』。チョンはそれがいつなのかを知っていました。
 それはあの日、もやもやに押し潰されそうで、ごはんを食べる事さえも心に留めていられなかった孤独の日。
 初めて『自分が透明色だ』と伝えた人が、そんな事を全く気にしないように笑ってくれた時。
 そう、エモの笑顔を初めて見た時。
 あれから、本当に嬉しく、優しい気持ちで、笑えるようになり始めたのです。

 そして、橙色と黄色を目にしたあの日、チョンはやっと町の人に自分の色を明かす事が出来ました。
 みんなに嫌われたとしても、きっとエモとの友情だけは残ってくれると思ったから。
 その希望が、胸の中で輝いたから。






 ああまた、エモの目から、涙が零れます。









 ――透明は、何色なのだろう。エモは考えました。




 きっとそれはチョンだけの色。

 優しい優しい、透明色。












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