82,準決勝
冒険者ギルドのハルエロファンクラブは心配しているだけで特に役にはたたなかったので、俺とルーは自分の足での情報収集を再開した。
今度向かうのは……あ。
「噂をすればってやつか。ハルエロ!」
「わぁ、エイシ君! どうしたの、私の顔をまじまじ見てさ」
「別にー、なんでもあーりません」
とルーがにやりと笑いながら目を逸らす。
ハルエロは不思議そうに首を傾げた。
「まあ、たいしたことじゃないんだけどさ。今実は、例の辻斬りを探してるんだ。それで――」
と、今までの成果(成果が特にないという成果)を話した。
ハルエロは大きく頷くと、俺の両肩にぐっと手を乗せる。
「なんだか信じられないよ、私と同じことしてたなんて。私もなんだ。ファンの人たちも闘士の人たちもたくさんここにはいる。そういう人を私が守らないとね。いつも元気もらってる分。一緒に頑張ろ!」
ハルエロが差し出してきた手を、俺とルーは握り返す。
そして三人で共同戦線をはることになった。
「なるほど、わかりましたよ。学校もダメ、冒険者ギルドもダメだったんだね。そうなれば、もう頼るべき方は決まりっ」
ハルエロは俺とルーを先導して歩きながらどこかを目指している。俺達が尋ねると、「ふっふっふ、どこでしょうか?」と楽しげに謎かけをしてくる。
ルーがあれこれ答えているが、ブッブー不正解ーとあしらわれている。俺が言うのもなんだけど結構暢気だね君ら。特にハルエロは狙われる可能性もあるのに。
「正解は、ここです。彼らに話を聞きましょう」
と、二人の後をついて行っているとハルエロが足を止めた。
それは、町の広場の一つで、ハルエロが声をかけたのは芸人だった。旅芸人や人形繰り、音楽家や詩人などに声をかけ、情報を収集するのが狙いだったのだ。
そして、その狙いは大当たりだった。
旅をしている吟遊詩人が、まさに辻斬りらしき情報を持っていたのだ。
それによると、この近くを拠点にしている盗賊団が最近壊滅したらしい。それをやったのが、一人の剣士だという。
その剣士は、強い者を切り伏せることを楽しみにしているようで、盗賊団の頭の実力を耳にして挑んだという。
たった一人で盗賊を潰すってなかなかにおかしい発想している。
やっぱりヤバい奴みたいだな。
「とはいえ、まだ断定はできないな」
「うん。怪しいけれど、もしかしたら別の線もあるかもしれないし――ジャクローサが襲われたところに行ってみようか」
そして俺達は、決定的な証拠を掴むために、何度か訪れた河辺へと向かった。ジャクローサはあの日もここでトレーニングを行なっていただろうし、何かあるかもしれない。
河辺に着いた俺達は、手分けして河辺に探りを入れはじめた。
石をどけてみたりしつつ、何かないかと探す。
が、見つかるのは岩陰から慌てて逃げる小蟹くらいで、それらしいなにかは見つからない。
「ないねえ、エイシ君」
ハルエロが声をかけてきた。俺は頷き、首を振る。
「だね、やっぱりそう簡単に見つかるはずないか。まあ、正体がわかっても、どこにいるかがわからなければ、結局どうしようもないけど」
「そこが問題だよ。でも顔がわかってれば少しは警戒もできるし、無駄じゃないよ。私のファンも守らないとね」
「むしろハルエロ自身が一番身を守らないとダメなんじゃないか。狙われてる人を見るかぎりだと」
「全然平気だよっ、私は鍛えてるから」
ハルエロはにこっと笑う。
が、その目の奥には微かに不安の色があることに俺は気付いた。
当然だろう、ジャクローサやケーネも相当の実力者だったが、彼らも敗北しているのだから、ハルエロも大丈夫という保障はない。
「そう。でも俺も、なるべくハルエロをそいつから護れるようにするよ。ファンの一人として」
ハルエロは、目を丸くしたかと思うと、うんと頷いた。
「ありがとう、エイシ君。今度、闘技するときも見に来てね。私は見てくれれば、それだけで頑張れるから」
「うん、ここからは盛り上がるところだからね」
いよいよベスト8、一番いいところだ。
そして、一番強い者が残っているところでもある。
二重の意味で、注目する必要がある。
そう決めて、さらに探索を続けつつ、俺は自分のスキルを確かめる。危ない奴に会ったときのために。
【リジェネレーション】自然治癒力を常に高めるスキル。
【魔法防御アップ】魔法防御力が常に高まるスキル。
どちらもパラディンで覚えた最近使えるようになったスキルだ。パラディンは、こういうシンプルに耐久を高める物が多い。
さらにもう一つ、【閉ざされたステージ】。
これを発動したときは、使ってみると、周囲がふっと暗くなった。
十メートル四方程度の半透明の壁が俺の周囲を覆っていた。
これはパラサイトとダンサーの複合スキル。初のパラサイトの複合スキルだが、あったんだな。全然ないからパラサイトは孤独なのかと思っていた。
効果は、部屋を作るというもののようだ。
内側からも外側からも出入りできない結界みたいなもので、これのいいところはパラサイトで覚えた部屋の中限定の強化スキルが発動できること。
使い所なさそうだったけど、これはいいね。
ま、色々覚えたし、何かあってもきっと大丈夫さ。
油断だけはしないようにしないとだけど――と思った、その時だった。
突然、川の中からモンスターが飛び出てきたのだ。
それは、身体が鱗と鰭に覆われた暗緑色の魚人。鋭い爪を持っていて、猫背の姿勢は力を溜めているように見える。
「なんか出た!」
「モンスター!? こんなところに!?」
三匹の魚人のうち一匹が、爪先から水を高速で噴射する。
ギリギリで身を躱したが、俺の服をかすめたそれは、岩に辺り、かすかに抉る。
ウォーターカッターって奴か。
水圧が大きければ、水でも刃や弾丸のようになるという。
「でも、この程度なら!」
俺が向かっていくと同時に、ハルエロやルーもモンスターへと突撃する。爪の攻撃を防ぎながら、一撃のもとに切り伏せ、三匹の魚人は川の中に溶けるように沈んでいった。
「なんだったんだ、このモンスター」
俺が呟くと、ハルエロが答える。
「今のは、ゾンビサハギン。アンデッドの水棲モンスターだよ、あたしも戦ったことあるから知ってるけど、こんなところに出たのは初めて見たなあ」
「へえ、サハギンのアンデッド。そんなものもいるのか」
ハルエロから詳しく聞くと、たまーにこの川にもモンスターが出るらしいけれど、こんなのはいないらしい。
辻斬りやらモンスターやら、なんか凄いタイミングでプローカイに来てしまったりしてないだろうか、俺達。
なんて間が悪い。ある意味間がいいとも言うかもしれないけど。
変な奴が色々いるんだな。
――そのときだった。俺はふと思い出したのは。
変な奴って言えば、この河辺で会ったよな、変な剣士。
結構な腕前っぽくて、戦うのも好きそうで、っていくらなんでもそれだけで決めつけるのは酷いか。
でも闘技場でもう一度あったときには、血が流れない勝負なんてぬるいみたいなこと言ってたし、危なそうな香りはしてた。
……といっても、やっぱり憶測でしかないな。
これで犯人だって決めつけたら冤罪の可能性しかない。
でも、もしもう一度見かけたら、少し注意はしておこう。その程度の警戒ならしてもバチは当たらないはずだ。
そう決意して、俺はハルエロとルーにも一応情報を話し、町に戻った。
しかし結局、決定的な手がかりは見つからないまま時は過ぎ、ついに決勝トーナメントは始まった。
リサハルナも、ハルエロも無事に初戦を突破し、次戦も突破。
本当に優勝が見えてきた準決勝まで、異変は起きなかった。
もしやあの辻斬りは思い過ごしで、闘士を無差別に狙っているということが間違いだったのかもしれない。
たまたま闘士だっただけで、別の目的があってそれはすでに達成されたとか。
とにかく杞憂だったのかなあと思いながら、俺は準決勝の応援へとコロシアムへ向かう。
コロシアム前の広場にいる人々も、すでに戦いの興奮の前にそういったことは忘れているように見える。
せっかくだし、心配しすぎても仕方ない、俺も楽しもう。
そう思いながら、俺は熱気渦巻くコロシアムへと立ち入った。