79,学校と大道芸
コロシアムにて。
俺とルーは観客席から観戦のスタンバイを完了させた。
いよいよリサハルナとその相手が入場してきたところだ。
「やっちゃえー! リサハルナー!」
ルーは手を高々と振り上げ叫んでいる。
リサハルナさん頑張れー、と俺も胸の内で言いつつ、闘技が始まるのを待つ。
リサハルナと対戦相手の棍棒使いが見合い、そして太鼓の音がたからかに鳴り響いた。
リサハルナがゆっくりとした歩みで無造作に歩みを詰めていく。
一方の対戦相手も棍棒を振り上げながら、じりじりと間合いを詰める。
先に攻撃を仕掛けたのは棍棒を持った戦士だった。リーチが長い分、近づいてくるリサハルナに機先を制する。
リサハルナは棍棒を赤い結晶でコーティングされた両手で真正面から受け止めると、スカートをふわっとさせながら正面から蹴り飛ばした。
驚いたままの顔で、戦士が吹き飛ぶ。
わっと歓声が上がる。
それは興奮と驚愕が交じったもので、うん、そりゃ武器を素手で受け止めてヤクザキックをたたき込む村人Aみたいなスカートはいた人が見たら驚くだろうな。
だが棍棒の戦士もさすがで、一撃で勝負がつくということはなかった。ルーキーの予想外の力を認め、より慎重に戦いをはじめると、試合は一進一退の攻防となる。
互いに攻撃を当てたり受け止めたりしながら、元々の性格か真正面からの殴り合いという感じで迫力がある。
ルーも「やれー! そこっ! ああ、惜しい!」とヒートアップしている。結構脳筋だな、リサハルナの戦い方って。ヴァンパイアらしい術とか戦闘では全然使わず、モンスターのパワーでいってるスタイル。でもそれが迫力あっていい感じ。
「ぬるいな――」
その声は、やかましい歓声の中で、ぼそりとしたつぶやきだがたしかに俺の耳に残った。何気なくちらりと目をやると、そこには見覚えのある顔が。
「あ、この前の――」
「よう、また会ったな」
それは、河原で訓練中に道を聞いてきた男だった。
どうやら言っていたとおりコロシアムに来ていたらしい。
「まずは礼を言っておく。あんたと一緒にいた奴のおかげで無事につけて、街の近くにもいくつかいい場所を見つけられた」
「それは、どういたしまして……ところでぬるいって、この勝負が?」
「ああ、聞こえてたか」
「はい。全然ハイペースの正面衝突で迫力あると思うけどなあ」
と俺が言うと、男はかみ殺したように笑う。
「ああ、ああ、わかってる。それが今時の流行だってんだろう。だが見てみろよ、かすり傷の一つもおっちゃいない。あんなのが真の闘いか? 興奮できないな、あれじゃあなんでもできちまう。迫力はあるが、やるかやられるか、その緊張感がない闘いは所詮薄っぺらだ」
男は薄ら笑いと失望があわさったような表情で、闘いを眺めている。なるほどたしかに、そういう見方もあるかも知れない。
昔は普通に戦ってたというし、一般的には今の方が受けているとしても一歩間違えば怪我の緊張感のある闘いが好きな通もいるというのは納得できる。
「そういう人もいるんだろうね。でも一般だとあんまり血とかスプラッタなのよりは健全で迫力ある方がいいんじゃないかなやっぱり」
「やれやれ。嘆かわしいな。本当の闘いってものを追い求める奴はいないのか。私が教えてやりたいところだ。力はある奴がたくさんいるというのに、もったいないことをしていることだ」
結構バイオレンスな人だな――あ。
「やったー! リサハルナやるう!」
とそのとき、ルーの歓声があがる。
リサハルナの攻撃がクリティカルヒットし、相手のシールドが規定値を下回ったのだ。
勝負終了の太鼓が鳴りひびく。
それと同時に男はもう興味はないとばかりに去って行った。
いろんな人がいるんだなあと思いつつ、俺は勝利したリサハルナに目を向けるのだった。
「やるねーリサハルナ」
「ありがとう、ルー。やはり太陽の下で体を思い切り動かすと気分がいいものだ」
汗を拭きながら爽やかにドリンクを飲むリサハルナ。
吸血鬼にあるまじき台詞だな、おい。一応昼は多少弱体化するらしいけど、リサハルナに言わせると夜に強化スキルがかかるらしい。
同じような気がするが、昼に弱いだと情けないが夜に強いだと凄そうだから、そっちの方がいいと言っていた。割と適当な性格である。知ってた。
「これなら特別戦でもいいところまで行けるかもしれませんね」
「そうだな。だが気持ちよく正々堂々戦えればそれで十分だ」
「スポーツマンシップにあふれすぎですよ」
などと話しつつ、俺たちは宿へと戻った。
さて、帰ったもののどうしようかと考え、俺は宿の外に出る。
そういえば、訓練とかコロシアムとか言ってたけど、地味にまだ町中を見ることがあまりなかったなあとふと思い出した。
一番の名物はコロシアムとはいえ、他の所もせっかくだし見ておきたいし、今日はその辺ぷらぷらしてみるか。
適当に歩き、適当な飯屋に入ってみる。
そこで薦められたのは山菜のような野菜をふんだんに使った料理。聞くところによるとこれが名物らしい。
血なまぐさい名物がある割に、結構食べ物はヘルシーだ。
とりあえず薦められた山菜定食を食べてみると、たしかにうまい。絶妙な苦みがいい味出してる。山菜のコロッケとかかなり斬新な味だった。
食事処をでると。
「あ、リサハルナさん」
「おや、エイシ君も来ていたのか。どうやら入った場所は違うみたいだが。これから町をぷらぷらするつもりだろう」
「わかります?」
リサハルナは深々と頷いた。
やっぱり、そういうところ似てると思う。
「ああ。君も私と同じで暇人だからね。せっかくだし一緒に行こうか」
「そうですね。いいところ教えてください、来たこともあるんですよね?」
「さすがに80年前とは町並みは違うと思うだろうが」
「古っ!」
さすが吸血鬼……となるとさすがにもう全然違うし、適当にまわることにした。
「ほう、魔力で動く人形か」
「それに細工ものもあわせて売ってますね。両方とも、魔力がこめられてるみたいなのかな」
通りに布を広げて、デモンストレーションをしながら商品を売っている商人がいる。膝ぐらいの背のからくり人形は、糸もないのに布の上をくるくると忙しなく歩き回ったり、腕を回したり。
ただのからくりではこんな複雑な動きは無理だろうし、魔法で動いているんだろう。あわせてマッチくらいの火を簡単におこせる指輪とか、火を使わないランプとかも売っている。
それからまた少し歩くと、蔦が壁にはっている大きな建物があった。コロシアムほどではないが目立つその建物を見ていると、足を止めてリサハルナもそちらに目を向ける。
「ほう、なかなか趣があるな。植物を這わすのはいいね。実際試すと虫が湧きやすくなるという難点があるのだが」
「詳しいですね、もしかしてやったことがあるとか」
「ああ。無論。ところであれはなんの建物だろう?」
「いや、俺もわからないですけど、なんの建物でしょう」
「あれは学校だよ」
「へえ、学校かー……って、その声は」
突然聞こえた第三者の声に振り向くと、そこにはだぼんとしたズボンをはいたボブカットの笑顔の女の姿があった。
「ハルエロちゃん、偶然だね」
「うん、久しぶり……じゃないけどね。エイシくん、覚えてくれてて嬉しいよー」
ハルエロはがっしりと俺の手を取って握りしめる。
うおう……柔らかい。生きててよかった。
「一緒にいるのは、リサハルナさん、だっけ? 同じ闘士だよね、ちらっと見たよ」
「ああ。君も有名な闘士だったな。よろしく頼む」
「うん。私がちょっと先輩だからなんでも聞いてね! バッチリ答えるから!」
ニコニコと笑顔でリサハルナとも握手をするハルエロ。癒される笑顔だなあ、元気が出るよ。俺も愛想よくする練習した方がいいかな。あんまり人付き合いの経験豊富じゃないし。
「じゃあ聞くけど、あの学校ってどんな学校?」
「魔道学校だよ。魔道師育成してるところ。ここは結構魔道師育成も力入れてるから、歴史もあるみたい、狭き門らしいよ」
「へえ、それで魔道具とか魔法の人形とかがあったのかな」
「うん、それもお土産とかおもちゃとかで有名だねぇ。コロシアムで観光客も多いから大道芸とかもあるよ。ほら」
ハルエロが指さした方を見ると、中国ゴマのようなものを空高く放り上げている男のまわりに人が集まっていた。
おひねりも結構集まっているようだ。
「私もちょっとならできるんだ、ほらほら見て見て」
ハルエロは曲刀とナイフを取り出すと、ひょいひょいとお手玉のように空中に放り投げてキャッチを繰り返す。
「ってそれマジモンの剣じゃないの!? 危ないって!」
あれって普通は刃のない見た目だけのナイフとか剣でやるんじゃないか!? 本物でやったら腕が何本あっても足りないだろう。
という俺の心配をよそに、ハルエロはさらに高く剣を投げ上げていく。
「大丈夫大丈夫、私は結構こういうのも得意だから。それに避けるのは得意なんだよん」
いつの間にかギャラリーがたくさん集まっていた。
ハルエロは最後に一際高く投げ上げると、素早く回転して背面でキャッチ。
集まっていたギャラリーから拍手がわき起こると、ぺこりと一礼して、剣をしまい、「見てくれてありがと! バイバーイ、またね!」とギャラリーにつげて俺たちの手を引いてその場を去って行った。
少し離れたところでハルエロは手を離す。
その顔は少し赤くなっていて、離した手を胸に当てて長々と息を吐いた。
「あー、緊張したー。実は結構久しぶりで、落さないかと思ってひやひやしたよ」
「ええ……こっちの方がひやひやするよ、そんなんやらんでもいいのに」
ハルエロは照れくさそうに笑いつつ、頭に手を当てる。
「そうなんだけど、やったら喜んでもらえるだろうなあと思っちゃうと、やっちゃうんだよねえ、私って。後先考えないというか、自分もまわりの人も笑顔になったら皆ハッピーでいいと思うから」
「なるほど、いい心がけだ」
リサハルナが頷く……って、いやいい心がけだけど後先くらいは少しは考えた方がいい気もします。
……まあ、でも、たしかにいいもの見せてもらったし、そういう人だからこそ闘技場や冒険者ギルドでもファンがたくさんいたんだろうな。実際笑顔になってる人が多いのもそういう嘘のなさゆえか。
「ありがとー、リサハルナさん。今度対戦することがあったら、いい勝負しようね」
「ああ」
「エイシくんも、思いっきりやろう!」
「いや、俺は出ないけど」
「ええっ、そうなの。登録してあるからタイミング的にてっきり特別戦に出るつもりと思ってたよ。そうかー、じゃあ、応援してねっ」
ハルエロは俺の手を握ると、ぶんぶんと上下にいきおいよく振った。
そして、手を離すと、踵を返し。
「それじゃあまたね! コロシアムで楽しみにしてるよー」
ハルエロは元気よく言うと、立ち去っていった。
「実際戦ったら、どうなると思う? リサハルナさん」
「難しいところだな。彼女も相当やる、どういう結果にしろ、楽しい勝負ができるだろうね。彼女も楽しい人間のようだし」
リサハルナは軽く笑う。
そうして俺とリサハルナは町歩きを再開し、しばらく歩き回った後、日が暮れてきた頃宿へと戻ったのだった。