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83,乱入剣

「やあ、応援に来てくれたのか、ありがとう」

「はい。まあ、ここまで来て新たに言うことなんてありませんけどね。とにかく頑張って下さい」

「私が保証してあげる、リサハルナが勝つってね。……そういえば、なんでこの大会出てたんだっけ?」


 リサハルナの待機部屋へと応援に来た、俺とルーが声をかけると、リサハルナは笑顔でこたえる。

 闘士の控え室はそこそこ広く、軽いアップくらいならできるようになっていて、飲み物や食べ物もあり、本なんかもあり普通にここで快適に暮らせそうないい感じ空間になっている。


 今日の二試合目なので時間もあるからか、リサハルナはリラックスしている。

 ……いや、単にそういう性格なだけか、直前でもこの人は変わらないだろう。


 鷹揚に椅子に腰掛けるリサハルナに別れを告げ、俺達は控え室をあとにし、一試合目を見に行く。

 と、その途中で思い出し、ルーに先に行ってもらい途中にハルエロの控え室へと向かった。


 控え室をノックすると、「どうぞどうぞー」といつもの明るい声が聞こえる。


「あ、エイシ君! 来てくれたんだ」

「いよいよ準決勝だしね、応援に。ハルエロはもう闘技なんて慣れてると思うけど、せっかくだし応援させてよ」


 ハルエロはぱたぱたと駆け寄ってくると、両手で俺の手を取り、笑いながら首をふった。


「そんなことないよ。やっぱり緊張するし、来てくれて嬉しい。闘技も見てくれるんだよね?」

「もちろん。そっちでも応援するよ」

「うん! そう言ってもらえてよかった。見てもらってれば、百人力だよ」


 ハルエロは力こぶを作るような動作をする。

 そんなに喜んでもらえるなら、来たかいもあるってもんだな。

 と、その時俺は気付いた。顔になんか白い粉というか軟膏っぽいものがついてることに。

 俺が指摘すると、ハルエロは頬に広げて舌をぺろりと出した。


「お肌をつやさらにしとかないとね。見栄えするように」

「ずいぶん用意周到なことで」

「大事なんだからこういうのも! ファンの皆に格好悪い姿はさらせないからね! あ、でもちょっとお化粧失敗して愛嬌があるっていうのもいいかな……? どう思う? そういう路線」

「どうでもいいと思う」

「酷い!」


 身体をのけ反らせるハルエロ。いつもながら、リアクションが大きくて面白い。


「ふふ、冗談。それじゃ、頑張ってね」

「うん。ありがとう、エイシ君。来てくれてよかった。ちょっと不安だったからさ、例の事件のこととか。でも、見ててくれるなら安心だよ。ちゃんと見ててね」


 少しだけ目の奥に不安げな色を見た理由がわかった。

 明るく振る舞ってても、やっぱり恐さがないわけじゃない。当然か。

 でも応援してる人がいるから、それを出さないようにしてるんだな。見上げたプロ根性、少しくらいは見習わないとかな。


「わかった。それじゃ!」


 そして俺は観客席へと向かった。


「おそーい! ほらほら、もう始まるぞ、ほい焼き肉串」


 観客席ではルーが確保していた最前列の席に座っていて、食べ物を食べていた。傍らにはコップに入った果実酒もある。馴染みすぎだろこいつ。


「うまい」

「でしょでしょ、通い続けて見つけたのさ」


 どうやらいくつものところから購入し、一番うまい屋台を発見したようだ。もはやプロといってもいいだろう。

 戦の女神とかになった方がいいんじゃないだろうか。いや食の女神か。


 さすがに観客も多く、ざわめきも熱気も大きい。

 その圧力を感じていると、やがて太鼓の大きな音が響き渡った。


 そして、一瞬の静寂の後に沸き上がる歓声。

 ハルエロが入場してきたのだ。


 いつものように、笑顔で手を振りながら曲刀を閃かせる。

 たしか対戦相手はローブの魔道師。さて、どうなるか――あれ?


 対戦相手が続いて入場してきた。

 だが、それはローブの魔道師ではない。 


 腰に剣を差し、軽装で、仮面を被った男。

 それは、ジャクローサの証言と同じ姿。

 直後、その男が入って来た扉が勢いよく開き、スタッフらしき人が入ってくる。


「そいつは! 闘士達をやった奴――ぐあっ!」

「興を削ぐことを言うなよ。これからやり合おうってときによぉ」


 ナイフを鋭く投げ、スタッフの腿に刺さる。

 一緒に入ってきたスタッフが、慌てて助けようとするのを、冷笑して男はハルエロの方へ歩いて行く。


「そいつは! アレック選手を切り伏せ、静止するスタッフを振り払い! ハルエロ選手と戦おうとしてるんだ! 避難して下さい、ハルエロ選手!」


 助けつつスタッフが叫ぶ。

 声が聞こえていた前の方の観客から困惑の声があがり、ハルエロも戸惑いの表情を見せる。


 なんとなく、話が見えてきたかもしれない。

 つまり、闘技場でも強者と言われるハルエロと戦うために、無理矢理自分が対戦相手の座についたってわけだ。

 なんて危ない奴。

 こんな奴からはさっさと逃げた方がいい――と思ったのと裏原に、ハルエロは剣を両手に構えた。


「ほー、やる気か、お姉ちゃん。嬉しいねえ」

「付き合ってあげようって思ったんじゃないよ。あなたのような人は、捕まえないと皆が安心できない。だから、私がやる。あなたが、ジャクローサ君やケーネさんもやったんでしょ」

「ああ、そうだ。そしてあんたもな。食わせてもらう」

「私は負けない。特にここなら」


 と、ハルエロはぐるっと観客席を見回す。

 そして、大きなよく通る声を張り上げた。


「みんなー! こいつがコロシアムの闘士達を傷つけた悪い奴だよー! 乱入してきて、私もやっつけようってことみたい。でも大丈夫、私は負けないから。返討ちにして、平和なコロシアムを取り戻す! だから皆、心配しないで落ち着いて!」


 コロシアム内のざわめきの種類が変わった。

 それまでの困惑から、ハルエロを応援するための大音声に。


 それを確認し、安心した顔を見せたハルエロは、深呼吸をすると表情を一変、乱入者へ向き直った。

 乱入者は噛み殺したように笑う。


「くくっ、そうかい。たしかにここならちょうどいい。ぬるま湯に浸かった奴らに、本当の闘争ってもんを見せてやれる。赤い赤い血を、見せてくれよ!」


 男はくつくつと笑うと、待ちきれないというように駆け出す。

 ハルエロも同時にかけていく。


 そして、剣戟が交錯した。


 次の瞬間。


「うわっ、凄い減ってる!」


 ルーの言葉の通りのことが起きた。

 ハルエロが装着している障壁のシステム、その耐久残量を示す、つまり正規の勝負での勝敗を決める残量表示が、一気に1/4ほども削れたのだ。

 つまり、本来ならかなりの深手を追っていた。

 一方の男の方は、特に何の表示もない。

 もしシステムを本来の対戦者から奪っていれば、それが代わりに表示されるはず。

 だが、それがないということは、にもかかわらず無傷ということは、本当に今のやり取りで傷を負わなかったのだ。


「これまでのことは、まぐれじゃないみたいだな」


 俺の呟きは、歓声にかき消される。

 ハルエロ、気をつけて。


「くくっ、貴様は、俺とやりあう資格はあるようだな」


 刺客は嗤う。

 ハルエロは、険しい表情で、二刀を構え直す。


「偉そうだよね、あなたって。資格というなら、あなたこそ本当ならここに立つ資格なんてないはずだよ」

「ははっ、たしかに、こんなお遊戯会の会場に立つのは似合わないかもしれないな」

「ずいぶんないいようだね」

「ふんっ、事実だ。俺が戦ってきた相手は確かに強かった。ここのコロシアムの闘士はな。だが、一歩俺に及ばなかった。それは力のせいだと思うか?」


 問い掛けるような剣撃がハルエロを襲う。ハルエロは華麗なステップと、剣を使った受け流しで攻撃を次々防いでいく。


「それ以外に何かあるっていうの!」

「大ありさ」


 瞬間、本当に一瞬で、男はハルエロに間合いをつめ、剣を振り抜いた。

 障壁の残量が一気に半分ほど減り、警告を伝える赤色に変化する。


「血を流すことを覚悟してない剣が、俺に届くはずがないだろう? 最初から戦いへの意識が違うんだ。命のやり取りをするつもりがなかった。殺し殺される快感もなく戦っているうちに、牙の使い方を忘れてるんだよ」


 いつもなら試合終了となり、ハルエロの負けが宣言される状況。障壁が弱まり、これ以上続けるのが危険だとされる状況。

 だが、剣士は止まるはずもなく。

 剣を高々と振り上げた。



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