65,これから
とりあえず宿をとったルーに、俺は服を買うようにすすめた。
たしかに一着じゃ困るなあとルーは言っていたが、露出度が高すぎるという意味でもあるんだけど、まあいいや。
どうなることかと思ったが、特にどうということもなかった。
ルーは好きに町中をぷらぷらし、俺も特に変わらず暢気に過ごしていた。たまに一緒に出かけることもあったりして、本当に女神なのか? というくらい自然に馴染んでいる。
一方俺はというと、地図を買った。
この辺りの地理についてのおおざっぱな地図だ。
見てみると、まあまあ詳しくこのあたりの町や村や森や山やらがのっている。いつもの森や、パイエンネの迷宮や、スノリ村、そしてそれより遠くも。
その遠くの範囲を見てみると、どうやらプローカイってのが結構近くにあるローレル並に大きな町みたいだ。
その周辺には衛星都市というのだろうか? 都市というほどじゃないかもしれないが、小さな町や村がある。ローレルとスノリの関係のように。
「あらためてみると、広いんだな、この世界って。当たり前だけど、俺が足を運んだ範囲よりはるかに」
そうしてルーが召喚されてから数日が経った。
そんな今日も夕食を宿で向かい合いながら俺たちはとっている。
「ところで、ルーはこれからどうするつもりなんだ?」
「んー、ほふだねえ」
ごろっとした野菜の入ったシチューをほおばるルーに尋ねると、喉を大きく動かし飲み込む。
「せっかく地上に来たことだし、いろんなとこにいってみようかなあと思ってるよ。
「他の町もってこと?」
「せっかくだし、色々行きたいじゃない。この町は神眼で結構見てたし、他の所の方が新鮮でいいかなあ。そこそこ歩き回りもしたしね」
「へえ、アクティブだなあ」
「というか」
ルーは俺にフォークの先を向ける。
「エイシはどうするのさ。これから」
「俺?」
「そう、エイシはどうしたいの」
甘みのある豆の煮物を食べながら少し考え、俺は言う。
「俺は――まあ、そうだな。俺もこの町以外も行ってみたいと思ってる。ルーじゃないけど、せっかくこの世界に来たんだし、ここだけにずっといるのもちょっともったいない気がするんだよね。他の所がどういうとこかってのも気になるし」
「ふんふん、やっぱりね」
ルーはにやにやと笑いつつ、シチューの中のイモをフォークで突き刺した。
俺も自分のシチューを食べる。うまい。こくがある。
「何がやっぱりなの」
「エイシは結構そういうの好きなタイプだと思ってたよ。気になることがあると、とりあえず試してみるタイプだよね」
そうだろうか?
そうだろうな。
最初はおっかなびっくりだったけど、未知のクラスとかスキルとかあるとついつい飛びついちゃうのは確かにその通りだ、うん。
夕食を終えた俺は決めた。
いや、実際はもう決めていたんだろう。多分、地図を買ったときには。
「準備をしたら、明日にでもちょいと長い旅行にでかけよう」
ということで翌日、俺は冒険者ギルドへ向かっていた。
登録してあるし、お世話になってるし、俺がいなくなったあとに行方が知りたい人がいるとしたら、ギルドに尋ねるだろうから、ちょうどいい。
思い立ったが吉日。
用兵は巧遅より拙速を尊ぶのだ。
「こんにちはー」
「あ、エイシさん!」
「エイシ!」
ギルドはいつもの通りのそこそこの賑わいで、なんとなく安心する。
ちょうどそこには、ヴェールとウェンディがカウンター越しに雑談していた。
俺もカウンターにより、話にくわわる。
「この前ぶりじゃないですかあ、もうゆっくり休みましたか? これからバンバンいらいやるんですねえ」
「この前は激しい戦いだったわね。私も久しぶりにあんなに体動かしたわ。おかげで冒険者ギルドに毎日来てるの」
「羨ましい、俺は疲れてのんびりしてるのに」
「ダメダメ、一番の功労者なんだからもっとやる気出さないと」
拳をぐりぐりと俺の胸に押しつけてくるヴェール。
相変わらずスキンシップが多い。
さすがに俺もそろそろ一人で興奮したりはしない……ことも少しはないような、あるような、そんなすぐにはなれません、はい。
「ところでぇ、じゃれてるところ申し訳ないんですけど」
「なっ、べ、別にじゃれてないわよ、ウェンディ!」
「そうかなぁ? 私にはそう見えたけど」
ウェンディがヴェールにからかう目を向け、いたずらっぽく笑う。その笑みを俺に向けて、言葉を継ぐ。
「今日は依頼に来たんですよね、エイシさん」
「いや、そうじゃないです」
「じゃあ、なんのようで?」
「しばらくこの町から離れようと思って、その挨拶に」
ウェンディがすぐさま口を開いた。
「ええ! 本当ですか!」
「はい。この世界……この国の他の場所も見てみたいから」
「なんだ、残念です。ここでバリバリ依頼してくれたら嬉しいのにぃ」
「あはは、そう言ってもらえるとありがたいですね」
と、ヴェールに目を向けると、ヴェールも俺をじっと見つめていた。
「本当に、出て行くの?」
「うん、結構長いこといたけど、そろそろ他のところにもね」
「そう……まあ、そうよね。元々旅の途中にここに来たみたいだし、別の所に行くのは当然。でも、ここに戻ってこないわけじゃないんでしょ?」
「それはもちろん。そしたらまた会おう」
「さあ、それはどうかしら」
「えっ」
ヴェールは俺の首根っこに腕をまわしてがっちりとつかむ。
そのまま、にやりと笑って言った。
「私も冒険者だし、その前に旅先で会うかもよ」
「なるほど。それは楽しみだ」
それもヴェールらしいと思い、俺も笑い返して言う。
と、ウェンディが困った顔で声を上げた。
「私は簡単に出歩けないんだから来てくれないと困りますよぉ!」