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85,インステージ

「いいぞ、いいぞエイシ。その粘り、すぐに終わったのではつまらないからな。だが、もう少し攻めてくれないか? 攻めなきゃ俺に血を流させることはできないぞ?」


 闘技場でのイサクザとの戦い、その中で生まれた一瞬の間に、世界最強の剣士イサクザは俺を煽ってくる。

 にやにやと唇の端をめくり上げるような笑みは、見ていると余裕で見下してるようで嫌な感じだ。


「残念だけど、すぐに終わるよ」

「おいおい、もう根を上げるのか? 若い者は根性がないって言われるぞ?」

「事実だから言い返せないな。でも、根性はなくてもイサクザ、あなたには勝てる」


 イサクザは「ほう?」と目を細める。


「明らかに押しているのは俺だが、不思議な自信だ。奥の手を隠し持ってるなら、大歓迎だが、早く出してくれないか、欠伸をかく前に」


 ずいぶんと余裕のある台詞だ。

 まあ、たしかにここまでの試合運びを見る限りでは、そんなに余裕になるのもわからないではない。


「ねえ、エイシ君。ひいた方が――このままじゃ本当にやられちゃうよ」


 と声をかけてきたのは、離れたところで見ているハルエロ。

 それと同時に、客席からの声も聞こえてくる。


 おいおい、大丈夫かよ。

 威勢よく乱入した割にたいしたことねえな。

 やっぱり一対一じゃ無理だ、コロシアムの有名闘士ですらやられる相手なんだ。

 

 うーん、最初に比べてずいぶん世知辛い声が増えた気がする。

 まあここまでの展開じゃ仕方ないか。


「逃げても悪くない、相手は世界で一番強いって言われるような人なんだから」

「大丈夫だよ、もう筋道は立ったから。それに――」


 ハルエロに告げると、俺は前へと進む。

 イサクザに近づき、剣の切っ先をイサクザの方へと向けた。


「本当に強いね、イサクザは。正直、俺が今までやりあった個人としては人間もモンスターも入れて一番強い――でも、俺は負けないよ」

「ほう? 根拠は?」

「俺は一人じゃないからだ」

「はぁ?」


 俺の言葉を聞いたイサクザは露骨に怪訝な表情を浮かべる。

 だが俺は続ける。


「言ってる意味がわからないか? お前は個人として最強かも知れないが、個人でしかない。でも俺には、今までに出会ってきた大勢の人の力がついている!」


 ふっ、決まった。


 ……嘘は言っていません。

 ものは言いようなのである。


「はあ――」


 イサクザは、俺の言葉を聞くと露骨に失望したような表情を浮かべる。

 首を振り、いらつきのまじる声で続ける。


「何かと思えば、言うに事欠いてそのような精神論か。くだらん。そんな気持ちで勝てるなら誰も朝から晩まで鍛錬など積みはしない。そういう甘いことを言ってた奴がどれだけ俺に切られてきたか教えてやる」

「精神論? 違うね、俺の場合は事実だ。スキル【閉ざされたステージ】!」


 刹那、周囲がふっと暗くなった。

 十メートル四方程度の半透明の壁が俺とイサクザをコロシアムの中に隔離していた。これはパラサイトとダンサーの複合スキルで、部屋を作るという効果がある。


 同時に地形適応:部屋が発動。

 全ての能力が2割ほど上昇し、さらに体力魔力の自動回復もつく強力な補正。

 これが部屋を作る大きなメリットの一つだ。


 キン、と軽い音がする。

 イサクザが怪訝な顔で壁に切りつけていた。


「なるほど、どうやら内側からも外側からも出入りできない結界のようなものを作ったのか。奇っ怪なスキルを使えるんだな、エイシよ」

「ああ。これで遠慮なくあんたと戦える」

「まわりへの被害を気にせずとでもいうのか?」

「いいや。あんたを外へ逃がさないってことさ」

「何?」


 ぴくりと、イサクザの眉が持ち上がった瞬間、俺は声を上げる。


「力を示せ、オンディーヌ!」


 同時に大量の水が俺の足下からわき出した。

 水の精霊の精霊魔法はどこかの湖と繋がっているかのように、次々と水を増やしていく。

 っと、こんなもんが限界か。

 くるぶしの少し上くらいの高さまで水が溜まり、魔法はやんだ。

 ただ水を出すだけとはいえ、量が多いとかなり消耗する。

 今や作り出した部屋は水浸しになっていた。


「貴様、まさかこれが狙い――」


 そう。部屋を作ったのは、水を溜められるようにするためでもある。そして、水を溜めたわけは――。


 イサクザがかすかに急いだように攻撃を仕掛けてくる。

 俺はそれをこれまでと同じように受けつつ身を翻し避けるが――今回は、避け切れた。

 胸を袈裟斬りに狙ってきた刃は俺の剣で軌道を逸らされ、俺の脇の下をすり抜けるように軌跡を描く。


 同時に俺は間合いをとり、離れたところで魔法の矢を撃つ。

 素早い行動だが、イサクザは魔法の矢を回避し、もう一度攻撃を仕掛けてくる。今度は首への突き。

 だが俺は体幹を動かしその攻撃もぎりぎりで回避する。


 ――よっしゃ、避けられた!


 思わず口元が緩む。

 一方、イサクザの口元は歪む。


「俺はこの通り、逃げられる」

「一度や二度で何を言う!」


 向かってくるイサクザに、魔力弾を撃ち込む。

 イサクザは身をひねって回避し、ワンテンポ遅れた攻撃を放つが、それも俺は紙一重だが回避することが出来た。

 さらに、逃げながら隙を見て少しずつ【癒しの手】のスキルで傷を癒す。

 またオンディーヌのウォーターカッターや魔法の矢も狙っていく。


 それらはヒットはしなかったが、しかし確実にイサクザの攻撃の手を鈍らせる要員にはなり、俺は攻撃を回避し続けていた。


 狙いどおりだ。


「ちぃ、こしゃくな真似を!」


 イサクザが歯がみする。 

 攻めあぐねているためイライラしているようだ。

 それでいて、俺の方から攻めていかないこともそれに拍車をかけている。攻撃を防いでいる方より、攻撃しているのに当てられない方がイライラ度は上、よくわかる。


「イライラさせて悪いけど、それもあなたが強いからだ、仕方ない。むしろ、ここまでやらなきゃいけないことに驚いてるよ」

「うそぶきおって――!」

「冗談じゃない。本当に、個の力としては最大級だと思う。そのスピードもテクニックも、とてもじゃないけど俺には対応できないレベルだ。でも、俺には色々な力がある。それを使えば――」


 自己強化スキル。

 呪術のような敵の弱体スキル。

 それだけでは足りなかった。

 だからそこに、俺と相手を同じく妨害するスキルを使った。

 それがこの、地面に水を溜める方法。


 戦っていてわかった。

 相手の複雑な動きも素早い動きも、その起点は足下にあることに。

 精妙な足運びこそが剣技の一番根っこを支えている。

 ならば、そこを阻害することが出来れば相手を大幅に弱体化できる。


 水の抵抗っていうのは結構ばかにならない大きさだ、たとえ足の一部までだとしても。俺も移動中かなり思うようにならない感じはある。

 そういう意味ではお互い両方が弱体化している。

 だが、足を使った機動力が最も重要な戦闘の術である剣士イサクザと、剣以外に色々なスキルを使って戦う俺ではそのマイナスの大きさが異なる。

 言うまでもなく、イサクザの方が影響を大きく受ける。


 その上で、俺は防御に徹すればいい一方で、イサクザは攻める方だ。しかもカウンターに注意しつつ攻める方と防御だけを考える方では防御側が当然有利。

 スポーツでも守りを固めてカウンターを狙うのが、格上を倒すのによく使われる常套手段。実力差を埋める戦い方だ。


 これらの結果、手も足もできず嬲られるだけだった俺が、今では完全に攻撃をシャットアウトできている。


 まさに、皆の力(寄生して得た色々な力)があってはじめて可能になったことだな。

 嘘偽りなく、一人の力じゃないからこそ戦えている。


 それにしても、これだけ色々やらなきゃ対抗できないってのは恐ろしいけどね。

 俺は色々なクラスと色々なスキルを身につけているけど、剣士という一つを究めることが、これほどの力になるとは、クラスの可能性はまだまだ広いな。


「くっ、皆の力などという甘い言葉は吐かないでくれないか」

「事実その通りだから仕方がない。色々できることが、俺の強み。これで、あなたに易々と倒されずにはすむようになった」


 俺はイサクザをじっと見る。

 イサクザは忌々しげに、鈍る足下の動きを確かめている。


「そして、次の攻撃であなたを倒す」

「調子に――!」

「スキル【マジックアローレイン】」



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