63,降臨
***
――王都ラインセント。
堅牢な石壁に囲まれた部屋、重厚な扉はしっかりと閉じられ、外部の音は一切入ってこない。
また、内の様子も一切伝わらない部屋の中に、五人の人間がいた。
――賢人会議。
円卓についた五人のうちの一人が、口を開く。
「早馬での知らせが届いた。アカシャの瞳の覚醒はグリモワールによってなされた」
白い髭の老人がしゃがれ声で言うと、タイトなスカートをはいた女が疑念の浮かんだ視線を向ける。
「覚醒? 暴走ではなくって? 呼び寄せる気も無いものを大量に招いて、試験地の近くの町が危なかったと聞いたけど」
「そのようなことは些細なことにすぎないのだよ、女史。重要なことは、本来の機能、再生機能を示したということだ。制御は、これから調整していけばいい」
髭をなでながら、たしなめるような老人。
若い男が追従する。
「その通りですよ。ローレルでしたか、あのような町がどうなったところで、たいしたことではありません。それよりも、我々の使命を果たす方がよほど重要」
「ずいぶんな言いぐさね。まあ、その通りだけれど。でも、だとしたら、あの子の暴走も役に立ったということね。まあ、彼に任せれば私利私欲のために使うことはわかっていたけれど」
「そうですね。我々が直に動くわけにもいきませんし、何が起きるかわかりません。その点グラエル君はちょうどよかった。間違いなく、頑張って使おうとしてくれますから。グリモワールの方は無事でしたし、あとは残りの情報を全て引き出し、煮るなり焼くなりかわいがるなり。まあ、やけを起こして我々を裏切らない程度に餌をちらつかせておけばいいでしょう」
若い男は赤いローブから覗く、紅でも塗っているかのように赤い唇を、にやりと歪ませる。
白髭の老人と、円卓の隣に座っている中年の男も不敵な笑みをともに浮かべる。
「左様左様。そんな些事にかまける暇は私たちにはないのだ。あのアカシャの瞳が壊れたのは痛いが、しかしなに、もとよりあれは実験用。私たちの真の目的のためには出力は足りないのだから、データが取れればそれで役目は果たした。第三の瞳があれば、それでよい」
「うむ。その通り。さすれば我々はかなえることが出来る。暁の時代の終わりとともに地上を去った、我らが女神の再降臨を!」
***
「ふぁああ~」
気の抜けた大あくびもでるってものさ。
ローレルがモンスターの集団に襲われかけてから数日、今ではもう町は何事も起きなかったかのように落ち着いていた。
俺も落ち着いていて、のんきに過ごしている。
まあ、元々ほとんどの市民は危機があったことにすら気付いてないから、冒険者ギルド以外では最初から何事もなかったようだったんだけどね。
「さてさて、そろそろ試してみるか」
この前の襲撃では、俺も俺がパラサイトしている人も多くの強力なモンスターを倒したため、経験値がかなり稼げた。
その時にもあがったし、ちょうどレベルアップ寸前だったクラスなんかもこの数日の間にレベルが上がり、新スキルを覚えたのだ。
その中の一つ、一番注目株を試してみようと今日は思って、町はずれの草原に来ている。
「スキル【レジェンドの召喚】これは間違いなく凄い」
俺はこのスキルが凄いって確信している。
何が凄いって、鑑定しても効果が不明だったことだ。
鑑定レンズを使ってスキルの効果がわからなかったことはこれまでなかった。つまり、これはかつてないスキルに違いない。
また、【レジェンドの召喚】は、パラディン+神官+精霊使い+鉱員+狩人+魔道師の六つのクラスの複合スキルだった。
六つ!
この世界の天才が三つのクラスを保有してるぐらいということを考えると、おそらく世界で歴史上誰も使ったことのないスキルなんじゃないか?
いやもうワクワクしてきてとまらないね。
俺は周りに人のいない平原で魔力を集中する。
ここに来たのは、大きなものが出てくるかもしれないと思ったから。
宿で召喚したらつぶれるかもしれない。レジェンドだし。伝説だし。ドラゴンとか来るかもよ。どうするどうする?
あるいはゴブリンの勇者とか熟達の魔術師とかが来ちゃうかもしれない、レジェンドの召喚だし。
まあ、何が来るにせよ、凄いのがくるのは間違いないはず。
「ふう……よし。【レジェンドの召喚】発動! こい!」
草原に巨大な光の陣が広がっていく。
古代の文字によって描かれた円や楕円が光を放ちながら巨大な光の柱となる。
真ん中が見渡せないほどの濃い光の渦となり、収束していく。
一分ほどたったとき、ふっと一息に光は突然消えた。
そして代わりに残されたものが、中央に一つ。
それは俺と大して変わらない大きさで、人型で、女で、こっちを向いていて。
桃色の髪で、見覚えのある顔で、きわどい服を着ていて……え?
「お、エイシ。久しぶり!」
「ルー!?」
女神降臨させちゃいました。
しばしあっけにとられる俺。
だがそんな俺を見るルーは、特に何も驚かず、いつも見ているのと同じ雰囲気だ。
「お、エイシ。『通神』したの? うむ、今日は何を報告するのかね?」
「いや、違うんだけど……気付いてないの、ルー」
「気付いてない? 何に?」
ルーは俺の顔を見て眉根を寄せる。
と、大きく頷いて手をポンとうった。
「ああ、エイシ髪切った?」
「そこじゃない! ていうか切ってないし! よし――」
俺の髪に興味がないということがよくわかる発言をした女神に状況をわからせてやろう。それに俺も確かめたい。
俺はおもむろにルーに近づき、人差し指をぴんと伸ばしてほっぺをぷにと突いてみた。
おう、柔らかい。赤ちゃんのお尻ってやつだなこの感触が。触ったことないから本当かどうかはわからないけど。
そしてはっきりした。たしかに通神と違いこのルーには実体がある。
「どうしたのさエイシ、急にほっぺつんつんして」
え?
気付いてないのこの人。
「ルー。今のに疑問持たないのか? 俺が触ったんだぞ。周り、見てみなよ」
ルーは怪訝な顔でぐるりとその場で一回転。そして瞬きを数回。俺に近づき、俺の頬を十数連打。
「触れる……ってことは……もしかして、私、下界にいるってこと?」
「はい。左様でございます」
「な、な、なんでー!?」
「ようやく気付いたか。それは話すと長くもないんだけれど――」
「ねえエイシ、どういうこと? 私神界で優雅にひなたぼっこしてたんだけど、どうして草原にいるわけ? しかもあそこに見えるの、ローレルの町だよねエイシのいる!」
ルーは慌てふためいて俺の肩をガクガクと揺する。
俺は頭を前後に揺らしながら言った。
「スキルだよ、レジェンドの召喚っていうスキルを使ったら、ルーがあらわれたんだ。多分、召喚された。俺のスキルで」
ぴたり、とルーの手が止まり、俺の体の振動も止まる。
肩をつかんだまま、ルーが俺の目をじっと見つめる。
「冗談じゃなくて?」
「十割本気です」
ルーは固まったまま、目をあちこちへと動かし、思案した様子を見せる。少しすると、そのままの体勢で俺に言う。
「ことわりなく呼ばれたらこまるんですけど?」
「そう言われても、俺もルーを呼ぶスキルとは知らなかったし」
「知らなかったってエイシ、自分の使うスキルくらい把握しとくべきでしょ」
ド正論である。
「ま、呼んでしまったものはしかたないなあ。面白そうなスキルだし、神への無礼は許してやろう。とりあえず、いったんお空へ帰してちょうだい。着の身着のままだし、私」
「急に神ぶるよね、ルーって。わかった、とりあえず今は帰すよ」
俺はこれまでの召喚の時と同じよう、ルーに向かって帰るよう念じて力を込める。
……が、ルーの身には特に何も起きない。
あれ?
もう一回やってみるが、やはり何も起きない。
これまでの召喚は、スキルを使うときと同じ感覚で俺が帰そうとすれば、それで来た時と同じような感じで消える……帰っていくはずなんだけど。
……。
…………。
まさか、違うのか、このスキル。
どこからともなく呼んでくるのじゃなく、具体的に別の場所にいる者を呼んでくるわけだから、他の召喚と仕様が違う可能性はある。
だとすると、元の場所に戻す方法は。
戻す方法……は?
「もしもーし。エイシー、聞いてる? 早く戻してよ、早く。さっきも言ったけどいきなり呼ばれても準備というものが」
「わからない」
「え?」
ルーが首をかしげる。
「ルーを元いた場所に帰す方法は、わからない!」
「え、ええとー、何言ってるのエイシ――嘘でしょ!?」
「十割本当です。スキル使っても無理だった。あれは呼ぶスキルであって一方通行みたいだ。……あはは、どうしよ」
「な、なな、エイシーーー!」
ルーが止めていた腕を再び動かし、俺の体が激しく揺さぶられる。
かくして女神は地上にあらわれることとなったのである。