D,Uターンは人数を増やして
「あなたは……フェリペ様。お久しぶりです。ご機嫌いかがですか」
フェリペを認めたアリーが、丁寧に礼をする。
アリーは軽く会釈をしつつ早口で返答をする。
「機嫌はあんまりよくないな。人を探しに来たのに、いつまでも見つからない」
「それは大変ですね。ネマンの方なら、もしかしたら私が助けになれるかもしれませんが、よろしければ――」
「いや、ネマンの奴じゃない。ここに来てるかと思ったんだが、いないようだ。というかあんたも知ってるだろ、あいつだよ、エイシだ」
アリーは瞬きを数度する。
「エイシ様ですか? ここにもう来ていると?」
「こっちの方面にいるだろうと思ってきたんだが、会わないままここまで来たんだよ。どこをほっつき歩いてるんだか」
フェリペは拳を鳴らす。
さすがに長々と探し続けても見つからず、イライラが募りつつあった。
「そうなのですか、それは遙々と大変だったでしょう。どこかで行き違いになってしまったのかもしれませんね」
「ああ、俺もその可能性に思い至ったところだ。いくらなんでもここより先に行くはずはないと思うからな。途中で気付かず追い抜いたのかもしれない。ったく、面倒な。こっちは魔道具の材料を探したいってのに」
「魔道具の。でしたら、ここにもいくらかありますよ。鉱山から産出される鉱物の中には、魔元素を多く含む物もありますから」
「ああ。そういえばネマンはそうか。たしかに、手ぶらで引き返すのもなんだな。この辺りに来ることも滅多にないし、ちょっと見てみるのも悪くなさそうだな。教えてくれたて助かる」
「いえいえ、お役に立てたなら嬉しいです」
アリーが笑顔で返したとき。
「お? お姉ちゃん、誰それ、知り合い?」
高い声にフェリペは目を向け、アリーが振り返る。
そこには群青色の髪の少女が、にぃっと笑っていた。
「ココ。もういいんですか兄様の授業は」
「うん、よーやく終わったよ。あー疲れた。知り合いその人?」
「ええ。フェリペ様です。伯父様のいらっしゃるローレルで魔道具職人をなさっている方です」
「フェリペだ。お前は、ココというのか?」
フェリペがぶっきらぼうな、自己紹介と言っていいのか微妙な自己紹介をすると、ココはフェリペに近づき、無遠慮に顔をじっと見つめる。
それから足から頭の先まで値踏みするような視線を向けると、小さく数度頷いた。
「へえ、結構いい線いってるじゃん。お姉ちゃん、冒険好きとかいいながらちゃっかり別の冒険もしてるとかやるね~」
「なっ、何言ってるんですかココ。フェリペ様に失礼ですよ」
「えー、そういうんじゃないの? やけに一生懸命話してたじゃない。ローレルで、かなりやる男と一緒に冒険してて楽しかったって。それじゃないの? お姉ちゃんみたいに職人兼冒険者みたいな」
「冒険したのはエイシ様ですよ」
「なんだエイシって奴といい仲なのか」
「いい……って、違います、そういうのではなくて、なんというか、仲間というか、尊敬というか、あのその」
アリーはしどろもどろにココに言い訳をしているが、ココはもうまともに聞いてはいなくて、フェリペに目を向けている。
フェリペは呆れたように姉妹のやりとりを見ていた。
「お姉ちゃんがお熱なのはどんな奴かと思ったけど、残念。でもフェリペも結構悪くないと思うよ。なんなら私とちょっとつきあってあげようか」
しなを作ってフェリペに身を寄せるココだが、フェリペは顔色を変えずに、即答した。
「悪いがそんな時間はない。俺はそのエイシに会おうとここに来たんだ。だがいないから、少しばかりここで用を済ませたら、また探しに行く」
ココは少し不満げにしつつも、すぐにまた笑みを浮かべた。
ころころ表情の変わる変な奴だなとフェリペがため息をつくと、冷静さを取り戻したアリーが、ココの手を握っていた。
「ココ、いい加減にしてください。そろそろ怒りますよ」
「ちょ、お姉ちゃんそんなまじにならないでよ、冗談だから冗談。……ところで、お母さんからの話はなんだって?」
「ああ、またネマンを発つつもりだと話していたので、それについてです。どれくらいで帰る予定か、どこに行く予定か、などのことを尋ねられたのです」
「それで、オッケーな感じ?」
「ええ。それで、必要なものをそろえようと、買い物に出たところなのです。わがまま言って申し訳ないのですが、家は頼みますね」
「まー、別にお姉ちゃんいてもいなくてもたいしてかわらないから大丈夫よ」
「それも少し切ないですが……」
アリーが表情を暗くする。
と、ココが背中をぽんぽんと慰めるように叩きながら言った。
「あはは、そんなにマジにとらないでよ、結構当てにされてるんだから。お兄ちゃんなんか、ネマンの冒険者ギルドに結構色々頼んでるんだよ。小言結構言ってる割にね。何かやるとき、冒険者の手を借りると便利なときがあるんだけど、お姉ちゃんがよく働いてるから、そのおかげでスムーズにいってるの」
「そんなことを。スアマン兄様はさすが抜け目がありませんね。お役に立てているならよかったです――あっ」
と、そのときアリーがフェリペの方に慌てて振りかえった。
そして深々と頭を下げる。
「申し訳ありません、フェリペ様の前で、内々の話を長々と」
「いや、別に俺が特別はなしたいことがあるわけじゃないからいいんだが。冒険者ギルドの場所、教えて貰ってもいいか? あと魔道具の素材になりそうなものが売ってる場所。アリーでもココでもいいから」
フェリペからすれば、実際どっちでもいいことだった。
そんなに話したいわけでもない。貴族の生活に興味があるわけでもないから。ただ、コールの親族ということもあり、悪くは思ってはいなかった。
「んじゃ、二人で案内したげる。嬉しいでしょ、両手に花で」
「いや、別に」
「なんだと!? 生意気な。強がって格好つけちゃって」
「なんで俺がそんなこと。自信過剰な子供だな」
「あー、何その言いぐさ。そっちこそちょとばかり顔がいいからって、調子乗ってるでしょー」
ココがフェリペに詰め寄ろうとする――のを、間にアリーが割って入った。
往来の真ん中から、そして二人を端っこの方へと誘導していく。
「フェリペ様、私も用意が終わったらローレル方面へと行こうと思っていたのです」
「エイシに会うためか?」
「い、いえ、そういうわけではない……こともないのですが、ええ、何はともあれ、プローカイあたりに行ってみてはいかがでしょうか? あの町はかなり大きいですし、長く滞在する可能性もあると思います」
「プローカイか……そうだな。そうしよう」
「でしたら、お互いこの町での用事が終わりましたら、ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ。問題ない。二人で探す方が早いだろうからな」
そうしてフェリペとアリーはプローカイへと向かうことにした。
ココが納得している二人に向かい、腕を組みながら言う。
「ふうん。二人とも探してるって、なかなか面白そうな奴じゃない、エイシって。私も一度顔みたくなっちゃった」
「でしたら、ココも一緒に来ますか?」
「えー、面倒だからパス。お姉ちゃん、そいつに会ったらうちに来いって伝えておいて。ココちゃんが会ってやるって言ってるって」
ヒラヒラと手を振りながら、不遜なことを言うココの態度に肩を落とすアリー。
フェリペは思う。
どうやらこの二人はいつもこんな調子なのだろう。二人一緒に旅についてきたら、相当面倒臭そうだから、ココが待っていてよかったと。
気が変わる前にさっさと買い物をすませてエイシを探しに行こうと。
――そして、フェリペとアリーはネマンでの用事を済ませ。
プローカイ行きの馬車に乗り込んだ。
今度こそ、エイシと合流するために。