84,闘士エイシ
次の一撃は、シールドを破りハルエロの肉体に直にダメージを与えるのが間違いない。
闘技場に血が流れることになるのは間違いない。
その予感に一瞬静まりかえる観客席。
そして剣が振り下ろされる――より先に、一筋の光の矢が観客席から剣士の手元をめがけて飛来した。
「なに?」
剣士は素早く反応し、剣で矢を切り払う。
さすがというべきか、この程度じゃ不意打ちも出来ないらしいね。だったら――。
「なんで、今のは! どういうつもりだ!」
観客席に向かって声をあげる剣士の前に、俺は飛び出ていった。
即座に剣を抜き、ハルエロをかばうように前に立ち。
「エイシ君!? なんで」
「危ないところだったから。それだけ単純」
「危ないところだった……って、それじゃ今度はエイシ君が危ないよ!」
ハルエロは心配した顔で言う。
剣士も怪訝な顔で俺を見て、観客席からは困惑のざわめきが聞こえてくる。
「誰だあいつ」
「ハルエロですらやられてるのを見てなかったのか」
「熱烈なファンじゃない?」
などとあれこれ好きなように言ってくれてる。
そして剣士は、冷たい声で。
「俺は弱い者には興味はない。蛮勇なら消えろ」
「そんな冷たいこと言わずに、相手して欲しいな。少しは興味もってもらえると思うんだ、俺でも。ハルエロ、安全なところまで下がっててくれないかな」
ハルエロは不安げながら、すり足で下がっていく。
俺はそれを確認しつつ、スピードエンハンスやブーストなど各種スキルを発動。
そして、剣を鋭く横一文字に振るった。
闘技場内のざわめきが一瞬で静まる。
剣士の仮面に、真っ直ぐな亀裂が入り。
ぱたんと、音を立て、仮面が地面に落ちた。
その裏に控えしは、見覚えのある顔。
そう、やはり、あの川辺と闘技場であった男だったのだ。
仮面とともに頬が薄く切れ、じんわりと赤くにじんでいる。
「そんなに血が見たいなら、好きなだけ見るといいさ。自分の血をね」
剣士は頬に手を当て、仮面がなくなったことと自分の血を確認すると,少し驚いたように目を大きくした。
そしてその手を舐めると、目を嬉しそうに細め、俺に向けてきた。
「くくく、まさかお前が一番の当たりだったとはなあ。人は見かけによらないということか。あるいはそれこそが見かけどおりか?」
どっと闘技場内から歓声が上がった。
やっちまえー!
なんだあいつ!
謎の戦士だ、謎の戦士がハルエロを助けに乱入した!
彼はたしか闘士として登録している――だが一度も戦ったところを見たことはないな。何者なんだ。
色々な声が聞こえてくるが、それらは混じり合い、巨大なうねりとなっている。観客席はあたかも大きな試合の時のような熱狂に包まれていた。
その様子を見て、剣士はにやりと笑う。
「俺だけじゃないだろう。好きなのは。『見るだけ』なら血を好きな奴は結構いるもんさ。自分が流す度胸はないみたいだがな。お前はあるか?」
「ないね。流すのはそっちだけだ」
強がってみせると、声を殺した笑いを剣士が見せる。
「いい度胸だ。それに、度胸だけじゃないな、さっきの太刀筋は。少し甘く見ていたよ。最高の闘士でもこの程度ならとね。いやあ……楽しみだねえ」
剣士は剣を正眼に構えなおした。
一瞬にして、空気の温度が下がったような感覚が俺の体を包み込む。
これは――予想以上だな。
凄まじい圧力を感じながら、俺も気合いを入れ直すと、声が聞こえてくる。
「この人、イサクザだよ」
それはハルエロが背後から声をかけてきたのだった。
その声は剣士にも届いていて、剣士がハルエロに言った。
「ほう。知っていたか、闘士の娘」
「もちろんだよ。かつてAランク冒険者だったが、あるとき姿を消したって話」
「名乗る手間が省けたか。お前は強いようだから、教えておこうと思ったのだが。その通り。冒険者ギルドは、魔物とばかり戦うのには飽きてね」
「人間を切ろうと思ったっていうのか」
剣士イサクザはなんのためらいもなく頷く。
とんでもないやつだ。
しかし冒険者ランクAか……これは相当強いだろうな。しかも、こいつにやられた人の中にランクA冒険者がいたくらいだし、その中でもトップクラスに違いない。
「ハルエロ、この人って結構有名なんだ?」
「同じ剣士、だからかな。私の剣術道場の先生が言ってたことがあるんだ。著名な剣士として。世界最強の剣士、と言ってた」
「世界最強?」
ちらっと、前に注意を向けたまま一瞬後ろに目をやる。
ハルエロは頷いている。
まじですか。
世界最強って。
「ふっ……最強でないことを祈って、こうして戦っているわけだ。存外つまらないものだぞ、手応えのある相手と戦えないというのは」
イサクザは皮肉っぽく言うと、俺をにらみつけてきた。
失望させるな、と言っているように。
ふう。
どうやら、本気で強敵らしい。
結構頑張らないとダメっぽいな。
「そっか。じゃあ、行くよ!」
タンと地面を蹴り、強化した速度で先ほどと同じように攻撃をしかける。
が、今度は当たらなかった。小さな動きで切っ先を見切り、イサクザが剣を振る。
だが俺も予想してなかったわけじゃない。
盾の呪文の準備をしていたので、それを展開――って!
バチバチと火花を散らし、盾が抉られていく。
このままじゃ切断される――気付いた俺は素早く身をひねって、回避を試み、それは盾が剣速を緩めていたおかげで成功した。
そのままいったん間合いをとり、離れる。
自分の息が乱れていることがわかった。
これは本物だ。
噂だけじゃないな、この力。
切っ先の速度は、かわしきれるようには思えない。何かしらで減速でもさせなければ厳しいだろう。
それに、身のこなしも素早――い!?
現状を分析している間に、今度はイサクザの方から攻めてきた。
凄まじい速度で接近してきた後は、複雑な歩法で間合いをはかり、鋭い一閃が放たれる。
「くっ!」
同様にして回避しようとしたが、間に合わずあばらを刃がかすめる。
深くは切り込まれなかったけれど、くぅ、痛いな。
さらに二の太刀が放たれる。
それは一撃目ほどの速度ではないが、それでも俺がこれまで見たことのない速度で、そう、剣を振る音が後から聞こえてくるほどの。
盾の魔法は砕けている最中で、俺は同時使用はできないため、それでは防げない。ぎりぎり剣で受け止めるが、勢いに吹き飛ばされ、肩に刃が食い込んだ。
飛ばされながら、魔法盾は解除し、魔法の矢を放つ。
が、それらもことごとく回避されていく。
あまりにも速すぎる。
剣士というだけあって、動きも剣もとにかく速い。
いったいクラスレベルはどれだけあるのか、パラサイトしたくてもさせてもらえない。
正々堂々戦いましょうとかなんとかいって、握手してはじめればよかった、なんて思っても後の祭り。いいアイディアってのはたいてい後から浮かぶんだよな。
「必勝パターンに持ち込むしかないか」
俺は呪術を発動した。
相手が自分より速いなら、自分と同じくらいまで遅くなってもらおう。
そうすれば、戦える。
「来たな――って!」
まだ速いんですけど!?
たしかに遅くはなった。
でも、それでも俺と同じくらいにはなってないというか、俺より速い。それに単に速いだけならまだしも、動きが読めない。
複雑な歩法が幻惑してくる。
魔法に関してはさほど強くはないらしく、致命傷を負わない程度には戦えているが、しかし戦いが続くにつれ厳しくなってきた。
足や腕に攻撃を受け、だんだんと俺の方も動きが鈍りつつある。
魔物に比べて、動きの複雑さが全然違うというのも俺にとっては厳しい要素だ。単純なら力や速度があってもある程度対処できるのだが。
一瞬、互いに呼吸を見計らう瞬間が訪れる。
俺と世界最強の剣士とやらは、互いに見合う。
さて、どうするエイシ。
珍しく力押しじゃ厳しい相手だ。
何か策を――。
俺は剣の切っ先より素早く頭を回転させ、そして。
「なるほど、わかった」
身につけたものをフルに使えば、突破できないことはないな。
次の一手で、決めさせてもらう。