B,リサハルナ、盗賊退治する
「ありがとうございました!」
リサハルナとフェリペに、御者がかけよってくる。
馬を撫でながら、ほっとした様子だ。
「早速行きましょう、乗ってください」
「いや、まだ早い」
リサハルナはしかし首を振る。
そしてフェリペが縄でとらえた盗賊の元へと向かい、何気なく縄を解く。
賊はきょとんとした顔だったが、リサハルナが「さっさと助けを呼んでこいつらを運んでやることを薦めるよ」と言うと、礼も言わずに逃げ出していった。
御者は驚いた顔になる。
「どうして逃がしたんです!? 応援を呼ばれる前に、もっと急がないと」
「この辺り一帯が縄張りだとするなら、再度襲われる可能性がある。馬車の足は速くないし、見つかりやすく潜みやすい地形だ。その時に、先に馬をやられないとも限らない。そうなると少々面倒だと思わないかい?」
「それは、はい。たしかにそうです。ですけど、どうしようもないから出来るだけ急いで逃げるしかないじゃないですか」
「もう一つある。全員潰せばいいのさ。そのつもりだろう、フェリペ君」
リサハルナはフェリペに振り返る。
フェリペはなるほどと納得したように頷いた。
「ああ、そうだな。そっちの方が快適に旅が出来そうだ。それに、最近退屈してたところだ、ちょうどいい」
「いい返事だね。それじゃあ、行こう」
リサハルナは満足げに頷くと、御者に少し離れた場所に隠れているようにつげ、逃げた賊の後を追い始めた。
使用したのは、吸血鬼独特のスキル、血追跡。
血でマーキングした相手の居場所を知ることが出来るというもの。
なるほど、思ったよりも近いらしい。
これなら、道程にさしたる遅れは生じなさそうだ。
そう思いながら、フェリペを先導しリサハルナは盗賊を追跡していく。リサハルナの力ならフェリペも必要ないだろうと思うが、とはいえ来ても悪いことはない。それに、力のある者は一緒に来てもらう方が自然だろう。
森に入り、緑の香りをかぎながらしばらく歩くと、洞窟が見つかった。
ここの中で盗賊の反応が止っている。
目的地はここでいいのだろうと、リサハルナは特に遠慮することもなく中に入っていく。ヴァンパイアたるリサハルナには、賊程度は恐るるにたりない。
「大丈夫かい、フェリペ君。一応、ここから先は賊がわらわらいそうだが」
「今更それを聞くのか? 嫌ならはなからここまでついてきてない」
「それもそうだ。では、行こう」
リサハルナとフェリペは賊のアジトである洞穴に入る。
中にはランプが設置されていて、自分達で用意する必要も無く視界は確保できている。
ふと、二人の足が止まった。
「なんだ、これは」
「血、だな」
洞窟の壁に血がべったりと張り付いていた。
そして、壁にもたれるようにして息も絶え絶えな賊が――一人ではなく、幾人も居る。
彼らはとても戦える状態ではなく、戦意も喪失していて、リサハルナたちに気付くと怯えたように逃げ出していく。
「どういうことだ?」
フェリペが尋ねるが、リサハルナはくびをふる。
まさかこのような状況は想像していなかった。知るはずもない。
「だが、せっかくだ、珍しいものがないか探させてもらおうか。どうせ盗んでもはや持ち主もわからないものさ。遠慮はいるまい」
「ああ、そこは来る途中に話したとおり、計画は変えねえ。俺の望むものもあるかもしれないしな」
アジトは危険はもはやないようで、二人は探索しいくつかの盗品を押収した。リサハルナは骨董品を、フェリペは素材を。
あまり二人は倫理的ではないのであった。
そして探索を続けると、奥の方、一際広い空間があった。
リサハルナの感じている、マーキングした気配もそこからしている。
足を踏み入れた瞬間。
「うわああああ!」
叫び声をあげながら、先ほどの賊が斬りかかってきた。
リサハルナは剣を振るう手を握りとめ、力任せに剣を取り上げ。
「ぐ……つっ……」
「落ち着きなさい」
「うるさい! お前達だな!? お前達が!?」
「この洞窟の惨状を言っているのなら、的外れさ。君よりあとから来た私たちがどうしてそんなことができる」
リサハルナはその賊を取り押さえたまましばらく待ち、少し落ち着かせる。そうするとフェリペが奥へと向かう。
フェリペはゆだんない視線を向けつつ、リサハルナに手招きをした。
「お前がボスか。いったい何があった?」
そこには、女の頭領が肩から血を流していた。
傍らには、折れた剣が地面に横たわっている。
「剣士――」
「何?」
「剣士だ。一人の剣士が、ここに突然やって来た。強者が居ると聞いてきたと。そして、侵入者を排除しようとした部下達を斬りながらここまで来て、そう、奴の狙いは私だった。私も少しは腕に自信がある。奴を返り討ちにしようとしたが――このざまだ」
剣士――酔狂な目的のために、どうやらここは滅ぼされたらしい。リサハルナは呆れた表情で、頭領に尋ねる。
「よく殺されなかったね」
「殺す価値もないとさ。弱者は殺さないらしい、殺しがいがなく面白くないから。それより屈辱を抱いて生き続けることを想像する方がまし、とんだ期待外れだとさ」
自嘲するように笑う頭領。
笑いながら、地面を殴りつけた。
リサハルナとフェリペは、予想外の事態に顔を見合わせるしかなかった。
「やれやれ、飛んだ寄り道だったな」
「ああ。奇妙な事件だ」
とりあえず道中の安全は確保されたので、二人は戦利品を手に馬車へと戻り、再び街道を進んでいる。
盗賊については、町に着いたときにアジトも含め通報することにした。それは御者に頼んである。
その前に逃げるかも知れないが、すでに壊滅状態かもしれない。そして、謎の剣士の話もしなければならないだろう。
「まあ、手がかりもないし、元通り進むだけだな。そういえば、プローカイだって? 俺と同じところなんだな、リサハルナも」
「ああ、奇遇だな。人に会いに行くつもりだ」
「へえ。それはまたどうして」
「これまではずっと村にいたのだけれど、最近刺激を受けてね。外を色々見てまわるのも面白そうだと思ったのさ」
せっかくだから、その刺激の元でも誘ったらさらに面白いかと思ったのだが、すでにローレルからいなくなっていた。そこで情報を収集し、プローカイに向かったことをリサハルナも知った。
旅は目的がないのもいいが、目的があるのもまた面白い。とりあえず、エイシを探すという目的を設定し、旅をより楽しもうというのが今のリサハルナの状況。なので、半分は見つからないなら見つからないで構わないと思ってもいる。
馬車は二人を乗せて進んで行く――。
「止めてくれ」
不意にリサハルナは御者に声をかけた。
御者は驚きつつも、馬車を止める。
「こちらに道があるが、町か村かあるのかい」
リサハルナは馬車が進んでいる大きな街道から伸びる、細い道を指し示す。御者は頷き、説明をした。
「ええ、そちらはエイゲンという小さい村があります」
「なるほど……わかった、私はそこに向かうことにする。この道幅ではこの馬車では難しそうだな、私はここでおりるとしよう。フェリペ、そういうことさ」
幌の内側にいるフェリペに、リサハルナが言う。
フェリペは首をかしげた。
「どういうことだ? プローカイが目的地じゃあなかったか?」
「予定変更さ。目的をころころ変える旅の方が好みなんだ、私は。それでは、縁があればまた会おう、変わり者の魔道具職人」
「変わり者とは言ってくれるじゃないか。そっちこそ、正体不明の馬鹿力の村人のくせに。まあ、移動中のいい暇つぶしになった。じゃあな」
リサハルナとフェリペが互いに別れを告げると馬車はとまり、リサハルナは荷物をまとめて地面におりた。
そしてフェリペに向かって小さく手をあげ、馬車と道を違える。
「この『力』の匂い――彼だな。あやうく見逃すところだった。ふふ、寄り道とはらしいじゃないか」
吸血鬼は、どこか楽しげに開拓村への道を進んでいく。