90、魔力比べ
体験入学をすると決めたことを話したとき、ルーとリサハルナは、「ふーん」という反応だった。反応薄くない?
二人とも用があるわけでもないし、このあたりをぷらぷら観光するつもりだったという話なので、別に好きなだけ通ってくれというスタンスだ。
三人で旅してる割に結構個人プレーだなとあらためて思う。
まあ、ずっと一緒にあそこやここやにいったりして行動するのもなんだしな、各自好き放題やるのが一番よし。
そんなわけで、体験入学の期間中はここにいることになっている。
のんびり魔法について勉強させてもらいましょう。
というわけで、図書館に俺は来ていた。
「やれやれ、気むずかしい子もいるもんだなあ」
俺は本棚の前で、胸の中でつぶやきながらミナンの顔を思い浮かべる。
ボブカットの茶の髪で、背は低くいつもレースのついたスカートをはいている。手の甲に火傷のあとがあるのは、錬成術の関係じゃないかと想像している。
姿をよく思い浮かべることが出来るのは、彼女をよく見ていたからだけど、別に他意があるわけじゃなくて、彼女は錬成術師のクラスをもっていたからだ。
俺がまだもっていないクラスを有している人ということで注目していたけれど、あんまり好印象を持たれてないっぽい。
まあ、体験入学の間だけだし、そんなに困りもしないさ。
「なるほどねえ……」
声を出さずにつぶやき、ページをめくる。
魔法学校の敷地北部に図書館はある。ここには古今東西様々な魔法についての蔵書が収められていて、体験入学者でも楽しい読書タイムを過ごせる。
魔法の矢、魔法の弾、魔法の剣――魔道師が使う様々な魔法があるが、錬成術師もある意味似たような系統の魔法を使えるらしい。
魔力を粘土のように具現化させ、それから色々なものを作り出すクラフトスキルを使うことができるようだ。
弓矢や盾や剣はもちろん、松明や毒薬やガスまで、高レベルになるほど大きく(あるいは小さく)、複雑な形状と機能を有するものを作れるとか。
これは自由度が高くて覚えたら楽しそうなスキルだ。
ミナンに会えてラッキーってところだな。できれば仲良くなって教えてもらえたらもっといいんだけどね。
まあ、それはまた後で考えよう。
次は召喚獣のことが書いてある本を見つけて、読み始める。
そこには――あった!
『変異する召喚獣。
ごく稀にではあるが、召喚されたあとに姿を変える召喚獣がいる。それらは特定の条件を満たした場合に新たな獣へと変異する』
召喚獣に関する記述を見つけた。
ここにきた理由は色々あるが、これも理由の一つ。
変異する召喚獣ハナのことを調べるためだ。
最近あまり変異しないので、どうしたら変異させられるか、そしてその変異のしかたをコントロールできないかということを調べようと思ったのだ。
少し集中して内容を読んでいくことにする。
時間がたっていく。
…………。
よし。
おおよそわかった。
となると、方針は決まったな。
魔法も覚えたいが、召喚魔法もパワーアップさせたい。
どっちからやるか――召喚獣にしよう、うん。
「じゃあ、そろそろ行動開始しようか」
俺は本を棚に戻していく。
「『召喚獣の分類と特徴』。召喚術、使うのね。エイシ」
「まあ、多少は。それで調べ――って、え? ミナン?」
突然声をかけてきたのは、ボブカットの茶髪の少女。
目の奥に猛禽類のような輝きをたたえて、本のタイトルから俺の目へと視線を移す。
「いいもの見せてあげる。つきあって」
ミナンは俺の腕を強引にとり、図書館の外へ引っ張っていく。
俺は引っ張られるがままに図書館の外に出る。
なんだなんだ、と思っていたけどまあ、これはこれでいいか。
事情はわからないが、『いいもの』を見せてくれるらしい。
何を見せて貰えるのか楽しみだ。
色っぽい話では――。
俺はちらりとミナンの顔を見る。
クールではあるが、どこか嗜虐的で勝ち誇った表情をしている。
そして足取りは大股でずんずん歩いて行っている。
――なさそうだな、残念ではないけど。
いや本当、残念とか思ってないし。寄生したときにわかったミナンの腰がいいラインだからと言っても。
「ここよ!」
組んだ腕を解き放たれたのは、先日魔法力を計測して、その後も実技で何度か利用したグラウンドの一角。
木や岩が無造作に積まれている、以前テストをしたところと同じ場所だ。
そこにはスウもいた。
「本当に連れてきたんですか、ミナン」
「当たり前。スウ、離れて」
ミナンが呆れ顔のスウに手で追い払うジェスチャーをやると、積まれた石や木を調べていたスウは俺に向かって謝るように手を合わせてわきに避けていく。
「それで、何をやろうって?」
なんとなく悟りつつ、俺は尋ねる。
ミナンはおいてあるものを指さしながら魔力を高めた。
「このプローカイ魔法学校は簡単な学校じゃないわ。その中でも、上級クラスはさらに一部の選抜された生徒しかいないの。私もスウも、苦労と努力を重ねてあの教室で学べるようになった」
俺は無言で頷く。
「それなのにエイシ、あなたは体験入学中に突然入ってきた。そんなのあり得ない。あるはずがないのよ。不正したでしょ。コネか、袖の下か。それしか考えられないのよ」
犯罪者を糾弾するように、静かに、しかし力強くミナンは俺を指さす。
うーん、なんかあんまりよく思われてないというか、実力を知られてないとは感じていたけど、そう言われてしまうと困るな。
「違うよ、俺は普通に魔法を使って、そしたらあの先生――クレイン先生が上級クラスの授業を受けてみないかって――」
「そんな妄言信じるはずないじゃない。そんなに簡単に上級クラスにスカウトされるはずがない。されるほどの実力あるなら体験入学などするはずがない。すでにどこかで学んだあとのはずよ」
「いやまあ、そうじゃないこともあるというか」
「つまりこれらから導かれる結論は一つ――エイシ、あなたは実力でここにいるわけではないわ」
これで決まりとばかりに断言するミナン。
なぜ探偵風なのかという疑問はあるが、それは置いておいて。
「いや本当に違うんだけど、信じて欲しいな」
俺としてはレアな錬成術師だから仲良くしたいところではある。寄生しつつ、本人に説明も受ければより効率的だし。
それにスウと親しく話してるとチクチク刺すような視線を感じて怖いんだよね。そこも柔らかくして欲しい。
「ミナン、あんまり言うと失礼だよ。ごめんねエイシ、ミナンは思い込みが激しくて。箸が転がってもおかしいお年頃だし。それに、僕もだけど実際結構苦労したからさ、ちょっと嫉妬してるんだよ。悪い子じゃないんだけど」
「いや、大丈夫だよスウ。別に怒ってないし不快でもないよ。たしかに不審に思ってもしかたないとも思うし」
「まるで私がお子様みたいな余裕のあるやりとりされると不快。男共」
スウがフォローすると、むしろそれで沸騰したようで、ミナンの周囲に力が収束していく。
「ご託はいいわ。つまり、エイシは私達と一緒にいる資格がないということを見せつけてあげるためにここに来た。見せてあげる、私の魔法」
鋭く言ったミナンの手のひらに魔力が集中する。
その濃密さはまるで魔力が具現化しているようで――いや、違う。
これは本当に実体化している。
「これが錬成術――!」
「そうよ。目の玉かっぽじって見なさい。アルケミックジャベリン」
薄水色の塊がミナンの手に握られ、それは小型の投げやりの形をとる。
ダーツを放るような、小さなフォームで軽々とそれをミナンが放ると、投げたあとから加速し、方向を修正し、十数メートル離れたところにある木の塊に突き刺さり、真っ二つに割った。
その後も投げ槍はその場に残っている。これが魔法の矢などと違うところだ。
実際に実態のある武器として、さらにおそらく、命中力と速度に補正をかけた武器になっている。
面白い術だな、たしかにいいもの見られた。
と俺がいい気分でミナンの方に向き直ると。
どやぁ……。
というこれまで見たことのない得意満面のどや顔で俺を見ていた。
ミナンがこんな顔するなんて、予想外です、はい。
しかしなるほど、鍛錬の成果ということだな。だからこそのあの言動、そして今の顔。
だったら、俺も認められるために全力を示していくべきだな。
「どうかしら。これくらいのことは朝飯前だけど、エイシはできる? いえ、できないでしょうね――」
「できるよ」
「――え?」
「俺も同じように魔法を見せれば納得してくれるんだね」
俺が何気なく言うと、その言い方もかんに障ったのか、ミナンは顔をしかめた。
「あなた、本気で言ってるの」
「もちろん。馬鹿がつくほど真面目です」
「……言うじゃない。なら、見せてもらうわ。私より上かどうか。アルケミックシールド」
先ほどと同じように魔力が具現化する。
ただし、今度は武器ではなく盾の形をとる。
背丈よりも大きい長方形型のタワーシールドだ。
「さあ、ここにあんたの魔法を撃ってきなさい。跳ね返してあげるから」
「俺が撃っていいの? 俺が盾を作ってもいいけど」
「当たり前じゃない。強い方が防ぐ方じゃないと危ないでしょ?」
気の強い瞳が俺を見据える。
それは、心の底から自分の上位を信じて疑わない目だ。
「なるほど、それはたしかに。じゃあ、全力で防御してね、ミナン。そうじゃないと、力試しにならないから」
「自信満々ね。態度は気に入らないけれど、いいわ。やるからには全力を出すくらいの礼儀は知っている」
「よかった。それなら俺も全力でいける」
スウがはらはらした顔で俺たちを見ている前で、俺たちは魔力を練り始めた。
自分にマジックエンハンス。オンディーヌの加護。マジカルチャージ。防御貫通。自然の力――。
ミナンが作り出した盾に軟化の呪。諸共の法――。
補助効果を重ねに重ねる。
その上で魔力を指先に集中する。
相手が全力でというのなら、こちらもそれが礼儀だ。
「いくよ。俺が使うのは魔法の矢だ」
「それ、魔道師の初歩の初歩の魔法よね。そんなもので?」
「うん。慣れてる方がいい」
ミナンはやっぱりその程度しか使えないのかという勝ち誇った顔をする。
その直後、俺は約束どおり全力の矢を放った。
一瞬の静寂。
石が砕ける音が大きくグラウンドに響きわたった。
さっきまで盾があった空間から、ミナンのまん丸な目が覗いていた。
矢は盾の端を砕き削り、ミナンの顔の横をすり抜け、背後にあった大岩――俺が少し穴を開けていた岩を粉砕した。
「――え?」
瞬きを数度したミナンが、砕けた盾を放心したように撫で、こわれかけたロボットみたいに振り返り、砕けた岩を見る。
そして俺の方に目を向け、もう一度瞬き。
スウもまったく同じように視線を動かし、瞬き。
ミナンが盾をその場に取り落とし、彷徨うような足取りで近づいてくる。
「な、に。なんなの、あんた」
「なんなの、と言われても困るけど。普通の体験入学者?」
「嘘よー!」
ミナンの叫びがグラウンドに響いた。