69,開拓者
「ルー、あんたって人はなんという――」
「なにか妙なところでも? ああ、トリプルクラスだってことに驚いた? ふふん、まあ、結構やるからね」
「いや、それはたしかに凄いんだけど」
ルーを見ても、体はぷにぷにしていてそんなにパワフルには見えない。しかし、見た目はそんなに当てにならないからな。俺もマッチョじゃないけど攻撃力とか高いし。
「もしかして、斧を手にしたら凄くなる?」
ルーは大きく頷いた。
「もちろん。私のメインウェポンは斧だからね! 次点でつるはし!」
「ワイルド過ぎるだろ」
ルーはにぃっと笑いながら、力こぶをつくるような動作をしてみせた。女神といったら聖属性とかヒーラーとかそういうイメージが音を立てて崩れ去っていく。
「あ、そうだ。ここってフロンティアだったよね。それなら――」
スペースバッグからごそごそとルーは何かを取り出そうとして……なっ。
「いつの間に斧なんて」
「ふふ、己の武器を買わないでどうするか。ローレルは結構いい武器屋あるね。高かったけど、エイシにもらったお金で買えたよ」
「それ、結構な額じゃ……?」
「大丈夫、色々と他にも買ったけど、まだ3割くらいは残ってるから」
「おい」
だめだこの女神。
金は勝手にわいてくると思ってやがる。
わいてくるけど。
なくなったら頼むよ、という目を俺に向けて、大斧を肩に担ぐと、大木のそばへと歩いていく。
そして大きう振りかぶり、ルー選手、木に向かって打ち付けたー!
「ちぇいさあああ!」
カーン。
と、驚くほど大きい音が響き渡る。
木が大きく揺れ、木の葉がざわざわとすれ、羽安めをしていた鳥が慌てて飛び立っていく。
「す、ごいな」
そこにはただの一撃で、三分の一ほどの切れ込みが入っていた。もう二度も振れば確実に倒れるだろう。
ルーは得意げに斧を振りかぶった体勢でこちらを見る。
「ふふん、恐れ入った? これが女神の力だよ」
なるほど、これが女神の力(物理)か。
ルーはさらに女神の力(筋肉)を存分に振るい、大木をあっさりと切り倒した。しかもそれでとどまることなく、その奥にある大木も次々と切り倒していく。
なんか楽しくなってるっぽい。
「開拓~開拓~」
鼻歌交じりに木を切り倒していくルー。
尋ねたところ、一応狙いはあるらしく、探索するとき拠点となる場所があるといいということだった。
いちいち町からこの辺まで来るより、小屋か何かを作って、そこからスタートする方が時間の無駄がないのはもっともだ。
「おお……!」
その様子を見守っていると、木が立てる音の他に、感嘆の声と、枝を踏み折る音が混ざった。
振り返ると、そこには一人の男がいる。
その男は、ルーが切り倒し、ゆっくりと傾いていく木を、驚愕の視線で凝視していた。
「あの、どうされました?」
「はっ! あ、すいません、つい見入ってしまいました。あの、そこで木を切っている彼女はあなたのお仲間ですか?」
声をかけると、慌てて俺の方に目をやる男。
見た感じ20歳前後くらいだろうか? 汚れた布の服を着て、ぱんぱんにふくれた丈夫そうな荷物袋を背負っている。
「はい。あれはルー。僕はエイシといいます」
「そうですか、申し遅れました、私はドライといいます。エイゲン開拓村の者ですが……ここで貴方たちに会えたのは、女神のお導きかもしれません。ぜひ、お話を聞いてください!」
目をきらきらさせるドライと俺の元へ、ルーもやってくる。
女神のお導き……大丈夫かなあ。
「ここです、ここを拠点にしようと思っているのです」
そこは、小さな日だまりだった。
うっそうと茂る密林のなか、ぽっかり開いた小さな空き地。
そこは地面がならされ、基礎が作られ、木材がいくつか置いてある。
道らしきものも少しばかり伸びている。
ドライに案内されて、俺たちが連れられたのは、少し離れたところにあった、小屋でも建てようという感じの場所だった。
道すがらドライが語ったこと、それは、もはや忘れ去られたはずの開拓者精神だった。
エイゲン村ではもう皆ひっそりと生きていくことしか考えていないが、ドライはこの森や鉱山にはまだまだ資源があると信じている。
浅い場所にはないが、深い場所には必ず。
それを証明して、村人がやる気になってくれれば、ひなびた村は、彼が物心つく頃には失われていた賑わいを取り戻すはずだと信じ活動しているらしい。
「村おこしみたいなもんか」
「へえ、結構作ってあるんだねー」
ルーが周囲をぐるっと見回していうと、ドライは頭を深々と下げた。
「いきなりぶしつけだとは思いますが、協力していただけないでしょうか!」
「協力?」
「はい。見ての通り、森の奥を調査しようと思っているのですが、そのためにはこのように拠点が必要です。私一人では遅々として進まず、困っています。誰か協力者がいればいいのですが、何か成果がなければ、皆無駄だと言って動いてはくれません。ここを建設し体制を整え、また価値のあるものをこの森で見つければ、そこから皆に広めていけると思うんです」
なるほど。
殊勝な心がけだなあ、理想に燃える若者って感じだね。
んー、どうしようか。協力すればたしかに、俺たちが探検するのにも役に立つ。しかし継続的にするんでなければ、家を建てるより、普通に調べる方が早いとも思う。
「乗った!」
俺が考える傍ら、迷いのない声を上げたのは、ルー。
「協力するよ! そういうことなら!」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
あらためて深々と頭を下げるドライに、気分よさげなルーだが、ちょっと待った。
「おい、ルー。親切なのはいいけど、あんまり安請け合いするとあとで苦労するぞ」
「大丈夫だよ、私そういうの得意だし。それに、開拓と聞いたら黙ってられないね。開拓には定評があるんだよ、私」
初めて聞いたがそんな定評、ともあれルーはすっかり乗り気だ。
まあ、ルーがやるというなら、俺はそれを止める権利も気もない。俺がやるかどうかとは別の話だし。
俺はどっちかというと――。
「ドライさん、協力のお礼と言ってはなんですが、俺たちにこの森の情報をいただけませんか。俺たちも、まだ資源があると思って、レアものを探しに来たんです。でも当てがないとやっぱり大変ですし」
「もちろんです。私の知ってることはなんでもお伝えします。よろしくお願いします!」
よし。地元民の知識は必ず役に立つはず。
そうして、ドライと俺たちは協働関係を結ぶこととなった。
「精が出てるなあ」
と俺は二人が斧を振るう様子を眺めていた。
二人は空き地から続く道ができるように木を切り倒していき、さらにそれを小屋に使えるように加工していく。
ドライもなかなかの斧使いで、どんどんと森は切り開かれていっている。
一方、俺はというと、探索をしている。
探すのは霊樹や特殊な甲虫の殻などのレアな素材。それは相変わらずだが、ドライに目星がついている場所を教えてもらった。
俺としてもそういうものが手に入ればラッキーだし、ドライにとっても、ここで貴重な資源が手に入るということが示せれば、それは彼の目的達成に近づくということで、快く教えてくれた。
密林を歩くのはなかなか面白い。
うっそうと茂る深い緑の合間から鳥や虫の鳴き声が聞こえ、むせかえるような緑のにおいがしている。
空気もじっとりと湿った感じがしていて、探検感あっていい感じ。
「おっ」
と、そのとき俺の目に、黒い枝をした木が見つかった。炭のような枝が一本だけある、これは霊樹の一つ、漆黒檀に違いない。俺の【目利き(植物)】のスキルも言っている。
傷つけないように、根本の普通の枝の部分をえぐって、黒い枝を取る。
やっぱり、あるんだ。探すのが困難なだけで。
「きっともっとあるに違いない。血樹だって。探しに行ってやるからな」
俺はレア素材探索を続けていく。