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風呂場でクトゥルフなう

作者:MCC

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 ぴるぴる@jk
 お風呂に入ってたら背後に謎の気配出現なう

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ぽちぽちと湯船の上でケータイをいじりながら、アタシはネットの海へと情報を配信する。
 昨今の若者のケータイ依存症ぶりはテレビでも取り沙汰されるほどだけど、アタシもまさしく『昨今の若者』というカテゴリーから外れないお年頃。
 暇があればケータイをいじり、暇がなくてもケータイをいじるうら若き乙女――JKですもの。

「お風呂場にまで持ち込むのはちょっと自分でもどうかなって思うけど」

 でもでも、最近のケータイってすごい。
 だってお風呂に持ち込んでも湯気で画面が曇らない。曇らない上にちょっと濡れた手で操作しても壊れる心配がなっしんぐ。どころか湯船に沈めても大丈夫だったりするドジっ子でも安心の耐水設計。
 マジ時代がきてる。追い風が吹いてる。吹きつける風に背中押されて、アタシはケータイをお風呂に持ち込んで湯船に浸かりつつ、一糸まとわぬ裸体をさらしながらケータイなう。

 周りのみんながケータイ電話を持ち始めたのが中学生になってすぐだったりする中、アタシがこの神器を買い与えられたのは中学の卒業まで待たされた。それも、志望校に合格するまではお預けという世知辛さ。
 あいたー、これはさすがのアタシも参った。参りました。お手上げです。降参です。参っちんぐまち子先生を地で行く展開に全アタシが泣いた。
 だって卒業までお預けだったせいで、卒業式までにケータイを入手できなかったアタシはみんなと連絡先の交換も満足にできなかったのだから。なんとか気心の知れた友達のメアドとか電話番号だけは手帳に必死で書き写しましたことよ。赤外線なら簡単なのにーとか上から目線で言われつつです。言われつつです、なんだ赤外線て。アタシの破壊光線で焼き尽くしてやろうか貴様ら。

「破壊光線びびびびびー」

 手に持ったケータイを小刻みに揺らして、赤外線送信画面を呼び出しつつ光線を発射。残念ながら受信先が見当たらず、ケータイの先端から放射された赤外線(きっと、おそらく、たぶん赤い、メイビー)なそれはお風呂の靄がかった空気の中に飛び散り、アタシの渇いた肌に吸い込まれる水分に混じって消え去った。誰がカサカサ肌だクラァ。乙女の柔肌やぞ、カッチカチやぞ! 違った、プリップリやぞ!

 二の腕を摘まんで軽く肉が持ち上がったことに自分で鬱になる。肌のしっとりさを指先に感じられた収穫の代わりに、得る必要のない収穫=贅肉がアタシの心を蝕んだ。鬱だ、沈もう。

「ぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶく――」

 鼻から下だけを湯船に入れて、大量に息を吐き出して泡を生み出す。このとき、鼻から空気を吸いつつ口から吐き出すという高度なテクニックを用いることで永久機関が完成。無意味に酸素が無為に二酸化炭素に昇華されて、生み出された泡が弾けながら短い生涯を終えていく。
 さらば、アタシの口から生み出され、そして世間の荒波の前に即座に消えゆく悲しき泡共よ。

 ちょっと、ううん、ちょっちセンチメンタルになりながら、センチメンタルジャーニーに浸りながら、ジャーニーって何だろうって思いながらアタシはケータイをいじり続ける。
 あんな感じで思考を飛ばしながらも、アタシの指は、そして魂は、それと指は、あ、指って二回言っちゃったテヘペロ。ともかく、アタシの心はもうケータイにぞっこんで依存症。アタシ、あなたがいないともう生きていけないの。でも新しい機種が出たらすぐにポイ、代わりなんていくらでもいるもの。アタシ、流行りもの好きのJKですもの。捨てる立場の持ち主と、捨てられる立場の所有物の圧倒的な立場の差。なにこの勘違いから派生する不可思議な優越感。他人の犠牲の上に成り立つ快楽――!?

「やだ、ちょっと(画面が)濡れてきちゃった……」

 自分で自分に若干引きつつ、前髪から滴った水滴がケータイの画面をぽたぽた濡らす。慌ててそれを指で払おうとするんだけど、湯船に浸かってた指だから当たり前だけど余計に濡れちゃうんだよネ☆
 もーう、私ったらダメな子! あ、アタシなのに私とか一人称固まってないみたいでちょっぱず、マジで申し訳! あ、申し訳っていうのはアタシの最近のトレンドで、「申し訳ない」を最後まで言い切らないで略しちゃうみたいな感じなの。みんなも色んな場面で「申し訳!」って使ってみてね。あと、目上の人に挨拶して帰るときに「奥からサムバディ」って早口で言うと「お疲れ様です」に聞こえない? 別に意味なんてないんだけど、そして目上の人がいるときに使うなんて勇気発揮してほしくないんだけど、でもそんな無謀っていうか遊び心を忘れない大人の男の人ってどこか素敵って一般論。アタシはパス。

「んー、ん?」

 そのとき、ふと気付いたことがあったの。あ、そのときっていうのは湯船の中で体を伸ばして、こうよく漫画のワンシーンとかである湯船の中から片足をざばっと上に出してみちゃったりするちょっとセクシーさが迸るポージングをしてたとき。より具体的にいうなら、それをやってみて浴槽の底でお尻が滑ってすってんころりんしちゃいそうになっちゃったとき。本当ならそのままひっくり返ってまんぐり返し――ならぬでんぐり返しみたいな形になっちゃうはずのところ、なんだか弾力のあるものに支えられたの。
 それがひっくり返っちゃうアタシを助ける力強い支え――っていうより、ぶっちゃけちゃうとなんか濡れたゴムみたいっていうか、束ねたゴムみたいっていうか、より集めたゴムみたいっていうか、まあゴムみたいな感触で背中の産毛が文字通りにぞわりってされたの。

「――あひゃん!」

 って驚きの声を思わずあげちゃう乙女ぶりを発揮しつつ、浴槽の前の方に体を詰めてアタシは驚きもののき二十世紀。あ、もう二十一世紀だけど、とにかくもうびっくらこいちゃってリアルに驚愕。
 本当ならここで勢いに任せて振りむいちゃえばよかったんだけど、息を整えて少しだけ冷静になっちゃったりする冷静で物静かで沈着でクールでおしとやかで大和撫子で立てば芍薬座れば牡丹歩く姿はユリゲラーみたいな自分が本当に悔しくなっちゃう。
 とにかく、そんな風に一度間を開けちゃったせいで、気付いちゃった。アタシ、そういうのに敏感だから。お肌も敏感だけど、そういう勘働きみたいなところにも勘が働いちゃう性質だから。

 ゴムみたいな感触、そしてよくよく見たら浴槽の水面がちょっと上昇してる事実。なにより、さっきまでは感じられなかったアタシ以外の存在の生臭い息遣い。生臭い。ちょー生臭い。なんで今までこれを嗅ぎ逃してたのってレベルで生臭い。マジ半端ないモルボル級。アタシの後ろにいるのは生臭い息を吐き続けるゴムみたいな皮膚をもった謎の存在か、あるいはキスティス先生の二択。

「あ……」

 そこまで考えたところで、アタシ気付いちゃう。ほら、アタシそういうのに敏感だから。アレルギーいっぱい持ってるから着色料とかにも敏感なんだけど、そういう推理小説読みながら些細な伏線とかに気付いてみんなの前で言っちゃうぐらい敏感で空気読めちゃう性質だから、アタシ。

 そんなアタシの脳裏を過ったのは、最近、ちょっとツイッター上とかで噂になってるあの話。
 夜な夜な、お風呂にひとりで入っているJKを狙うというとんでも都市伝説、その名も――『風呂場クトゥルフ』。巷ではクトゥルフと風呂で遭遇とかマジレア体験アンビリーバボーってな扱いで、風呂場クトゥルフよりは『バス・ロマン』なんて洒落たネーミングでアタシだけ呼んでたりする。

 生臭い息、ゴムっぽい体。そして風呂場にいるJKであるアタシの前に、実際には後ろにだけど、現れた。これはもう、噂に聞くバス・ロマン以外の何物でもないんじゃないかしら。かしらかしら。

「そしたら、こうしちゃいられないじゃないっ」

 即座の判断でアタシは動き、持ち上げた指先をすさまじいスピードで走らせる。めるめるめるめるとボタンを押し、一回間違えて全部消してからもう一回冷静に打ち直し、レッツ・ツイート。

 ぴるぴる@jk
 お風呂に入ってたら背後に謎の気配出現なう

 この慎ましさに全アタシが土下座、そして全米がDOGEZAしちゃう。それも全裸で。
 お風呂だから、これはもう強制的に全裸で。そもそも、バス・ロマンと遭遇する条件が、夜にひとりでお風呂に入るJKってJKの部分以外は普通誰でも共通でクリアしてない? お風呂入るのは夜で、しかも大体ひとりで入るでしょ。JSかJCかJKかJDかの違いはあるにしても。

 でも今日、今宵、ディス・ナイトに不思議体験ワンダホーをしているのはアタシがJKであったから。やはりJKステータスは違った。恐いもの知らずの年頃、それがJK。JKという付加価値によって全てのモノの値段がつり上がる絶対のステータス。使い古しのパンツすら高値で取引される、それがJKという称号の魔性。そして、アタシが遭遇したのは『JK食い』の噂さえ飛び交うバス・ロマンの化身『風呂場クトゥルフ』。やだ、落ち着いて考えたらアタシって今、乙女心揺れ子ちゃんじゃない……。

「べ、別にアンタのことなんてなんとも思ってないんだからっ。これは生命に重大な危険をもたらす可能性のあるまったく人類にとって未知数の存在と接触したことによる命の危機的な意味合いでのドキドキであって、お風呂で裸のところを見られて恥ずかしがってるだなんて、ましてや相手がアンタだったらそんなに悪い気分じゃないかも……とか思ってるだなんて勘違いして調子に乗らないでよねッ」

 身をひねり、顔を背けて、熱っぽくなってる表情を相手に見せないようにしつつ牽制のジャブ。これでひとまず、相手方の出鼻をくじく形で接触をスタート。
 誘いをかける前にこれだけ一方的に拒絶されれば、さしものクトゥルフとて心に深い傷を負ったはず。心なしか背後から浴びせかけられる生臭い吐息も、さっきまでの興奮による荒いものから鬱的方向にシフトして深く長いものにテンションゲージを反映してる雰囲気が醸し出されてる。
 やだ、このぐらいの悪口で沈んじゃうなんて、彼ってけっこう純情――って、いけないいけない。アタシの中の母性本能が刺激されて、つい甘い顔しそうになっちゃうじゃない。すごい。さすがクトゥルフはすごい。百戦錬磨のJK食いだけあって、JKの弱いとこがホントにわかってるわ、これ。もうそんな緩急をきかせたすさまじい生臭さで、どれだけのJKを手玉に取ってきたのか想像もできない。でも、アタシはこれまでアンタが簡単に食ってきたような安っぽいJKとは違うの。だってアタシ、敏感だから。そういう、JKを軽く見るような、獲物を前に舌舐めずりしちゃう三流の殺し屋みたいな、風呂場で全裸のJKを背後から眺めてうなじprprみたいな邪なクトゥルフの浅ましさとかお見通しだから。簡単に心揺らされたりとかしてあげないから。

「ごめん、ちょっと言い過ぎちゃったかも。アタシ、そんなにアンタのこと嫌いじゃないよ」

 ダメだった、やっぱり無理だった。頑張った、アタシも心を鬼にしようと思って頑張ったの。頑張ったんだけど、でもこの背後から届く生臭い息の悲しげな生臭さが、どうしてもアタシの心の隙間に温かく生臭い新鮮な生臭さを差し込むから、アタシあまりの生臭さにいてもたってもいられなくて、言っちゃった。
 ダメよ、アタシ。こんなぐらいで心を揺らしてちゃ。でも、今の台詞が出ちゃったからにはプランを変更しなくちゃダメ。プランAからYまでを一気に削除。もう最後のプランZとZZとOOと『逆襲のプラン』と『閃光のプラン』しか残ってない。νプランは伊達じゃないからっ。

 内心のアタシの葛藤を余所に、背後の気配の蠢く雰囲気と生臭い吐息。なんだか、やっぱり甘い顔をしてあげたのが原因でつけ上がっちゃったみたい。こっちが気を許したみたいに感じちゃった風で、ちょっと距離が縮まったのが生臭い吐息に混じる親しみ深い生臭さから伝わってくる。この生臭さ――赤の他人だったさっきの状態から、ちょっと体に触っても冗談で済ませられる関係ぐらいにまで距離を詰めてる。やだ、後ろのクトゥルフったら強引すぎる。でも、近頃の男の子って草食系っていうから、アタシみたいな情熱を求めるJKはそういう強引さ……嫌いじゃないかもって一般論。アタシはパス。

「気安く生臭くしないでよ。アタシ、そんなに簡単に生臭くするようなJKじゃないの。申し訳っ」

 こちらへ触れてこようとするクトゥルフの生臭さに、アタシは負けじと生臭い息を吐いて応戦。もう三日ぐらい歯磨きしてないし、さしものクトゥルフも自分に匹敵する生臭さを持つアタシの拒絶にたじたじ。
 引きさがって、また開いた二人の距離。でも、アタシはそんな状態で、まだ互いに顔も見合わせていない状態だけど、言ってやる。

「アタシは安くないし、アンタのことだって特別どうとか思ってるわけじゃない。でも、それは今の話だから」

 言いながら、なんだかひどく顔が熱い。
 ずっとお風呂に入ってるから、お母さんに怒られても、ケータイを取り上げられちゃいそうになってもまだお風呂に入ってたから、ひょっとしたらのぼせてきてしまったのかもしれない。
 でも、背後の生臭さが――心細そうに、雨で濡れて洗ってない小汚い野良犬みたいな生臭さが、こぼした牛乳を拭いてそのまま洗うのを忘れた雑巾みたいな生臭さが、アタシの言葉を待ってるから、のぼせてしまってふらふらとする頭のまま、アタシはアタシの素直な言葉をツイートする。

「アタシのアンタ、こうしてまだ出会ったばっかりじゃない。これからもっと、お互いを色々と知っていって、もっともっとわかり合って、もっともっと通じ合えたらそのとき――今の、さっきの、その続きを、してあげる……かも」

 最後に言い切れないところが、アタシの捨てきれない羞恥心。どこまでもどこまでも、誤魔化し誤魔化しで茶化してしまう弱い心。でも、そんなアタシを強引に引っ張り出してほしいって、強引な男の子が気になるなんて一般論、馬鹿にしてるみたいなポーズをとってても、どこかそんなところに憧れちゃってるのを必死で隠してる、どうしようもないぐらいに乙女なJKがアタシ。
 流行りものが好きで、みんなが好きなものが好きで、だからみんなが夢中になっちゃうケータイにだってハマっちゃうし、みんなが噂してるバス・ロマンなんてロマンと出会って乙女心が揺られちゃう。
 だってだって、アタシだって、誰よりもなによりも、人生を謳歌していたい、JKですもの。

「ちょっと、アタシにばっかり喋らせて、黙ってるなんて卑怯じゃない」

 恥ずかしくなって、そしてほんの少しの勇気を出して、アタシは舌を出しながら振り返る。
 そこには、全裸のアタシと青臭くて生臭い言葉を交わした、憎くて憎めないクトゥルフが待っていてくれるはずで――それなのに、振り返ったアタシの前には、いつもと変わらないお風呂場の壁。
 狭くて、小さくて、ひとりで手足を伸ばすのも難しくて、二人でなんて入ったら窮屈で仕方ないって、そんな風に思ってしまうような小さな浴槽だけ。

 夢か幻でも、見てたの? アタシの、全部妄想だったの?

 ふと、視界がぼやける。靄が濃くなったわけじゃない。ただ、アタシの瞼にうっすらと浮かぶ涙が、アタシの視界に魔法をかけているだけ。置いてけぼりにされてしまった悲しみを、辛い現実を直視させないように、アタシの涙がアタシを守る魔法をかけてくれているだけ。

 夜に、ひとりでお風呂に入るJKの前に、そのクトゥルフは現れる。

 だから、また一人ぼっちになってしまっただけ。それだけの話。

「やだ、恥ずかしい。アタシってば、ひとりでなにを馬鹿なことを……」

 言いながら、アタシは胸に中に溜まる、生臭い感情を誤魔化すみたいに鼻をすすった。垂れそうになっていた鼻水を呑み込んで、もっともっと息を吸って――気付く。
 妄想の中の存在には決して残せない、SAN値を削るような儚げな生臭い香りに。

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 ぴるぴる@JK
 風呂場でクトゥルフと遭遇アフター

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 ツイートを完了して、アタシはケータイを音を立てて閉じる。
 目をつむり、鼻から息を吸い込めば、そこにはお風呂上がりの石鹸の香り――ではなく、消えることのない魚を素手で触ったあとに放置しておいたみたいな生臭さ。
 アタシとクトゥルフが、ほんのわずかな間だけ、温かい生臭さを交換し合った痕跡。

「あんた、お風呂入ったはずなのにずいぶん生臭いわね?」

 鼻を摘まんで、お風呂上がりのアタシを見ながらお母さんがそうやって言う。そうして唇を尖らせる癖がアタシそっくりなのに最近気付いて、やっぱり親子なんだなって思う。
 それでも、お母さんも知らない。家のお風呂場に、ついさっきまでクトゥルフがいて、一人娘のJKが危うく食べられるかSAN値崩壊の危機にあったことなんて。その名残が、この生臭さだなんて。

「お母さん、今日の晩御飯はなーに?」

「なに、あんた。ずいぶんと機嫌いいじゃない。……今日はタコのお刺身よ」

「名伏し難い感じのやつ、選んでくれた?」

「なにそれ、バカみたいなこと言ってないの」

 額をぺしりと叩かれて、アタシは「あいたー」とリアクションしながら席に着く。見れば食卓に並ぶのは透き通るように新鮮で、でもきっと口に放り込んだら生臭い海の香りを漂わせるだろうタコのお刺身。手を合わせて、「いただきます」をしてから口に運ぶ。
 柔らかな弾力はゴムに似て、口の中に漂う言い知れぬ生臭さに思わず笑みが漏れる。
 そしてその喜びはきっと、世界で今夜はアタシだけの、アタシとクトゥルフだけのものなのだ。

「ねえ、あんた」

 ふと、顔をほころばせながらお刺身を口に運ぶアタシを見て、お母さんがそう切り出す。
 なにかな、と口に箸を差し込んだまま、行儀悪くアタシは首を傾けてお母さんを見た。そして、そんなアタシを見て、お母さんは年季の入ったため息まじりに、

「働かないで食べるご飯はおいしい?」

「うん、生臭しながら食べるご飯は最高ね!」

 ――職歴なし、27歳。男性経験なし。交際経験なし。高校中退のJK(自宅警備員)アタシ。

 あーもう。
 クトゥルフでもなんでもいいから、誰かアタシを食べてお嫁さんにしてくれたらいいのに。

「なんてね♪ えへぺろ☆」


《劇臭ならぬ劇終》

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