86、勝利は彼の手に
魔力を集中し、魔法の矢の雨を俺は放った。
それは、作り出した部屋いっぱいに広がり、降り注ぎ、水面に無数の波紋を作り出し、そして――。
「ぐっ!」
「いった……ぁ!」
イサクザと俺にも矢は等しく降り注いだ。
両方の肌を貫き、ダメージを与える。
なるべくまっすぐ立ち、頭と首を護っているが、それでもダメージは免れない。
それは、相手も同じことで、いくつもの傷を受けている。
「貴様、なんのつもりだ――!」
「言ったよね、イサクザを倒す方法がわかったって。これが答えだよ。これなら、さすがのあなたにも回避できないでしょ」
マジックアローレイン。
それは、広範囲に威力の低い魔法の矢を振らせる魔法。
そして今俺たちがいるのは、俺のスキルで限定され部屋となった空間。
つまり、逃げる場所はどこにもない。
俺にも、敵にも。
「どんなに素早く動けると言っても、さすがに降る雨をかわすことはできないみたいだね。俺は普通に切ったり撃ったりであなたに攻撃を当てることは出来ない。でも、どこにいても必ず当たる攻撃なら、当たるんだ。俺にもだけど。くらえ、二発目!」
再び魔法の矢の雨を降らす。
光がスキルで作り出された半透明の部屋の天井で弾け、すきまなく降り注ぐ。
「くっ! 正気か、貴様! お前自身もダメージを負っているんだぞ!」
「もちろん、承知の上。もし俺の上だけ矢が来ないようにしたら、俺を押しのけてイサクザにそこに居座られるだろうからね。やるなら徹底的に、だ」
そしてさらにマジックアローレインを撃つ。
威力は控えめでも、何発も受けるとダメージはかなり蓄積してくる。
俺も、そしてイサクザも色々な場所から血を流していた。
よし、予告どおりイサクザに血を見せてやることが出来た。イサクザ自身の血を。
「っとぉ! やられはしないよ!」
「はぁぁ!」
傷つく前にとイサクザが俺に向かってくる。
だが俺は落ち着いて対処する。
防御に徹すれば、防げることは実証済みだ。
そして、かすかな合間にさらに矢の雨を降らす。
「くっ!」
「だんだん楽になってきたよ。元気なときでも防げたんだから、ダメージを負えばなおさらだよね。そっちの方がダメージを負っているんだから」
俺は痛みを感じさせないように強がりながら、そう言い放った。
そう、剣士の特徴。それは機動力と攻撃力に優れるが、耐久力はそんなにないこと。回避が命のタイプなのだ。
一方で俺は多くのクラスをバランスよくとっているから、能力値もバランスよく、耐久力もそこそこある。
つまり、回避ができない前提なら俺の方が攻撃に耐えられるということになる。同じだけの攻撃を受けたとしても。
どうやら、イサクザもそれに気付いたらしい。
だからこそ、俺を倒そうとしてきたのだ。
「馬鹿な、いかれてるぞ貴様――エイシ!」
「いや、正常だよ。俺は痛いのも嫌だし、楽に勝ちたいんだ。そして考えた結果、これが一番痛くなくて楽だって結論になった。痛みをゼロに出来ないなら、最小にするのは当然だよ」
そして、相手の攻撃を防ぎながら、さらにアローレインを打ち込んでいく。
そして、ついに。
「がっ――」
イサクザが膝をついた。
水が跳ね、顔にかかる。
倒れながら、かろうじて俺に顔を向けて、口を開いた。
「よく、こんな真似を――なぜこんなことが、できる?」
「――計算だよ。単純な、攻撃と耐久力の」
「……ふっ、強い、な」
そして、イサクザは気を失った。
同時に俺も部屋を作っていたスキルを解除する。
水が音を立ててコロシアムのグラウンドに広がっていくと、まずハルエロ、続いてスタッフが駆けつけてきた。
そして観客席からルーが飛び降りてくるのが見えた。お見事な軽やかなジャンプだ。
「大丈夫!? エイシ君!」
「うん、心配ないよ。ちゃんと計算どおり、俺の方が彼より軽い怪我ですんでるから」
「無茶しすぎだよ。いくら勝てるからって、そんな自爆みたいなこと――」
ハルエロは言葉に詰まり、涙を浮かべて鼻をすすった。
それを見てると、無事でよかったという気持ちと、俺がやったからだというちょっとばかり誇らしい気持ちが湧いてくる。
そしてスタッフに、イサクザを拘束して治療をして閉じ込めておくようお願いして、俺も治療室へと向かうことにした。
「エイシ! やるじゃん!」
と興奮した声をあげたのは、ルー。
よろよろ歩く俺の肩に手をポンと乗せる。
「あんなクソ強そうな奴に勝つなんて、しかもそんなぼろぼろになるような戦法をとれるなんて、根性あるねぇ! 見直した!」
「それはどーも。でも、二度とやりたくないけどね、こんな勝ち方」
「ええー! それはもったいない! 血で血を洗う戦いって感じですっごく熱くなったのに」
「そんな凶悪な戦いやりたくないわ!」
ルーの手をぺいっと払いのけ睨み付けると、ルーがうへへと笑う。
「あはは、ごめんごめん冗談よ。元気そうで安心した」
口元に笑みを浮かべるルー。
なんというか、ルーの顔を見ると安心感がある、こっちも。
……無事だったんだ、よかった。
と今更ながら勝利を噛みしめていると――
ドン! ドン!
太鼓の大きな音がコロシアムに響きわたる。
「勝者! 闘士エイシ!」
拡声機能のある魔道具で、闘技の司会が高らかに宣言した。
それと同時にコロシアム中から割れんばかりの歓声が巻き起こる。
圧倒的だった。
グラウンドで感じる空気の震えがこんなに大きいとは。
驚きの表情を浮かべている俺に、ルーが胸を拳で押してくる。
「ナイス勝利、おめでとう」
「……ああ、ありがとう」
そして俺たちは、歓声に見送られながら、闘場をあとにしていく。
「ジャクローサ、仇はとったよ」
「なんかそれ……僕が死んだみたいだよ」
と、つっこみを入れられたのは、関係者が屋内から観戦できる部屋にいたジャクローサ。
驚異的な回復力で、包帯こそしているものの、もう自由に動けるほどになっている。
「君はやっぱり本気だと凄く強いんだね。驚いたよ」
「いやー、そうでもないよ。実力は完全にあっちの方が上だったし。あれこれ小賢しい手を使ってさらに特攻戦法でなんとかだから」
「ううん。そういうことを考えつくのがその……本当の強さなんだと思う。そうじゃないと、力が下の相手にしか勝てないから。僕も見習わないとね」
ジャクローサは何かを決意するような顔で、小さく頷く。
一つを突き詰めるのも強いとは思うけどねー。でも幅広い状況に一人で対応するなら色々出来た方がいいのかな。パーティ組んでやるなら、各々は一極集中が効率いいものだけど。
「まあやる気出すのはいいけど、怪我治してからにしよう」
「うん。その時はまた……一緒に訓練して教えてくれるかな?」
「もちろん。俺も教わることあるしね」
ジャクローサは俺の言葉を聞くと、微かに微笑んだ。
「闘士同士の友情か、仇をとれてよかったじゃないか」
「リサハルナさんもここで見てたんですね」
同じ部屋にリサハルナもいたのだ。
闘技に向けて待機していたのだが、騒ぎを聞いてここに来てたらしい。
「すっかり人気者になったようだな。今回の戦いで多くの観客が見ほれたんじゃないか。謎の乱入者がトップ闘士ですら勝てない相手を倒したんだ」
リサハルナはおかしそうに笑うけど、笑い事じゃないって。
俺は戦うつもりもないし、そんな風に注目されたくもないんだけどなあ。
「おや、嫌そうな顔をしてるね」
「おや、じゃないですよ。なんとなく俺の性格わかりますよね?」
「いやあ、わからないな。人気の闘士になれて、闘士としては羨ましい限りさ」
くつくつと笑うリサハルナ。
絶対わかってるわこの人。
まあ、目立つのはともかく、これで安心して闘技を見られるようになってよかったってとこかな。
どんなモンスターよりもやばい人間がいるってのは驚きだったけど。人間の可能性は俺が思っているよりも凄いらしい。
ってことは、パラサイトの可能性も広がるってことだな。
「リサハルナ闘士、今後の予定ですが――」
入ってきたのは、コロシアムのスタッフ。
そうだ、まだリサハルナの試合がある。
なにはともあれ、今はリサハルナの応援をするとしようか。
ハプニングが起きたものの、残る試合は行われた。
乱入されたハルエロの試合の扱いだが、結論としては勝者無しで、もう一つの準決勝が決勝戦とするということになったのだ。
さすがに予定どおり試合を行うことはできず、日をあらためてだが。
ハルエロの対戦相手はイサクザにやられて戦える状況じゃない。
となるとハルエロの不戦勝になるところだったが、乱入者とはいえ、完膚なきまでにやられる姿を見せた自分が決勝で戦っても冷えるとハルエロは譲らず辞退。
そうして、まさかの俺が戦えばいいんじゃないか的な話になりかけたのだが、さすがにいくらなんでも一回戦とか予選をやってないのにそれはまずいだろうということになり、準決勝のもう一試合を決勝とすることにしたのだ。
肝心の結果だが、残念ながらリサハルナの敗北に終わった。さすが相手も準決勝まで残った闘士ということだろう。
噂の剣を手に入れることはできずじまいだが、まあ別に普通の剣なんだから入手できなくても困りはしない。
賞金は結構出たので、リサハルナがごちそうしてくれました。
それからしばらく後、俺はコロシアムにいた。
ジャクローサがもう傷が癒えたらしく、リハビリがてら闘技をするというので見に来たのだ。
結果は文句なしの勝利。回復したようでよかった。
……と思っていると。
「おいあれ、あいつじゃないか?」
「ん? あ、本当、この前乱入してハルエロちゃんを助けてた」
ざわざわ、と俺の周囲が怪しく騒がしくなる。
まずい……これはまずい流れだ……帽子を深く被って、マフラーっぽく布をまいてるんだけど、この前のことがあるから静かに見るために。でもこれは……。
「絶対そうだ! あの、ちょっといいですか! 話を!」
「サイン書いてくれよ! あ、私物でもいいぜ!」
たちまちまわりに騒ぎは伝染し、俺のまわりに人垣が出来そうになる。
まずい!
「すいません、ちょっとこれから急用ができてしまったので!」
言いながら全速力で人の間を抜けて、コロシアムを脱出する。
なんとか気付いた人をまいて、コロシアムの裏通りに言ってほっと息をついた。
「はー、こりゃちょっと心安らかに観戦ってのはしばらくできなさそうだ。やれやれだよ本当やれやれ」
全身完全に覆面でもすれば普段どおりに暮らせるかなあなどと思いつつ、路地を宿へ向かって俺は歩き出した。
「あの! お願いがあるんです!」
と、そんな俺を呼び止める声が突然聞こえた。
振り返った俺の目に映るのは、ベレー帽のような帽子をかぶったあどけなさが残る、しかし目は決意がにじむ少年の姿。
「闘士エイシさんに、頼みたいことがあるんです」