91,昨日の敵は今日の友的なこともたまにはある
「何をやったの、エイシ」
「うん、何をやったんですか、エイシ」
「何と言われても……」
俺はグラウンドで、クラスメイトの二人に詰め寄られていた。
理由は、超強力な超初歩魔法を放ったから。
「ええと、認めてはくれたのかな」
俺が尋ねると、ミナンは少し決まり悪そうに目を逸らしつつ、無言で小さく頷いた。その様子を見て俺はほっと胸をなで下ろし、それ以上にスウがほっとした表情を見せている。
「あんな凄い威力の魔法を見たら、コネやカネなんて、言えない。間違いなく実力で上級、ううん、それ以上がある」
と、真面目な顔でじっと俺を見つめて言って、一歩詰め寄る。
「だから気になるの。どうやってそんな魔法の力を手に入れたの。基礎魔法がなぜそんなに強力なの。教えて」
無表情ながら、瞳の奥には熱がこもっている。
あんなに冷たく感じたのに。実力がある相手は認めるんだな。
「わかった。わかったから、二人ともちょっと離れて!」
俺は笑顔をこぼしながら二人を押しとどめる。
「なるほど、そういう事情だったのね」
変わらない表情で頷いたミナン。
俺は自分の魔法の威力の秘訣、すなわち能力アップや威力アップ、相手の威力ダウンなどを重ねに重ねる方法を話した。
どうやって多くのスキルを覚えたかは言わなかったが、ここに体験入学した理由も魔法について多くの種類を知らないから、それを補うためと話した。
「凄いんですね、エイシ。そんなに実力があるなんて。独学なのに。僕らも刺激を受けました」
「私も。思ったよりやるのね、エイシ」
あまり感心してなさそうな顔でミナンもスウに追従する。
不思議な感じがするが、でもまあ気持ちは伝わったというか、性格はわかったというか、うん、了解だ。
と、ミナンがすっと口を開く。
「――何かある?」
「何か?」
「色々知ろうと思ったんでしょ。だったら、知りたいこと教えてあげる」
「うん、なんでもきいてください、エイシ」
俺は二人の顔を交互に見て、思わず破顔した。
どうやら受け入れて貰えたらしい。
「ここよ。魔法の道具が売ってる売店」
「おお……」
連れてきてもらったのは、学校の中の一棟。
魔法に関する道具。魔道具や、魔力を帯びた素材、書籍から、お弁当や文房具まで色々売っている魔法の生協みたいな店だ。
ちょいちょいと、手招きするスウとミナンについていくと、奥の部屋に怪しげな葉っぱや欠片や爪やその他諸々がおいてあるスペースにたどり着いた。
「魔法の力を強く持ってるといえば、こういうもの。召喚獣に食べさせたらいいんじゃないかしら」
「これだけあれば色々試せそうだ。色々教えてもらっていい?」
ミナンがこくりと頷き、スウが口を開く。
「もちろんです。そのために一緒に来たんですから」
俺はそこに置いてあるものを教えてもらい、興味を持ったものを購入していく。火属性をもった羽、水の力を持った霊木、聖なる光が封じ込められた結晶などなど。
それらを使って何をするか?
それは、さっき図書館で読んだ本に答えがある。
召喚獣、ハナは食べた物によって進化するが、しかし最近進化しない。
その答えは、濃度にあるということがわかったのだ。
体に取り込んだ魔元素の濃度がある程度以上必要らしい。それは進化するほどより濃度が濃い必要があり、今のハナはそれなりに必要とするのだと推測できる。
濃度が問題なので、弱いモンスターや、あまり魔元素の含まれていないものをたくさん食べても進化は出来ない。というわけだ。
そこで、だ。
この店に売っているような、魔元素たっぷりな魔法に使う素材を食べさせてやればさらなる進化をできるんじゃないか、と思ったわけだ。
素材の説明を聞きながら、こういう方向性に進化したらいいなあというビジョンを浮かべつつ買っていく。
俺の理想はやっぱり、格好良くて強い奴だね。四属性魔法を操るグレーターデーモンみたいなのになってくれたらいいよね。
偉大な悪魔を従える偉大なサマナー。
いい。
「それじゃ、これ全部ください」
「こんなに買うんですか!? 結構な額になりますよ。ここに置いてある物は高価なのもありますし」
スウが驚いた顔でちょっと思いとどまるように促してくる。
だが俺は十分お金はある。パラサイト・ゴールドのおかげで。それに闘技場からも結構謝礼をもらったりもしたのだ。
「景気がいいんですね、エイシ。その魔法の腕前といい、プロの魔法使いとして精力的に活動しているのでは?」
「魔法使いというよりは冒険者とか闘士とか開拓者とか……まあ、色々と。だから今は懐に余裕あるんだ」
「やっぱり、実力があるとその活動資金も集まる物なんですね。羨ましいです。僕も魔法の研究に困らないくらい稼げるようになるよう努力しませんと」
瞳の奥に憧れを輝かせながら、スウが決意を述べる。
ミナンもだけど、ここの生徒はやる気にあふれてるなあ。自分の学生の頃を思い出すと穴に入りたくなるよ。
ま、終わった怠けを悔やんでもどうしようもなし。
今やる気を出してやればいいのさ。
そうして俺は素材をいくらか購入し、外へと出て行きながら、店内をゆっくり見まわす。
「それにしても、いろんな魔法関連のものがあるね。素材だけじゃなく、魔道具も。やっぱり魔法学校だと、そういうのも作ったりしてるの?」
「もちろん、作るのを専門にしてる部門もあるわ。そこで作ったものもここに一部おいてあるし、外部から購入してるものもある。両方」
やっぱり、魔法関連の学校というだけあって、魔道具も管轄らしい。フェリペのような魔道具職人もここで学ぶ人がいるんだろう。
あるいはここで最新の魔道具を開発をしたり。
「ここで売っているもの以外にも、むしろ売っていない魔道具の方が多い。魔法を覚えるための魔道板や、強力な魔法を封じた杖や水晶。そういったものの研究や管理も役割の一つだから」
「プローカイといったら闘技場が有名ですけど、あそこで使ってる防御システム、あれもここの研究者が開発したものなんですよ」
「え、あれが?」
俺が驚いた声をあげると、スウはにやりと笑う。ミナンも少しだけ得意げに笑っている。
「ええ。『触れざる左手』という絶対不可侵の障壁を生み出す秘宝を研究して作ったデッドコピーです。ただコピーとはいえ、そんじょそこらの魔道具とは桁違いのコストと技術が費やされていますけどね」
「秘宝まであるの? 厳重に管理されてるものだと思ってましたけど」
「もっているだけより、利用してこそ価値が生まれますから。それに、ここが秘宝の探索をすることもありますし独自に探す、冒険者に依頼することなども含めてもしています。秘宝に限らず魔道具や魔結晶など、研究開発学習で使うものを、色々なルートから入手しようとしてるわけですね」
だいぶ苦労して探した魔結晶や、苦労させられた秘宝がここには普通にあるのか。魔法学校ってすごい。
だとしたらなおさら体験入学してみてよかった。
「それは見たり触ったりは――」
「できるわけないでしょ、ただの学生が」
「ですよねー」
まあ、そりゃ研究で使う人がちゃんと申請とかしてようやく使えるってくらいだよね普通。まあデモンストレーション見るくらいなら体験入学特典でできるかもしれないし、先生に頼んでみようかな。
ちょっとレアな魔道具や魔法の素材も、おいおいチェックしよう。
今日はまず、召喚獣だ。
というわけで、早速俺達はグラウンドに再び戻った。
グラウンドにはまばらに生徒がいて、魔法の訓練をしている。
氷の壁が地面から生えたり、爆発音を響かせ杖を振りながらああでもない、こうでもないと唸っていたり、なかなか愉快な光景だ。
そんなグラウンドの片隅で、俺は召喚魔法を発動した。
「召喚……! そんなものも使えるの」
「うん。まあ、ちょっとかじってて」
「珍しいわね。これは……何?」
驚いたように目をすこーしだけ大きくしたミナンが、目をやっぱり細める。
視線の先にいるのはハナ。
現在、絶賛モップ生物中のハナである。
そりゃ怪訝に目を細めもするわ。
「俺も何かよくわからない。もじゃもじゃした何者か、としか。海藻が集まったみたいな見た目してるよね、でもいい奴だよ。それでは――と」
俺は購入した素材を布の上に並べ、ハナに示す。
「ハナ、今お腹減ってる?」
「おいしいものなら、いつでも減ってるです、ご主人」
ハナは顔を並べた素材に近づけて鼻をひくひく動かす。書籍に書いてあったように、召喚獣はなんでも食べられるというのは本当みたいだ。
「じゃあ、これ食べてみてほしいんだ。そしたら進化できるかもしれない」
「進化、です? 新しい姿で新しいものを食べるの、いいです。……お腹減ってきたです。もう食べていいです?」
「はやっ! もちろんいいよ、そのつもりで買ったんだから」
「凄くいい匂いがしてて……いただきますです!」
俺も顔を近づけてみるが、特に無臭だ。
魔元素が多く含まれている物が、召喚獣にとっては美味しくて栄養のあるものって感じられるんだな、きっと。
さて、並べてあるのは炎や氷や雷の力が入った様々な物だ。これらを栄養バランスならぬ属性バランスよく食べれば、ハナは色々な属性の力をもった――っ!?
そのときだった。
素材をガツガツと食べていたハナの体が光に包まれる。
きた!
見覚えのある光、変異だ!
光がどんどん大きく強くなっていく。
直視できないほどの強さの光がハナを包み込んだ次の瞬間――光はやみ、その中から姿を現す。
「おお――おお? これ……は?」
「なんだか、かわいらしい生き物になりましたね」
スウがほのぼのとした微笑を浮かべた。
そんな顔になるのもわかる。
だって、俺たちの前にいるのは、手足の短い四足獣、ずんぐりむっくりもこもこで、お尻の一部がアルマジロのような甲羅に覆われた、尻尾が短い動物がいたのだから。