77,アメンボは異世界でも水の上を滑るのか?
スキル【精霊魔法】で使える精霊の力のうちの一つに、水の精霊オンディーヌの力がある。
俺はオンディーヌの力で川を流れる水を流れを一部変え、浮かび上がらせ、紐状にしたり捻ったり、球にして浮かせたり、水の弾を河原にある岩に狙いをつけてぶつけたりと使ってみる。
なかなか涼しげでいい。
さらに。
今度は川の中ではなく川の上の空中に力を込める。
溜めた魔力を一気に放出すると、空中から水が滝のように流れだし、川面に波を起こした。
このように、水を操るだけでなく、水を出すこともできる。
なので水がないところでもちゃんとオンディーヌの力を使えるという寸法だ。
お次に試すのはマジカルチャージ。
新たに覚えた複合スキルで、魔法の攻撃力を上げつつ魔法防御力を下げるというスキルだ。
バーサーク魔法版って感じだな。
マジカルチャージを使って気合いを溜めて――水球を発射する!
バチンという小気味いい音を立てて水球が弾けると共に、ぶつけた岩が抉れ小さな破片が飛び散った。
「おおー、結構威力出るな」
水の弾でも高速ならなかなかの威力だ。
変形も容易だし、使い勝手がよさそうだな、涼しいし。
それからしばらく、色々なスキルを試していた。
ハナも久しぶり……でもなく呼び出した。たまにレベル上げさせていたのだけれど、なかなか進化というか変化というかしないんだよな。あのもっさりダスキン形態が最終進化ってこともないと思うんだが、何か切っ掛けが欲しいと最近ちょっと思ってる。召喚獣の詳しい情報とかヒント的なものがどこかにないかなあ。
ちなみにハナは新たな地方に来たと知るやいなや、
『ご主人、この土地のモンスターぶっ飛ばしてくるです』
と言ってモンスター狩りに出かけていった。相変わらず元気である。
おかげでファーマーのレベルが上がって俺としては嬉しいが、地味に魔力を結構消耗するところがあと一歩惜しいね。
「さて、それじゃあ俺も、もうちょいやってくかな」
バーサーカーやダンサー、パラディンなど試したいものは結構ある。
「あ」
「あ」
そんなことをしていたときだった。
突然、河原に現れた来訪者と目があった。
「こんにちは」
「こんにちは」
お互い、予想外な出会いに戸惑った空気で挨拶を交わす。
佇んでいるのは、ジャクローサ=テトラだった。
「なるほど、ここで結構修行してるんですか」
「うん……ここは人があまりいなくて集中できるし、場所も開けているから」
河原に並んで川を眺めながら、俺とジャクローサは話をしていた。
ジャクローサは長い槍と大きな盾を持っている。
「たしかに。俺もここで集中できたな。涼しげでいいよね」
「うん」
と言いつつ槍を手に取るジャクローサ。
やる気満々って感じだ。
「それじゃあ、続きをやろうかな。お互いに」
そして俺たちは各々訓練をはじめた。
ジャクローサは、槍の型や盾の型を何度も繰り返し、それらを組み合わせたりと動きを見せている。
こういう繰り返しがあの滑らかな攻撃と防御の連携につながっているわけかと感心しつつ、俺も自分のスキルを試していた。
「少しやろう」
と、ジャクローサが声をかけてきた。
声は大きくないが、なぜかよく通る。
「何を?」
「組み手」
「さて、行くよ」
俺の声にジャクローサが小さく頷いた。
俺の手には木の棒が握られている。ジャクローサの手にも、同じくその辺で拾った木の枝が握られている。
いくらなんでも武器でやり合うわけにもいかないので、これで軽くやり合うってわけだ。
まずは俺が先制攻撃。
間合いをつめて木の棒をふるうが、ジャクローサはそれを自分の『槍』で受け止めて的確に防ぐ。
そして防ぎつつ、そのままの流れで俺に反撃をしてくる。
一体となった動作に、思い切って間合いをつめることができない。一度近寄ってみると、脇腹に棒が見事にヒットした。
ガチンコなら結構危ない場面だ。
逆にこっちが受けにまわってみる――【みかわしのステップ】
クラス:ダンサーで身につけた新スキルを早速使い、軽いステップで回避力を上昇させる。
ジャクローサは木の棒をつきだしてくる。
俺はステップで横に避ける。
うん、いい感じに軽快だ。さらに振り上げられた木の棒もバックステップでかわす。たしかにこのスキル、足の動きがいい。目で見たものに、自動的につま先が反応する感じだ。
そうすると自然と体もついていく。やはり下半身が基本なのだな。
「じゃあ、今度はっ」
かわしたままの流れで鋭く切り返し攻めに回る。
びしり、と木の棒が音を立て樹皮がはがれ落ちた。
攻撃後の隙をついたつもりだが、ジャクローサに隙などなかった。常にカウンターに備えていたのだ。
それからしばらくやり合い、俺は何発かもらったところで立ち会いを中断した。
「はー、参った参った。ジャクローサ、ほんとに強いね。いや、有名な闘士に向かってそんな驚きかた失礼かもしれないけど、俺もそこそこ戦闘経験あるけど、完璧だわ」
考えてみると、対人戦闘はほとんどないな、俺って。
ちゃんと考えたり、戦い方を研究してる人間ってのは、素の力が同じくらいだとしてもモンスターとは別の手強さがある。いい勉強になった。
きっちりと常に守りを主体に置いた戦い方の堅牢さがよくわかった。
「そうかな。余力、ありそうだったけど」
ジャクローサはかすかに首をかしげている。
俺は木の棒を岩に立てかけながら返事をする。
「まあ、あると言えばあるけど。魔法とか使わなかったことだよね。立ち会いって言ったら近接戦闘のみで戦うって感じじゃない?」
「それは……たしかにそうかもしれない。試合をしたとしたら、遠距離から戦う?」「まあ、相手が遠距離苦手そうなら、遠くから魔法をチクチク撃っていくかな。俺も近接の方が得意だけど、遠距離の苦手さが相手のほうが上なら」
「うん。たしかにそれじゃあ槍や剣の練習にならない」
【ダンサー9→10】
そのとき、レベルアップの表示が。
まだ低レベルだけあってサクサク上がるな。
しかし、ハルエロはモンスターと戦ってるのか? あんまりそうは思えないけど。
それに闘士は軒並み高レベルっぽいけど、もしかして――。
「ねえ、多分闘技場の強い闘士って、クラスのレベルも高いよね多分」
「全員は知らないけれど、多分そう」
「それって、強い闘士と戦ったからってことかな」
ジャクローサは頷いた。
やはり――と思いさらに話を聞くと。
どうも人間対人間でも経験値が入るらしい。
俺は今までモンスターを倒したときに入ると思っていたけれど、それだけではないらしい。
言われてみれば、人間と戦う時は手に入らないとは聞いていない。そもそも戦ったのって、白銀の騎士くらいだから気付く機会もなかったし。人間同士で戦うこともそうそうないしな、俺以外の人も。
でも、考えてみればそれは変な話ではない。モンスターの体にあるエネルギーを取り入れることで、力を得てクラスのレベルが上がるという。
つまりある程度経験を積んだ人間の体にはそのエネルギーが溜まっていると考えられるだろう。その量は相当多いだろうし、命を奪わずとも戦うだけである程度そのエネルギーのやりとりがされる、あるいは人間の体の中で凝縮されたエネルギーの激突からエネルギーが生まれる。ということじゃないだろうか。
ジャクローサも詳しい原理は知らないので推測だが、ともかく人間同士で戦っても経験値は入り、その力が強いほど、死力を尽くすほど多いらしい。
まあ、モンスターを倒すのに比べて効率がいいかと言えば、そうではないみたいだけど。ちょっと組み手するだけで簡単にレベル上げられるなら皆あがってるだろうしね。
「なるほどねえ。そんなわけで強い闘士はさらに強くなれるわけか」
「うん」
川を再び眺めながら話をしていた俺たち。
「そういえば、どうしてジャクローサは闘士を? 貴族みたいだけど、そういうのって珍しいんじゃないっけ、あまり詳しくないけどさ」
「それは……性格を直すために」
「性格を?」
ジャクローサは頷き、少しだけうなだれるように、表情の乏しい目を伏せた。
「人前に出ることが多かったんだ」
「ああ、たしかにパーティとかサロンとかなんかそういうのありそうなイメージあるわ。それ以外でも庶民よりは人前でちゃんとしなきゃ駄目な感じある」
「うん。でも、そういうの苦手で。振る舞うのも、喋るのも。特に人目が、見られてると思うと緊張してしまう」
ああ、うん、わかる。
大勢に注目されるとあ~とかえ~とか多くなるよね。
「それで、訓練のために闘技場で皆に注目されることになれようと思って。注目されても喋らなくていいから少しずつ慣れようとしたんだ」
若干変化球な気もするが、まあ元々興味があったならそれはそれでいいのか。
「それで、注目されるのにはなれた」
「へえ、じゃあ成功したんだ」
「でも、喋る方は結局慣れず、人前で喋るのは苦手で、それが、なぜか寡黙な闘士ってウリにいつの間にかなっていて、そう言われたら余計喋らない方がいいように気を使ってしまって」
「……ははは。半分しか訓練にならないと」
ジャクローサは頷く。
クールなイケメン闘士とか言われてたしな。そういうキャラで知れ渡ったらイメージ崩すのは難しいわな。やめるともいい辛いだろうし。人気者にも悩みはあるものだなあ。
「まあ、俺は通りすがりの旅人だから気にしないでいいよ。そう思って喋ってくれたんだろうし」
「闘技場にいるけど、闘技場に興味がなさそうだから、なんだか話しやすかったのかな。多分、そうだと思う」
「たしかにそんな変な奴そうそういないな」
自嘲するように笑い、俺は川に石を放り投げる。
着水したところから波紋が広がると同時に魚がするりと逃げていく。
「あれって、食べられるのかな? 知ってる、ジャクローサ?」
「あれは食べられる種類だけど……獲るつもり」
「せっかく川に来たし、ご当地グルメは必要だと思うんだ。オンディーヌ!」
精霊魔法を使い、魚が泳いでいる周囲の水ごと空中に舞い上げた。水が川縁に飛び散り、魚がびたあんと着地し、ぴちぴちする。
よし。これぞ水の精霊の正しい使い方。
「この調子で取っていこう。お、ジャクローサ?」
「僕もやろう。見たら、久しぶりにやりたくなった」
槍を銛のように狙いを定めるジャクローサ。
野性に火がついた瞬間である。