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87,入学への道

 都市プローカイの道ばた。

 先日の剣士との戦いで顔が売れてしまった俺は闘技場から逃げだしていた。

 だが、一人だけ、俺を捕まえた者がいた。それは。


「闘士エイシさんに、頼みたいことがあるんです」


 ベレー帽のような帽子をかぶったあどけなさが残る、しかし目にはは決意がにじむ少年。

 俺をじっと見つめている。


 えっと、闘士エイシって、俺だよな。

 一応闘士として登録もしてるし。

 その俺に頼みたいことって――ちょっぴり面倒臭そうな予感が――。


 聞きたくないなーとはいえ少年の頼みを頭ごなしに聞かないのも冷たすぎるかなーと思いつつどうするか考えていると、すぐに立ち去らないでいることを了解の意志と受け取ったらしく、話を始めた。


「先日の闘い、見ました。何が起きてるのか僕にはわからないくらい、凄い闘いでした」

「あ、それは、どうもありがとう」

「実は僕、魔法使いになりたいんです」

「へえ、そうなんだ」

「はい。それで、ご存じかもしれませんが、この町には魔法学校があります。このあたりでは結構有名なところで、魔法を学ぶならここが一番いいんです」


 魔法学校。

 あー、あれか。

 調査してるときに宣伝してたな。

 なるほど、あの学校に行きたいのか。


「でも僕は、恥ずかしながら魔法が今はまだあまり得意ではないのです。あの学校は、有名なところですから、入学するにもかなりの実力が求められます」

「へえ、そうなんだ。でも、結構必死で生徒を集めてそうな感じだったけどな」

「はい。とにかく幅広く人に集まって貰い、そこから厳選するという方式でハイレベルな生徒をそろえることにしているんです。ですから声はかけられるけれど、あっさり落とされるという人が非常に多いのです」


 へー、それはなかなか無情なやり方だ。

 ほいほいついていくと、期待外れな結果に終わっちゃうわけね。なんというトラップ。心の傷製造機。


「そして、僕の実力では入れないんです。ですが、独学で魔法の勉強をするのは大変で、いつになったら資格を得られるか、わかりません。でも、早く始めた方が絶対に実力はつくはずなんです」


 そこまで言うと、あらためてぐっと少年は拳を握った。

 そして声を低く、重くし。


「そんなとき、見たことのない魔法を使いこなし、有名闘士ですらかなわなかった男をやっつけるエイシさんの姿を見たんです。そのとき、思いました」


 そこで俺はぴんときた。

 いや、来るのが遅すぎる気もするが。


「つまり、君は、俺に――」

「はい、魔法を教えて欲しいんです! お願いします!」


 直角に腰を曲げて礼をする少年。

 俺はその前で微妙な表情をして、頭を上げるのを待つ。

 しばらくして少年が顔を上げ、こちらの返事を期待するように目を見つめてくる。


「正直なところ、はっきりいって無理です、ごめん」

「そ、そんな。図々しいとは思いますし、突然だとは思います。でも、本当に他にどうしていいか思い浮かばなくて――」


 とそのとき、俺は路地を歩いている人がこちらをちらちら見ながらすれ違っていくことに気付いた。

 結構大きい声で遠慮無く話していたから、注目を受けてしまうのも当然か。

 しかしあまり人が集まるのも困るので、俺は手招きして裏通りを抜けて、植物が多めの広場に場所を返した。

 これはこれで怪しいシチュエーションである。


「やらないわけじゃないんだ、無理なんだ。本当に」


 ともあれ気を取り直して言い直すと、少年は不思議そうに首をかしげる。


「君、クラスって知ってる?」

「あ、はい。知ってますもちろん。僕は魔法使いのクラスではないことも。でも、魔法はある程度体系化されていて、クラス以外のやり方でも身につけることはできるので、実際魔法学校でもそういう風に覚えるやり方を教えられるので、だからそれを――」

「まあまあ落ち着いて。そこが問題なんだよ」

「そこが?」

「うん。僕はクラスのレベルが上がることでしか魔法を覚えたことがないんだ。だから、教えようがないんだ。知らないから」


 俺の言葉を聞いた少年は目を見開く。 

 相当驚いているな、しかし事実だからしかたない。面倒とか以前にそもそも俺も教え方がわからない。


「そ、そんなわけありませんよ。多様な種類の魔法を使っていました、そんなの普通クラスだけじゃ身につかないはずです。たとえ魔法使いでも」

「でも、実際にそうなんだ。嘘をついてると思うかもしれないけど」

「あ、いえ、そんなつもりでは……」


 ばつのわるそうな表情になる少年だが、次の瞬間はっとした表情になる。


「まさか、マルチクラス? そうなんですか!?」

「まあ、実は。なんのクラスかは企業秘密だけど」

「凄い! 凄いですよ! そんな人滅多にいないのに。やっぱりエイシさんは凄いですね! ……っと、すいません。はしゃいでしまいました。ですが、そうですか。そういうことなら、僕とは最初から次元が違うんですね。教えを請おうなんて甘かったです」


 はしゃいだと思ったら一瞬で沈下してしまった。

 結構喜怒哀楽激しいタイプなのかもしれない、実は。

 しかし、ちょっとかわいそうだな。

 なんとかできればいいけど。俺にはできないが。


「そうだ、これは提案なんだけどさ」

「はい?」

「俺は何も出来ないのはどうしようもないけど、体験入学してみればいいんじゃない? 募集してたからさ、そこで――」

「だ、だめですよ。僕みたいな人が言ったら、皆から笑われます」

「別に生徒じゃないんだから大丈夫でしょ」

「体験するにも最低限のレベルというものが」

「そう? その間に、図書館に通ったり、生徒とか先生に図々しく教えを乞うとか、色々やって、記録しておいて、いる間も体験が終わった後もガッツリ訓練すれば、一人で悶々としてるよりいいと思ったんだけどな」


 だが、俺の自称ナイスアイデアに、少年は首を激しく振る。

 

「僕には無理です。もしかしたら自分が行きたい学校の中で、何もできない無能な奴って思われてしまうかもしれない。いえ、きっと思われます。そんなの、先のことを考えたら、とても。想像しただけで辛いです」


 なるほどねえ。

 まあ、たしかにまわりは出来る奴ばっかりで、自分はダメダメってのは辛いだろうな。合理的にはいい方法だとしても心情的には。


「そうか。まあ、それならしかたないか。別に一人で地道にやってもいいし、そもそも魔法使いにならなくっても人生なんとかなるだろうし、あまり思い詰めないで学校にこだわらなければいいんじゃないかな。失敗するのって、結構きついしね。やりたいことがあるからって、何も失敗してまでやらなくてもいいと思うよ」


 その瞬間、少年がこっちを睨み付けるように見た。

 顔を赤くし、汗がにじんでいる。


「エイシさん……さすが、厳しいですね」

「はい?」

「闘技場で、ぎりぎりの闘いをしている人から見たら、そうですよね。僕が気にしてることなんて、舐めてるのかって感じですよね。その程度で。命をかけて戦っているのに」

「え?」

「エイシさんの言うとおりです。魔法使いになりたいなんて言って、失敗も恥も罵倒も全部嫌だなんて覚悟がたりないですよね。僕の覚悟はその程度かというメッセージ、本当にその通りだと思います。僕は、やっぱり甘かったんだと思います。大変なことをやろうとしているのに、大変な思いはしたくないなんて。その上、忙しい他人にその大変さを押しつけようだなんて。申し訳ありませんでした!」


 そして再び直角に腰を曲げる少年。

 ええと。


 なんだか俺が、嫌味を言ったように受け取られてないかな、これ。

 本心で別にこだわらなくても簡単なことやればいいと思ったんだけど、発破をかけたような感じに。

 たしかにそうともとれる言い方だったけど。


 ……。

 ……。


「うん、そうだね。その方がいい。できるかどうかはわからないけど、とにかくやってみるといいよ。やらなきゃ成功しないんだから、失敗しても損はないさ」

「はい! わかりました! 目が覚めました!」


 よし、なんかちょっといいこと言った感じに乗っかれた。

 丸く収まってよかったよかった。

 ……でも、そうだな。

 それなら、俺も――。


 気合いを入れ、魔法学校の方を睨んでいる少年の肩を指で叩く。

 振り返った少年に向かって、俺は口を開いた。


「それならさ、逆に俺の方から教えて欲しいことがあるんだ――」


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